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セカンダリ・ロール  作者: アイオイ アクト
第四十二話 少年、結局一人立ちできず
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少年、結局一人立ちできず-1

 悪いようにはしますから。


 強烈なボディブローを放ってきた笹井本かとりに壮絶なテクニカルノックアウトを喫しても、時間というものは容赦なく進む。

 特定の相手がいる状態でのクリスマスなのに。

 浮かれに浮かれて浮かれまくっても許されるはずの時期にさしかかっているのに、全く気分は浮かばなかった。


 おかしい。

 交際相手ができるという神から聖杯をいただいたような僥倖がこの身に起きているというのに、巷でイチャコラするカップルを見た時のイライラ指数の増加は以前とまったく変わらなかった。

 街中で公然とベタベタするカップル達は、違う星からやって来たエイリアンと思った方が良さそうだ。


 桐花と私には節度がありますゆえ。

 街中のカップルを心の中で盛大にディスりつつ、待ちに待ったクリスマスイブを迎えた。


 教会で向かえるクリスマス。

 桐花の知らない一面を知りたいというのが第一だが、異文化への興味が自分を突き動かしてしまう。

 しかも桐花が一緒なのでコミュ障でも心配は少ない。

 教会や宗派にもよるらしいが、大多数のクリスマス礼拝には誰でも参加して良いそうだ。


 クリスマス礼拝はかなり年を取った牧師さんのお話から、荘厳に始まった。

 一通りの儀式が終わった後はまるで映画の『天使にラブソングを』を生で見ているような気分だった。

 恰幅の良い外国人の女性達が舞台上に立ち、賛美歌を歌ったのは最初だけだった。

 その後はポップス調の洋楽ばかりで、ライブのような盛り上がりだった。

 学園祭後以降なんとなく暗かった陽太郎と嗣乃も、全力でコールアンドレスポンスに参加していた。


 その後は桐花の家の広い居間で純和風な宴会が催され、西洋の宗教へのイメージがガラガラと崩れていくのを感じた。

 文化が異なる世界で生きている桐花との距離を更に縮まった気がした。



 そんな新しい経験ばかりの年末から新年も三日目。

 俺が桐花に提案したデートと呼べるか分からない遠出は、思った以上に過酷な旅になってしまった。

 例の不幸の手紙を供養してもらったお寺へ続く石段が、これほど長いとは思わなかった。


 二人きりになれる場所はここくらいしか思いつかなかった。

 家の中は陽太郎と嗣乃が未だにギクシャクし、桐花の家に行ってもご両親が襖の隙間から覗くので落ち着かない。

 桐花が両親に怒りながら放つ『|Mind your own business!《ほっとけ!》』という言葉を覚えてしまったくらいだ。


「大丈夫?」

「……体力落ちたかも」


 石段の雪はしっかりどけてあるのに、もう三回は足を踏み外しかけた。


「ごめん、遅くて」

「大丈夫だから」


 情けない。

 桐花は結構大きなリュックを背負っているのに、俺は小さなリュックサックだけだ。


「ごめん、こんなところに付き合わせて」

「何度目?」


 不必要な謝罪をしたのは何度目だろう。

 心底楽しそうに歩を進める桐花を心配する必要なんてないんだが。


「こっち」


 石段を登り切ると、桐花は本堂の前へと俺の手を引っ張っていく。

 二人きりになると桐花も気が抜けるのか、少し言葉足らずになるのは可愛くてたまらなかった。


 境内には人っ子一人いなかった。

 正月も三日となると、参拝客もほぼゼロになってしまうようだ。


 参拝を済ませて御堂の横にある参拝客用の休憩室へ入っても、人っ子一人いなかった。

 温水ヒーターで暑いくらいに温められ、テーブルには煎餅とお茶入りのポットが保温モードになっていた。

 まるでここにいた人々が、忽然と消えてしまったかのような光景だった。


 スキーウェアの上下を脱ぎ捨てると、少しだけ眠気に襲われた。

 座布団が置かれた長椅子に腰掛けると、桐花は俺の膝を枕にして寝転がってしまった。


「くつろぎすぎだよ」


 俺としては大歓迎だけど。膝の上の桐花の顔は浮かなかった。

 桐花の指が俺の眉間を(つつ)いた。


「難しい顔」

「そうかな?」


 まぁ、そんな顔になる心当たりはたくさんある。


「ちょっと、仕事の話してもいい?」

「好きな話していい」

「……えっと、笹井本会長の痛ったああああああ!!」

「静かにして」


 好きな話して良いって言ったじゃねぇかよぉ……。

 脇腹思いっきり握らないでよぉ……。


「あ、あの人にいじめられたんだぞ? 少しは(いたわ)ってくれよ」

「あの人の話は駄目」

「好きな話をしていいって言っただろ」

「限度がある」


 なんて低い限度だよ。

 わがままを言ってじゃれたいだけなんだろうが、力加減を知って欲しいよ。


「……じゃあその、隣の学校の会長の話なんだけど、専門委員会立ち上げの話をしたんだけどさ、宜野が……痛ったああああい!!」


 宜野も禁句かよ。


「静かに」

「き、桐花にしか相談できないことなんだから頼むよ!」

「ほんとに?」


 怒り顔から一転、目が輝いてらっしゃる。

 桐花は『桐花にしか』という言葉に相変わらず弱い。


「みんな学園祭実行委員会作ろうって躍起になってて否定的なことを言い辛いだろ。俺が本音で相談できるのは桐花だけなんだって」

「ならいい……んふふ」


 可愛い。

 気を許した女の子笑顔こそ、世界で一番きれいな笑顔だと思えてしまう。


「多分、学園祭実行委員会の独立は成功しない。絶対に失敗する」


 もったい付けながら告げてみたが、桐花は驚きもしなかった。


「そう思う」

「え?」

「……あの人にいろんなイベント、おかしくされると思う。宜野が引き継いでも、一緒だと思う」


 言いながら体を起こした桐花の頭が、俺の肩に乗った。

 桐花の感想は的を得ている。


 あの会長氏の学校交流会乗っ取り宣言は皆に共有してあった。

 そして、宜野もその企みに乗るはずだ。


「あの人、うちの学校にいた時はめちゃくちゃしてて。昔の自治会は生徒会と同じだったのに、生徒間だけでしか交渉事ができない普通の委員会に変えてて」

「そ、そんな話どこで?」


 あらかじめ伝える内容を準備していたのか、桐花の言葉は明瞭だった。

 桐花は大きなリュックを開いて分厚いバインダーを取り出した。


「そ、え!?」


 ドラマ風に「それってまさか!」と言いたかったのに噛んでしまった。


「隠されていた資料と、教頭先生が作ってたメモ。必要な時に見せろって依ちゃんが」


 なんてドラマチックな渡し方だ。


「四つ目のインデックスがついているところ、読んで」

「うわぁ……なんだこれ?」


 笹井本会長氏がまだこちらの高校に居た頃に作成した提案書だった。

 読み進めるほど、その内容に呆れてしまう。


「あの人が、うちの学校の生徒会長選挙をなくしたって、依ちゃん先生が言ってた。その時の提案書。自分が一年生の時に会長になれなかった腹いせだと思うって」


 うわぁ、なんて理由。

 一年生が当選するはずないだろ。

 てっきり自分が自由に動き回れるように平委員をやっていると思ったら、こんな残念な理由だったとは。

 妙な人間臭さを見せられると印象が上方修正されてしまう。


『生徒自治委員会役職者選挙の廃止検討』


 ストレートなタイトルだが、内容はしっかりしていた。

 泡沫立候補者は毎回十名以上。

 休み時間になるべく多くの教室を周り、放送室からも演説を打つ。

 もちろん投票と開票作業も恐ろしい時間を要する。

 しかも、落選後に次点が就く副委員長や書記の地位などを拒否する生徒も多い。


 まぁ、当たり前だ。

 立候補者を見るとスポーツ部員ばかりだった。

 人気者がノリで立候補して、無茶な公約を並べて落選するという悪習を絶ちきるべきという内容だった。

 選挙は全て廃止し、生徒自治委員会は改組して一般的な委員会と同じ扱いに敷居を下げて人材も確保する。

 この提案自体は実に合理的だ。

 裏の理由を除いてしまえば、だけど。


「……うーん」


 しかし、複雑な気分にさせてくれるなぁ。

 もしこの提案書が存在しなかったら、俺や桐花の高校生活はまるで違うものになっていたのは間違いなかった。

 本来の生徒自治委員会は入会を希望しても、委員の承認を得なければ入会できなかった。

 陽太郎や嗣乃は間違いなく立候補して入会できそうだ。

 桐花も嗣乃に見初められて連れて行かれるかもしれない。


 でも、俺は別の道をたどっていたはずだ。

 生徒自治委員会でキラキラと輝きを放っている陽太郎と嗣乃を見ても楽しくないし。

 心が成長してないな、俺は。


 いや、それよりも重大な問題がある。

 こうして隣に桐花が隣にいてくれたかどうかだ。


「どうしたの?」


 碧眼と目が合う。


「……なってたかな?」

「なってた?」


 勝手に口が動いてしまう。


「これがなくても……俺、桐花のこと、好きになってたかな?」


 膝の上の桐花の顔の周りには?マークが飛んでいた。


「空き教室の黒板で相談したこととか、一緒に花火見に行った時とか、倒れた時も見つけてくれて……倒れて引きこもっても、桐花が引っ張り出してくれてさ」


 しまった。

 こんな憂鬱な話題を振ってどうするんだ。


「俺、桐花にそんな風にしてもらえる奴になってたかな……こんなに桐花のこと、好きになってたかな?」


 桐花の髪に隠れた耳が真っ赤だった。


「あ……いや、えと!」


 ぐえええ!

 なんて恥ずかしい言葉吐いてたんだよぉぉ!

 そりゃ結構前から気になって仕方なかったよ!

 でも俺がこんな関係を桐花に求めていたなんて気づいてもいなかったんだよ。


「もう一回言って」

「いや、それは……いででっ!」

「もっかい言って!」


 桐花の指が腕に食い込む。

 少々腕は痛むが、なんて心地の良い空間なんだろう。


「えと、じ、じゃあ、桐花も言ってくれるの? その、俺のこと、いつからか、とか」


 あら、怒ってらっしゃる。


「んがぅ!」


 桐花の舌が俺の前歯を這っていった。

 過激な愛情表現にもいい加減慣れてきた。


「……あれ?」


 ほんの数秒目を閉じている間に、桐花は離れてしまった。


「早く。バスに遅れる」

「え? あ、うん」

「早く」


 なんだよ。

 聞かせて欲しかったのに。


「……花火」


 桐花の防寒ウェアが擦れる音の中から、声がわずかに聞こえた。


「はい?」

「今年も、あそこに行きたい」


 あの丘の上の立ち入り禁止場所か。


「え? あぁ、うん。バレないなら」

「……すごく楽しくて。来年も、一緒に行きたくて、どうすれば一緒にいけるか、考えて……」


 桐花の声はそれ以上聞こえなくなってしまった。

 休憩室の外へと飛び出してしまったからだ。


 俺の心臓が口からはみ出そうだった。

 鼻の奥がジリジリ熱を放って、耳の穴の奥まで熱かった。


 桐花に追いついてフードに隠れたその顔をのぞき込むと、俺と一緒で真っ赤だった。

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