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セカンダリ・ロール  作者: アイオイ アクト
第九話 少年と少女 、相悩む
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少年と少女 、相悩む-5

 フロンクロス家からの移動中、俺の足は限界を迎えてしまった。


「もう、足がパンパンに張ってるよ。汀さんは今後あんな勝負しかけないこと!」

「うーい」


 白馬先生のありがたい説教にへの字口で対応する嗣乃にはイラッとさせられた。


 全員がシャワーを終え、我が家のリビングへと集合していた。

 皆一様に部屋着を着ていたので、空気は緩かった。

 そして案の定、桐花はビアンキのパーカを着ていた。

 そんな桐花は多江に勧められるがままに薄い本を読んでいた……薄い本!? 


「何読ませてんだゴルァ!」


 俺よりも早く嗣乃がキッチンから走り込んできた。


「え? おお振り系」


 多江がシレっと答える。

 桐花の顔は先程両親にいじくり回された時と同じくらい真っ赤だった。やはりこいつらと行動させるのは危険だが、引き剥がすのも難しいな。



 食事を終えてから、俺は自室のベッドに横たわった。

 下が騒がしい中で自分の部屋でぼうっとしていると、何故か満たされた気分になる。

 せっかく皆いるのだから、一緒に遊んだ方が有意義なのは分かっている。

 でも、そうはせずに声だけを聞くという無駄な行為は最高の贅沢だと俺は思う。


 だが、幸福な時間はすぐに終わると相場が決まっていた。


「ふぇぶ!」


 あ、これやばい。空気が吸えてるようで吸えない。

 カビ臭い。そういえば干してなかったなこの枕……いや、そうじゃなくて! 


「ぶはぁ!」


 顔に押し付けられていた枕がやっと外された。


「死んだと思った」


 瀬野川の度が過ぎた悪戯はいつものことだ。


「次の対戦行けよ。始まってる音してるだろ」

「今つぐが桐花にスマブラ教えてんだもん。多江はよーちんに付きっきりだしぃ」


 口をとがらせながら言う。

 そして俺のベッドにどっかりと座り込んであぐらをかく。


「な、なら白馬にでも相手してもらえよ」

「なっちも一緒にゲームしてんだもん……アタシ下手だし」


 だからって俺に妥協する必要もないだろうに。

 どこまで寂しん坊なんだ。


「こんなキモヲタ一匹殺しても罪になるんだから止めとけよ」

「マジで? 世知辛いわー。ま、童貞殺しても気分晴れないしいいか」

「ふん。童貞には童貞の誇りがあるんだよ。成人の四割以上が未経験なんだぞ」


 なんで童貞(自己)弁護してんの俺。


「そうじゃねーだろ。ほら言ってこいよ、うるせー中古が! とか」

「け、経験あるのかよ!?」

「どどど童貞ちゃうわ!」


 瀬野川がケレン味たっぷりの返しをしてくれた。


「……ちなみにさ、アタシがガチで童貞だってこと知ってんでしょ?」

「へ……?」


 嗚呼、終わった。

 俺の最低行為パート2まで周知の事実になっちまったのか。

 瀬野川が未経験であることは確かに知っているというか知ってしまった。


「……白馬に、聞いたのか?」

「うん。アンタが一人になるところ狙ってた。ま、今殺したから許してやるけど」


 そんな優しいこと言うなよ、泣いちゃうから。


 俺は白馬と結託して瀬野川をたぶらかした屑先輩に悪質な復讐をしたのだ。

 瀬野川だけにはその事実を話していなかったが。


「ご、ごめん」

「ごめんじゃねーよ」

「ごめんなさい」

「そうじゃねーっけ!」


 どうも瀬野川の方言混じりな責める様な声は苦手だ。

 どう返事をして良いか分からなくなる。


「昨日カラオケ行ったらなっちがもう一緒に遊ぶのは良くないとか突然言ってきたんだけど? 例の屑病院送りにしたのは自分だとか言い出してさ。そんなこととアタシと遊ぶのと何の関係があんのかワケ分かんねーんだけど」


 あの先輩を病院送りにしたのは事実だ。しかも陰湿な方法で。

 その主犯はもちろん俺であって白馬じゃない。


「なんとか言えし」

「な、なんとか?」

「もう一機減らしてやろうか!?」


 これ以上俺の残機数減らさないでくれよ。


「……お、俺が犯人だよ」

「んなこたぁ分かってんだよ!」

「白馬は関係ない。無理矢理手伝わせたけど」

「素直でよろしい……と、言いたいとこだけど、なっちは無理やりじゃなくてノリノリだったっしょ?」

「そ、そうだけど……怒んないのかよ?」


 瀬野川は肩をすくめる。古臭い映画で見るような態度だ。


「さぁ? やった後すぐに復讐してやったぜってドヤ顔で言われたらキレてたかもね」


 そりゃそうだ。

 瀬野川が他の男に復讐させたみたいになっちまう。


「そ、それで、全部聞いたの?」

「それを聞きに来たんだよ。なっちはあんまり関わってないに決まってるし。まぁでもイラっときたからとことん追い詰めてパチキ入れてやったけどね。あとカラオケ奢らせてやる」


 怖い。

 白馬が主犯じゃないって分かった上でいたぶるなんて。

 しかも結局白馬と遊びに行くのかよ。


「で、何したか言えし」


 こりゃぁ、主犯の俺が洗いざらいしゃべらないと殺されそうだ。


「いや、その、瀬野川が振られて泣いてるから、チャットツールに偽アカウント作ってあの先輩呼び出したんだけど」

「ハァ? なんだそりゃ?」


 実に簡単だった。

 二年前の八月。

 屑先輩はSNS上にしか存在しない女に呼び出され、炎天下でひたすら待ち続けた後に熱中症で倒れて搬送された。

 その存在しない女は俺が作り出したものだ。

 あらゆるSNSアカウントを作って相互フォロー状態にして、全く関係ないフリー素材の中学生に見える女子の画像を自分だと偽って距離を縮めたのだ。


 白馬には声で協力させた。

 直接通話したいという要求を回避するために、女声の白馬に音声メッセージを録音させるまでしたのだ。

 あらゆるSNSを執拗に駆使した理由は、瀬野川と写っている写真をアップロードしていないか確認して削除させたかったからだ。


 しかし、それは杞憂に終わった。

 写真は一枚もなかったというか、あるはずもなかった。

 あの屑先輩は同時進行で何人も女を引っかけようとしていたので、女の写真をSNSにアップする愚は犯していなかったのだ。


「なんだそれ。もっとドラマチックな展開なかったのかよ?」

「そ、そんなの必要ねぇだろ」


 瀬野川には言えやしない。

 紛いなりにも瀬野川と付き合っていた男が、ホテルに行こうと誘ったら簡単に引っかかったなんて。


「ちなみにアイツ、あの後どうなったか知ってる?」

「し、知らねぇよ。白馬にも黙ってろって釘刺したし。足がついたら困るから」


 知りたくはあったけど。


「推薦枠除外処分。一般受験で私立の高校通ってて、今は超真面目になってるらしいよ」

「はい? なんで倒れてそんなことになるんだよ?」


 入院は罪じゃないだろうに。


「倒れた時に煙草の箱持ってたんだよ。タバコの臭いなんてしたことなかったけど」


 なるほど。

 瀬野川は俺がうまいこと奴の所持品に煙草を後から仕込んだのではと疑ってるのか。生憎、近づいてもいない。


「……たまに『タバコ吸ってる男の人ってかっこいいよねー』って女が呟いてたかもな」


 当然、俺はこの展開を狙っていた。

 すべて思惑通りに事は進んだ。だが、気分は悪いままだった。


 自分の仕掛けた罠にあの屑先輩が引っかかった時も、その先輩が炎天下の駅前でぐったりとしてしまった時も気分は晴れなかった。


 あの先輩に瀬野川が感じている何分の一かの苦しみを与えてやりたかったのは確かだった。そして何より嗣乃のメールアドレスをどこで調べたのか、コンタクトを取ってきたのは万死に値する。


 そんな大義名分はあるにはあるが、そんな復讐をしたところで何の達成感もなかった。ただ、罪の重さに心が潰されそうだった。


 瀬野川が少し複雑な表情でため息をついた。


「アタシもなんであんなのに引っかかったかねぇ?」

「気に病むことじゃないだろ。イケメンなのは確かだし。俺がもし迫られたら余裕で引っかかってるし」

「は!? マジで!?」

「あれくらい美形の女に迫られたらだっての!」

「んだよつまんねー!」


 相変わらず手遅れなくらい腐ってやがる。

 瀬野川が不意に遠い目をして呟いた。


「ふむ……認めたくないものだな……」

「「若さ故の過ちというものを……」」


 ハモらざるを得なかった。

 この名言には、あの事件の全てのエッセンスが籠もっているな。俺達まだ高一だけど。


「む、何奴!?」


 なんでドアに背を向けているのに気付くんだ。

 半開きのドアの向こうのかなり下の部分に金髪が漏れていた。

 部屋の外で体育座りをしていたらしく、そのままの格好で拿捕されて瀬野川に引きずり込まれた。

 こりゃ結構聞かれたな。


「盗み聞きとは()い奴よのぅ! うはーあいっ変わらず顔ちっせー! なっちよりちっせー!」


 なるほど、白馬の女っぽさは顔の小ささも原因の一つか。

 しかし頬ずりし過ぎだ。摩擦で火が出るぞ。


「ご、ごめんなさい」

「お、怒ってないから」

「は? 何? アタシが怒ってるとでも思った? あ、大丈夫! つっきーには怒る権利なんて与えてないから!」


 まじか。

 怒る権利もないのか。以後気をつけなきゃ。


「まー桐花もいることだしぃ、アタシも一つぶっちゃけるわ」


 桐花もいることだし……って桐花に関係ある話か?

 まさか、今から色恋的な宣言をするんじゃないだろうな。


「中二の時覚えてる? アンタ、スーパーハカー疑惑でハブにされたの」

「はぇ?」


 何故今その話をするんだ。


「あれ広めたのアタシ」

「は、はぁ!?」


 今更、なんだよ。

 あんな糞みたいな疑惑を何故皆が信じたのか合点がいった。

 学年の中心人物だった瀬野川が言えば信憑性が低くても信じたような振りをせざるを得なかっただろう。


「な、なんでそんなことしたんだよ?」

「まあ、話聴けや」

「に、仁那……や、やめ……」


 頬ずりを再開しながら言うな。桐花も嫌ならはっきり言え。


「あの屑が復学してから学校中で変な名前の女について聞いて回ってたのも知らねーだろ?」


 初耳だ。他人に色々話したことなんてなかった。

 それこそ、陽太郎と嗣乃にもねつ造した女の名前なんて教えてはいなかった。


「ふん。アンタとなっちが何かしてることくらい多江が勘付いてたんだよ。だからあのクズがまかり間違ってアンタにたどり着いた場合の予防線張ったつもりなんだけど……やたら話が広がっちゃってさ」


 多江の入れ知恵か。


「お、俺が疑われるとは思わなかったのかよ?」

「そりゃないね。過去を根掘り葉掘りされて困るのはアイツ自身だし。ま、何事もなかったんだから許せよ兄弟! 桐花ぁ、他にもいろいろあるからアタシ達のドドメ色の青春ストーリー最初から話そっか? 腹筋割れるほど嘲笑できるから!」


 桐花が嘲笑する姿か……見てみたいけど、話すのは恥ずかしいな。


「そ、それより桐花、俺達のこと呼びに来たんじゃ?」


 桐花の頭にぴこーん! と電球マークが出ていそうな表情は最近ちょっと気に入っている。


「か、寒天、味がないって、嗣乃が」

「はぁ、つまみ食ったなあのバカ。ソースはこれから作るんだよ! あ、アンタせっかくだから他の話もしてやんなよ。手紙的なのとか。つぐテメェ!」


 叫びながら瀬野川が階下へ駆け下りて行った。どうやら今日のデザートは寒天らしい。

 しかし、なんて置き土産をしてくれたんだ。


 セミシングルベッドの上に残されたキモヲタと金髪って。

 このまま有耶無耶にするのもアリなんじゃないかと思ったが、その選択肢はなさそうだ。

 はぁ、どこからから話せば良いのやら。

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