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セカンダリ・ロール  作者: アイオイ アクト
第十八話 少年の諦観(ただし、やや前向きな)
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少年の諦観(ただし、やや前向きな)-2

 瀬野川邸は急行停車駅から二十分ほどで歩ける好立地にありながら、純和風の立派な塀に豪勢な門構えの大豪邸だ。


 勝手口を入ってすぐの場所にあるはなれが、瀬野川仁那の部屋になっていた。


「……増えたな」


 来る度に物が増えていく。

 薄い本とおかしなフレーズが躍る肩掛けが付いた漫画、アニメで見覚えのあるアクセサリー類。

 ステルスヲタを楽しむのは良いが、ソウルジェムと花札イヤリングは一発でバレるぞ。


「増えるのはもう仕方ねーし。最近アタシ達狙い撃ちにされてんだもん」


 もうベッドに寝転びやがって。


「いや、自分から銃弾受けに行ってるだろ」


 昨今の男ばっかり出てくるコンテンツは実際に腐女子を狙い撃っているって訳ではない……はずだ。


「いやいや、どう考えても意図してるって!」

「んな訳ねーだろ! せめてペダルと鬼滅は男の子に返せよ!」

「返して欲しかったらそれなりのリターン用意しろや! どんだけ養分与えてると思っとんじゃ!」

「これ以上吸い取られる前に返せっつってんだよ俺達からの慈悲だぞ!」

「うるせーこんだけ育てたらもう後には引けねーんだよ!」

「あはは、こんな会話僕にはできないや」

「「しなくていい!!」」


 ああ、白馬の困った笑顔は本当に美しいという域だ。イラッとくる。


 どうやら俺と白馬が来ることは親御さんに報告済みらしく、大量の野菜が入った袋がいくつか部屋に入ってすぐの場所に置いてあった。

「アサデ」と「ミギワ」、そして「シラマ」と書かれてあった。

 こんなでかいビニール袋を二つも持って帰らないといけないのか。

 我が三家で消費される野菜のほぼすべては瀬野川家の物だ。

 瀬野川家には本当に頭が上がらない。


「そーいやさ、つぐ達の仕事ってなんなの? 最近部活の仕事多くて追い切れねーんだけど」

「あぁ、任せきりで悪い」

「任せきりにしといていいよ。アンタがアタシを部活統括に推薦したんでしょ? 期待には応えてやるさ」


 瀬野川を文化部の統括に推薦したのは俺だ。

 理由は眼力だ。瀬野川の有無を言わせない目つきは誰しも逆らいにくい。文化部員なら尚更だ。


 白馬は俺の推薦ではなく、先輩直々の指名でスポーツ部の統括を旗沼先輩とやっている。

 スポーツ部は統括しなくてはならない人数が文化部よりも格段に多いので、更に忙しそうだ。

 白馬がガタイの良い先輩に間違いを起こされないかという心配はあるが、そうなればなったで瀬野川はむしろ惚れ直してくれるだろう。知らんけど。


「えっと……校外組は近隣の学校と話し合って学園祭で使う物品の融通とかし合ったり、合同の出し物をしたりするんだってよ」


 話し合い自体は去年から始まっているが、日程の調整と資材の調整がメインだ。

 日程が重複すれば、別々の学校に通う兄妹がいる親御さんは困ってしまう。

 それに日程が集中しすぎれば、商品やら材料やらの仕入れを引き受ける商店さんや農協にも影響が出てしまう。


 陽太郎と嗣乃の行動力は役に立つだろうと交流会に推薦はしておいたが、そこに山丹先輩が桐花を組み込んだのが少し心配だった。


「ふーん。多江もとーたも実会(じっかい)で忙しそうだしねぇ」


 実会とは学園祭実行委員会の略だ。

 少しずつ互いのスケジュールが合わなくなってきた。


「全然つぐ達と遊べねぇなぁ」


 何をグチグチ言っているんだ、こいつは。


「白馬と一緒にいればいいだろ」

「それとこれとは別なの」


 学園祭実行委員会に杜太と多江を推薦したのは俺だ。

 言った言わないが多く発生する話し合いの中で、杜太は人の話をしっかり覚えているからだ。記憶力が良すぎることがイジメに繋がってしまったこともあった。


 実行委員会は多数の人間に影響のある会議だ。

 矛盾が発生したら数テンポ遅れようが必ず言えと言い含めてはある。

 そのフォローは多江にお願いしてあるから問題ないだろう。


「ふふ、こんなに忙しいとは入った当初は思ってなかったよ。でも、楽しいね」

「ほんっと。まさかアタシがこんなに真面目に仕事する日が来るとは思わなかったんだけど。てか、つっきーが一番働いてんのも不思議なんだけど」

「いや、何言ってんだよ。俺一人だけ平社員なんだぞ」


 そう、俺だけ主要業務を申し付けられていないのだ。

 強いて言えば、依子先生と山丹先輩の便利な小間使いだ。

 俺のしていることといえば、全員の仕事を見ながらちょいちょい手伝いをするだけだ。


「そんなことないって。みんなの仕事を把握してるのって安佐手君だけなんだよ? 先輩もアテにしてるんだから」

「いや、そんなにアテにされてないけど」

「さっきからつっきーのくせに『いや』が多いんだよ」


 なんてイチャモンだよ。


「そもそも仕事の割り振り考えたのオメーだろ?」


 そりゃそうなんだが。


「あ、あくまで推薦しただけだぞ? 俺に話を振ったのは先輩達だし」

「ふぅん。多江ととーたを学祭実行委員会に推薦したのもアンタなの?」

「そうだよ。別に私情は挟んでねぇよ」


 ベッドに寝転んでいた瀬野川が体を起こしてボリボリと頭を掻いた。


「なんで挟まねーの?」

「必要ねーからだよ」


 俺は私情のために学園祭も学校運営も崩壊させたくないだけだ。


「……もしかして、多江がアンタを振ったの?」


 下手!

 話の展開させ方が下手!

 こいつ本当に瀬野川か?


「さすがにそれはねぇよ」


 かなり早い段階であなたに気がありませんと壁を張られたんだよ。

 恥ずかしくて言えないけどさ。


「瀬野川だってよーがどうのって言ってたんだろ?」


 逃れたい一心でこういうこと言っちゃう俺もひどいね。


「ハァ? 話の腰を折ろうったってそうはいかねー!」


 え? そういう反応?

 というか話の腰をへし折ったのは瀬野川だろ。


「ま、一方的なのも悪いから話しとくわ。アタシさ、よたろーのこと嫌いなんだよね」

「う、うぇ!?」

「だからよたろーって呼んでやってんだけど」


 混乱するな。まずは話を聞け。


「誤解すんなよ? ある一面が嫌いなだけだからな?」

「う、うん……?」

「アイツがつぐを独占してるってのがホントに許せないの。アタシさ、多分アンタが思ってる何倍もつぐのこと好きなんだわ。マジでアタシの理想の存在だよ。ほんとつぐのためなら何でもしてあげられるわ……あん? どうした?」


 心臓がうるさくなり始めた。目がどんどん乾いていく。

 喉も鼻の奥もじりじりと熱を帯びていく。

 白馬は案の定、固まっていた。


 確かに嗣乃と瀬野川は「愛してるぅ」などと抜かして抱き合って唇同士でキスも平気でする。

 度を超したスキンシップには眼福……もとい閉口していたが、瀬野川は本気だったのか?


「いや、その、瀬野川……嗣乃はそういうつもりじゃないと思うんだけど……確かに桐花をペロペロしたいとか馬鹿なこと言ってるけど、その、別に、えと、合意があれば、全然いいけど、その!」


 まずい。

 先程から口を利かない白馬の目が真っ赤だ。どう助け出せばいいんだ。


「は? 何言って……あ! いやいやいやいや違う違う違う違う!」

「な、何が違うってんだよ! し、白馬は嗣乃の代わりか!?」

「違う違う違うって! アタシの理想の見た目って意味で! な、なっちのこと女っぽいから好きになったりしないから! いや、そこも好きなところだけどさ!」


 な、なんだ。そうか。

 白馬との関係が妥協の産物だったらどうしようかと思ったじゃねぇかよ。


「あ、ああ、そういう、こと……手の震えが止まんないよ、もう」


 ベッドから飛び降りた瀬野川が、白馬に覆い被さった。


「ごめん……落ち着いた?」

「……うん」

「俺帰るわ」

「帰ったら殺す」


 はぁ、爆発しないかなこいつら。


「……で、その、理想ってなんだよ?」

「理想は理想だっての。ノーメイクでも目がでかくて、微妙にウェーブかかった濃い黒髪で、鼻も身長も高すぎず低すぎずで、アゴのラインもソフトすぎずシャープすぎず。ちょっと気が強いところとか、でも実はヘタレなところとかさ!」


 瀬野川の見た目で嗣乃の見た目に憧れるのは贅沢だと思うが。

 嗣乃は嗣乃で瀬野川に憧れているんだし。


「テメーはなんでそんなに冷静なんだよ? つぐのこと可愛いとは思わねーのかよ? やっぱ多江とかみなっちゃんみたいな感じがいいわけ? それともアンタってホントにアタシ好みの性癖なの?」

「BLは趣味じゃねぇよ」


 俺の好みの話にシフトしてどうする。


「とにかく話を戻せよ! これがよーが嫌いだって話とどう繋がるんだよ?」


 デレデレだった瀬野川の表情が戻った。


「……あんな朴念仁に嗣乃はもったいねえっつってんの」


 なんだと。

 頭の中で何かが軋むような音が響いたという表現を実感した。


 俺は瀬野川を味方だと勘違いしていたらしい。

 瀬野川が白馬との思いを果たしてくれたことで、俺の味方になってくれたと勝手に思っていた。


「あ、安佐手君、目が怖いよ」


 口を開けてはみたが、言葉が出なかった。

 泰然自若としている瀬野川が、腹立たしかった。


「つっきー、だからさぁ」

「だから、なんだよ」


 喉がやっと言葉を吐いた。

 瀬野川は全くひるむ様子はなかった。


「嗣乃の相手、アンタじゃ駄目なの?」


 眼球が頭蓋の奥へと引っ込むような錯覚に襲われた。

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