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セカンダリ・ロール  作者: アイオイ アクト
第九話 少年と少女 、相悩む
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少年と少女 、相悩む-7

 次は俺の本題を話す番のおゆだ。


 桐花以外の全員が知っている我が愚行の話だ。

 この話をして桐花がもう少し俺から距離を置くか、今の距離感を保ってくれるのかはちょっとだけ興味がある。


 俺達が昔の話をする上で、必ず話題に上がることだ。

 桐花にも知っていてもらう必要があるとは思う。


「あのさ、さっきの手紙がどうのって話だけど……。その前にその、ホラー映画とか好き?」


 すっぽ抜けな質問かもしれないが、ここは確認しておかなくてはならないポイントだ。怖いものが極端に嫌いなら別の方法で伝えなくちゃならないからだ。


 意外にも桐花は首を縦に振った。


「え? まじで?」

「お母さんもお父さんも、よく見てて」


 やっぱりアメリカ人ってソファでポップコーンむさぼりながらホラー映画見るのか(偏見)。

 質問の意図が計り兼ねている顔の桐花を納得させるのは簡単だ。


 机の下にあるプラスチックの引き出しから紙袋を取り出し、桐花の前に中身をばら撒いた。


「さっき瀬野川が手紙の話ってのはこれなんだけど。中学で手紙ブームがあってさ、下駄箱とか机とかに突っ込まれてるのを陽太郎と嗣乃が持て余してたから、俺が読んで返信してたんだよ。ごめんなさいって」


 桐花は視線をじっと手紙に落としていた。

 胃の中の物を全部掻き出してしまいたい感覚に襲われる。


 一度は多江に説得されて少し気が軽くはなった。

 でも、他人の手紙を勝手に開けてしまったことについて、自分自身が自分を許してくれなかった。


「……頼まれたの?」

「頼まれてはないけど、不幸の手紙みたいなのが多くて心配でさ。でも、途中からは楽しんでたと思う」


 元をたどれば、悪質な手紙に怯えた陽太郎を見かねて始めたことだ。

 際どい内容の手紙があまりにも多かったからだ。

 

「……本当に、楽しかった?」


 一応、自分の中ではそういうことにしている。


「んー……まぁ、楽しんでたよ。そうじゃないと続けないし」


 言っておいて少し考え直したくなった。楽しかったのかな?


「本当に?」

「んー……うん」


 やけに食い下がるな。

 桐花の口が小さく動いた。


「な、何?」

「違うと思う」


 変な気遣いだな。俺のこと買い被っても何も出ないぞ。


「な、なんで?」

「と、瀞井君が、ほ、本当のこと言ってないと……んーって付けるって」


 あんにゃろ、面倒な入れ知恵しやがって。

 きっと陽太郎はちゃんと桐花と会話できるんだろうな。


 でも、自分の中のわだかまりが何なのかを考え直すチャンスかもしれない。

 言葉が少ない桐花を利用している気がしてならないが。

 飽きっぽい俺が中学の間、ずっとこんな細かいことを続けていたのはどうしてなんだ。


「仁那が、二人のこと、守ってたって」

「え……?」


 大げさなことを言うんだな、瀬野川も。

 守るなんて大仰な言葉は似つかわしくないが、陽太郎と嗣乃が傷つくのは耐えられなかった。

 陽太郎も嗣乃も、色々な手紙を受け取ってひどく傷ついた。だから、こんな手紙には触れさせないって思ったんだ。

 なんでこの気持を忘れてたのかな。

 これを自己弁護として桐花に話したところでどう思われるだろう。


「……これ」


 一番危険の無い物を封筒から出して桐花の前に広げた。

 桐花が目を背けた。人様の手紙は確かに見辛い。


「大丈夫だよ。本人に渡さないで下駄箱とか机とかに入れるなんて不確実な手段をとってた物だし」


 多江の意見をそのまま言ってしまった。

 背けられていた桐花の碧色の瞳孔が手紙へと戻ってくる。


「ひっ!」


 そして、息を飲んだ。人目でこの手紙がどんな物か分かったらしい。

 文章の最後に茶色いインクで書いた人物の名前が書いてあるのだが、それは古くなって変色した血液に違いなかった。


 チェーンソー持ったオッサンが襲って来るのに比べれば、子供の一時の精神錯乱など(かすみ)程度のレベルだ。

 だが、虚構と現実の差が両者の恐怖の度合いを逆転させてしまう。


 この陽太郎の手元よりは俺の手元に置いておいた方が良いと言う判断でここに置いている。捨ててしまったら、陽太郎が祟られるかもしれないというオカルト思考が拭えなかった。


 桐花は案外冷静だった。もう一つ見せても大丈夫だろうか。

 ピンク色のキャラクター柄の封筒を桐花に渡してみたた。


「中は触らない方が」


 桐花は封筒を開いて、すぐに取り落とした。

 かなりの量の髪束が、セロハンテープで便箋に貼ってあった。


「これ見てよーが震え上がっちゃってさ。『ずっと持っていないと死にます』って書いてあって」


 思い出すだけで体が震えてしまう。

 可愛い女の子の文字が、殊更恐怖を煽った。


「……ど、どっちが?」


 狼狽えながらも、桐花がもっともな疑問を呈した。


「え? あ、そっか」


 見た当時は怯えるばかりだったから気付かなかった。

 呪った方と呪われた方どっちが死ぬんだろう、この場合?


 桐花は思いのほか冷静だった。一番危険な物を見せて良いかもしれない。

 携帯のクラウドストレージに残っている写真をダウンロードして表示させた。


「うっ!」


 それを見て桐花が手で口を押さえた。

『汀嗣乃様』と書かれた青い封筒と、細かく折ったカッターの刃が何枚も貼り付けられた便箋だった。しかも、回りは血で汚れていた。


 内容は『無視した代償は大きい』だの『絶対に殺す』だの、ギリギリ判読できるぐちゃぐちゃな文字で書かれていた。

 俺は全ての手紙に返信していたので漏れはないはずなのだが、理不尽な怒りに震える手紙は何枚か混じるのだ。


 理由は察しがつく。

 アニメや漫画でありがちな下駄箱の蓋を開くと手紙がバラバラと落ちる……なんていうシーンは、俺の通っている中学では一度としてなかった。


 いざ手紙を下駄箱や机の中に入れようって時に、ライバルの手紙が入っていたらどうするか。

 その上に置くなんていう正々堂々とした人間はそう多くはない。

 先に入っていたライバルの手紙なんざゴミ箱へポイっと投げてしまったんだろう。


 そんな不確かな伝達手段に頼った挙げ句に返事がないから逆恨みなんてくだらないにも程があるが、理不尽な怒りを燃やしている奴はこの頃から確実に増えていた。


 手紙はなるべく先に俺が回収するようにしていて助かった。

 嗣乃は怪我をせずに済んだ。


 俺の右手にはうっすら線が残ってしまった。

 この手紙にはご丁寧に、封筒に切り込みがあった。

 俺はまんまとそこを掴んでぐいっと破いた瞬間、親指の下辺りから結構な量の血が流れ出していた。便箋にカッターの刃が仕込んであったのだ。

 この手紙自体は机の引き出しの奥底にガムテープでボール状にして封印してある。写真は手紙の主がこれ以上エスカレートした場合の証拠保全のために撮っておいたのだ。

 差出人は分かっていた。

 この手紙を忍ばせた人物は俺が目撃していたからだ。

 その人物はその日を最後に転校してしまったので誰にも告げられずじまいになってしまった。


「ご、ごめん、こんな話して」


 どうして俺は陽太郎も嗣乃も知らない話を桐花にしているんだ。

 そうまでして自己正当化したいのか。女の子に格好良いところでも見せたいんだろうか。


 ここまで桐花に明かして気づいたが、俺は楽しんではいなかった。

 必要に迫られてやっていたんだ。やだ、正義の味方なぼくちん素敵……んな訳あるか。単なる過保護だ。


 桐花はまたじっと俺を見ていた。


「……辛くない?」

「え? いや、んー……辛くはないかな……?」


 桐花の目が少しだけ細くなった。咎めるような目だ。


「……ごめん、辛かったよ。そもそも人のラブレターなんて楽しい訳ねぇし」


 恥ずかしくて、怖かったという本音は告げられなかった。

 確かに楽しんではいなかった。

 自分より大切な陽太郎と嗣乃が、他人から理不尽な悪意を向けられるのは悪夢でしかなかった。


「あ、あの、この手紙は全員に内緒にしてくれる?」


 桐花が目を見開いた。まだひた隠しにしようとしたことを怒ったのか?


「……嗣乃にも?」

「嗣乃には特に言わないでくれよ」


 秘密にするくらいなら話すべきではなかった。

 それは分かっているんだが、今は勢いよく頷く桐花を信用する他なかった。

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