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セカンダリ・ロール  作者: アイオイ アクト
第十七話 少年に恋は理解できずとも
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少年に恋は理解できずとも-6

「……ぶぇぇ……」


 燃え尽きてるなぁ。

 休憩スペースのベンチで、瀬野川は嗣乃の膝を枕に寝転がっていた。

 マナーは悪いが、仕方ないか。


「……つぐのせいでひどい目に遭った……」

「はいはいごめんって」


 (むずか)るように振り回される瀬野川の手は嗣乃に摑まれ、そのほほに当てられた。


「落ち着いた?」

「……うん」


 なんとか自分の足で外に出られた瀬野川だったが、たどり着いた休憩コーナーで力尽きた。

 桐花は自転車のパンク修理セットの中からゴムセメントを取り出し、瀬野川の靴を修理できないか試していた。

 常時パンク修理キットを携行する金髪碧眼の女子高生なんて、日本には桐花一人しかいないだろうな。


「なっち……飲み物……お願い」

「すぐ買ってくるね!」

「待って、一緒に行くから!」


 白馬が駆け出すと、それを追って陽太郎も行ってしまった。

 陽太郎が白馬の脚力に付いていけるとは思えなかったが、白馬の走り方はぎこちなくて遅かった。


「靴、駄目かも」


 一応ソール前半分は固定されたが、数歩もあるけばまた壊れてしまいそうだ。


「多分、靴屋さんまでは持つから」

「あー……ありがと」


 ちょうど白馬と陽太郎が帰ってきた。


「白馬、取りあえず瀬野川引き摺ってあの安い靴屋行ってこいよ。確か下取りで5%引きだったろ」


 こんな自分で壊したような靴でも下取りしてくれるのか知らんが。


「え!?」

「うわっ!」


 瀬野川ががばっと起き上がり、嗣乃がギリギリのところで頭を動かして避けた。


「ひ、一人でいけるし!」

「仁那が一人で靴屋入ったら出てこないでしょ。あたしも行くから」

「い、いや……桐花、つっきー! カマン!」

「は? なんで俺……わ、分かったよ」


 う。貞子に睨まれて息絶えた人々の気持が分かった気がした。

 なんて睨みだ。


「ごめんね安佐手君、宜しく頼むよ」


 保護者にまで言われてしまった。


「つっき、ちょっと」


 嗣乃が俺の耳に口を寄せた。


「仁那のこと、お願い。あたしに言いにくいことがあるみたいだから」


 そんなことを言われても。

 でも、嗣乃のためなら仕方ないか。


「瀬野川、行こう」

「な、なんか靴の裏ねばつく」


 そりゃそうだ。

 ゴムセメントはすぐ乾くが、瞬間というわけじゃない。


「……あのさ」


 休憩所から十分距離が取れた所で、瀬野川が切り出した。


「これ、忘れてよ」


 瀬野川の暗い表情が心に突き刺さった。

 ソールを削り込んでまで身長を低く見せようとする呆れた努力は、どう考えても白馬のためだ。

 白馬との身長差は六、七センチというところか。

 宇宙船で新天地を探す十五メートル超の彼女持ちよりはマシだと思うが。


 白馬の足元にも、同じことが起きていた。

 底の厚いブーツを履いているから、俺よりかなり身長が高くなっていた。

 普段から軽量なランニングシューズばかり履いていたはずの白馬に、誰があんな靴を強要したかなんて明らかだ。


「そのソール、どうやって削ったんだよ?」

「だから忘れてっての……うちにでっかいグラインダーがあるのよ。木工用の」


 何をしているんだか。

 

「つ……つっきーさ、その、察してると思うし、気を悪くしないで教えて欲しいんだけど」


 うわ、瀬野川が乙女モードだ。


「例えば、えと、多……つぐがヒール履いてきたらどう思うの?」


 暴投レベルの質問だ。


「相手が多江だろうが嗣乃だろうが俺の身長だと自分より背高くても気にしねえよ……桐花でも」


 はぁ、俺って結構優秀なキャッチャーだよな。

 こんな大暴投をわざわざフェイスマスク無しの顔面で受け止めるんだからな。

 なんとなく桐花と目が合ったので桐花とも付け加えては見たが、やはり悩ましい顔をしていた。


「怖くてヒールあるの、履けない」

「怖いって何よもう! ショートデニムにサンダル決めさせようとしたのに筋肉ムッキムキだから出したくないって何よ! いっつもエッロいスパッツ履いてるくせに!」

「れ、レーパンはそういうのじゃないから!」


 話をふっ飛ばしやがって。

 よく見ると、桐花が着ている服は全部お下がりだ。


 グレーの知らない大学名が入ったシャツは瀬野川が着ていた物だし、下に履いている黒いジョガーパンツも嗣乃が着ていた物だ。


「桐花、頑張って十センチのウェッジ履いてみちゃいなよ! あ、駄目だ! 桐花がアタシくらいデカいなんて考えたくもない!」


 靴が壊れているというのに派手な動きで桐花に抱きつく。

 なんで女子は抱きつくのが好きなんだ。眼福。


「仁那くらいの身長欲しかったもん!」


 桐花はへの字口をマスターしたようだ。


「もうちょっとくらい伸びるって! でも今超絶可愛いから! な、つっきー!」


 俺に同意を求められてもな。


「う、うん。このままでいいと思うけど」

「……今日から牛乳いっぱい飲む」


 桐花が見事にむくれてしまった。


「うわわ、ソールまた取れてきた!」

「あ、あとちょっとだから、ゆっくり歩いて」


 取り留めの無い会話が続いていた。

 三人とも、核心に触れられずにいるからだ。

 俺が切り出すしかないのか。


「あのさ、瀬野川」

「な、何よ?」


 もう、耐えられなかった。

 瀬野川には悪いが、言いたいことを言わせてもらおう。

 俺、こんなキャラだったっけ。


「普通の靴買えよ」

「……それで嫌われないってアンタが保証してくれんの?」


 誰にだよ? と質問するのは愚問か。

 なんで陽太郎が好きだと多江にほのめかしたんだ。

 瀬野川は間違いなく白馬しか見ていない。

 それが俺の怒りに拍車をかけた。


「こんな靴履いてあんなブーツ履かせてるってのはなぁ、お前は背低くて一緒に歩いてて恥ずかしいとか言われたも同然なんだよ」


 瀬野川が目を見開いて言葉を失っていた。

 まぁ、助け舟は出すが。


「靴擦れ我慢してあんなブーツ履いてんだぞ? 白馬の気持ちを考えてやれよ」

「う、うぬ……普通の靴にする」


 そうだよ。

 身長なんて気にしてませんアピールが大事だ。

 もう白馬のためになることだけをしてやる。本心が見えない瀬野川に合わせるなんて、無理だ。


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