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セカンダリ・ロール  作者: アイオイ アクト
第十七話 少年に恋は理解できずとも
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少年に恋は理解できずとも-4

 惨めな気分を味わっているかもしれないのに、白馬の顔は優しかった。


「あのね、安佐手君、仁那ちゃんは寂しいんだよ」

「ち、ちが……!」

「何が違うの?」


 うわ、今白馬さんすっげぇ鋭い目したよ。


「仁那ちゃんも安佐手君と同じくらい素直じゃないからね」


 そしてすぐに柔和な顔に戻った。


「安佐手君と多江ちゃんはいい関係にあるって思ってたんだよ。でも、安佐手君が多江ちゃんを突き放してるのを見て、すごくショック受けちゃったんだよ」


 本気でそんなことを言っているのか、瀬野川は。


「……な、なぁ、実際俺みたいなのが多江って言うか、女子とその、どうこうなれるって、いくらなんでも」


 偽らざる本音を話しているのに、左右から思い切り睨まれているのは何故だ。


「はっきり言って欲しいみてーだから言っとくわ」


 瀬野川が息を吹き返した。


「……つっきーはさ、そりゃよたろーに比べたら見てくれについては劣るよ。しかも根暗だしコミュ障だしキモヲタだし態度がドライ気取りだし、たまにマジで腹立つ!」


 はっきり言われるときついな。

 背中に汗が溜まってきた。


「や、やっぱり俺が自分について思ってる通りの印象じゃねえか」

「安佐手君!」


 俺の肩に手をかけた白馬を瀬野川が手で制した。

 その制した手で俺の髪の毛を掴んで引き寄せ、すんすんと鼻から息を吸い込む。


「な、なんだよ? 死ぬ気か?」


 至近距離から瀬野川にギッと睨まれると、心臓を鷲掴みにされるような気分にさせられる。


「アンタ洗ってない服何度も着たりしてねーだろうな?」

「す、するわけないだろ」

「風呂は毎日入ってんだろうな?」

「あ、当たり前だろ。嗣乃に夜も朝も強要されてるっての」


 同様に強要されている陽太郎の毛根が早死にしないか心配なくらいだぞ。


「つぐの部屋着みたいにケツを拭く役にも立たねーようなTシャツずっと着てねぇだろうな?」


 自分の半身をそこまでけなすか。


「……型崩れしてきたら勝手に捨てられてるっての」


 全プレでもらったTシャツさえも。


「アタシの鼻に息ハーってしてみろ」

「……リステリン使ってるけど死ぬぞ?」

「ならよし。ま、女子に近付く権利だけはあるわ。つぐに感謝しとけバーカ」


 よく分からんが、瀬野川流の慰め方なんだろうか。

 とはいえ、俺の残念さが消える訳じゃない。俺の隣に俺の思う相手はいないという事実は変わらないんだし。


 俺は一人で多江とどうこうなりたいけど無理だと思いつつも、なんとなく期待しているだけだった。


「つっきーよ」

「な、なんだよ?」


 突然緊張感を漂わす声を出されると心臓に悪い。


「次はしくじるなし」

「つ、次……?」


 多江が杜太を選ばなかった場合だろうか。

 まあ、なくはないだろうけど。


「……アイスカフェオレ薄くなっちゃうよ?」

「お、サンキューよたろー!」

「その呼び方しないでよ」

「ダメー! 気に入ったから!」


 陽太郎はもうあきらめたのか、近くのテーブルにカップを並べた。


「何の話してたか知らないけど、待たせすぎの仁那にはオールドファッションね」


 嗣乃め、オールドファッション様を刑罰にする気か?


「はあ? そんなボソボソすんの食えるかっての!」


 嗣乃から瀬野川に手渡されたものの、袋の上に戻されてしまったオールドファッションに手をかけたのは桐花だった。

 そして、そのままかじりついた。


「え? アンタこんなモソモソするのでいいの?」

「おいしいもん!」


 瀬野川の言い様にムッとたらしく、カスを口から飛ばしながら反論した。

 ソースせんべいといい、オールドファッションといい、口の中が乾く物が好きなんだろうか。

 しかし、問題はあのオールドファッションは俺用に選ばれた物ってことだ。


「へぇ、つっき以外でそんなの好きって初めてかも」


 嗣乃の言葉に驚いたのか、桐花の口の動きが止まった。


「い、いや、取られたって思うほど好きじゃないから」


 本当は大好きだ。

 すっかりオールドファッションを食える気でいたくらいに。

 結局、俺にはハニーディップが回ってきた。

 瀬野川拷問官の尋問で消耗した脳にはありがたい甘さだったが。



「さーて、どこ行くか決めよ」


 瀬野川の切り替えの速さが怖い。


「ほれ、クーポン」


 嗣乃が瀬野川に小さなファイルを渡した。


「おっほー! サンキュー!」


 俺と嗣乃の母はこのモール内で仕事をしているお陰で、優待券や割引券を山ほど持っているのだ。内勤なので会えないんだが。

 嗣乃はよく偉そうに女子はファッションからメイクまで悩みが深いなんて抜かしつつ、瀬野川に頼りきっている。

 その対価がこの割引券の山だ。


「あ、イベントのタダ券いっぱいあるから行こうよ」

「は? 行かねーし!」


 このモールにはかなり大きい催事スペースがある。

 今回の催し物は『科学的根拠に基づいた最怖のお化け屋敷』などという、時代に数歩遅れている感が否めないものだった。


「へー。お化け屋敷なんて小学校以来だよ」

「なっち! 真顔三兄弟とお化け屋敷なんか入っても楽しくないって!」


 瀬野川もまた変な異名を考えやがって。

 残念ながら否定は出来ない。

 俺達三兄弟はお化け屋敷も絶叫マシンもまったく平気だ。

 安全対策に全幅の信頼を寄せることができてしまう人間にとって、お化け屋敷もジェットコースターも怖い物ではなくなってしまったのだ。


 これは研究を生業にしている陽太郎の親父の影響だ。

 曰く、世界中にジェットコースターが何万台とあって何億回と運行されている。

 にも事故は驚くほど少ない。

 そんな話を子供時代に吹き込まれ続けたのだ。

 スピードや揺さぶりにスリルや恐怖を感じることはあっても、叫ぶほどではなくなってしまった。

 お化け屋敷も同様に、所詮人工物で安全な代物なんだと刷り込まれてしまっていた。


「ねぇねぇ桐花! お化け屋敷とか苦手? 苦手ならあたし達がガードするから!」

「入ったことないから、分からない」

「ん? お父さんもお母さんもホラー映画好きって言ってなかったか?」


 一緒に遊園地へ行くような友達を作らなかったのか。


「お父さんもお母さんも、日本の幽霊は怖くて無理って」


 確かに、日本と海外の化け物は怖さの質がかなり違う。


「桐花、行きたいでしょ!?」

「つぐ! 裏切んなし!」


 嗣乃に向かって頷く桐花の目が、行ってみたいと輝いていた。

 瀬野川をコントロールするのは簡単だ。


「白馬、瀬野川説得してくれ」

「ハァ!?」

「安佐手君が久しぶりに頼ってくれるのは嬉しいけど、そんな簡単なこと?」

「な、なっちの裏切り者!」


 白馬が男でも惚れそうな笑顔を浮かべた。


「大丈夫だよ仁那ちゃん。みんなが行ってる間にここで待ってればいいんだよ。ひ・と・り・で」


 そして、残酷なことを言う。

 やはり俺の友人の中では白馬が一番恐ろしい奴だ。

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