卑屈少年と熱血不良教師-2
『で、オメーのこの直電は湊と桐花に関連あるのかよ?』
「いや、あるってかないってか……質問があるんですけど」
しまった。
あると言い切った方が良かった。
『ほぉーう! なんだね? うちのサファテにはいつも期待してんぜ?』
いや、一セーブも挙げてないし。
パリーグ好きだなこの先生。
「あぁ、えと、席替えってするんですか?」
『……はぁ?』
まぁ、そういう反応にもなるだろう。
「あの、新学期に席替えするのかって」
『はぁ? まだ決めてねーけど』
そりゃそうか。
別に必須なことでもないだろうし。
『んで、どっちだよ? してーのかしたくねーのか』
う……なんか、やばいことをしている気がしてきた。
『どっちだよテメーから言っといてよー!?』
さっきから音が反響している気がする。
「……スピーカー通話にしてません?」
『いやぁ、お構いなくぅ!』
恥ずかしい。
旦那氏に聞かれてたのかよぅ。
『いいから質問に答えろよぅ! ん?』
段々先生の声の調子に笑いが混じってきている。
「したくないんですけど。最悪したとしても、隣を固定して……あ」
やっちまった。
完全に誤解された。
『うおっほー! 聞いた!? 聞いた!? 我が夫!』
『当たり前田のクラッカーよ我が妻!』
夫婦でキャイキャイうるせぇ。
というか何? 前田? クラッカー?
『はぁー興奮冷めやらないねぇ。で、真面目な理由聞かせろ。オメーが彼女欲しいから担任の力借りようなんて言わんだろ?』
「……ええと、あの」
やばい、なんと無計画。
やっと正気に戻った気分だ。表向きの理由なんて考えてなかった。
『……テメェ、気づかれてないとでも思ったか? いつも金髪が当てられてパニクったら手助けしてるだろ? 甘やかしやがって』
バレてる! 恥ずかしいなんてレベルじゃねぇ。
いや待てよ? そもそも俺が隣の席を確保し続けたところで何になるんだ?
あれ? どうして先生と話をすれば解決できるって思い込んだ?
『ん? 何よ? まさかマジで金髪の色香にほだされてそんなこと言ってねーだろうな?』
「……そ、そうですって答えたらどうするつもりだったんですか?」
とりあえず、時間稼ぎになる問答をするしかない。
『即オーケーするに決まってんだろぉ! 担任だぞぉ!』
「は、はぃ?」
時間稼ぎにならねぇ。
担任なら異性交遊取り締まれよ。
『いやぁ、担任としてはぁ~、つっきーみたいにネクラな生徒から恋愛相談受けちゃうとかぁ、マジで展開としては胸アツであるからしてぇ……いやぁ今日は酒がうめーな! それはさておき理由吐け』
「ええと……ちょっと、心配というか……」
うわぁ、もう無茶苦茶だぞ俺。
『ほぉう。それも多いに誤解を呼ぶ表現だぞ。ま、なんとなく察しといてやるわ。よーするにあの子をオメーの手元で守りたいんだろ?』
「いや、そんな大げさなことじゃないんですけど」
『守る』って大げさな表現だな。
歌の歌詞では定番の格好良いフレーズだとは思う。
でも、俺みたいな奴が使って良いレベルの言葉じゃない。
『どーせ今日の桐花大脱走に関係あんだろ? 誰にも言わねーから話してみろ。悪いようにはしねーから』
こういう優しい態度に出られると困ってしまう。
依子先生は信用して良い。
むしろ桐花のことを考えれば、突然言葉が出なくなることは知っておくべきだ。
でも、誰にも言わないと約束してしまった。
依子先生に話して良いか本人に聞く選択肢もなくはないが、今の桐花がどんな精神状態にあるかが分からない。
「今はちょっと、言えなくて。あの、そのうち必ず話しますんで」
『あーのなー! それが人に物を頼む態度かー? 依ちゃん今せっかく器デカいところ見せたのになんか空回りしてる感じになっちゃったんだけど! 責任とれよ!』
どう責任取ればいいんだ。
「ですよね……すいません」
『なんだそのオタくせーしゃべり方。とにかく理由を言えコラ!』
「お、オタだから仕方ないでしょ」
今までなんだと思って接してきたんだか。
『旦那と話が合う時点で知っとるわ! あ、もうデキてるとか!?』
「違います!」
どいつもこいつも。
『あっそ。じゃ、二人だけの秘密ぅ! とかでもしたんだろ?』
「そ、そうですけど」
なんだかムカつく言い方だな。
煽って本音を引き出そうとしているんだろうか。
『ふーん、金髪の約束を優先すると。湊もつっきーもあの子にこんだけ構う理由は何よ? 普通担任に直電なんてしねーぞ?』
「あー……ですよねぇ」
『おい、ちょっと、つっきー? マジ何なんだよ! 気になり過ぎるんだけど!』
本当に、俺は何をしているんだ。
「えと、ちょっと、待ってください。今理由考えるんで」
『え? 今考えるってテメー何言って……』
依子先生がぼそぼそと旦那氏と話す声が聞こえた。
『はぁ、分ぁった。席については考えといてやるわ。ここでお前の心折ったら自治会が滞っちまうし。とにかく今の仕事をまっとうしろ』
今の仕事? 今の仕事ってなんだよ?
俺はただの小間使いだぞ。
「な、何ですか今の仕事って!? 先生の雑用とファルケンボーグだかサファテだかしかないんですけど!」
『何それー?』
旦那氏の笑い声が聞こえた。まぁ、笑うよな。
つい、声を荒らげてしまった。
自分が使える立場の人間にないのは分かっているつもりだったのに。
『雑用じゃねぇよ。何がアンタをここまで仕事に駆り立ててるか知らねーけど、てめーのやってるこたぁ一つ一つクッソ重要なんだよ!』
駆り立ててるもの……寂しさの埋め合わせかな?
うわぁ、言えねぇ。
『ぶふっ。まーあれだ、さっきの秘密の件、今バラしとくわ』
「へ? あ、はい?」
今明らかにくすっと笑ったぞこの先生。
なんだよ一体。
『そこの紙取って……えっとな、一年副委員長瀞井陽太郎、同副委員長瀬野川仁那。会計長汀嗣乃、書記長クリスティニア・フロンクロス。総務代表酒匂多江、広報代表白馬有光。監査長御宿直杜太』
役職発表か?
どうしてこのタイミングで?
『ここからが人数不足でトリッキーなんだけどよ、渉外代表瀞井陽太郎、渉外補佐汀嗣乃。部活動統括文化部担当瀬野川仁那、スポーツ部担当白馬有光。委員会統括兼イベント実行委員会統括酒匂多江。同じく委員会統括兼イベント実行委員会統括御宿直杜太。会計補佐クリスティニア・フロンクロス。以上兼任。分かったか?』
「……分かんないんですけど……なんも……」
というか、分かりたくない。
委員長は誰だ?
『まあ、分かんねーだろうよ委員長さんよ。ちなみにお前の片割れのヒョロ長からの熱烈なご推薦よ? 一学期中に発表するはずだったのに湊も沼っちも伏せた方がいいって言うから伏せといたんだけど。ま、ちゃんと仕事はこなしてるしぃ、それこそ担任に電凸してしかも本来しちゃ駄目だろって要求してんだもんね。受け入れるしかないよね! いやぁ、アタシの目に狂いは無かったろ? 旦那!』
『よっ! いいんちょー!』
軽薄な掛け声が電話の向こうから聞こえるが、受け止めきれない。
『言っとくけどずっとあんたは委員長扱いされてきてんだからな? よたろーには協力者として一部肩代わりさせてたけどよ』
あんにゃろ!
こっちが秘密こさえて必死こいてる時に!
秘密をこさえてるのは自業自得か! 畜生!
それにしても、薮蛇も良いところだ。
確かに一年の仕事振りは俺が提案させられたが、それ以外何かした覚えはないぞ。
「で、でも、それならどうして俺を交流会には行かせないんですか?」
『こいつなんも分かってねーわ』
『そだねー、さすがに僕でも分かるのにねー』
全然分からない。
俺のコミュ力の問題か?
『あのなー、交流会なんて一年に数回しかねーんだぞ? 大体同じこと話し合うだけなんだぞ? 九割九分九厘は校内の仕事なんだよ。校内と校外の重要度なんて比べる必要もねーだろ! 今まで任せてたことがガチで全部雑用程度に思ってたんか!?』
はい、思ってました……。
冷静に考えれば、他校と多少揉めたところで毎日の生活に利害はないよな。
国じゃあるまいし、外交なんてどうでも良い話だ。
『つっきーがいるから湊も今年は安心して交流会に参加してるようなもんよ? 仁那もいるしね。仁那のカリスマ性はすげーわ! ま、正統派女神様の依ちゃんは恋愛優先がモットーだから仕事振りすぎないようにしてんだけどねぇ』
いや、瀬野川の方が委員長に適任だよ。
瀬野川にあまり権力を与えるのは危険な匂いもするが、少なくとも俺よりは正しい選択だ。
『どうせ俺より適任だよなんて思ってんだろ? オメーは全てにおいてちょうどいいんだよ。常に物事の効率を考えてるし、スポーツ部の縦社会に染まってねーし』
「あ……あぅ」
だんだん訳が分からなくなってきた。
本当に俺があいつらを引っ張って、しかも山丹先輩の後を継ぐのか?
「いや、その、僕が強気に出れるのって身内の助けがあるからであって……あいつらより上ってことはあり得ないっていうか……」
『はぁ? 卑屈って言葉知ってるか? オメーのためにある言葉だよ!』
ええと、なんだっけ?
自分を貶めていじけた態度を取ることだっけ?
確かに俺のための言葉だ。
『あのなぁ、強気に出るために他人の力を借りるなんて当たり前なんだよ。アタシにゃ教師って地位があってそのバックには学校って組織があるんだよ。だから生徒に強気な態度に出れるんだろうが』
納得いくような、いかないような話だ。
『一人でなんでもできる奴なんて一人もいねーんだよ。女バスと女バドにでかい声出した御宿直杜太を思い出せよ。あいつはオメーが来る前はボッソボッソとしかしゃべらなかったくせによぅ、いざおめーが来たら元気百倍アンパンマンだったんだぞ! オメーがバックについたから強気に出れたんだよ! 分かれ! グェーーーップ』
「は、はぁ」
ものすごい早口でまくし立てられてもな。
でかいゲップ付きで。
俺は杜太の助けになれていたんだろうか? まるで実感が湧かない話だ。
『それにおめーの大好きな大好きな桐花ちゅわ~んに至ってはよ、完全におめーに依存してんぞ。自覚してんのか?』
「いや、どっちかというと、俺が依存してるんですけど……」
今日は確かに頼られたが、普段は桐花に依存しきっている。
『あん? 仕事で?』
「は、はい」
特に記録やデータについては、桐花に依存していると言って間違いない。
他にも思い当たることだらけだ。
『つまりお互い依存しあってるってことか? そりゃちと違うぞ。金髪のお前への信頼は異常だからな?』
「えと、仲は悪くないとは思いますけど。距離は……確かに近いですけど」
『へぇ、分かってんね。その距離感が問題なんだよ』
確かに俺と桐花の関係性はこんがらがってはいるけれど、問題って呼ぶほどのことなんだろうか。