少年に恋は理解できずとも-2
俺の残念な顔面にあざができたところで、見る者の不快指数を大幅に上昇させる以上の実害はない。
しかし、俺自身のイライラが収まらん。
抵抗空しく連れ出されたショッピングモールは雨のせいか、人影がまばらだった。
嗣乃はいつの間にか桐花だけでなく、瀬野川と白馬まで呼びつけていた。
祭りの前日の荷物運びに二日間、プラス翌日の清掃。
計四日間の労働による臨時収入があったら、何かを買いたくなるのも仕方がない。
学生ごときの貯蓄はたいしたことがないから、買える範囲の物を買って楽しめというのは我が父の弁だ。
だが、俺が欲しい物はこのモールにはないから時間の無駄でしかなかった。
俺に降りかかるこの不幸は間違いなく、『寄り戻し』というやつだ。
俺は先週の例祭で女子と二人きりという幸運を使いすぎた分、見えざる力に調整されたのだ。
いや、これだけでは全く調整できていないのは明白だ。
更なる不運に備えておかねば。
「アンタいつまで凹んでんの? 女に一発ぶん殴られただけでキメェ」
今日も瀬野川仁那は容赦がなかった。
「つぐ! テメーも離れてねーでこっち来いバカ!」
信じがたいことだが、瀬野川はこの物言いで俺と嗣乃の間を取り持とうとしてくれているのだ。
「わ、悪かったって言ってんのに」
目くらい合わせて言え。
まぁ、俺は許す準備はある。
怒りは持続させないことが大事だ。
怒りは恨みだの妬みだの悲しみだの、あらゆる負の感情に変化しやすい。
そうなる前に自分の中で消化しておくべきものだ。
ここで人や物に当たり散らすようなマネをすれば、それが癖になってしまって自分の中で解消できなくなる。
そして、八つ当たりされた相手の怒りは同様に他へと伝播して取り返しが付かなくなっていく。
……というのも我が父の受け売りだ。
「もういいから桐花をなんとかしろよ。瀬野川の腕が腐り落ちるぞ」
趣味は腐りきっているが。
瀬野川の腕をがっしり掴んで離さない金髪はこちらを見ようともしてくれない。
「小っさくて金髪碧眼でエロ耐性マイナスレベルの女子高生ってどんだけ萌え要素備えてんのよアンタは」
「もえ……?」
「意味はググれ! ああ鬱陶しい! 離せえぇ!」
「や、やだ!」
無駄だ瀬野川。
桐花はちょっとやそっとの力で引きはがせる手合いじゃないぞ。
頑なに瀬野川の腕を離さない桐花を見ていると、遠慮がなくなっているのが分かる。それはとても良いことだ。
「き……桐花! あたしの腕なら使っていいから! 桐花に嫌われたら死ぬしかないからこっち来て!」
「やだ! 嗣乃、変なところ触るから!」
桐花のどこ触ったんだ、嗣乃の馬鹿は。
しかし、どうにもひっかかる。
桐花は俺以外にはちゃんと言葉で話すんだな。
「みんな往来で騒がないの!」
白馬の微妙に年寄り臭い一喝でやっと収まった。
人影まばらとはいえ、ショッピングモールでこれは止めて欲しい。百合の花が咲き乱れる痴情のもつれみたいでちょっと興奮しちゃうし。
「ほら、休憩スペース行くよ!」
陽太郎が嗣乃と瀬野川の腕を掴んで歩き始めた。
瀬野川に縋りついていた桐花もそのまま引きずられていく。
「ふふ、安佐手君が好きなゲームみたいだね」
うわ、本当だ。
陽太郎も調停役を買って出てくれるのは助かるが、すごい光景に出くわした気分だ。
黒髪ロングの嗣乃、ブラウンアッシュのセミショートの瀬野川、そこに縋りついている首が見えるかくらいの長さの金髪。
ハーレムゲーは趣味じゃないつもりなんだけどなぁ。
「だぁもう! どんだけ力あんのよアンタは!」
桐花からされた瀬野川が、仕返しに桐花の両頬を手で挟んでぐいぐいこねくり回していた。
「ご、うぇん……」
瀬野川が横柄な態度でベンチに座り込んだ。
「仁那ちゃん足閉じる」
「うーい」
ショートパンツとはいえ、大股開きは確かに問題があるだろう。
瀬野川にしてはシンプルな格好だった。
首周りが少し広いTシャツの上から、ぺらぺらの長袖パーカ一枚だけだ。
紺のゆったりしたポロシャツにショートデニムを履いている嗣乃の方が、よほどおしゃれに気を遣っているように見えた。
しかしその紺のポロシャツ、俺のだった気がするんだが。
「ちょっとつぐミスド行ってきて。後で払うから」
「はぁ? 百円の日なのに?」
店舗フロアは人影まばらだが、フードコートだけはいつも先客万来だ。
しかも、全品百円キャンペーン時のドーナツ屋は地元三大奇祭とも例えられるほどの混雑だ。
「いいから! よたろーと桐花はアタシが好きなアイスカフェオレ人数分」
「よ、よたろー? え? あのコンビニここから一番遠いのに?」
瀬野川、もしかして依子先生の呼び方気に入ったのか?
「いーから! あ、つっきーの分はつぐのがおごれよ」
瀬野川が陽太郎と嗣乃にあからさまなアイコンタクトを送っているのが分かった。俺の隣に立っていた白馬は心配そうな顔を浮かべていた。
嗣乃はぶつくさ言いながらフードコートへと去り、陽太郎と桐花は二言三言相談してから歩き去ってしまった。
なんというあからさまで雑な人払いだよ。
「つっきー、隣に座れ」
やっぱりか。
何について尋問されるのかは目に見えていた。
「おい、アタシの大事な半身がなんでアンタじゃなくてとーたとおデートしてんだ?」
「仁那ちゃん! 言い方」
ああ、その話からか。
どう説明していいものやら。