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セカンダリ・ロール  作者: アイオイ アクト
第三十四話 謹慎少年、全力で後ろ向き
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謹慎少年、全力で後ろ向き-4

 現実というのはいつもながらどうしようもない。

 どうして色々なことが一気に降ってくるんだ。

 毛布にくるまって考えにふけっていると、またドアが開く音がした。


「あの、演劇部のチケットここにありますか?」


 宜野の声だ。

 あっちの学校の授業が終わったのか。


「安佐手君……ですよね? お疲れですか?」


 毛布の山を見てよく俺だと分かるな。


「あ、ああ、寝てない。休んでた」


 少しだけ沈黙が走った。

 何の用か早く言えこの野郎。


「あの、うちの会長が、本当にすみません」


 なんだ、知っているのかよ。


「……俺が会長さんに暴言吐いた事実は変わらねぇよ」

「いえ、それは会長が安佐手君に対してひどいことをしようとしたからですよ。交野先生にも相談したんですけど、取り合ってもらえなくて。会長が悪いのに」


 言葉は巧みに使った者勝ちだ。

 会長氏は愛の告白の言葉を使って俺を弄んだ。

 あの会長をほんの少しでも傷つけてやりたいという不毛な意図で愚かな言葉を使ったからこのザマなんだ。


「用事はなんだよ」


 そして用が済んだらさっさと出ていけ。

 演劇でキラキラ輝いてるお前との差を感じたくないんだよ。

 こちとら囚人だぞ。


「関係者用のチケット抜くの忘れまして、取りに来たんです」

「なんで客演がぺーぺーみたいなことしてんだ?」

「え? 僕一年生ですから」


 あぁ、そうか。

 縦社会って大変だな。


「そこの棚の茶封筒の中だよ。コンサートのチケットは盗むなよ? 言えば分けるから」

「し、しませんよ。公演数多くてそんなに見て回ったりする時間がないですし」


 それはちょっと可哀想だな。


「ダン部に差し入れできないか確認するよ」


 笹井本マコト部長が差し入れが必要なら声をかけてくれと言ってくれているから、お言葉に甘えてしまおう。


「え? 一番売れるパウンドケーキでしたっけ? ありがとうございます! やっぱりすごいですね! 安佐手君はそんな権限もあるなんて」

「聞いてみるだけだよ」


 あの笹井本マコト部長氏ならやってくれるという確信はあるけど。

 少し甘えすぎか。


「あの、安佐手君、僕が言うのもなんですけど、気を落とさないでください。学園祭初日の裏ゲネはいい席を確保しますから」


 ぐぬぬ。

 それが無理になってしまったんだよ、我が身の不徳で。


「ごめん。見に行けねぇ」

「え!?」


 シフトが乱れてしまったからどうにもならないんだ。


「恥ずかしいんだけど、こんな状況になっちまって、今日の警備隊長は俺のはずだったんだけど、金曜夜の警備隊長の瀬野川と交代になちゃうんだよ。撮影とかしないの?」

「は、はい! 特別編集してプレゼントします! あ、それからその、席にこだわらずにお好きなチケット勝手に確保しちゃってください! そこは関係者用で埋め合わせますから! で、ではまた後で!」


 ドアが閉まる音がした。

 閉まる寸前、外がやたらと騒がしかった。

 演劇部と音楽系コンサートのチケット販売待ちの列が更に伸びているらしい。


 一年生の出し物のために人員確保をしろと依子先生に言われているんだった。

 勢いそのままに行動を起こしてしまうのは良いことじゃないのは分かっているんだけどなぁ。

 俺の指は、山丹湊の名前の横にある通話ボタンをタップしていた。


『どうしたの月人君? 会議中だから手短にお願い』

「すいません、チケット販売って去年どうやったんですか? 並んでる順で売っただけですか?」

『え? そうよ。抽選しても労力がかかるだけでいいことがないの。席も前から順に売る感じで……って、本題は何よ?』


 山丹先輩は話が早くて助かる。


「整理券配りたいんですけど」

『え? 整理券がどれ程混乱招くかヲタなら分かるでしょ? でも、必要なら許可するわ』


 ヲタなら分かります。うん。

 少ない商品の奪い合いは慣れたもんだし、勝手に整理券作る不逞の輩もいるくらいだ。

 だけど、今思いついたのは特別製だ。


「ありがとうございます。理由は後で説明します」

『分かったわ。精々混乱招いてね』


 山丹先輩シドイ。

 そんなことしないもん! ちょっとしか!


 さて、次だ。

 携帯の画面上、瀞井陽太郎の名前をタップする。


『つっき! 電話出てよ! 大丈夫なの?』


 心配してくれてるのは嬉しいが、全然大丈夫じゃねぇよ。


「大丈夫だよ。今から自治会の日付印取りに来てくれ」

『え? なんで?』


 そうだった。

 まずは勢いに任せてないで説明しろっての。

 主語なしマンが卒業できないな、俺も。


「一年生の出し物のための労働力見つけたんだよ。今どれくらい遅れてる?」

『ほんとに!? 資材不足がさっきやっと解消したんだけど、板に黒い紙貼ったり黒ペンキ塗ったりが全然間に合わないんだよ! 今まで何してたのかってくらい!』


 そんな大きい声で言うな。

 暴動になるぞ。


「そっちに人差し向けるわ」

『ほんとに!? 何人くらい?』


 外を覗くと、チケット販売を待つ一年生はかなりの列になっていた。


「うまくすりゃ三十人くらいかな。こんな時間にチケット買う列作ってる奴がいるんだよ。しかもほぼ全員一年生がだから、整理券渡す代わりにそこで働いてもらう」

『また変なこと考えて。今から向かうよ』


 良い加減に作った整理券を古臭いインクジェットプリンターで印刷していく。

 あぁ、切らないといけないのが面倒くさいな。

 ドアを開けると、並んでいた奴等が壁沿いに体育座りで携帯をいじっていた。


「お、安佐手、もしかして売る!?」


 よし、並んでるのはクラスメイトのテニス部君だった。


「まだ売らないけど整理券作るから手伝ってくれない? 1番の券渡すから」

「まじでか!」


 甘言に乗った先頭の三人を招き入れ、整理券を切ってもらう。

 短冊状に切った整理券に『生徒自治委員会』というゴム印を一枚一枚押していく。


「んで、これ四時に持ってくれば券買えるのか?」

「今席選んでくれれば明日でもいいよ」


 クラスメイトのテニス部君の表情が曇った。

 疑いの視線だ。


「……ほんとにそれだけか? 安佐手って瀞井とか瀬野川仁那とかと共謀してやばいことするイメージあんだけど……?」


 あら、気づいちゃった?

 ちょうど陽太郎が自治会室へと入ってきた。


「つっき、ハンコなんかどうするんだよ?」


 お手伝いいただいた皆様が怪訝な目で見ていらっしゃる。


「えっとね、この整理券はこの状態じゃ無効で」


『生徒自治委員会』と『許諾』という文字の間に日付が入る丸い印を押した。

 普段は掲示物の許可を出した際に使っている日付印だ。


「これで完成。この日付印はよーに持たせとく。で、一年校舎で恐怖の館の準備手伝ってくれ!」

「はぁ!? 手伝ったらハンコ押すってことかよ!?」


 理解が早くて助かる。


「うん。だってあと三時間は並びっぱなしなんだからその時間くらい手伝ってくれ……手伝ってください! お願いします!」


 いい加減な敬語で頭を下げる。


「ほーい。後はアタシが引き取るぜ!」

「うわ! 本物の条辺塔子さんだ!」


 なんだその驚き方。芸能人じゃあるまい。

 しかし、嫌なタイミングで条辺先輩がも来てしまったな。


「オメーら一年か? これがつっきーの奸計だと吹聴したら先っちょごと割礼してやるからな、黙ってろ」


 条辺先輩の手が俺の方へと伸びた。

 俺の髪の毛が条辺先輩に掴まれるのは何度目だろう。


「……謹慎中って言葉知ってるかテメェ? オイ!?」

「痛い! 痛いです!」


 ハゲるから辞めていただきたいし顔が近い。また唇奪われたら泣くぞ。あ、いや、前回は人中だったはずなんだけど!


「え? 安佐手が謹慎処分ってほんとなのかよ? 平気で外出てるからガセかと思った!」


 トイレだけだよ。

 チケット販売待ちのクラスメイトにまで伝わってるってどんな情報網だ。


「せ、先生に手段考えろって言われたんですって!」


 条辺先輩の手がぱっと頭から離れる。

 頭皮どころか首も痛い。


「はぁ!? 何してんだよあのボケ! まーいいや。整理券欲しいって奴中に入れてチケット選ばせろ。整理券なんていらねーよ」


 条辺先輩に招き入れられた生徒達で、自治会室は満杯になってしまった。


「さーてと」


 机の上に乗った条辺先輩がニヤっと笑い、その集団を見下した。


「お前ら、チケットは確保しておいてやる。時間も席番も選び放題選ばせてやる。しかも限定数も緩和してやるわ」


「おおー!」という声が上がった。

 そんな大盤振る舞いをして良いんだろうか?


「ただし、買っといてその券使わなかったら部活はクビ。その後は自治会入りだ」


「ええー!?」という声が上がった。

 うん、みんなこんな滅私奉公委員会入りたくないよね。


「オメーらがチケットの確保ができる条件はさっきこのバカが言った通り、一年生の出し物の手伝いだ。今日が終わるまで働け! ただ働くだけじゃねーからな。互いに監視し合え。仕事が甘い奴がいたらソッコー写メ撮って自治会員に連絡入れろ。その時点でソイツが買ったチケットは密告したオメーのモンだ! アーッハッハ!!」


 悪魔かこの人。


「ほら早く選べ! そして働け! 共謀なんて無駄だからな? アタシも監視しに行くし、自治会もテメーらの部の幹部全員に通達すっからな? いやぁオメーらがちょっとサボっちゃったが故に先輩に頼まれたチケットが手に入らなかった姿なんて想像するだけで超おもしれーなぁ!」

「あ、安佐手! この人おかしいんじゃ!?」


 その通りだよ。

 でも、条辺先輩がいてくれて良かった。


 クラスメイトや同級生に対して、無理矢理労働させる失礼な整理券を配ってしまうところだった。

 条辺先輩は憎まれ役を買って出てくれたんだ。


 はぁ、やっぱり一人で仕事なんてできないな。

 一人で実行する前に、ちゃんと誰かとしっかり相談すべきだ。


 相談という言葉が思い浮かぶと、今日一度も姿を見ていない金髪少女の姿が頭をよぎる。

 今どこで何の仕事をしているんだろう。

 サボってはいないだろうけど、チャットの返事くらいはしてくれないかな。

 会ったところで自転車の鍵を返す以外、用事なんてないんだけど。

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