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セカンダリ・ロール  作者: アイオイ アクト
第三十九話 少年と小さな訣別
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少年と小さな訣別-4

 一日目は客誘導という持久走に対して、二日目はウェイトトレーニングだった。

 追加の材料やプロパンガスタンクを運ぶ重労働に体を痛めつけられた。

 模擬店や出し物の見学もしたが、全く記憶に残っていない。

 メモを見ても記憶を呼び起こせなかった。


 そして、最終日の三日目は暖かい朝を迎えていた。

 三人とも疲れ切っていたからか、家でもほぼ会話すらできずに過ごしてしまった。


「……登り切れるもんだね」

「……そうだなぁ」


 きらびやかに装飾された校門の前で後ろを振り返ると、自分達が登ってきたつづら折れの坂がよく見えた。

 桜並木の葉が全て落ちないと見えない景色だった。


「いいから早く自転車置き場行くよ!」


 足腰が辛いというのに、嗣乃は自転車で行くと譲らなかった。

 嗣乃がそう主張するのも無理はなかった。

 明日の雪が降るのは確実で、今日を最後に自転車通学なんてできたものじゃないからだ。


 最終日の仕事は各部や学年の出し物の撤収準備状況の確認と、他校との合同企画『JKコーディネート(仮称)』の雑用だった。

 そして、終われば撤収作業が待っている。


「はぁーあ」


 隣で一緒に警備を担当する山丹先輩が盛大に溜息を吐いた。


「どうしたんですか?」


 鉄パイプや木材で組まれた簡易ハンガーラックに、大量の服が掛けられていた。

 その間をシニア層の皆様が縦横無尽に動き回っては服を掴んでは、スタッフが在庫を補充していく。

 その一連の流れを見ているだけでも飽きがこなかった。


 俺の隣で警備隊長として立つ山丹先輩も、この光景をぼうっと眺めていた。


「……仁那って可愛いよね」

「は、はい……?」


 山丹先輩が突然不可解なことを口走った。

 当の瀬野川は警備担当のくせにコーディネートを手伝っていた。


 瀬野川は可愛いというより、きれいとか美しいとか表現すべきだとは思う。

 背は160後半ほどあるし、本人の努力で引き締まった体は同年代の女子に比べればかなり大人に見える。

 白馬に甘えている姿は可愛いと言えなくもないが。


「この学校、ミスコン禁止なのよ」

「……そんなのいりませんよ」


 そんなものが開催されたとしても、瀬野川は出ないと山丹先輩に言っても理解してもらえるかな?

 それに、見てくれが良くて人生楽しんでいそうな奴らがずらりと並ぶ姿なんて見たくもない。

 この禁止ルールは死守しよう。


「月人君も堅いなぁ。ミスコン開催できたらさ、来年度の自治会に山ほど人が入ってくれると思わない?」

「そうかもしれませんけど……そんな動機で入ってきた連中を統率するの俺達なんですよ?」

「うん。私じゃないからね」


 山丹先輩がクスクスと笑う顔は相変わらず二次元からはみ出してきたようだ。

 いつもそんな顔をしていたら、ミスコンでも上位は狙えると思うんだけど。


「桐花ちゃんってあんなにしゃべることもあるんだね」


 突然桐花の話になってしまった。

 桐花の話をされると、おかしなムズかゆさを感じてしまう。

 同じ警備だったはずの桐花も、瀬野川と一緒に見覚えのあるじいさんばあさん達に色々な上着を着せまくっていた。


 ふと桐花と目が合ったが、気まずそうに逸らされてしまった。

 接客も立派な仕事だから咎める気はないんだけどな。

 警備と称してぼさっと立っている俺の方がよほど仕事をサボっている。


「桐花ちゃんも分かってないんだから。目が合ったら可愛く手を振らなきゃ!」


 衆人環視の中でそれは勘弁して欲しい。

 ただでさえ近くにいるだけでなんだか落ち着かないのに。

 そもそも、桐花がこちらをあまり見ないのはもう一つ理由があった。


「いいですね。彼女が可愛くて」

「うるせぇ無駄イケメン」


 俺のただの嫌がらせめいた物言いに、優しい笑顔を浮かべる宜野はなかなかに腹立たしかった。


「すいません。顔にはちょっと自信があるもので」


 急に突っかかるような物言いになったな。


「な、なんだよ? 毒舌キャラにでもなろうとしてんのか?」

「はい、みんなに個性がないって言われちゃって。ちょっと無理してます」


 相変わらず素直な奴だ。


「いいんじゃねぇの? 個性薄い方がギャルゲの主人公みてーだし」

「え? 恋愛シミュレーションのことですよね? それって勉強になりますかね?」

「なるに決まってんだろ。俺が生き証人だ」

「ちょっと月人君、未来の生徒会長を騙さないの」


 山丹先輩の後半の言葉が聞き捨てならなかった。


「へ? 未来の……?」

「当たり前でしょ。現生徒会長の後を継ぎたがる物好きなんて宜野君以外いないもの。信任投票で生徒会長職確定よ」


 山丹先輩の人聞きの悪さに宜野も辟易していたが、暗に褒められていることも分かっているようだ。


「うちは生徒自治委員会なんていう立場しかないから、宜野君の方が立場は上になっちゃうわね。油断してると来年の学校交流会はぜーんぶいいとこ取りされちゃうかもよ?」

「あ、そうですね! 安佐手君の上に立てちゃいます!」


 当たり前だ。

 俺は一委員会の委員長なんていうこの高校以外では通用しない地位に就くんだぞ。


「俺に対抗意識燃やすなんて時間の無駄だろ」

「いえ、全然そうは思いません。安佐手君が油断している間に地盤固めはしっかりやらせてもらいます。そして権力を手にした暁には、安佐手君から奪える物を全て奪ってやろうと思ってますから」


 何をすぐやられる悪役みたいなことを。


「何が言いたいんだよ?」

「これまでと同様、お友達でかつ別の学校とはいえ生徒会長ですから、その仲間でいてくださいっていう意味ですよ。仲間というか、手先?」


 無理して悪役を気取るなよ。

 俺の顔色をうかがいながら攻撃的なワードを使っているのが可愛らしい。


 今までのことはさておいて、宜野は良い人間だ。

 うまく助け合えれば、あの機能していない学校交流会の立て直しもできるかもしれない。


 しかし、『生徒会長』という言葉がどうもひっかかる。

 来年は二年委員長という立場になるんだから生徒会長に近いといえば近いんだが、選挙を経ているかいないかは埋めがたい差だ。


「では安佐手君、覚悟のほどを。山丹委員長、お先に失礼します」

「色々手伝ってもらってありがとう、宜野君」

「いえいえ! 学園祭に限らずどんどん頼ってください!」


 俺を挑発したいのか激励したいのか、よく分からないな。


「安佐手君もそろそろ警備上がっていいよ。ダン部行ってらっしゃいな」

「え? はい」


 そうだった。

 これからダン部のカフェにあるカップルシートとやらに桐花と行くんだった。

 例の招待券はちゃんと生徒手帳に挟み込んである……って、待てよ?


「な、なんで知ってるんですか!?」

「なんででしょうねぇ?」


 あの封筒を投げ込んだのは山丹先輩だったのか?

 忙しすぎて誰がくれた物かなんて考えてもいなかった。


「も、もしかして、見たんですか!?」

「え? そこまで失礼なことしてないから。でも桐花ちゃんが校舎を抜け出して行ったのを見かけて本気で焦って追いかけたら、自治会室で『同衾』なんかしちゃって」

「み、見てるじゃないですか!」

「だから見てないって」


 そんなに堂々と嘘を吐かないで欲しいな。


「その招待状は非リアからの餞別(せんべつ)と思って楽しんできて」

「あ、ありがとうございます……」


 反撃したいところだが、時間がなかった。


「……きり……」


 まずい。

 桐花の周りは自転車仲間のじいさん達だらけで声がかけづらい。


「こんがんしょーしっけ! 」


 割烹料理屋の爺さんも声がデカいなぁ。


「しゃれこきに見えっろぉ!」


 相変わらず瀬野川は方言丸出しだ。


「向井さん、休憩入って」


 良かった。

 旗沼先輩が声をかけてくれていた。


 じいさん達に挨拶しつつ、旗沼先輩と一緒に桐花がこちらへと寄って来るのはどうにも恥ずかしいけれど。


「安佐手君も休憩だよ」

「は、はい」

「なんならずっと休みでもいいよ。後夜祭だけ参加してくれれば」

「い、いえ、ちゃんと戻ります」


 旗沼先輩の笑顔はまぶしいな。


「き、桐花……行こう」

「は、はい」


 なんでそんな他人行儀。


「腕章なんて無粋な物は預かるよ」

「は、はい」


 無粋。

 なんて格好良い言葉を放ってくれるんだよこのパーフェクト先輩。


 桐花の手が遠慮がちに俺の袖口を掴んでいた。

 周りの目線が痛い。

 どうして碧眼の女の子と冴えない奴が、恋人めいたことをしているのかというの疑問の視線だろうか。

 俺の被害妄想癖が治る日は来るんだろうか。

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