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セカンダリ・ロール  作者: アイオイ アクト
第十六話 少年少女と暗闇と、降り注ぐ花火
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少年少女と暗闇と、降り注ぐ花火-1

「安佐手君お疲れ様。仕事終わったなら法被もらうよ?」

「お疲れ。何してんだここで?」


 講話室に入ると、白馬は一人で片付けをしていた。


「ここの片付けと救護室の手伝いだよ。僕やっぱり、間違えられてるっぽくて。力仕事に参加させてもらえないみたいで」

「あ、悪い、交野さんに言いそびれてた」


 くそ、するべきことはどんどんメモをした方が良いな。桐花を見習おう。


 その桐花が持ち主と思われるワンショルダーバッグはすぐ見つかった。

 ビアンキ製だから分かりやすいな。


「あれ? それ向井さんのバッグだよね?」


 白馬に見咎められてしまった。


「本人に頼まれたんだよ。ああそうだ、瀬野川と花火見に行くなら第三会場の左側にある森があるだろ? そこを抜けたところに空いてる場所あるから、そこにしなって交野さんが言ってたぞ。うるさいから動物も出ないと思うけど」

「え? う、うん……ありがとう。誘ってみるよ。それで、安佐手君はどうするの? もしかして、向井さんと?」

「交野さんがうるせーから逃げるんだよ」


 講話室に落ちている食べ物やペットボトルを掴んで、リュックの中に放り込んだ。

 五十鈴製菓のソースせんべいも忘れない。

 そして俺の好きなお菓子も放り込む。


 腑に落ちないという顔をした白馬を振り切って講話室を出て石段を駆け下りようと思ったが、実際は酷い混雑で5分以上かかってしまった。


 なんとか駐輪場にたどりついたが、桐花の姿はなかった。

 この分だと桐花も少し時間がかかりそうだ。


「うわっ!」


 藪からガサガサという音が聞こえ、思わず声を上げてしまった。


「お、お待たせ!」


 藪の中から現われたのは猪でも熊でもなく、金髪の霊長類だった。

 さすがこの神社のヌシの桐花だ。抜け道はしっかり把握しているようだ。

 バッグを頼んだ理由は藪を無理矢理抜けるためだったのか。


「えぇと、立入禁止の場所に行きたいんだけど……しかも場合によってはたどり着けないかしれないけど、いい?」


 桐花に大きく頷かれると、気分が良かった。


「それから砂利道あるけどその自転車で大丈夫? あ、ちょっと背中」


 桐花の背中や肩に付いた葉っぱや小枝を払う。どんな無茶をしたんだ。


28(にいはち)だから大丈夫」


 桐花が言う28は、自転車のタイヤの幅をミリメートルで表したものだ。

 数字が大きければ大きいほど太くなってスピードも出にくくなるが、走破性が向上する。

 一般的なロードバイクは23や25らしいが、桐花は走破性のあるタイヤを履かせているらしい。

 俺のクロスバイクは確か28だ。


 そんなコミュ障独特の主語無し会話を済ませると、桐花の案内で自転車を半ば担ぎながら獣道を進む。

 神社の敷地を抜けて県道に出たところで、自転車にまたがった。


 目指す場所は神社から少し離れた丘だ。

 丘の中腹辺りにはハイキング道が整備されているが、週末以外は人影まばらだ。

 そこには俺と陽太郎と嗣乃が秘密の場所と呼んだ小屋がある。


 小屋というのはハイキング道の避雷小屋の一つだ。

 桐花は神社の高床倉庫という秘密の場所を教えてくれたんだから、俺も俺だけの場所で応えたかった。

 砂利道の上り坂を進み、なんとか小屋に到着した。


「ここがよーと嗣乃と俺の秘密の場所なんだけど……教えたのは内緒な」


 桐花は勢いよく頷いてくれた。

 また陽太郎と嗣乃を裏切ってしまった気分だ。

 まぁ、高校生にもなって秘密基地ごっこをすることなんてないんだが。


 自転車を小屋に置き、桐花が自転車から外したライトを頼りに山道を進む。

 桐花の目は期待に満ちていたが、俺はたどり着けるか少し不安だった。


 やがて、フェンスによって道が阻まれている場所にたどり着いた。


「ここの向こうに行きたいんだけど……フェンスのどこかに穴があるはずで」


 小さい頃、一度だけフェンスの向こうに行った記憶がある。

 だが、その時に通り抜けた穴が見当たらなかった。


 ガシャガシャという音が響いた。

 桐花は穴を探そうともせず、金網に手をかけて揺らしていた。


「ど、どうした?」


 桐花が大きなライトを無理やり口にくわえると、ガシャガシャと音を立てながらフェンスを登り始めた。

 そして、あっという間に反対側へと降り立った。


 どうしてこの選択肢が頭から欠落していたんだろう。

 ここの封印を再び解くには桐花という鍵が必要だったのか。

 なんて中二病を発動させている場合じゃなかった。


 フェンスを越えて数歩で、視界が開けた。

 あと少し進めば、垂直に近い崖だ。


「ここだ」


 砂利だらけの地面に腰を下ろして寝転がると、桐花も隣に寝転がった。


 ここまで神社から離れても、祭り囃子の音は聞こえていた。

 この分なら、獣に襲われる恐れもなさそうだ。


「え、ちょっと!?」


 桐花は何を思ったか、自転車のライトを消してしまった。

 だが、真っ暗にはならなかった。


「……星、すごい」


 新月で空も暗いせいか、天の川が流れる満天の星空が広がっていた。

 桐花の言うとおり、『すごい』だった。

『きれい』なんていう表現では足りなかった。


 でも、見入っている場合ではなかった。

 花火の音で会話ができなくなる前に、一言でも感謝しておかないと。


「桐花、ごめん。多江に話合わせてもらって。自転車で行こうって言ってる場所、本当に行きたいんだけど、いいかな?」


 一気に話してしまった。

 液晶の明かりが、桐花の顔を少しだけ照らした。

 会場から数百メートルほど離れただけだが、携帯はちゃんと繋がってくれていた。

 桐花が送りつけたURLを開く。スマホのマップが起動した。


「お寺?」

「ケホ……さっき、嗣乃と瀞井君も誘った」


 咳払いをしてから桐花が言う。

 なるほど、ちょっとした旅だな。


「んと、このお寺、どこ?」


 うねうねとマップを動かしても、一向に自宅アイコンが見つからなかった。


「うちから、四十五キロ先」


 まじか。

 陽太郎の体力は大丈夫かな。


「何があるの?」

「秘密」


 着いてからの楽しみか。

 また桐花と一緒に出かける予定ができたことが、なんだか嬉しくてたまらなかった。

 気持ち悪い笑みを浮かべないようにしたいのに、口角が上がってしまうのを駐められなかった。

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