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セカンダリ・ロール  作者: アイオイ アクト
第四十二話 少年、結局一人立ちできず
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少年、結局一人立ちできず-7

「「とうちゃーく!」」


 一年校舎の昇降口でやっと下ろされた。

 はぁ、目立つことには相変わらず慣れないな。


「安佐手! お前よく先生達出し抜いたな!」

「だ、出し抜いたってなんだよ!?」


 まったく。

 俺が立候補を禁止された事は随分と浸透しているらしい。


「よっ! 権力欲の権化! お前の漢字朝日が出るでいいの?」

「ち、ちがっ!」

「ちげーよ安い左手だよ!」

「そ、それも違う!」


 その後もたくさんの同級生にバシバシ背中や頭を叩かれつつ教室へと向かうのは気分が良かったが、反面心配になってきた。

 全員ちゃんと考えてるのか?

 本当にこんなのを生徒会長に推挙する気か?


「はいみんな、お触り禁止!」


 陽太郎はずいぶんと嬉しそうだな。

 俺の企みはどこから漏れたんだ。


「うえぇ……」


 やっと自席に座れた。


「ホームルーム自習でいいんじゃない?」


 学級委員の一言で、全員の空気がだらけた。

 話し合いをする気すらないらしい。


「えー俺彼女持ち指名したくねー!」


 やっと反対意見が聞こえた。

 彼女持ちって誰のことだっけ。

 なんて俺のことですよねフフン……なんて心の中でマウンティングしてる場合じゃない。


「じゃあ誰がいいんだよ?」

「あぁー……誰だろ?」


 この居心地の悪さはなんだろう。

 ついに全校生徒の前で俺の得意な屁理屈をぶちかまして、それはたくさんの人の手によって成功まで導かれてしまった。


「安佐手ー! 早速来年の部費の相談とかできる?」

「きたねーぞテニス部!」

「安佐手、北側の物干し場にストーブ持ち込みでき……」


 迫り来るクラスメイト達の声が聞き取れなくなってきた。


「屋根雪!!」


 甲高い一喝に、全員が沈黙した。

 その声の主である桐花はコートを着直していた。


「あれ? 大統領夫妻どこ行くんだよ?」

「お、屋上の積雪見てくるんだよ! せ、先生!」


 誰が大統領だ。誰が。

 ちょっと……気持ち良いじゃねぇか。


「おう、行ってこい。こっから自習。自治会以外は席付け! あ、今立ってる奴ら自治会に入りたいのかぁ! 助かるぜ!」


 全員良い子に着席しやがって。

 ちょっと期待しちゃったじゃねぇか。

 依子先生は俺達を追っ払うように、教室の外へと出してくれた。


 とにかく人が居ない場所に行きたかった。

 考えついたのは屋上へと続く階段の踊り場くらいだった。


「……ここもうるさいな」


 屋上へと出られる扉の前は、外と変わらない寒さだった。

 尻が冷たいが、他人の視線がある教室よりずっと気楽だった。


 下の階の教室も皆廊下でざわざわと騒いでいた。

『安佐手』という言葉が聞こえる度に、体が跳ねた。

 なんてことをしてしまったんだろう。


「うわっ!」


 隣に座った桐花が、俺の頭を抱え込んでしまった。


「……は、鼻水つくよ?」


 どうしてこうなってしまうんだろう。

 目と鼻から汚い汁が流れ出して、桐花のコートを汚してしまった。


「……ごめんなさい」


 どうして桐花が謝るんだろう。


「な、なんで?」


 皆を巻き込まないためたとはいえ、黙って独断専行したのは俺だ。


「ほんとは、生徒会長になりたいのに、諦めようとするから、私が、なんとかしようとして……」


 要領を得ない。どういう意味だろう。


「演劇部をけしかけたのは向井だからね。ダンス部も」


 陽太郎の声がした。


 何を言っているんだ。

 桐花は俺が生徒会長になって嬉しいのか?

 忙しくて二人になれる時間はどんどん減るし、あの笹井本会長氏と顔を合わせる機会も激増するのに。


「……な、何言ってんだ……? 俺、桐花には何も……」


 陽太郎のニヤニヤ顔はいちいち様になるな。

 羨ましい。


「どうせ誰も巻き込みたくなかったって言うんだろ? 演劇部の部長さんもダンス部のマコト部長も向井に相談されてさ。俺達も一緒に朝礼で暴動を起こす予定だったんだよ」

「そ、そんなことして俺達が自治会から外されたらどうすんだよ!」

「いいんじゃない? つっきや俺達を外した代償を払ってもらうだけさ」


 代償ってなんだよ。

 まぁ、少しは学校に貢献したっていう自負はあるけれど。


「つっき、ありがとう」

「は……?」


 嗣乃か?

 なんだよ一体。


「あたし達の立場を守ってくれてありがとうってこと」


 守った。

 そう受け止めてもらえるのは嬉しかった。


「ああーすいませーん! ごめんなさいぃ! 上でちょっと仕事してましてぇ!」


 杜太の声だ。

 どうやらここに来ようとする生徒達を止めてくれているらしい。


「お、俺は、守ったつもりは」


 偶然の産物だ。俺が誇って良いことじゃない。

 だって俺は、ただ生徒会長ってものをやってみたかっただけなんだ。


 あの笹井本会長氏の思うつぼだろうが、俺がやってみたかった。

 誰に配慮した訳でもなくて。


「つっきさ、いつも自分を俺の添え物みたいに言ってたでしょ?」

「……実際そうじゃねぇか」


 ため息を吐かれてしまった。


「俺を選出するクラスなんてゼロだよ? 今は俺こそつっきの添え物だと思わない?」


 反論できない。

 陽太郎なら生徒会長くらいこなせる。

 普通の高校の普通の生徒会長なら。


 でも、この学校はでかい。

 陽太郎は優しさが必ず先行してしまうし、ズルさがなさ過ぎる。

 俺自身は悪者にもなれるし、人を傷つけるような選択もできてしまう。


「あ、結果出た」


 携帯を見た陽太郎が、笑顔で告げた。


「二、三年生過半数が安佐手月人だったって。一年の結果は待たなくて平気だよ」


 

 皮膚の裏をたくさんの虫が走り回るかのような怖気が襲ってきたが、陽太郎の笑顔で収まった。

 そもそも怖がる必要なんてない。

 陽太郎も嗣乃も桐花もいる。

 瀬野川も白馬も、杜太だって多江だって。


「つっき、そろそろ行こうよ」

「あ……うん」


 これから激務が襲ってきて、たくさんの人間と話さなくちゃならない。

 もしかしたら、先生方の抵抗だってあるかもしれない。

 でも、気持ちだけは不思議と落ち着いていた。


 俺一人で全部背負わなくても良いんだ。

 その意味を、今初めて理解できた気がした。

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