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セカンダリ・ロール  作者: アイオイ アクト
第九話 少年と少女 、相悩む
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少年と少女 、相悩む-1

 久しぶりにネトゲに勤しむ有意義な夜であった。

 白馬にバレたら怒られそうだけど。


 そんなゲームバカが他人を説教して良い訳がないんだが、俺は向井桐花に昨日伝えそびれたことを伝えなければならなかった。


 嗣乃との二度目の登坂勝負にボロ負けだった。寝不足なのに付き合う方が悪いんだけど。

 体力馬鹿の嗣乃は陽太郎と多江を迎えに行くと言って、再び坂を下ってしまった。

 願わくば嗣乃も一緒に自治会室に入ってくれればと思ったんだけどなぁ。


 まぁ、憎まれ役は俺だけで充分だ。

 む、今の台詞格好良いかも。


「おはよ」


 自治会室の扉を開けるなり、ぶっきらぼうな挨拶をしてしまった。

 こちらを向いた向井桐花がびくっと体を跳ねさせた。口をぱくぱく動かしているが、言葉になっていなかった。

 子鹿のように脚を震わせるブサメンは怖いよな。申し訳ない。


 やはり桐花は一人で何かの作業をしているらしい。

 向井桐花は俺の登場に戸惑いつつも、作業の手は止めなかった。


 昨日あんなに感謝してくれたのに、とことん俺に興味ないのね。

 なんて凹んでられん。

 ちゃんと伝えることは伝えて仕事をわけてもらわないと!


「む、むか……きり、ん?」


 呼べない。『向井』と呼べない。『向井』100パーセント俺が考えた名字だ。

 恥ずかしさが先行してうまく言葉に出せない。


『桐花』と呼んでしまうか?

 漢字は陽太郎が考えたから、俺が全部考えた名前じゃないし。

 でも、下の名前を呼ぶみたいな馴れ馴れしいことをして良いのか?

 ど、どうしよう?


「えと、あの、あ、どっちで呼ばれるのがいい?」


 なんだその質問は。

 向井か桐花、どっちで呼ばれたいかと質問しないと通じないだろう。


「む……桐花、で」


 良かった。察してくれたみたいだ。

『向井』よりも『桐花』の方が気に入っているんだろうか。


「あ、う、うん、ありがとう」


 何がありがとうなんだか。

 コミュ障ここに極まれりだ。


「……用?」

「うん。あの、それ、なんだけど」


 でも、助かった。

 先ほどの少し攻撃的な気分で本題に入っていたら、『なんで俺達に手伝わせないんだ?』と相手に自己否定のような答えを強要するような疑問形で切り出すところだった。


『ごめんなさい、私にコミュ力がなくてみんなに共有できませんでした』みたいなことを言わせるのはいいこととは思えない。


「その、それ、全員の仕事だから、みんなでやろうよ」


 向井……桐花の肩がびくっと跳ねた。

 ああ、せっかく仕切り直したのに横柄になっちゃったよ。


「いや、責めてるんじゃなくて、その、手伝わせてくれない?」


 桐花はじっと何かを考えた後、先輩から仰せつかった内容が書かれたノートを差し出してくれた。


「つっき! 先行ってるよー!」


 外から嗣乃の声が聞こえた。案外早かったな。


「すぐ行く!」


 と、テンプレな返事をしておく。


「えっと、その原稿勝手に全部見させてもらったんだけど、山丹先輩からそのチェックリストはそのまま使うのは難しいって。先輩達は項目について聞いて欲しかったんだって」


 一息で話してしまった。しかも目も合わさずに。

 ちらりと正面に座る桐花を見ると、案の定下を向いていた。

 だから相手の顔はなるべく見て話さなきゃ駄目なんだよ。相手の顔を見て言葉を選べよ。


 俺みたいなのが女の子を泣かせた罪は何地獄に連れて行かれるんでしょうか、鬼灯様。

 あぁ、もう多江を泣かせてた。

 それ以前に、小さい頃は嗣乃を何度も泣かせていたな。泣かされた数の方が多いけど。

 これから善行を重ねても無駄か。


「でもフォーマットはこれでいいみたいだから、直すの手伝いたいんだけど」


 やっと桐花がこちらを見た。

 桐花の頭が数ミリ上下した気がした。肯いたと判断するしてしまえ。


 強引だが、同意を求めるのもまたプレッシャーを与えるだけだ。

 結論は変わらないのだから、さっさと話を終わらせてしまうに限る。


「物品貸出申請書は褒めてたよ。だからエクセルで段組みしたんだけど」


 棚からノートパソコンを引っ張り出すだけで、疲れ切った両足が悲鳴を上げた。


「いつつ……あの、手で下書きしないで、パソコンでいきなり作っちゃってもいいと思うよ」


 あまり人の苦労を否定するのは好きではないが、桐花の方眼紙でゲラを作るやり方はあまりにももったいなかった。


「一応この方眼紙と同じA4にしてあるんだけど」


 桐花に画面を向けると、驚いたような顔をして見ていた。


「え、A4?」


 桐花の声はカサカサだった。

 どうやらエクセルのシートをA4の紙ぴったりにする方法を知らなかったらしい。


 ここは俺様が教えてやろうじゃないかと尊大な態度に出ようと思った矢先、予鈴が鳴ってしまった。


「げ! 後で教えるから教室行こう!」


 意外に時間が過ぎていた。


「ヘルメットとシューズはここに置いて! ロッカー寄る時間ない!」


 俺のヘルメットも適当に一年生が使っている棚に押し込む。

 桐花には自治会室に放置してあるつっかけを履かせて自治会室を出た。

 足が悲鳴を上げるが、仕方ない。


 教室へと急ぐ生徒達の中を金髪の女子と二人で早歩きをする日が来るとは。

 俺の人生も捨てたもんじゃないかもしれないな。

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