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セカンダリ・ロール  作者: アイオイ アクト
第八話 『クリスティニア』が『桐花』でいるために
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『クリスティニア』が『桐花』でいるために-3

 嗚呼、俺の秘密の場所が秘密じゃなくなっていく。

 校内である時点で俺だけの場所じゃないから仕方ないんだけど。


「どうやってここ知ったんだよ? 部活棟だぞここ。あっちの趣味の先輩とかに見つかったら掘られるぞ?」


 我ながら意味不明な脅しだ。

 だが、白馬有光については本当にその恐れがある。


「追いかけただけだよ。弁当持ってるとよくいなくなるから」


 人間というのは自分が気づかない内にワンパターンな行動を取りがちだ。


 せっかく嗣乃が作ってくれた弁当を本人の前で食べて感想も言わないのは問題があるな。これからは控えないと。


「えっと、食べながら話聞いてくれる?」

「な、なんで密着して座るんだよ」

「え? だってここしかきれいじゃないし」


 確かにそうなんだけど、お前の顔は近くで見てもきれい過ぎるんだよ。

 どんな話かはある程度想像はつく。

 それに、俺も白馬がどうして自治会に入ったかが知りたかった。


 寂しいからという理由でも十分なんだが、陸上部で体を動かしている方が白馬にとっては幸せだとも思う。


「俺も聞きたいことがあるんだけど」

「僕に聞きたいこと? なんでも答えるよ!」


 急に勢い付きやがって。なんなんだその承認欲求は。


 白馬と知り合ったのは中学二年の頃。ちょうど多江と同じくらいだ。

 第一印象はお互い最悪だった。

 始めて白馬と口を利いて、いきなり怒らせてしまったのを覚えている。


『陸上なんて楽しいの?』という、他人の好きなことを否定する最低な質問をしてしまったのだ。

 陸上競技ができなくなって無気力の塊だった白馬から、少しでも人間的な反応を引き出したかったのだ。


「なんで陸上部に入らなかったのか聞きたい?」

「そうだよ。ドブさらいできるくらいだし、身体は問題ないんじゃないのか?」


 レギュラーになれないからなんて抜かしたら嘘だとすぐ斬って捨ててやる。

 上昇志向以上に、陸上そのものが好きだったはずだ。


「ちゃんと考えた上での決断だよ。僕みたいに身体がちんまい上に才能がないとね、過去の自分に勝つために走り続けるだけなんだ。その程度の選手が体を壊して引退なんて、残念な話だと思わない?」


 むぅ、自嘲気味な発言格好良いな。

 ちょうどその頃ネトゲにはまって人生そのものを引退しそうになった奴が横にいるんだけど。


「多分、また始めたら今度こそ体を壊すよ。楽しくて突き詰めちゃうもん。僕が好きな中距離走って沼が深いんだよ」


 前向きっぽく後ろ向きだな。白馬ってこんな奴だったっけ。

 沼なんてオタクっぽい言葉まで使って。


「あんなきついのどうやったら続けられるか教えて欲しいんだけど」


 頭の中で何となく思っていたことが口をついて出てしまった。


「え? 僕が聞きたいくらいだよ。一度始めたことからすっぱり未練を断ち切る方法があったら教えて欲しいよ。安佐手君も最近ネトゲばかりするのはやめたんでしょ? 自転車通学もしてるし」


 運動すれば健康って考えが本当に正しいのか知らないけど。


「俺が手を付けることなんてお前にとっての陸上ほど楽しくないから参考にならねえだろ。ネトゲは辞めたら褒められるようなもんだよ」

「え? なんだかタバコみたいだね」


 言われてみればそうだ。


「とにかくね、また身体を壊したくないんだ。みんなにも迷惑かけるし、あと何十年も付き合っていく体に対して誠意がないと思うし」


 自分に言い聞かせている訳でもないらしい。

 ちゃんと前を見据えて結論を出しているようには思えた。


「陸上を卒業した理由は分かったけど、自治会なんかに入った理由はなんだよ?」


 にこりと白馬が笑う。取り繕うような表情だ。


「そこはみんな入っちゃったのに置いて行かれるのが寂しいからだよ。御宿直君と一緒かな」

「誰にドブさらいの詳細聞いたんだ?」


 部活・委員会の説明会をした時に、先輩方は時間を指定していなかった。

 理由は単純で、一年生で確定している人数が多ければ多少遅い時間に開始しても問題ないだろうという判断からだ。

 結局、少なすぎて早朝になってしまったんだが。


「仁那ちゃんだよ」


 なんだ瀬野川か。

 瀬野川は白馬のことが大好きだからな。妄想の素材として。

 ん? ニナチャン?


「お前らそんなに仲良かったの? 瀬野川の脳内で犯されまくってるだけの間柄かと思ってたわ」

「うん。一番辛かった時に力になってくれたのって、安佐手君と仁那ちゃんだったしね」


 犯されてるはスルーかよ。


「お前の力になった覚えなんてねぇけど」


 尊大な態度で無遠慮に接した記憶しかない。

 白馬の額にはじんわり汗が浮いて、少しもじもじと落ち着かない態度になっていた。俺には悟られないように少し体を離していたようだ。


 ああ、そっか。やってしまった。


「……お前、多江から相談された?」

「うん」


 目を逸らされた。

 今この場で土下座したら許してくれるかな。


「意外過ぎてびっくりしちゃったよね。多江ちゃんって……」


 白馬が言い淀む。


「口をつぐむなよ。惨めになるだろ」

「あ、ごめん。そんなつもりじゃなくて」

「謝るなよ。その、多江にお前に相談しろって言ったの俺なんだよ」

「うん、多江ちゃんが言ってた。僕に相談しろって言ってくれたのは嬉しくてさ」


『くれた』ってなんだ。

 お前はそのせいで知らなくても良い事実を知っちまったんだろ。


「いや、本当に、な、なんて謝っていいか」

「謝らないでよ。お陰で分かったんだから。仁那ちゃんとはよく遊んでるんだけど、そんな話をしたことなかったから、早めに知れて良かったよ。ゴールデンウィークにも二人で遊ぶ予定立てちゃってて」


 白馬の鼻が少し赤い。


「よ、予定ってどんな?」

「一番多いのはカラオケかなぁ」


 ことも無げに。

 あんな人前で歌わなきゃいけないという恐怖の遊びができるだと?


「僕、本当に趣味がなくて。だから安佐手君が漫画とかアニメを教えてくれたのも嬉しかったし、仁那ちゃんがカラオケ行ってみようとか誘ってくれたのも凄く嬉しかったんだよ」


 カラオケに行くというだけで白馬有充が凄く遠い存在に感じてしまう。

 どんだけキモヲタなんだよ俺。


「仁那ちゃんがさ、アニソン歌いたいけど汀さんにも多江ちゃんにも断られたって言っててさ」


 なるほどな。

 瀬野川は身内以外にヲタバレしたくないのは知っている。

 だけど、白馬の誘われ方には問題があった。


「そ、それ、男子扱いされてなくないか?」

「あはは、そうだね。でも僕は嬉しかったんだよ」


 健全な男子である限り、女子に誘われたら悪い気はしない。

 相手がどういうつもりであっても、次の展開を期待してしまうものだと思う。

 しかも、瀬野川はよく白馬に抱きついたり耳を噛んだりなどととセクハラ三昧だ。

 白馬が本気になってしまう要素が揃いすぎていた。


「だから、偶然とはいえ安佐手君には感謝してるんだ。余計なことして一緒に遊びに行けなくなっちゃうところだったよ」


 白馬に熱烈な告白をされたら、瀬野川の陽太郎に傾いた気持なんてどこかへ吹っ飛んでしまう可能性は十分あるんじゃないのか。

 それくらい瀬野川は純情なのに。でも、白馬は踏み切れない。


 白馬は俺に負けず劣らずコンプレックスの塊だ。

 体は細くて、背も低い。極端といえるくらい女顔で、声もかなり高かった。


 だが、本人は女子に間違われることを一番嫌がっている。

『可愛い』が最大のNGワードだ。

 そんな劣等感の塊の白馬有充がついに決意を固めたというのに、俺がその決意を潰してしまった。


「……なんだか、僕達似てるね」

「お前に似てるっていうのもおこがましいけど、そうかも」

「またそういうこと言うんだから」


 いつの間にか互いの弁当箱は空になっていた。

 何を食べたか、どんな味がしたかも覚えていなかった。


「相変わらず自分のことになるとネガティブだね。人を趣味に引き込もうとする時は鬼みたいな顔になるのに」

「強く出れる相手が少ないんだよ」

「あはは、なんだか安佐手君も変わったよね。昔はなんていうか、隙を見せないようにして空回ってたのに」


 以前の自分について言われると恥ずかしいな。

 だけど、助かった。

 先程今までの失恋と失態がない交ぜになった感情から少し回復できた。


 そして少しだけ、冷静になれた。


「あのさ、白馬」

「え?」


 白馬は俺の口調が変わったことに、驚いたようだ。


「瀬野川のこと、あきらめるなよ」


 なんだ、鳩が豆鉄砲食らうっていう表現が的確に合う顔しやがって。


「え? どういう意味?」

「いやだから、そのままの意味だよ」


 はぁ、何を言っているんだろうね。早々に勝負から降りた自分を差し置いて。


「それは難しいよ。だって汀さんや多江ちゃんには悪いけど、仁那ちゃんが一番チャンスあると思うもん。一番積極的に動けるのはきっと仁那ちゃんだよ」


 確かにそうだが、今までそんな素振りを見せたことはない。

 瀬野川の見た目を裏切る身持ちの堅さは俺も白馬もよく知っている。


「本当にそうなのか? あいつお前とばっかり遊んでるじゃないか」

「それは多江ちゃんも一緒じゃない?」

「あ……う、うん」


 まあ、俺は多江の『友達』だからな。

 俺も白馬もお友達の関係だったってことか。


「お互い、乗り越えるのが大変な状況だね」

「そうでもねぇよ。俺は早々に降りちゃったし」


 これは本当だ。多江への気持ちは薄れる一方で、それがたまらなく寂しくもある。


「僕も降りたいなぁ」

「駄目に決まってんだろ」

「ずるいよそれ」


 白馬には悪いが、俺は陽太郎と杜太を相手にするような身の程知らずじゃないんだよ。


「……僕も、ずるいんだけどね」

「は? なんで?」

「その、多江ちゃんのこと、突き放しちゃった。どう話しても自分のこと駄目みたいに言うから。僕自身踏み出せてないのにさ」

「多江はなんて?」


 白馬の顔が少し暗くなる。


「謝られちゃった。でも、どうしても自分のこと信じられなくて、そもそも瀞井君が好きになっちゃった自分が嫌いだって」

「な、何言ってんだあいつ?」


 なんだそれは。

 白馬が突き放したのは間違っていない。

 そんなにいじけてたら何も思うとおりにならないよ多江……って、どうして俺の額にはブーメランが突き刺さっているんだ?


「安佐手君、あきらめた理由は友達のままでいいからってだけ?」

「は? 聞いてなかったのかよ」


 全く白馬は察しが良いというか、勘が良いというか。


「んー……今度話すわ」


 俺の本心は多分、誰の足枷にもなりたくないってだけだ。

 誰かの無駄な重しになるくらいなら、自分の安い気持ちなんてきゅっとひねって捨ててやる。

 そんな気持ちから脱却することができないんだ。

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