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セカンダリ・ロール  作者: アイオイ アクト
第四十一話 ある告白と少年の誤算
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ある告白と少年の誤算-1

 学園祭の残る日程は、実行委員会による学園祭の打ち上げのみとなった。

 あの数日間を思い出すと、今は平穏な日々といって差し支えなかった。


 しかし、俺の気分はあまり浮かなかった。

 冬が嫌いになりかけていた。

 この引きこもりが季節の移ろいを憂える日が来るとは。


 雪は降ってくれればくれるほど、部屋に引きこもる口実を与えてくれた。

 まぁ、雪かきという面倒な仕事はあるんだが、俺は結構好きだ。

 正しくは、いかに力を使わず効率良く雪を退かす方法を考えるのが好きだった。


 だけど、今はその雪が憎くて仕方なかった。

 例年よりも早く雪が降り積もった朝。

 我が家のダイニングでは、俺が雪を憎む原因となった金髪少女が不満げな顔をして座っていた。

 桐花の髪色は一週間もかからず、元に戻ってしまった。

 美容院で染めたからそれなりに持つのかと思いきや、リムーバーですぐに落ちるヘアカラーを使われていたのだ。

 学園祭でヤンチャな髪色に染めたがる生徒のために、毎年用意しているらしい。

 地元の美容師さんならではの計らいだ。

 桐花は改めて黒髪に染め直そうという腹づもりだったらしいが、結局染めずに金髪のままだ。


 その金髪は、嗣乃によって丹念にヘアアイロンをかけられていた。

 食卓で髪の毛をいじるのはやめて欲しいんだが。

 金髪は食べ物の中に落ちても気づきにくい。


「もういいから!」

「動かないの!」


 珍しく桐花が大きな声で嗣乃に抵抗していた。


「なんでアイロンなんてかけてんだよ?」

「このバカタレが汗びっしょりで来たからシャワー浴びさせたの」


 嗣乃の口調は怒っているが、顔はにやけまくっていた。

 金髪にコテを当てるのが楽しくてたまらないらしい。


「……バス、乗り遅れそうだったんだもん」


 冬場の桐花は三本ローラーという室内でロードバイクを漕げるローラーの上でトレーニングをするそうだ。

 夢中で漕いでいる間にバスの時間になってしまったらしい。


「直接学校行けば……ごめん」


 そんなに睨むなよ。

 冬が嫌いになった一番の原因はこれだ。

 桐花の機嫌を極端に損ねてしまう。


 冬場の学生や車を持っていない人は大体均一フリー定期券という地域のほぼ全てのバス区間乗り放題の定期券を購入する。

 だから自転車がなくてもさほど困難はしないのだが、自転車に乗る行為そのものが好きな桐花にはちと辛い季節だ。


「うん、色戻してからちゃんとトリートメントしてるね」

「……うるさい」

「反抗的ぃ!」


 髪のことを言われると、相手が大好きな嗣乃でも機嫌を損ねるか。

 不機嫌な顔が一層可愛い桐花を見ながら、トーストをかじる。

 なんて贅沢な朝だ。


「ふわ……もうすぐバス来るよ」


 眠そうな陽太郎がやっと汀家へと顔を出した。


「ああ、うん」


 陽太郎に応える嗣乃は、どうもぎこちなかった。

 学園祭が終わっても、この二人のボタンはまだ掛け違ったままだ。

 でもそこに干渉するようなことはしない。

 俺はこの二人の関係からは訣別したつもりでいる。

 まぁ、求められない限りは。


「はいできた。つっき、今日の桐花はどう?」

「え? あ、い、いつもより可愛い」


 ふえぇ誰でもいい!

 恥ずかしい台詞禁止と言ってくれ!

 今日も何も毎日可愛いよ!


 だけど、嗣乃のヘアアイロンの刑に耐えたんだ。

『いつもより』と付け加えて褒めてあげないといけないのは分かっているんだけど。


「うん、我ながら見事」

「あ……ありがとう」


 照れ臭そうに感謝する桐花は本当に可愛い。


「陽太郎君、トースト何枚?」

「あ、ありがとう。一枚で」


 トーストは自分で焼くのが三家のルールだったが、今は桐花の仕事になってしまっていた。


 本当に、色々変わってしまった。

 嗣乃は寝坊した俺や陽太郎をフェイスロックで起こさなくなった。

 低血圧な陽太郎が自力で起きて、しかもシャワーを浴びてから朝食の席に就くのも大きな変化だ。

 嗣乃は小さな手鏡で鼻の毛穴を確認することに余念がない。

 面倒くさがりの嗣乃が、ここまで細かく自分の身だしなみを整えることなんてなかった。


 何年も繰り返してきたことが、一気に変わっていく。


「いってぇ!」


 助かった。

 おかしな思考に気を取られると、桐花の手が俺の手を思いっきり握って現実に引き戻してくれる。

 でも、今のはちょっと強すぎだ。


「な、何?」

「嗣乃見てた」


 濡れ衣中の濡れ衣じゃねぇかよ。


「そ、そんなに見てないって」

「ならいい」


 ちょっと待って。

 鉛弾を撃ち込んでから尋問するイカれたアメリカンポリスみたいな真似しなかった?

 桐花の嫉妬深さはたまに怖くなるが、俺に対して感情を隠していないのは嬉しかった。


「な、何?」


 玄関を出ようとしたところで、碧眼が俺を睨んでいた。

 何を求めているのかは分かった。

 片手がお留守なのをなんとかしろということだ。

 なかなかに過激だが、桐花は桐花なりに考えて陽太郎と嗣乃に焚きつけているつもりらしい。

 俺の羞恥心が耐えられなくなる前に何とかなってくれよ、二人とも。


「ば、バス停までな」

「うん」


 桐花の指が俺の手に食い込む。


 ああ、そうか。

 陽太郎と嗣乃がしっかりとした答えを出してくれない限り、俺達に平穏なんて訪れないんだな。


「桐花」


 少し甘えたような声で桐花を呼んでしまった。

 不安な気持ちを切り替えるには、桐花に甘えるのが一番だ。


 少し抱き寄せて、額に唇を押し当てる。

 前髪に阻まれたが、俺の気分が少しだけ上向いた。


「うおっ」


 気がつけば桐花の両腕が俺の首に回り、唇を唇に押し当てられていた。

 桐花の愛情表現はいつも過激だ。


「そ、その、人目があるとこはちょっと」


 恥ずかしくて頭から湯気が出そうだ。


「つっき」

「へ?」

「俺、反抗期入る」


 何を言っているんですかね我が兄弟は。

 くだらないことを言っていないで早くしてくれよ。

 俺が恥ずかしさで心臓マヒを起こす前に。

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