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セカンダリ・ロール  作者: アイオイ アクト
第五話 『クリスティニア』を日本語でいうと?
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『クリスティニア』を日本語でいうと?-1

 せっかく痛む体を押して陽太郎の家へと移動したのに、料理がしたいと瀬野川が言い出したので遊び場は安佐手家へと変更された。


 あまりキッチンが使われることのない瀞井家は調理器具があまり揃っていないからだ。我が家のカウンターキッチンでは、賞味期限ギリギリの白玉粉を発見した瀬野川が突然、「今すぐ白玉団子を食わなきゃ沢山の罪なき人々を理不尽に屠ってしまいそう」

 という有史に名を残すイカれた連続殺人犯でもこれに匹敵するほど意味不明なことは言わなかっただろう発言により、俺達は白玉を食わされることが決定した。


 瀬野川が白玉粉を練っているその横で、フロンクロスと嗣乃が狭いキッチンに悪戦苦闘していた。

 俺はそのカウンターキッチンの部屋側の壁に寄りかかってラノベを読み、他の連中はあまり広くないリビングでスマッシュ兄弟的なゲームをやっていた。


 金髪少女が追加された以外、いつもの風景のはずだった。

 だが、今日は居心地の悪さが俺を支配していた。


「ああーやっと終わったぁ!」


 大きな声でそう言ったのは陽太郎だった。意外にもスマブラについては陽太郎が一番強い。おだやかな性格が功を奏しているのか、カウンター攻撃がやたら上手かった。


「か、カウンター狙いなのに勝率高いよね、陽太郎」


 俺にも分からない。

 終わってみれば陽太郎のキャラだけが残っているのだ。

 この状況に、一番黙っていられないのは酒匂多江だ。


「あ、あれー? 再戦するのぉ?」


 画面はもうすでに次の戦闘を開始しようとしていた。


「え? 安佐手君と変わってもらおうと思ってたんだけど」

「あたしが勝つまで変わらせませーん!」


 多江の言葉は本気だ。

 いくら相手が思い人であっても、自称ゲーマーが素人に負けるわけにはいかないのだ。


「お、往生際悪ぅ! つ、月人変わってよー」

「そのキャラ使えねーもん」


 杜太を冷たくあしらって悪いが、俺だって自分のことで忙しいんだよ。


 不意に、大量の昆布が俺の顔と本の間に割って入ってきた。

 嗣乃の髪の毛とも言うが。


「なんだよろくろ首?」

「首が伸びる機能なんて実装してねえよ。味見」


 スプーンが差し出されたのでとりあえずぱくっと口に入れる。


「え? うまい!」


 これはみたらしのタレだろうか。

 少し大げさな声で褒めるのは癖になってしまっている。

 その方が嗣乃が喜ぶからだ。


 しかし、この味はもっと大げさに褒めたくなってきた。

 上下逆ではあるが、嗣乃は満足げな顔を浮かべて一度首を元の長さに戻した。もとい、無理矢理顔をカウンター下に出すことをやめた。


 しかし、今度は昆布と一緒に緑豆春雨が一緒に降りてきた。


「あ? へ? な、何してんの?」

「うまかったってさ。クリスティニアちゃん」


 逆さまの状態で会話するな。


「う、うまいよ」


 フロンクロスと目が合わせられない。


 釈然としない表情を浮かべたまま、春雨と昆布は上へと登っていった。

 味付け担当はフロンクロスらしい。


「はいはい多江様大勝利ぃ!」


 向こうではやっと多江は復讐を果たしたようだ。

 しかし、陽太郎の首を思い切り締めながら勝つのは人としてどうなんだ。


「ちょっと勝ち逃げとかないから! しかも殺人未遂だよ!」


 陽太郎のエンジンがかかっちまったか。


「え? ま、まだやるの?」


 泣く泣く杜太と白馬がコントローラを握り直した。

 たまには脇役の苦しみを味わえばいい。しかし阿呆に付き合わせるのも可哀想だし、何より仲良く勝負してるのは気に食わない。


 携帯を取り出し、白馬と杜太にチャットを飛ばした。

 勝負を勝つまで重ねるなんて武士道に反する。多江に至っては物理攻撃だ。ゲーセンで台を蹴るのと一緒だぞ。

 陽太郎も多江もいい加減学べ。そして滅べ。


「いよっし!」


 珍しく白馬がガッツポーズを見せた。


「え!? ちょっ! なっちゃんもしかして!」

「有充! 杜太と共闘はずるいよ!」

「陽太郎は何言ってるのかなぁ? 散々俺達をフルボッコにしておいてぇ」

「でも気付くの遅かったね!」


 白馬のキャラが繰り出す大技を食らって他のキャラが吹き飛んだ。その様を見て俺は携帯をカーペットに置く。


「作戦成功した気分はどうよ? 陰のフィクサーよぉ」


 今度は瀬野川の顔が降りてきた。どうやらこいつらは流し台に膝をついて顔を出しているらしい。

 なんでカウンターの裏に回ればいいのにこんなことをしているんだか。

 瀬野川は一年ほど前まで髪が長かったのに、ずいぶん短くなった。

 威圧感が減って助かるんだが。


「どんな気分もしねぇよ」

「ふーん。アンタなんかあったろ」


 なんなのその鋭さ。


「腰が痛いだけだよ」


 瀬野川はいつも俺を見る時、本人曰くメイクで頑張ってでかくしている目を半分くらいに細めて突き放すような視線を送りつけ来る。

 正しいキモヲタへの視線の送り方だ。勘違いを起こさせない。

 しかし今の瀬野川の目は、いつもの冷たさをはらんだ瞳ではなかった。


「『だけ』なんて付けちゃって分っかりやす! 多江をここに呼んでもいいんだぜぇ? 話してみろや」


 カミソリ後藤も真っ青な鋭さだ。


「ここだけの話にしとくから教えろし」

「ここだけの話なんて無理に決まってんだろ」


 案の定、昆布が降ってきた。


「にーなー! 何の話してたのー?」

「口割らせる前に邪魔すんじゃねーし!」


 この態度で聞き出せると思ったのか。

 嗣乃も瀬野川もジャイアニズム信奉者同士気が合うんだろうか? 


「あああー! 二人ともずるいって!」


 陽太郎も多江も懲りずにやられ続けるとは。

 どうして多江と共闘しないんだ。

 多江は陽太郎の首に手を回したままでやりにくそうにしていた。


 しかし、なんで俺はこの光景になんの感慨も抱かないんだ。

 はっきりと気持ちを前に押し出してみろ。今イケメンの首を腕で締めて尚かつ体重預けまくってる酒匂多江を見てなんとも思わないのか?

 なんか思えよ。妬みとか怒りとか。


 ああ、無いや。無いよねそりゃ。

 俺が俺自身をあきらめてるから何の気持ちも出てきやしないんだ。

 だけど、この感情は悪いとは思わない。

 あきらめるという気持はネガティブ思考な人間にとっては大事な特技だ。


 未練が気を重くするなら、あきらめるのも一つの手段だ。

『あきらめない』は決してポジティブで最良の決断じゃないんだ。

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