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セカンダリ・ロール  作者: アイオイ アクト
第十九話 少年、初めて己の立場に悩む
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少年、初めて己の立場に悩む-1

 二台に増えた自治会室のスポットエアコンは、並の教室よりも狭い空間をキンキンに冷やしていた。


 自治委員の先輩方は怪我や家庭の理由でスポーツ部を諦めて体力を持て余している人が多い。

 そんな人間に限って、やたらエアコンを強くしたがる傾向にあるのは俺の偏見だろうか?

 例外は嗣乃くらいしか見たことがない。

 白馬も結構な暑がりだ。


 地球だって優しくしすぎたらつけあがるだろという先輩までいるくらいだ。

 言葉を失うレベルの暴論に目が眩みそうだ。


「ぶえっぐし!」


 加齢臭にまみれたオッサンのようなくしゃみが聞こえたが、毛布にくるまって眠る瀬野川仁那のくしゃみだった。

 女子には定期的に体調がどうにもならない日が来てしまう。無理せずに休んで欲しいんだが。


 そんな傷病兵が出てしまった日でも、今日もやることが山積みだった。

 学園祭の催し物の一つに、フリーマケットがある。

 そのために集められた不要品の第一便がついに到着し、その段ボールが自治会室に積まれているのだ。

 もうすぐ手芸部や演劇部の仕分けチームがここに来るはずだった。


「失礼しまーす! え? ここ寒くない?」


 ノックもせずになんだ。

 うちのクラスの女子じゃねぇか。しかもチャラい系の。

 財布出せって言われたら出すしかないぞ。


「うわ、安佐手だ!」

「あ、おはよう」

「あ、おはようだって」


 ぼそぼそとわざと聞こえるように話してなんだよ。揚げ足取りやがって。

 こっちも揚げ足取ってやろうか? 校内で私服は禁止だぞ。


「依ちゃんがここに部活の紙出せって言うから持ってきたんだけど」

「ち、ちょっと待って! 何の書類? チェックするから」


 べしゃっと紙を出入り口近くの机に置いて出て行こうとするのを慌てて止めた。


「は? 全部埋めてあるし」


 記載内容が正しいかチェックするのはこっちなんだよ。


「えと、記載内容確認するんで、待っててください」

「突然の敬語!」


 わざと聞こえるように言うな。

 面倒臭いから反応しないが。

『聞こえないフリしてるー』といわれるのがオチだが、この手の人間のワンパターンさを理解していればそれほど腹は立たない。嘘! すげー腹立つ!


「瀬野川、仕事」


 部活関連の担当は俺じゃないので、担当している人間を呼ぶしかあるまい。


「……あ゛?」


『あ』に濁点を付けないで発音してくれると助かるんだけどなぁ。

 瀬野川の悪態に、女子達の表情が強張った。


「せ、瀬野川……さん?」


 分厚い毛布をかぶっていた瀬野川が、ゆっくり起き上がった。


「……あ゛?」


 ふらふらと五人の前に立ち、俺の見ていた書類をひったくった。

 瀬野川が五人組に人差し指を向け、くいくいと動かした。

 こっちへ来いという意味らしい。


「ひっ! え? 何?」

「ちっ」


 舌打ちに怯えた女子達がそそくさと瀬野川の近くに寄った。


「えっと、一年生五人で手芸部から独立して部を作りたい……んだけど」


 瀬野川はどっかりとパイプ椅子に腰を下ろすと、今度は俺に手を向けて人差し指をちょいちょいと動かした。

 近くに置いてあった赤ペンを渡すと、書類が瞬く間に修正で埋まっていった。


「え? やめてよ!」

「……あ゛?」


 一通り赤入れが終わったのか、瀬野川が俺に書類を押しつけた。


「えと、編みぐるみ・フェルト人形部、却下。手芸部と内容に重複。所属予定者五名、却下。十名以上で部活申請可。顧問無し、却下。教頭先生の承認が必要……」


 長々と全文を読み上げても、誰一人声を発さなかった。


「……ね、練り直しお願いします」

「……は、はい……」


 瀬野川は床に寝転んで毛布を被ってしまった。

 真っ赤に染まった申請書をもった連中は寝た子を起こさぬよう、抜き足差し足で自治会室のドアをくぐり抜けた。


 その間を縫うように、小柄な影が自治会室の中へと入ってきた。


「ふう、ただいま……この部屋なんか暑くない? あれ? 旗沼先輩と汀さんは?」


 さすが運動部出身白馬さんだぜ。

 温度感覚がぶっ壊れている。


「あ、ああ、お帰り。嗣乃は交流会に合流したけど、旗沼先輩は分かんないな」


 女子達は今までのことを忘れたかのように色めき立っていた。

 人気の美少年のお通りだから仕方ない。


「うぅー」


 女子達の体がびくっと跳上がった。

 ここには眠れるプレデターがいることを忘れていたな。


「うぅーー!」


 わざとらしく瀬野川がまたむずかる子どものようなうなり声を上げた。


「うるさい!」


 女子達が凍りついた。

 白馬がこんな怒り方をするとは思わなかったんだろう。


「はい、これ、先生にロキソもらってきたから。飲んで」

「うぅー……」

「だから保健室行こうって言ってるんだよ」


 女子達は今ここで起きている事態を克明に記憶して拡散しようと、脳細胞をトップギアに入れていることだろう。


「あーん」

「自分で飲んで」


 瀬野川の体調不良は女子特有のものだけではなかった。


 昨夜、父親と一戦交えたらしい。

 父親自慢のイタリア製のバスタブまでぶっ壊してやったというのだから、勇ましい限りだ。

 父親との決戦こそ、白馬への返答を保留にしていた第一の理由だ。

 ついに父親を陥落させることには成功したようだが、罪の意識に苛まれてこのザマだ。


「安佐手君、交野先生がクローザーに肩作らせろって言ってたんだけど。安佐手君を呼べって意味でいいのかな?」


 エースの次はクローザーか。

 小会議室でスポーツ部がもめてるんだっけ。

 行きたくねぇな。


「うぅー!」

「仁那ちゃん、そんな声上げる元気があるなら仕事してもらうからね?」

「……うぇぇ……」

「い、今仕事したぞ?」


 フォローくらいはしておいてやらねば。


「ふーん。でも今はそうやって寝転がって唸ってるんだよね?」


 怖いなぁ白馬。

 もうちょっと甘い空気を醸しても良いと思うんだけど。

 白馬なりには心配しているのは分かるが。


「じ、じゃぁ、行ってくる」

「うん。宜しくね」


 小会議室には行きたくないが、極寒の自治会室と手負いの狼から解放されたのは少し嬉しかった。


「ち、ちょっと安佐手! これどういうこと!?」


 まだ居たのかよ。


「え? あの……そういうことだけど」

「えーだって全っ然結びつかないんですけどあの二人!」

「あ! 二人がまねきでカラオケしてたって聞いたことある!」


 客もバイト店員もうちの生徒のカラオケ屋でデートしていたのか。

 わざと目立つためかもな。


「あ、あの、自治会内でいちゃついてるとか、そういう情報は流さないで欲しいんだけど」

「はぁ!? それがいっちばん流したい情報なんだけど!?」

「いや、事実じゃないし」


 自治会室のドアを小さく開けた。

 女子達が隙間にかぶりついた。


「……誰もいないのにー」

「うるさい」

「……ねーねーこっち向いて」

「向かない」

「うーうーうー!」

「うるさい!」


 案の定、白馬は瀬野川をしっかり突き放していた。


「え……白馬君、やばくね?」

「やばくないこれ?」


 なんで『やばい』だけで会話を成り立たそうとするのかな。

 成り立っているから文句は言えないが。


「や、やっば! どうやって瀬野川さんのこと調教したのかな?」


 あ、そういう解釈?


「うわー自治会入れば良かったかなー? 瀞井とか御宿直とかもいるなんて知らなかったからさー。ねーねー安佐手、今からでも入れる?」

「え? 平行参加禁止だから」


 設立申請書持ってきた奴が何を言っているんだ。


「えーでも瀞井はちょっと背高過ぎて持て余さない? 御宿直はなんかキョドってるし」


 持て余すって意味を分かって使っているんだろうか。

 まぁ、いいか。

 放っておいて小会議室へ向かおう。


 空は夕立を降らせてやろうと息巻いているかのようだった。

 今日の解散予定時間である三時きっかりには終わらせて、夕立が降る前に帰れるといいな。

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