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セカンダリ・ロール  作者: アイオイ アクト
第二十話 脱走少年と過保護少女
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脱走少年と過保護少女-4

 少しずつ言葉が戻ってきた桐花の口から出る言葉は、『ごめんなさい』ばかりだった。


「ここからごめんなさい禁止な」


 そう宣言をすると、やっと止まった。


「そんなに辛かったら、俺が山丹先輩に言ってみるから……しゃべれないことはいわないし」

「ち、ちが……ゲホ」


 違うってなんだ。

 今日の議事録でも見てみるか。


「なんだこれ?」


 クラウド上のフォルダには『他校共有禁止! 裏議事録』と名前を冠した議事録が保存されていた。


 中の文面はこの文書を書いた山丹先輩の怒りで満ちていた。

 所々に私語による妨害や、関係ない話題で盛り上がる連中の個人名までメモをしてあった。


 その中で司会進行を務めたはずのCFこと桐花のの発言は少なく、TYこと陽太郎で埋め尽くされていた。

 その次に多いのはMT、つまり嗣乃だ。


 陽太郎が無理に議題の本筋を進めて、いつしか嗣乃が進行を買って出たような展開だった。

 桐花はそこで自分が役に立たないと落ち込んでしまったかもしれない。


 冊子の表紙には、かなり皺が寄っていた。

 桐花が悔し紛れに握りしめてできた皺かもしれないと思い当たった瞬間、もう桐花の顔が見られなくなってしまった。


「……ど、どうした……の?」


 桐花は少しだけ、声を取り戻していた。


「あの、その……よーに、決められること全部決めてこいって言ったの、俺……」


 他校からの雑音は多いが、桐花は途中までちゃんと進行できていた。

 俺が陽太郎に全部決めてこいと強要したせいで、桐花は勢いづいた陽太郎にペースを乱されてしまったのかもしれなかった。


「……知ってる」

「へ?」


 桐花の表情はまた暗くなってしまった。


「今日、合同企画絶対通そうって、みんなで決めたから」

「へ……?」

「……でも、途中で声、出なくなって……」

「お、俺がよーに合同企画決めてこいって、プレッシャーかけたから?」


 桐花が首を左右に振った。

 桐花にとっては何でも自分のせいだった。

 でも、何でも自分のせいにしたがるのは元々俺の専売特許だ。

 桐花とライセンス契約を結んだ覚えはない。


「と、とにかく俺のせいにしといてよ」


 不用意な発言が、思わぬ場所で人を傷つけてしまった。

 しかも、よりによって桐花を。どう悔やんで良いか分からなかった。


「え?」


 なんで頭を撫でられてるんだ、俺は。

 そんな惨めそうな顔をしていたのかな。


「……今日も、頑張った?」

「え?」

「ずっと疲れた顔、してるから」


『今日も』ってなんだ。


「えと、なんも頑張ってない。解散時間になる前に、帰ったし……」

「知ってる」


 バスケ部とバド部の紛争はちょっとだけ頑張った自覚はあるが、本当に頑張ったのは毎日交互に譲り合うアイディアを出した多江と杜太の二人だ。


 桐花の手が俺の頭から離れると、携帯を見始めた。

 まさか杜太の議事録を見るつもりだろうか。杜太はきっと俺の平凡な仲裁を千割増しで書いていそうだ。


「あいた!」


 頭を叩かれた。

 頑丈そうなスマホケースで叩かないで欲しいな。


「すごいことしてる」


 膨れっ面は可愛くてたまらないからやめてくれ。


「杜太の書いたこと鵜呑みにすんなよ。多江が考えた案で解決しただけだぞ」

「……みんな、頑張ってたのに、頑張れてなくて」


 自分のことに戻ったか。

 桐花の勘違いが手に取るように分かった。


「いや、桐花はすげーよ。進行役なんて俺にはできないぞ」

「……いつも、最後まで、やり通せなくて……」

「やり通せてるってば」

「……役に、立ってなくて」

「桐花!」


 聞こえてないのか?

 仕方ない。

 桐花の頭を抱えて、抱き寄せた。


「聴いてよ」


 嗣乃をあやす時によくしていたことだ。

 感情のコントロールが下手な嗣乃が怒りでパニックを起こした時は嗣乃の頭を抱え込んで、耳元で大丈夫だと必死に言い聞かせていた。


「役に立ってる。すごく立ってる」


 本当はこんな上から目線な言い方はしたくないけれど、こういう時は分かりやすい言葉を選ぶ方が良い。


「……ほんとに?」

「ほんとに……あ、ごめん!」


 慌てて手を離したが、もう遅い。


 今、俺は何をした?

 目の前にいるのは向井桐花こと、クリスティニア・フロンクロスだ。

 嗣乃でなければ、ましてや陽太郎でもない。


「ご、ごめん! な、なんか嗣乃、相手してるみたいに! あ、あれ? 言ってんだ俺?」


 俺の意味不明な言い訳をどう受け取ったのか、桐花がこちらを向いた。


「嗣乃、みたいに……?」

「あ、う、うん? うん! そ、そう!」


 嗣乃みたいに扱ってしまったのは本当だが、それは女の子を抱き寄せても良いという免罪符にはならないぞ。


「……へ?」


 一度離した金髪の頭が近寄って来た。


「嗣乃、みたいに」


 さすがに勘違いするような状況ではなかった。

 恐る恐る桐花の頭を抱き寄せて、肩に載せてみた。


「た……体調、大丈夫?」

「俺より自分の心配しろよ」


 桐花の手が俺の額に当てられた。


「体調悪くて、帰ったって、携帯に出て、びっくりして、」

「え!? 俺がってこと……?」


 ちょっと待て。


「……なのに、家に帰ってないって、母上、言うから、声……」


 我が母上と連絡先交換してたのかよ。

 いや、そんなことに引っかかっている場合じゃない!


「声が出なくなったの、俺のせいじゃないかよ……あたたた!」


 髪の毛を引っ張らないでくれ。


「こうなるのは、自分の、せいだから……ゲホ!」

「だ、大丈夫か?」


 小さなショックでも話せなくなってしまうのは深刻だ。

 それ以上に深刻なことがある。

 そのことを考えるだけで、怒りがこみ上げてきた。


「自分の声が出ないのに俺を探してどうすんだよ! お前の方が大変だろ!」


 また反論材料を探すような顔をしやがって。

 誰にも言えない苦しみの真っ只中にいるのに、サバイバルシートを抱えて仕事サボった馬鹿野郎を助け出したんだぞ。


 俺も俺だ。

 そんな桐花に救われてどうするんだ。


「でかい声出して、ごめん。そ、そろそろ……帰れる?」


 桐花が渋々といった態度で頷いた。


「自転車は押して帰ろう。一緒に行くから」


 立ち眩みでも起こされたら目も当てられない。


「時間……過ぎてる」

「時間どおりだろ」


 桐花は怪訝な顔をした。


「いやだから、六時半までには動けるようになれって言ったろ」

「でも、それ、言い間違い」

「いや、俺は六時半って言ったし」


 桐花の言う通り、本当は五時半と告げるつもりだったところを間違っただけなんだが。


「言いたいことがあるなら明日までにまとめておけよ」

「明日、自治会無い」

「ならチャットか明後日」


 素直に桐花が肯いた。

 納得はしていなさそうだが。


 登山道を抜け、県道を歩く。

 横を歩く桐花はじっと思い詰めたような顔をしていた。


「親に遅くなるって連絡した?」

「二人でいるって言ってある」

「俺とって? 警察呼ばれてないかな?」

「呼ばせないです!」


 険のある声で桐花が言う。

 可愛いな。


「……わざと言ってる?」

「……はい」


 ばれた。

 桐花のむっとした声が聞きたくてつい余計なことを言ってしまう。


 くだらないことを自制できないくらい、俺の頭の中は混乱していた。

 桐花が心配でたまらなかった。

 ひとりで色々なことを抱え込んで破裂寸前なのに、他人を助け出そうと奔走してしまう。


 活き活きとした緑の壁が見えてきた。

 フロンクロス家の生垣だった。


「どうした?」


 不意に桐花が歩を止めた。


「どうしたの?」

「……禁止、解除」


 ごめんなさい禁止のことか。


「あぁ、あれは冗談……あいた! ごめん! 解除する!」


 肩パンは痛いんですけど。

 そもそも謝罪なんて必要ないし。


「何のためにごめんなさいって言いたいんだよ? こんな時間になったことか?」


 ぎっと睨まれたが、いちいち引っかかっていられるか。


「俺だって家に帰りたくない時くらいあるよ。でも、一人は寂しいかったし……」


 あそこでうずくまっていたのは、俺も一緒だ。


「で、でも……長い時間……」


 俺にとっては掛け替えのない時間だった。


「俺は助かったよ。その……また、今日みたいなこと、してくれる? ええと、あれ?」


 何を言っているんだ、俺は。

 でも、これは俺の本心からの発言で間違いなかった。


「……で、でも……迷惑」

「前に言っただろ。迷惑かどうかは相手がそう思うかなんだよ」


 俺の考えた詭弁だけど。

 桐花は何か言いたそうにしてはいたが、小さく頷いてから自転車を押し始めた。


 あと数分もすれば、俺は来た道を引き返して家路に就くのか。

 この時間が終わるのだと思った瞬間、足が前に進まなくなった。


 指先が冷えていくのに、背中を何筋も汗が何本も伝う。


「……大丈夫?」


 桐花にも気づかれてしまった。


「あ、うん、大丈夫……え?」


 自転車のハンドルを持っているのに、小さく震える手を桐花に掴まれた。


「上着持ってくる!」

「い、いや、大丈夫、汗めっちゃかいてるし!」

「駄目!」


 桐花は生け垣を通り抜けると、すぐにナイロンのジャケットを持って戻ってきた。

 お父さんの物らしい巨大なナイロンジャケットを羽織らされてしまった。

 そして、また桐花に手を掴まれた。


「ちょ、ちょっと?」


 そのまま桐花の頬に当てられる。

 それほど強い力でで引っ張られたわけでもないのに、何の抵抗もできなかった。


「き、汚いって」


 そう言うのが精一杯だった。

 桐花の頬が熱いと感じるくらい、手が冷えていた。


「本当に、大丈夫?」

「だ、大丈夫だから。ほ、ほら、もう震えてないし」


 嗣乃の真似なのは分かっているんだが、心臓に悪いよ。


「Honey! Is that you?」


 母親の声に、桐花が咄嗟に手を離した。


「ま、また明日!」


 おい、何してる?

 桐花の母さんに挨拶しないなんて失礼の極みだぞ。


 理性が叫ぶが、俺の足は勝手に自転車にまたがっていた。

 あたふたしながらUターンを決めて、桐花から離れていく。


 俺の足はそのまま自転車をこぎ続けた。

 後ろを確認しようとしても、首さえ俺の言うことを聞かなかった。


 どうして俺は桐花から遠ざかろうとしているのか。

 携帯が二度震えた。


 思わずブレーキをかけると、更にもう一度震えた。


『ヘルメット着用』

『歩道走行原則禁止』

『また明日』


 ヘルメットはハンドルにかかったまま、ガチャガチャ音を立てて暴れていた。

 しかも狭い歩道を疾走していた。


「また明日じゃなくて明後日だろう」


 ぼそっと口に出してしまう。いや、俺も明日と言ってしまったかもしれない。


『理由次第では処す』


 という嗣乃からのチャットは、見て見ぬ振りを決め込んだ。

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