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セカンダリ・ロール  作者: アイオイ アクト
第三十六話 卑屈少年と清廉少年、勝負もせず
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卑屈少年と清廉少年、勝負もせず-4

 カップル誕生みたいな扱いだったな。


 舞台が終わるや否や、反射的にホールを走り走り出ていた。

 そして、非常階段へと続く防火扉をくぐり抜けていた。


 非常階段は寒いを通り越して冷凍庫状態だったが、俺をいじくり回そうとする奴らに揉まれるよりは幾分ましだった。


『どこにいる』

『こっちは体育館の非常階段』


 桐花にチャットを送るが、返事はなかった。


「安佐手君!」

「うわぁ!」


 防火扉を開けて入ってきたのは宜野だった。

 えぇ……どうして非常階段って分かったの?


「あの、ありがとうございました!」

「な、何がありがとうなんだよ?」


 俺はお前の恋路を邪魔した悪党だぞ。


「私からもありがとうございます」


 なんで会長氏まで。


 前夜祭はこの学校の生徒以外入れないってのに。

 教師の信頼が厚い優等生はやりたい放題だな。

 会長氏め、俺がここに逃げ込むと予想していやがったな。


「ふふ。つっきーは本当に面白い人ですね。私が見込んだ通りとでも言いましょうか?」


 買い被ってくれるね。

 俺の妨害を宜野と演劇部がうまくまとめただけなのに。


 そもそも俺の行動は最初から読まれていた。

 主宰氏がホール前で待っていたのも、俺が来るか来ないかで演出を変えるためだろう。


「……俺は宜野の顔を潰そうとしたんですよ?」

「何言ってるんですか! 僕の人生最高の舞台になりましたよ!」


 人生最高って。

 俺達そんなに長く生きてねぇよ。

 今後もっと良い舞台踏めるだろうよ。


「本当にいい舞台でしたよ。あなたは金髪ちゃんを連れて逃げても良かったのに、逃げなかったのは実優斗のためでしょう? 相変わらず優しい子ですねぇ」

「ど、どうだっていいでしょ」


 そうしなかったことを深く後悔しているところだよ。


「あらあら、お口から随分血が出てますけど大丈夫ですか? もう、実優斗もそんなに熱烈なキスをするなんて」


 この傷を作ってくれた相手は、俺の思い通りの相手と一緒に笑ってくれていた。

 その点は良かった。


 俺の存在があいつらの邪魔にならずに済んだんだ。

 それより俺は宜野にこんなことをさせた奴に、何か言ってやりたかった。


「会長さん、宜野を煽ったんじゃないですか?」

「どうでしょうねぇ? どっこいしょ」


 俺の隣に年寄り臭く座った会長氏の目は、普段の会長氏からは想像つかないほど愁いを帯びていた。


「触れていいですか?」

「傷は触らないでくださいよ」


 ペタペタと頬に触れられた。


「良かった。あなたの目はまだ元気で。本気で心配しているんですよ? あなたって他人ばかりを思いやるから。今だって実優斗の面目を守ってくれて」


 あんたに心配される筋合いなんてないと言いたいのに、言えなかった。


「その、なんて感謝していいか」


 宜野の言葉を咎めるように、すっと会長氏の顔が宜野へと向いた。


「宜野実優斗、何をしたの? 金髪ちゃんをあんなに怯えさせて」


 恐ろしい声だ。

 この人は怒っている。

 この人は関わっていなかったのか。


 笹井本かとりは感情のコントロールがあまり上手ではないらしい。

 燃えるような感情を人懐っこい笑顔の下に隠していた。


「今しかないって思ったんです」


 相変わらず宜野の声には迷いがなかった。

 笹井本会長の威圧に全く負けていなかった。


「……フロンクロスさんが、すごく落ち込んでいて。汀さんと喧嘩してしまったみたいで」

「あらぁ、つーちゃんと?」


 会長氏は努めて冷静な声を出しているつもりだろうけど、棒読みだな。

 桐花と嗣乃は喧嘩なんてしてはいない。

 嗣乃が一方的に迷走していただけだ。


 なんだか泣けてきた。

 自分の身内が迷惑をかけた気分だ。


「それに、会長が突然安佐手君におかしな告白するのを聞いて、もっと落ち込んでしまったんですよ!」


 宜野の声が刺々しくなってきた。

 あの似非(エセ)愛の告白を聞いてただろうな。

 でも、あれを聞いて凹むってどういうことだ。

 俺に気があるのかと勘違いしちまうぞ。


 コツンコツンと、誰かが上がってくる音がした。

 まずい。誰か来る。


「はーあ、ひどいですねぇ。あなたのことですから周到に準備したんでしょう? あの子はパニックになると逃げてしまうから。そんな子が逃げずにあそこにいたのは、動けない理由を作ったんでしょう?」


 会長氏は宜野をにらみつけていた。

 宜野は負けじと会長氏をにらみ返していた。


「はい。最後の演出に自治会の仕事として、エキストラとして協力してもらいました。だから、その、結果的にはもっと盛り上がって、良かったです」


 使い古された寒い演出をしやがって。


「でも、本気だったんですよ。僕の本気が通じれば、その、ずっと大事に思ってた気持ちが伝わるかなって。落ち込んでるフロンクロスさんを救えるかもしれないって、思ったんです」


 宜野は平気で歯の浮くような台詞を吐く。

 しかも、一片の濁りも感じさせない。


 本当に、凄い奴だ。

 何も真似できない俺を惨めな気分にしてくれるほど。


「……はぁ、嘆かわしい。あなたはずいぶんとつっきーに毒を飲まされたみたいですね」

「あ、安佐手君に、毒、ですか……?」


 飲ませた覚えなんてねぇよ。


「たくさん考えを尽くして工夫して、物事をうまく回すことをつっきーから学んだつもりだったんでしょう?」

「か、勝てないのは分かってますよ。でも、それでも、あきらめられなくて」


 勝敗を持ち込まれるのはちょっと腹立たしいな。

 誰も勝負なんて仕掛けていないのに。


「演劇も成功させて彼女もゲットできて。古くさいけど、なかなかのアイディアですね。でも、駄目です。あなたのやり方は人を傷つけるわ。私がそんなことを言っても説得力がありませんけどね」

「でも、僕はずっとフロンクロスさんを見てきたんですよ。フロンクロスさんが、大変な思いをしてきたのも知ってるんですよ! 安佐手君にも写真をお見せしましたよね? 先生に黒髪を強要されて! それをぐっと我慢をして!」


 良かった。

 桐花の助けになろうと思ってくれる人はいてくれたのか。

 だけど、どうして桐花の本心を理解できなかったんだろう。


「おい、宜野」

「は、はい、なんでしょう?」


 全然懲りてないって顔だな。


「さっき、桐花が髪の毛黒くしてたの気づかなかったのか?」

「そ、それはもちろん。日本人女性の役ですから、ウィッグを被ってもらいました」


 元々黒髪のキャラクターの予定だったか。


「あらぁ、それで舞台に上げたらウィッグを取り去って、金髪ちゃんを普段の状態に戻して告白ターイムと。そういうことですか?」

「はい、そうです」

「その演出、金髪ちゃんが前の方に座っているのつっきー達から隠すためですよね?」

「は、はい……安佐手君には気づかれてしまいましたが」


 なるほど。

 効果てきめんだ。

 観客席には自治会一年生全員がいたのに、誰も桐花がいないことに気づいていなかった。


「お前……その段取りまで桐花に説明してたのか?」

「えぇと、ウィッグを外すことは説明していませんでしたが、そこに立っていて欲しいことは説明しました」


 衆人環視という恐怖の中、なけなしの防護壁である『役』まで奪う気でいたのか。

 宜野は本当に何も気付いてなかったのか。


「……あいつが、髪の毛染めてたのに気付かなかったろ」

「え?」


 桐花は宜野にウィッグを奪われる演出を読み切っていたのかもしれない。


「そ、そんな! 本当に染めていたんですか? フロンクロスさんが?」


 イライラが止まらない。

 なんで自分の思い込みの世界から脱却できないんだ。

 信念の貫き方が間違ってるぞ。


「……お前、なんでいつまでも桐花のこと、向井なり桐花なり呼んでやらねえんだよ?」 

「そ、それは不自然だからですよ。そんなのフロンクロスさんの本音とは……」

「本音なんだよ!」


 落ち着け。

 声を荒らげるな。


「あ、あのな、あいつがどうしてずっと髪の毛を黒くしていたと思うんだよ?」


 なんで出会って半年と少しの俺にも分かるのに、どうして分からないんだ。


「それは一年の時の担任が強要したからですよ! フロンクロスさんは物静かな子だから、従うことしかできなくて」


 そうかい。

 それでいくら宜野や他の生徒達が抗議の声をあげても、桐花は抗議せずに黙って黒く染め続けたと言いたいのか。


「なら、なんで向井桐花なんて名前好んで使ってると思ってんだよ?」

「そ、それは、その、周囲に溶け込みたかったというか……そもそも、あだ名なんでしょう?」


 なんだ、周囲に溶け込めたいっていう桐花の気持は理解してんじゃねぇか。

 でも、それでは不十分だ。


 別名を名乗りたいという桐花の要望書の第一稿は、今も俺が持っている。

 ちゃんと本人にもらうって許可は取った。

 雑な生き方をしてきた俺が、始めて責任というものを知った気がしたんだ。


「あいつが自分で髪の毛を黒くしたかったって、思ったことはないか?」

「そ、そんなはずは……!」


 宜野のきれいな鼻に頭突きでもしてやりたいが、生憎そんな勇気はなかった。


「あ、安佐手君はそれを本人に確認した上で、言っているんですか?」

「何度も話してれば分かるだろ。なんであいつがハブにされてもぼっちになっても踏ん張って来たか分かってんだろお前だ……って! ゲホ!」


 息が切れる。

 呼吸も忘れて言葉を続けてしまった。


「そ、そこまでは、話してなくて」


 どうして宜野はもっと踏み込まなかったんだ。


「あ、あのさ、桐花ともっと話せよ。コミュ力無い俺が言うのもなんだけど、俺……俺達よりずっと長い時間一緒にいたんだろ? あいつがどうなりたいかって分からなかったか?」

「で、でもそんな荒唐無稽な……」

「なら、なんで桐花は髪を染めてたんだよ? あいつはお前に教えてやろうと思ったんじゃないのか? 本当はみんなと同じ髪色で満足してたって。普通眉毛まで染めないだろ……うっ」

「つっきー、大丈夫?」


 会長氏に抱きかかえられてしまった。また呼吸を忘れて話してしまった。

 目の前が暗くなってきた気がした。


「……あの子が、望んでた?」

「そ、そうだよ。それを、はぁ、はぁ。お前が駄目だって、先生に抵抗してたんだよ。な、なぁ、だからさ、せめてさ……あいつのこと、向井でも桐花でも、呼んでやってくれよ……頼むよ」

「そ、そんな……僕のしていたことは……」


 無駄だと、言い切ってしまいたい。

 だけど、怒りに任せて相手をねじ伏せて何になる。

 宜野は宜野なりに桐花の力になろうとしていたんだ。


「宜野……フロンクロスって呼び方は考え直してくれよ。それだけ約束してくれないかな?」

「え……は、はい」


 宜野が羨ましくてたまらないよ。

 顔が良くて、性格も明るくて。

 俺如きの意見も真っ直ぐ受け止められる度量があって。


 これで、宜野と桐花の掛け違えていたボタンも正されると思う。

 でも、ちっとも嬉しくない。

 ちっとも気が晴れない。


 だから、言ってしまおうか。

 俺が本当に思っていることを。

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