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セカンダリ・ロール  作者: アイオイ アクト
第八話 『クリスティニア』が『桐花』でいるために
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『クリスティニア』が『桐花』でいるために-4

 今日一日だけで脳の許容量を大幅に超える出来事だらけだった。


 一年生の仕事はないが、俺は陽太郎と嗣乃に自治会室に寄ると告げて二人を見送った。


 やっと一人になれた。

 自治会室の中に先輩方はいるだろうが、俺の気分を重くする当事者ではないから問題ない。


 自治会室の中は薄っぺらい緑色のカーペットが床に張られていることと、出入口に下駄箱がある以外は一般的な教室とほぼ同じような作りだ。

 扉から入って左側の壁が正面で、普通の教室よりは小さめの黒板がかかっている。


 だが学習机はない。

 四脚の長机をくっつけて並べた島が三つに、パイプ椅子が置いてあるだけだ。

 黒板に向かって右側はすべて棚になっていて、書類やら私物やらが大量に詰めてあった。

 背後の壁にも棚が付いている。

 委員は皆そこに鞄を置いたり、寒い日はコートを平にして置いたりしていた。

 掛けるフックがないのだ。


「んー? つっきーはアホなの? 今日自治会ないよ?」


 ダメ子こと条辺先輩が、早速遊び道具を見つけたという顔をしていた。

 自治会室内では山丹先輩と条辺先輩が、ひたすら生徒からの要望書の選別をしていた。いつもなら旗沼先輩も一緒だが、今日は居ないらしい。


「……じゃあ先輩も僕と同じですね。山丹先輩も」


 条辺先輩のあしらい方も少しずつ心得てきた。


「そうね、アホね。ダメ子後で制裁ね」


 笑顔で物騒なことを言うんだよな、山丹先輩って。


「はぁ!? おかしくねーそれ!?」


 条辺先輩の嘆きは無視して、紙類の入っている棚を漁る。


 気になっていることがあった。

 向井桐花は自治会室で何かをしているはずだ。


 目的の物はすぐに見つかった。

 無造作に書類を放り込んであるA4のトレイの中に、見覚えのある字でびっしり埋まった紙束があった。

 一年生の仕事は球技大会に向けた諸々の作業に、各部活動への支援要請だ。

 球技大会はもうゴールデンウィーク明けから始まるので、多少急ぐ必要があった。

 それとは別に、十一月の学園祭の準備も少しずつ始まっているというのだから恐ろしい。どんな激務が待っているんだか。


 向井桐花が作っていたのは学園祭の出し物を準備するために必要な備品や、施設の申請フォーマットやその期限等を記載した説明書きとチェックシートだった。

 最初からパソコンで作成して後から直せば良いのに、わざわざ方眼紙にゲラを手書きするとは。

 ぱらぱらと見ていると、随分細かくしっかり作ってあった。

 褒められて気を張っているのかもしれないな。

 一人でなんでもしてしまおうとするのはちょっと困るぞ。

 どうして帰宅部狩りの時みたいに、俺に聞いてくれなかったんだろう。


「エロ」

「うひぃ!」


 気づけば条辺先輩の顔が真横にあった。

 俺の肩に手を回して邪悪な笑みを浮かべていた。


「アッハッハ! うひぃだって!」


 人の肩をバンバン叩きながら笑われるのはなんだか腹が立つけど、相手が女子だとちょっと嬉しいと思ってしまう。


「休みの日に女子の持ちもん漁りに来るとかまじヤベーな! それきりちゃんが内職してたやつだよ。何すんの? 匂い嗅ぐ? アタシはもう嗅いけど」


 この人マジもんの変態なのかな?


「条辺塔子、公然わいせつの現行犯で逮捕する」


 山丹保安官によって条辺容疑者が俺から引き剥がされた。


「いや、おいらやってねって! 匂い嗅いだだけだぁ!」


 何キャラだよ。


「この鼻か? この鼻でいやらしく匂いを嗅いだのか!?」

「ああああ! もげる! もげるって!」


 山丹先輩が条辺先輩の鼻を思い切りつまんでねじり上げていた。


「あ、ありがとうございます、山丹先輩」

「いちいち面白い反応してると漬け込まれるよ?」


 そうは言ってもなぁ。


「それはそうと月人君、それ桐花ちゃん本人から頼まれたの?」


 山丹先輩はいつの間にか、一年を下の名前で呼ぶようになっていた。


「い、いえ、朝早く来てるから、何かしてるのかなって」

「うん、それいいね」

「は、はい?」


 山丹先輩は困惑気味な笑顔を浮かべていた。


「今、月人君が持ってる用具借用申請書はすっごくいいの。責任者の明記、再提出用の場合は日付を記入っていう項目とかね。去年結構混乱したっていう記録をちゃんと読んで作り直してくれてるの。それに、もう一つの学園祭必要物チェックシートを各部や委員会に配るっていう提案をしてくれたんだ。それ自体はすごくいいアイデアなんだけど」


 山丹先輩が小さく鼻で息を吐いた。


「それ、項目が穴だらけなんだ。先週の朝に学園祭用の書類作成を手分けしてお願いって言ったんだけど、誰にも相談してなかったみたいね」


 どうしてなんだ。

 前は俺に相談してくれたのに。やっぱりキモヲタとは会話したくなかったか?

 それとも、手伝って欲しいと正面切って言いづらいんだろうか。

 前回の帰宅部狩りの資料について、桐花は俺に見てくれと言っただけだった。


「いやーあの子不思議だねー! 分からないこたぁ質問しろっつってんのにさぁ」


 それは条辺先輩が悪いんじゃなかろうかとも思うけど、先輩が気安くしているのに一切質問しないとは。


「私達じゃ無理みたいだから、フォローお願いしていいかな?」

「は、はい」


 仕方ない。

 まずはパソコンで清書するか。


「へぇー? やったげるの? やっさしー!」

「本来全員の仕事ですよ」


 何をニヤニヤしながら言っているんだ条辺先輩は。

 まずは用具貸出申請書が使えるということを先に伝えておきたかった。


「ねーねーつっきー! アタシ達にも優しさ分けてくんない?」

「これ終わったら手伝いますよ。なんですか?」

「ほんと!? いやー助かるぅ!」


 しかし、この善意はミスだった。

 条辺先輩同様妖しい笑みを浮かべた山丹先輩が、60サイズくらいの段ボールを指さした。


「え?」

「あの中、全部要望書なんだよね。一箱見落としちゃっててさ。ゴールデンウィーク前まで仕分けしないといけないんだ」


 あの段ボール箱にA5サイズの要望書は何枚入るんだろう?

 こういう時はそのままこのメンバーで頑張ってしまうのは意味がない。

 幸い、授業が終わってから時間もそれほど経過していなかった。

 携帯を引っ張り出してチャットアプリを開く。


 一人になりたいという気持ちは消し飛んでいた。

 人と話すのはとても大事なんだと実感してしまった。

 相手が条辺先輩であっても。


「失礼しまーす」


 ものの五分もしない内に、瀬野川が入って来た。


「つっきー何楽しいことって? つまんなかったら五感全て奪ってやるけど……あ、先輩こんにちは!」


 何そのエグい制裁。

 殺す程度にしていただきたいんだけど。


「なんだよー! これからめくるめく世界へときりきりを誘おうとしてたのに」


 まさかこいつら、向井桐花に種菌を埋め込んで腐らせようとしていたのか?


 多江が入ってきた後ろから向井桐花が入ってくるのが見えた瞬間、書類を棚に戻してパソコンの蓋を閉じた。


「こんちわー! 楽しいことってなーにー?」


 よく来てくれた杜太。

 これで四人か。


「うわぁー友達騙すとかクズで好きだわつっきー!」


 俺はそんな奴嫌いですと条辺先輩に言い返したくなったが、面倒くさいので止めておく。


「へ? 要望書? 何が面白いんだよテメェ!」


 正直に告白すると、俺は面白いことになってるから自治会室へ来いと瀬野川達へチャットを送っただけだ。

 陽太郎と嗣乃は親から言われた買い物があるから外しておいたが。


「これ見ろよ」


 ボツの箱にあったとびきりの要望書だ。


「あん? 生徒間不純異性交遊禁止徹底化要望? 漢文か!」


 俺もそう思ったよ。


「え? これ二年のカップルをリストアップしてんの? うわキッモ! 多江これ見て! キッモ!」


 だから面白いって言ったんだ。


「うわ恐っ! きりきりちゃんこれどうよ!?」


 良かった。満足いただけたようだ。


「女子は楽しそうでいいなー……月人ぉ、これ楽しいのぉー?」

「難しく考えるなよ」


 杜太は仕事や勉強と名の付く物全般が嫌いなタイプだ。


「うわっ! 山丹湊さんの連絡先を教えてくださいだって! 湊先輩どうする?」


 多江もなかなかの要望書を発掘したようだ。


「モテる女は辛いですなぁ」


 多江から紙を受け取ると、クシャクシャと丸めてゴミ箱へシュートした。

 寛大な処置と言えるだろう。


「なにこれ? 一年のクリスティニア・フロンクロスさんとお話がしたいので取り次ぎしてもらいたい? うええー! キモッ! キモッ!」


 瀬野川が小さく前へ倣えの状態で両腕を肩から回転させながら言う。

 瀬野川もそろそろ紫色のロードバイクでも買いそうだな。


「え……ど、どうすれば……?」


 向井桐花も何を狼狽えているんだか。


「こんなの無視でいいから!」


 うーん。

 中学時代の陽太郎と嗣乃への手紙を思い出すと心配だ。

 向井桐花が変な奴に付きまとわれないと良いんだが。


「遅くなりました!」


 白馬が駆け込んで来た。


「なっち遅いー! これ見てこれ!」

「え? 何してるの?」

「向井さんに取り次ぎ……? この人に注意しなくていいの?」


 色々言いながらも、人が増えて要望書の整理がどんどん進んでくれた。


「クソ! おもしれーじゃねぇか! 許してやるわ!」


 五感も奪われずに済みそうだった。

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