脱走少年と過保護少女-2
雨脚が強まってきた。
それこそ、数体の奇行種がバシバシと屋根を叩いているのかと思うくらいだ。
隣に座った桐花は一言も話さなかった。
今はそれがかえって心地よかったが、あまりにも沈黙が長すぎる。
他校との会議という恐るべき時間を過ごしたのだから、まぁ仕方ない。
「疲れてる?」
反応はなかった。
当たり前な質問をしてしまったからか。
「交流会の資料、見て良い?」
別に何をしたか知りたい訳でもなかった。
投げ捨てるように置かれた桐花のバックパックから、交流会の議題が書かれた冊子がはみ出ていたからってだけだ。
相変わらず桐花は何も言わないので冊子を引き出すと、桐花が一言もしゃべらない理由がすぐに分かった。
『司会進行 クリスティニア・フロンクロス』
山丹先輩の差金でもなんでもなく、ただ平等に順番が回ってきたからに過ぎない。
冊子の中は、桐花自身の書き込みでいっぱいだった。
「が、頑張ったんだな」
言葉が上から目線になってしまったが、素直に尊敬の念がこみ上げてきた。
桐花からは何の反応も無く、暗い顔をして俯いているだけだった。
少しでも気分を変えてあげけれど、俺には無理だ。
「ひっ!」
不意に視界が真っ白になり、お互い息を呑んだ。
地の底から体の芯まで響くような音と振動が響き渡った。
何の反応もなかった桐花が、初めてこちらを向いてくれた。
「い、今のはヤバかったなぁ」
頷く桐花の顔色から、少し暗さが去っていた。
雷様に感謝する日が来るとは思わなかった。
「……疲れてる?」
改めて同じ質問をしてみると、桐花が小さく頷いた。
「たくさん話した?」
また桐花が頷いた。
桐花の喉のヒットポイントはゼロになってしまっているらしい。
イエス・ノーで回答できる質問しかできないな。
「うまくいった?」
少し困った顔になった。自己評価は難しいか。
「褒められた?」
小さく左右に首を振った。
「そっか」
順調にレベルアップを重ねていて羨ましいな。
それに比べて、今日の俺は大したことはな何もしていなかった。
校外組が参加する学校交流会は一番大事なイベントだ。
うちの高校は地域で圧倒的に大きいからか、必ずリーダーシップを取らなくてはならない。
だが、困ったことはある。
他の高校はすべて選挙を経た優良人材を抱える生徒会がやって来るというのに、こちらは志願しただけの烏合の衆だ。
他の高校はそれが不満らしい。
しかもそんな批判に晒されている中、山丹先輩は一年生まで参加させている。
経験を積ませるためには仕方ないのだが。
桐花の仕事ぶりはさておき、陽太郎は渉外の仕事をしっかりこなしているようだ。
生徒自治委員会は学年ごとに委員長を据えるので、一年の委員長は陽太郎で決まりだろう。
俺の意識が脳内を深く彷徨っている間も、桐花は一言も話さなかった。
「帰らなくていいの?」
空の暗さは、厚い雲のせいだけではなくなっていた。
「また両親とも出掛けたの?」
桐花が首を振った。
今日はそんな気分になれないのかもしれない。
「喧嘩した?」
首を振る。桐花の顔が暗くなっていく。
「親と会いたくない?」
桐花の首が小さく縦に動いた。
しゃべりたくない時に俺を利用してくれるのは大歓迎だ。
嗣乃に連絡しておくか。
「うお! はい?」
チャットを送った瞬間、嗣乃から通話が入ってしまった。
『どこにいんだ馬鹿!』
「ど、どこって言われても」
嗣乃や陽太郎にとっては説明しやすい場所なだけに、ぼかして伝えるのも難しかった。
『どうせ雨で動けないんでしょ? 車で迎えに行くから!』
「だ、大丈夫だって!」
こちらの雨音が聞こえているのか。
『どこにいるかくらい教えなさいよ!』
「だから、どこってわけじゃ……」
「くしっ!」
桐花さんタイミング悪いよ。
『え? 誰かいるの? 今の桐花じゃない!?』
ガチで気持ち悪い!
なんで電話越しのくしゃみで分かるの!?
ちらっと桐花の方を見ると、両手の人差し指でバツを作っていた。
「お、俺のくしゃみがそんなに桐花のくしゃみに似てたのか? さすがに失礼だぞ」
これはひどい。
言い訳にもなってない。
『は、はぁ!? ちょっと言ってみただけだし!』
ちょろい。
ちょろ過ぎるぞ嗣乃。
『六時半には帰って来い!』
「はいはい六時半ね」
通話が切れた。
「六時半には動けるようになってくれよ?」
人差し指のバツをほどきながら、桐花が頷いた。
サバイバルシートを羽織り直す桐花の感触が伝わってきた。
「あ……」
余計なことに気付いてしまった。
桐花が近い。
電話が小さなくしゃみの音を拾うほど近いことに、今更気づいてしまった。
一度それに気付いてしまうと、少し体が強張ってしまう。
シートがあって良かった。
汗でネッチョネチョの腕を女子に押し付けるなんて罪深すぎるぞ。
桐花の視線が俺の顔に向かっていた。
体を少し離したのが気になったんだろうか。
「ご、ごめん、なんでもない。あ、そうだ、今日の交流会の議事録とかあるの? この冊子以外」
ごまかしついでに言っただけだったが、桐花はメモ帳を渡してくれた。
進行役だったのによくここまでメモできたと思わせるほど、メモは細かかった。
「ん?」
『JKコーディネート』という謎に満ちた単語にアンダーラインが引っ張ってあった。
「ファッションの最先端を行く女子高校生が古着でコーディネート……? あぁ、これが合同企画か」
学園祭では地域ぐるみのチャリティーバザーが三日間の内二日間、校庭の一部を使って行われる。
そして三日目はバザーの設備を撤去し、合同企画を開催するんだそうだ。
去年はステージを組んでダンス大会を開催したらしい。
この企画は各校の生徒が服をコーディネートする以外、バザーとほぼ同じだった。
チャリティーバザーは雨対策に三角屋根のテントをいくつも用意するのだが、その設置と撤収は苦痛を極めるらしい。
二日目が終わった後は三日目の合同企画のために撤収し、翌朝も早く集合して会場設営をしなくてはならないのだ。
その点、チャリティバザーを継続するだというこのアイディアは、その手間を全て取り除いてくれる。
「すごいなこれ。一石何鳥だよ」
金髪碧眼がこちらをじっと見てから、目を伏せてしまった。
さすがに自己アピールは恥ずかしいか。
誰のアイディアかは書かれていなかった。つまりそういうことだ。
「桐花のアイディアだよな?」
桐花は深くシートを被ってしまった。
「なんでそんなしょげてんだよ? これ完璧に近いぞ」
むぅ、褒め甲斐のない奴。
思った以上に疲れているらしい。
少し黙って桐花を休ませた方が良い気がしてきた。
なんだか、気持ちが上向いてきた。
桐花の活躍が自分のことのように嬉しかった。




