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セカンダリ・ロール  作者: アイオイ アクト
第七話 幼馴染の心は、どこにあるのか
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幼馴染の心は、どこにあるのか-4

 部活巡り二日目は文化部が中心だった。


 嗣乃が予定していた数を回りきらなかったのがすべての元凶ではなく、単純に数が多かった。


「さーて桐花! 今日も行こうか!」

「あ? 待てやコラ!」


 元気よく自治会室から出ようとする嗣乃が、瀬野川筆頭若頭に阻止された。


「嗣乃は入力! テメーのケツはテメーで拭え。せめての情けにつっきーはここに残してやる。よーちんはなっちと部活棟の文化部! 多江と杜太も別班で中央校舎の文化部! アタシと桐花は体育館で武道系。異議は!?」


 ありませーん! と全員がきれいにハモった。


「えっへっへ! じゃー行こうかパツキンのネーチャン!」


 瀬野川は茶化しまくっているが、これは瀬野川なりの嗣乃への配慮でもあった。

 今日は例の女子サッカー部への取材が予定されていた。

 活動報告に寄れば、活動は火曜日木曜日の二度だけというなかなかのやる気の無さだ。


 そんなことより、杜太と多江がコンビで回るのか。

 気分が浮かないな。


「うぇー! これ多くない!?」


 嗣乃の愚痴で現実へと引き戻された。


「そりゃお前のせいだろ」

「聞いたのは確かにあたしだけど。桐花がガチガチだったからレポーターと書記になったんだもん」

「過保護すぎだろ」


 言いながら、自分の眉間にブーメランが突き刺さったような気分にさせられた。


 自分が入力している欄の下で、嗣乃のたどたどしい入力が見えた。

 さすがに多江のような速度は出ないか。


 昨日は半分手伝ったが、そんなことをしなくても多江は時間がかかっても必ずやり遂げていただろう。愚痴は多いが、必ずやり遂げるのが多江だ。

 それに対して嗣乃は結構雑な奴だ。

 最初に気合いを入れすぎて尻すぼみになるので、始めと終わりのクオリティがかなり違ってしまう。


「ねえ、つっき」

「あん?」


 しまった、二人きりになってしまった。


「多江のこと、聞いてもいい?」


 茶化してはいけない声音だ。また嗣乃に心配をかけてしまったか。


「……よーに言ったことが全部だよ」


 どこまで聴いているかなんて聞く必要はない。

 陽太郎は全部嗣乃に話しているはずだ。


「でも、なんかあったんでしょ? あんなに体調悪くするくらい」


 正しくは無かったんだよ。

 何かを成そうとしなかったから、悩んで吐き戻すことになったんだよ。


「んー……そう言われてもな」

「ふーん。一昨日みたいにギリギリまで我慢するのは無しだからね」

「ギリギリってなんだよ? 突然の差し込みみたいなもんだぞ」


 視線を感じたので嗣乃の方を向くと、不満気な視線を向けられていた。


「ずっと目の下隈だらけにしてたヤツが何言ってんの? 心配する側の身にもなれっての!」


 言葉は刺々しいが、本気で心配してくれているのは分かった。


「とりあえず今は元気そうだからいいけどさ、多江になんか言われたの? それともつっきが言ったの?」

「なんか言ったって何を?」


 しらばくれるというのは、こういうことを言うんだろうな。


「な、なんかよ! それは察してよ!」


 ゴリ押し過ぎだよ。

 気分が落ち着いていた。嗣乃に格好付ける必要なんて一切ない。


 だから、俺の口も軽くなってしまったんだと思う。


「何にもしなかったんだよ。ずっと」


 嗣乃は俺の顔をじっと見ていた。


「な、なんだよ。目が腐るぞ?」


 他人だったらきっと嗣乃の顔はじっと見ているのも辛いほどきれいだ。


「腐るなら今頃全身腐り落ちてるっての。あたし達一緒に風呂入ってたんだよ?」

「いつの話だよ」


 どきりともしないな。

 潜在意識が嗣乃を血縁者と判断しているのかもしれない。


「その……やっぱり多江のこと、好きだった?」

「そりゃまぁ、うん」


 嗣乃に対して恥ずかしいことなんて何もない。なんでも話せてしまいそうだ。

 でも、多江への気持ちを嗣乃に相談したこともなかった。


 もっと早く相談していれば、別の未来が開いていたということもあるんだろうか。


「……なーんか、あたし達って似てるよね」

「は、はい?」


 どこがだ。

 お前コミュ力無限大、俺コミュ力皆無。

 お前の顔面偏差値無限大、俺十人並み。どこに類似点があるんだ。


「分かんないの? あたしもっと長い時間過ごしてきて、ついに高校生になっちゃったけど……どうにもできてないんだよ?」

「へ? あ、あぁ……そう」


 あっさり認めやがった。

 陽太郎と男女の関係になりたいと認めてくれたよ。

 多江には悪いが、嬉しくてたまらない。


「何よ? 気付いてなかったの?」

「いや、その、そういうわけじゃないってか……」

「そうだよね。あたしも何もしてないし」


 少しイラッときた。

 嗣乃の変にいじけた態度は珍しくもないのだが、陽太郎の話をしている時は看過できない。


「何にもしてないことはないだろ!」


 声が荒くなってしまった。


「してないよ。今年からは掃除洗濯とかお母さんみたいなことしてるけど」

「い、いや、多分よーはその、ちょっとピンと来てないだけだよ……だからもう、進んじまえよ!」


 最後の方は思い切り感情任せに焚きつけてしまった。

 ああもう、誰の味方なんだ俺は。


 嗣乃は苦笑いするだけだった。


「そうなんだよ。よーもアタシもピンと来てないんだよ。一番近いつっきにも気付かれてないくらいだしね」

「それは俺が鈍感なだけだろ。あいつは気付いてるって!」


 嗣乃が困ったように首を振る。


「だって、どうしていいか分かんないんだもん。ていうか、あたしのこの好きって気分は本当にその、つっきが多江に思ってたような気持なのかもわかんないし」


 口を挟みたくなったが、ぐっと我慢する。


「よーは一人で生きていくにはちょっと危なかっしいでしょ? だからいつまでも世話焼いてあげたいんだよね。でも、これって正しい感覚なのかな?」

「わ、分かんねぇよ」


 ふぅ、と嗣乃が小さく息を吐く。


「世話焼きたい程度の気持ちをその、恋愛みたいに言っちゃったらさ、つっきに対してもそうだってことになっちゃうし」

「い、いや、それは兄弟みたいな感覚だろ」

「あたしはつっきを頼りにしてるからさ、つっきにもあたしを頼りにしてもらいたいんだけど。それ、よーへの気持ちとあんまり変わらないよ?」


 これだ。

 俺達三人の間のあまりにも太すぎる繋がりだ。

 このがっちりと俺達を括り付けている鎖が外せない限り、嗣乃と陽太郎は家族のままだ。

 恋人となるために必要な他人としての距離を取れないんだ。

 この鎖をがっちり強くしてしまっている元凶は、間違いなく俺だ。

 俺がさっさとこの輪から抜ければ、嗣乃は陽太郎への気持ちを恋愛だとちゃんと認識できるはずだ。


「あのな、嗣乃」

「あん? なんかきついこと言うつもりでしょ? バッチ来い!」


 声のトーンで次の言葉を予想しないで欲しいんだが。


「いや、大してきついことじゃねえよ」


 小さく息を吸う。


「……手が届かなくなった時の気分なんて、味わうもんじゃねぇぞ」


 嗣乃の顔が見られなかった。


「ごめん。なんにもできてなくて。でも、ちゃんとするから」


 どんよりした気分を打ち消すように、嗣乃ははっきりと宣言してくれた。


「つっき、あのさ」


 優しい声だった。

 うっかり縋り付いて甘えたくなってしまう。


「多江のこと、言いたくなったら言いなよ。悪口も受け付けるよ。そんなことでつっきも多江も嫌いになったりしないし。遠ざけて欲しいなら極力つっきには近寄らせないし」


 嗣乃はこんなことを言う奴じゃない。

 むしろ仲が悪くなったら強引にでも引き戻すタイプだ。


 悪口は必ず関係にほころびを生む。

 だから思っても他人に伝えず、自分の中で消化してしまう方が良い。それは嗣乃も分かっているはずだ。


「別に多江のことは嫌ってねーよ。むしろ感謝してるっての。毎日俺なんかとゲームして通話してくれてさ。あいつが俺にかけてくれた時間分のはお返ししてやりたいくらいだよ」

「は? なにそれ?」


 分かってるよ、キモいよ俺。


「多江は全部あんたに気を遣ってたって思ってるの?」

「そ、そうかもしれないだろ」


 嗣乃が大袈裟にため息をついた。


「多江ってさ、あたし達と遊んでる時も一番最初に帰っちゃってさ、しかも帰ったらつっきと多江が通話してんだもん。すっごくモヤモヤしてるんだから。あたしとは遊びだったのかって!」

「いや遊び相手だろ」

「はあ!? 本気で愛してんのに!」


 何言ってんだこいつ。


「多江はあたし達との時間削ってまでつっきと遊ぶことを選んでたんだからさ。ちょっとくらい好かれてたって自覚したっていいんじゃないの?」

「ん? うーん」


 そうだといいけど。


「あたしが言っても説得力ないけど……多分つっきが、その、ある種の行動を起こせばうまくいくタイミングもあったと思う」


 告白という言葉は嗣乃自信の胸に刺さるのか、はっきりとは言えないらしい。

 可愛いなぁ。


「……慰めるの上手いな」

「一般論だっての」


 気持ちが少し軽くなった。

 性別という高いハードルの向こうにいる嗣乃が、多江と俺が良い関係になれる可能性は十分あったと言ってくれた。

 それは何よりも慰めだった。

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