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セカンダリ・ロール  作者: アイオイ アクト
第四十二話 少年、結局一人立ちできず
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少年、結局一人立ちできず-4

 コツコツコツコツ。

 派手なネイルとはすっかり無縁になった瀬野川の爪が、自治会室の長机を叩いていた。


「ほぉ。このプランでよたろーなんぞを生徒会長にすると。あの甲斐性なしを。あのヘタレを。あのエロゲ馬鹿を。あの運動音痴を。あの草食獣を」


 哀れ陽太郎。

 本人不在の場所でフルコンボを喰らうとは。


「仕方ねーだろ」


 自分の気持ちに正直になってしまえば、全く気が進まない。


「ま、これならいけそうだな。さすがネトゲ以外何にも打ち込んだことがない奴の発想はひと味違うぜ」

「瀬野川も外ヅラ磨き以外なんも打ち込んでなかっただろ」

「痛ぇとこ突くなよ。よし、立候補届は所属先の退部届と生徒自治委員会への入会届とセットで提出……落選しても自治会に残らなきゃならん……と」


 そう。

 生徒会長の道は甘くないものにしなくちゃならない。

 それこそ、今まで積み重ねてきた物はすべて捨ててもらわないと困る。


「なーんか手ぬるいな。立候補届を出したその日から自治会の仕事でもさせるか。手つかずの倉庫の整理とか、ドブさらいとか」

「なるほど」


 さすが瀬野川だ。

 どんどん酷薄な案を出してくれる。

 お陰で気が楽になってきた。

 案外簡単にことは進みそうだ……なんてフラグを立てないようにしないと。


 相談が駄弁りに変わってから数分、ゴムがこすれる音を立てながら自治会室のドアが開いた。


「遅くなってワリぃ」


 俺達二人を呼び出して、散々待たせていたのは依子先生だ。


「ちょっとびびる話するからな。絶対漏らすからパンツ脱いどけ」

「は、はい?」


 どこかで聞いたことがある台詞を。

 でも、茶化せるような空気ではなかった。


「湊の体調が良くねぇ」

「はぁ? みなっちゃん最近毎日来てんのに?」

「無理が利かねーんだよ。だから選挙の事はテメーらに丸投げだ。ぬまっちは湊のエスコートに日々の業務で手一杯、塔子は常に動き回れるようにしておきてぇ」


 二年生の人員不足は深刻だ。


「ふーん……なかなかいい案じゃねぇか。立候補なんて考えるアホへの刑罰はこれでいいか」


 俺達の普段の業務は刑罰かよ。


「もう一つ衝撃をくれてやる。教師どもは選挙管理委員長に仁那を指名したぞ。んで、そのまま副会長になれとさ」


 あらぁ、ぼくちんついに平委員まで降格することが内定したのね。


「ハァ? 次点が副会長だろ」

「瀬野川家の娘が分かんねーフリすんな」


 元笹井本家が現瀬野川家に火の玉ストレートを叩き込むなよ。


「教師のくせにそういうこと言う? てかさ、アタシつっきーの傀儡(かいらい)よ? 操り人形よ? 分かってんの?」


 傀儡っていうほど言うこと聞いてくれないでしょうが。


「もう瀬野川の名にすがるしかねーんだよ教師共は。あの笹井本の一番イカれてる奴の意向に背く決定をしちまったんだからな。それにこの立候補条件を見たら運動部顧問はひっくり返るだろうよ手塩にかけた部員達が奪われちまうかもしれねぇし」


 その点は俺も懸念している。

 県大会はおろか地区を勝ち抜けるようなスポーツ部は多くない。

 ある程度人気がある奴なら簡単に見切りを付けて、内申点の頂点とも言える生徒会長の地位を狙ってくる可能性は十分にあり得る。


 それを見越して立候補は自治会員に完全固定されることに、労役を課すなんてことも考えているんだが。


「とにかく、つっきーを会長職に就かせないことに躍起になっちまってんだよ。お陰でアタシとゴリラは針のむしろさ」


 俺ごときが職員室内でそれだけの軋轢を生んでいるなんて。


「そんな顔すんな。オメーは何も悪くねぇ。悪いのはテメーの保身のために生徒の可能性を潰すアタシ達教師だよ。ほんとにすまねぇ」


 依子先生は表情を変えないが、燃えるような怒りはその瞳から伝わってきた。


「……よし、つっきー。今からオメーも選挙管理委員だ。今アタシが決めた」

「は、はい?」

「立候補条件と選挙の進め方については全校生徒につっきーが説明しろ。読みやすい原稿でも用意しときな」

「げ、原稿?」

「そうだよ。来週月曜日に臨時朝礼をやるからな。みんな山丹湊の後釜は安佐手月人だと思ってんだろうよ。その安佐手月人ですら届かねぇ生徒会長の座がどれほど遠いもんか教えてやれ!」


 ひどいアイディアだな。

 傷心の身にそんなことをやらせるとは。


「依ちゃん、そんなに言うならコイツにやらせちまえよ。立候補させりゃいいだろ!」

「分かってんだよそんなこたぁよぅ。よたろーはつっきーみたいに物事を冷徹に順位を付けて対応するなんてできやしねぇ」


 優しさは陽太郎にの最大の長所だ。

 女子サッカー部の取り潰し工作も、半分は優しさだ。

 母親達にさっさと出張ってもらって連中に偽の請求書を突きつけてしまえれば、その場で解決しただろう。

 当事者には最も厳しい処分が下るという形で。


 本人は徹底的に潰すためと言っていたが、長年兄弟をしている俺には分かる。

 あれは陽太郎の優しさが与えた最後の弁明の場だった。


「お前ら二人で会長選を思い通りに進めろ。そしてこの学校を(バケモノ)から守って見せてくれ」

「は……はい」


 身体中を電流が走り抜けた。

 その言い方はちょっとずるいよ。

 嫌でも中二病魂に火が付いてしまう。


「それから……ごめん」

「依ちゃん? なんだよ急に?」


 依子先生の声は、完全に落ち込んでいる時のそれだった。


「あんなんだけどさ、アタシの妹なんだ。アイツはきっとつっきーみたいな奴と出会いたかったんだよ。自分の傍若無人を真っ向から受け止めてくれる奴にさ」


 瀬野川が肩をすくませた。


「ま、つっきーがお気に入りなのは確かだな。四六時中男に言い寄られるようなクソ美形女がこんな卑屈野郎に向かって子作りする仲になろうなんて。自分でストーカー増やすようなもんだぜ?」


 俺をストーカー予備軍扱いするのひどくない?


「アイツは本気だよ。昼間に衝突し合えばし合うほど夜はベッドで大盛り上がりってタイプだな。金髪に愛想尽かされてもそういうのとは付き合わないようにしろよ?」

「妹さんになんてこと言うんですか」

「仕方ねーだろ、事実なんだから。だけど、少しでもいいから妹の相手してやってくれねーか?」

「え? いや、それは、」


『はい』とは答えづらい質問だ。瀬野川もへの字口だ。


「依ちゃんの頼みは聞きてやりたいけどさ、アタシ達が歩み寄ったって無理だと思うぜ?」

「相手してくれりゃいいんだよ。これ以上こじらせねぇように」


 家族としての縁はとても薄くなってしまっているのに、妹のことはちゃんと心配しているんだな。


「彼女持ちに何頼んでんだよ依ちゃん! まぁ確かに揉み損ねたオッパイはでかかったけどな。あそーだ、姉妹で対魔忍コスしてくれりゃ友達になってやっても……あだだだだだ! 顔が剥けるって! フェイスオフするって!!」


 女子高生の顔に本気のアイアンクローとは。

 先生に胸の話をする瀬野川が悪いんだけど。


「痛ってぇなぁ。つーか生徒会長じゃねぇつっきーに興味持たねぇだろ?」

「持つさ。アタシが懸念してるのはよたろーないしは生徒会長の地位に就いた奴を潰しにかかるんじゃないかってことだよ。だからつっきーにガス抜きを頼みてぇんだよ」


 瀬野川の顔は浮かなかった。

 多分、俺の顔も同じような表情を浮かべているだろう。

 こんな曖昧模糊とした任務をどう遂行すればいいんだ。


「依ちゃん、やっぱコイツを生徒会長にできねーの? アンタの妹のためにもそっちのが最良だろ」

「それはできねー相談だ。教師達は自分達が出した結論を何度もつっきーに蹴散らされたんだからな」


 はぁ、言われれば言われるほど無理だな。


「さーて。アタシは朝礼の枠取ってくるわ。朝礼の原稿は五分想定。必ずアタシに提出しろ。今から作れ。練習は演劇部に頼んでおいてやる」

「は、はい……分かりました」

「よし、今日は帰れ。オメーの仕事は仁那にさせる」

「そーな。帰れ」


 どうして二人して俺を睨みつけるんだ。

 ここは素直に従った方が良さそうだ。


「終わった?」

「え? 桐花?」


 自治会室を出ると、桐花が待っていた。

 俺を確実に帰宅させるために桐花を召喚したな。

 ここまで疎外されるのも久しぶりだ。


 でも、何も言うまい。

 桐花も結局俺のお守り役で、皆から離されているかもしれないんだ。


「演劇部に寄っ」

「駄目」


 早っ。

 近頃は宜野がずっと顔を出しているからなぁ。


 でも、駄目と言われても寄るまでだ。

 宜野がいるのはちょうどいい。

 こっちの状況が宜野を介して会長氏に伝わってくれるのは大変助かる。


「いいから行くぞ」


 生徒会長にならなければ、桐花との時間は少し増えるかもしれない。

 それは嬉しいことのはずなのに、まったく肯定しきれなかった。

 俺の中に残っている悔しさという気持ちが、拳を強く握り込ませていた。


 それを察したのか、桐花の両手が包み込んでくれていた。

 その手を握り返したいのに、俺は拳を開くことさえできなかった。

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