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セカンダリ・ロール  作者: アイオイ アクト
第三十六話 卑屈少年と清廉少年、勝負もせず
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卑屈少年と清廉少年、勝負もせず-3

 観客の笑いが響く中、再び舞台が真っ暗になった。


「あーあ。くっせぇな、俺」


 宜野の声が響く。


「地元の悪友に会いたいなぁ。あいつらと飲み過ぎてこいつらに捕まったんだっけ? 娘にも会いたいなぁ。離婚してからずっと会えてねぇよ……これから再婚する婚約者にも、会いたいなぁ」


 オッサンこと、宜野にスポットライトが当たった。

 演技の良し悪しなんて分からないが、宜野の凄味のようなものは伝わってきた。


「コンピュータエックスって、俺の言うことも聞くのかな?」


 隣に座る人物の体がびくりと跳ねた。


 そろそろか。

 この席に座らせた宜野にも演劇部にも腹が立ってきた。

 人の責任感に漬け込んで何をしてくれているんだ。


「き、聞く、お前の命令……も……」


 舞台上の照明が全て点灯した。

 倒れたままの司令こと、主宰氏が苦しそうに答えた。

 マイクも無いのに、苦しみの声がホールへとしっかり響き渡った。


「え? そんなこと俺に教えていいの?」


 舞台上の演者は上下から照明に照らされていて、前の方の客席はほぼ見えない。

 だが、宜野の目はこちらを確認するように動いていた。


「あぁ、お前の勝ちだからだ。我々にはもう地球を破壊する選択肢しかない。青い表面が全部、塩水だなんて」

『宇宙人の下調べの甘さは、もはや地球人の百倍では収まらないのだ』


 なぁ宜野よ。

 きっとお前はこう思っているんだろう。

 いくら望みは薄くても、自分の気持ちに決着をつけようと。


 でも、俺はそれを許しておけないんだよ。

 衆人環視でそんな真似をするのはコミュ障の俺に言わせりゃ、卑怯ってもんなんだよ。


 俺の隣で震えている人物に与えられた選択肢は二つしかない。

『悪い選択』と『最悪の選択』だけだ。


 この場を切り抜けるためだけに自分の意に反した返事をするか、きっぱり断ってこの舞台の盛り上がりを台無しにするか。


 こんなに人に殴りかかりたいという気持ちを抱いたことはなかった。

 どうして恋する相手を苦しめていることに気づかないんだ。


「この宇宙船があれば、地球の支配者にもなれるぞ。どうする? オッサンよ!」

「そうだな。それも悪くないかもな」


 お前を自分勝手な奴だと批判はしないよ、宜野。

 ただ、もっと知っていて欲しかったよ。

 お前が気になって仕方ない相手のことを。


「……頭低くしてろ。耐えられなかったら逃げろ」


 小声で呟くと、隣の少女の頭がわずかに上下した。


「コンピュータエックス」

「ふん、悪魔め」


 主宰氏の首がガクりと地面に落ちた。


「俺の愛する人に会わせてくれ」


『了解 あなたの 愛する人に 会わせます』


 再び真っ暗になってから、俺が座っている位置にスポットライトが当たった。


 なけなしの勇気を振り絞って立ち上がり、両手を頬に添えて観客の方を向いた。

 スポットライトが桐花の姿を探し回ったりしないためだ。


 いやん。あたし目立ってるぅ。


「え!? あれ安佐手じゃねぇの!?」

「ギャハハハ! いいぞつっきー!」


 依子先生は楽しみすぎだよ。


「おいおいコンピュータエックス……! むおご!」


 主宰氏が宜野に掴みかかって何かを耳打ちしていた。


「あぁ、そうだ。妻と別れたのは、俺が、俺が真実の愛に気付いたからだ!」


 会場が爆笑の渦に包まれた。

 もう座って大丈夫かな?


「確保ォ!」


 演劇部主宰氏の声が響いた。


「え? ちょ!?」


 何してんの!?

 なんで俺取り押さえられてるの?

 しかも三人がかり!?


「な、なんですか!? 痛いですって!」

「うるせぇ!」


 なんで髪の毛引っ張るの!?

 舞台に上げられるとか絶対無理!


「ぎ、宜野! ちょっとなんだよこれ!?」

「時間が無いから早くしてくださいよ」


 宜野の両手が俺の両肩をがっちりと掴んで離してくれなかった。


「そこに立ってください。そこ!」

「いや、宜野! まじで何なんだよ!」

「黙って立って! 動かないで!」


 大声で言うなよ!

 滅茶苦茶笑われてるぞ。


「こ、こんなの耐えられないって! あだだだ!」

「委員長のくせにガタガタうるさい! 大人しくしてろ!」

「痛いですって!」


 俺の鼻を思いっきりつまんだのは主宰氏だった。

 仮死状態の設定はどこ行った!?


「愛する人よ、俺の愛を受け入れてくれ」


 マジなトーンで言うんじゃねぇ!


「頼むからやめてく……むごご!」

「ハイ、ワタシモアイシテマス」


 主宰氏に口を塞がれ、裏声で台詞を代弁させられた。


 宜野に抱きしめられると、ギャーという女子の声があがった。

 カシャカシャとシャッターを切る音が聞こえた。

 舞台って普通撮影禁止じゃないか?


「はーいみなさーん! ご唱和くださーい!」


 客席が何事かと後ろを向いたが、俺はそちらを見る必要なんてなかった。

 間違いなく、笹井本会長氏の声だ。


「はーい! キースしろ! キースしろ!」


 俺、ここで死ぬんだな。


 キスコールがホールを包んだ。


「あはは、こんなに盛り上がるとは思いませんでしたよ」


 何その輝くような笑顔!?

 宜野君あなた自分が何言ってるか分かっているの!?


「主宰、しっかり抑えててくださいね」

「え!? いや! ちょっ!」

「唇、血が出てますよ? 舐め取ってあげましょう」

「はぁ!? んぐぉ!」


 すげーネチャネチャされてる!

 すっっげーネチャネチャされてる!

 傷口吸わないで病気持ってないけどそれは駄目でしょ!

 痛いし!


 もうやだ本当に嫌だ!

 めっちゃカシャカシャ聞こえる!

 撮られてる!

 撮られてるって!


「ぶえへぇ!」


 やっと口が開放された。


「……ありがとうございました。お陰で盛り上がりましたよ」


 小声で宜野に言われた瞬間、舞台は真っ暗になった。

 俺は舞台から引きずり降ろされ、自分の席へと放り込まれた。


 他人の唾の匂いってどうしてこんなに臭いんだ。

 あぁ、本当に死にたいよ。


『バーチャルシステム、終了します』


 宜野だけにスポットライトが当たった。


「はーあ。やっぱり人間の転送はここで伸びてる連中が指示しないといけないのかぁ」

『はい できません。着陸しても転送装置を使わなければ、外には出られません』

「そっかぁ」


 どことなく満足げな息を吐く宜野の演技に、会場が静まりかえった。


「コンピュータエックス、こいつらそのうち起きるか?」

『全員意識が戻っても、地球を破壊する指示を出すでしょう』

「はぁ……言われなくても分かってるよ」


 途方に暮れる演技も堂に入っていた。


「コンピュータエックス、最高速で地球から離れろ。燃料が切れるまでだ」

『了解しました』


 ぐいーんという効果音が響き渡った。


「こんな姿で地球に帰る訳にもいかねえからな。はーあ、誰か俺を褒めてくれよ。地球守ったぞ。これじゃぁちょっと、カッコ良過ぎじゃねぇか? なぁ?」


『死海上空に突然現れ、僅かな混乱を起こした宇宙船はオッサンを載せたまま、宇宙の彼方へと消えていった。世界で一番高い所で戦い、勝利したオッサンは、誰に知られることもなく、二度と戻れぬ旅に出たのであった』


 また照明が消えてから、ステージ全体の照明が灯った。

 宜野と演劇部員達が舞台に並んでいた。


「今回の公演ご覧いただき、ありがとうございました!」

「「ありがとうございました!」」


 主宰氏の声と、他の部員の声が響き渡り、舞台上の全員が一斉に頭を下げた。

 舞台袖に一度()けたが、止まない拍手に答えるようにもう一度戻ってきた。


 桐花を舞台へと登らせることだけは阻止してやった。

 でも、体の震えが止まらなかった。


 あんな舞台の上で思い切り演技ができる宜野が羨ましくなってしまう。


 俺の隣の席はいつの間にか空になっていた。

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