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セカンダリ・ロール  作者: アイオイ アクト
第三十二話 総力戦と戦わぬ少年
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総力戦と戦わぬ少年-2

 気分も体も、なんだか軽かった。

 自分を取り戻すことができたような気分だった。


「まだ、続いてるのかな?」

「四十分くらい過ぎてる」


 桐花が時間を稼ぎたがった訳だ。開始時間が遅かったのか。

 突然鍵が開けられ、依子先生が顔を出した。


「つっきー、ちょっと見学しねぇか? なんだよ閉じ込められたくらいで金髪に泣きついてんじゃねーよ。顔洗ってこい。あ、監禁したのゴリラに言いつけるなよ?」


 何を抜かしているんだ。

 しかし、恥ずかしい。きっと俺の目も鼻も真っ赤なんだろうな。



 依子先生に続いて入った大会議室の中は、異様な光景が広がっていた。


「な、なんですかこの人数は?」


 依子先生に耳打ちする。

 大会議室の前側は二十はくだらない人数がひしめいていた。

 その中心に、女子サッカー部員達が高圧的な態度で座っていた。


「女子サッカー部とその取り巻きだよ。ワラワラ集まってきやがった」


 男女問わず結構な人数取り揃えやがって。

 私語がうるさいせいで、何も進んでいなかった。


 大会議室の後ろ半分は長机が幾つか並べてあった。

 最前列では陽太郎と嗣乃、そして二年の自治会メンバーが女子サッカー部連中と対峙していた。

 その後ろの列にはなぜか、ダンス部の笹井本部長氏他数名と教頭先生が座っていた。

 人数ではかなり不利な状況に見えた。


「ぶっちゃけ攻めあぐねてるんだよ」


 一緒に一番後ろの席に座った依子先生が、小声で教えてくれた。


「……俺は見学じゃなかったんですか?」

「ああ、そうだよ」


 表情も変えずに言われても。


「だから何ぃー? 聞こえないのかなーこのイケメン君さぁ」


 腹立つキャラだな。女子サッカー部の部長だろうか?

 制服を着崩してはいるが、身につけている物はしっかりとした統一感があった。

 メイクが薄めの小顔も相まって、ティーンズ誌のモデルのようだった。


「今までの質問への回答ですと、部活動規約に則って休部とさせていただきます。ご納得ください。請求書、領収書の偽造、それと暴行も報告されています」


 陽太郎が俺の姿をちらっと確認してから、冷やかな声で罪状と処分を述べた。

 桐花と俺が入ってきたのを見て、繰り返してくれているようだ。


「何度目? はいはい認めます。許してよ。ごめん。休部は勘弁して。金欲しいし」

「無理です」

「この子何言ってっか分かんないんだけど」

「えー分かんないの? アンちゃん帰って勉強しようよ」


 どこに笑うポイントがあるのか分からないが、連中は大爆笑していた。


 依子先生が会議のレジメらしい紙を渡してくれた。

 女子サッカー部の部長は『笹井本杏』というらしい。

 笹井本だらけだな。


「アタシぃ、通知表5ばっかりですけどぉ!」

「うち10段階だっての!」


 ゲラゲラと下品な笑い方をする連中だ。


「ではこの第一商店について教えて下さい。このお店は実在しますか? 確認が取れないんです」


 陽太郎の質問は無駄だろう。


「先生……もう偽造って認めてるなら追求する意味ないんじゃ?」

「黙って見学してろ」


 依子先生に小声で質問してみたが、一蹴されてしまった。


「教えてください」


 食い下がる陽太郎に腹を立てたのか、笹井本杏の顔が怒りに変わる。


「適当に作ったんだよ! 毎回適当に書いたの! 聞いてるー!? 一年のいんちょーさん?」

「は? はい?」


 いきなりの名指しとは。委員長って嫌だな。

 しかし適当に作ったなんて嘘だ。

 これは印刷屋に発注しないと作れない複写式の見積書だ。


「では、複写式の見積用紙はわざわざ虚偽の会計のために作ったと言うことですか? 角印も?」

「うん。作った作った!」


 陽太郎の声は少し上擦っていた。


「先生すいません、状況見えないんですけど」

「最初はしらばっくれてたんだけどな、突然あっさり罪を認めやがったんだよ。ただ、処分は拒否してんのさ」


 生徒自治委員会からの懲戒決議は受ける側が罪を認めること、そして処分を受けることに同意することが必要だ。

 どうして処分を課されることに同意させなきゃいけないんだか知らんが。


「先生、第一商店ってなんですか? その店のハンコまでわざわざ作ってたら結構な金額じゃないですか」

「そもそも登記簿謄本の写しがねぇと印刷屋もハンコ屋も門前払いよ。あの正体にはアタシもゴリラもびっくりってもんよ」

「ど、どういう意味ですか?」

「……あの女の父親、県議会議員なんだよ。ありゃぁ十中八九架空請求するための見積書さ」

「へ……?」


 嘘だろ。

 こんな雑なことに使うのか?

 切手代やらコーヒー代やらガソリン代やら雑なことをしている連中はいっぱい捕まっているニュースは見るけれど。


「下手すりゃここにいる全員ヤバいかもな。よたろーの作戦が不発だったらお前らをどう守るか今から頭痛ぇんだよ。だからアンタの助けも必要なのさ」


 なんだそれは。

 陽太郎はなんて喧嘩をしかけているんだ。


「では、内容に話を戻します」


 陽太郎の言葉は意外だった。


「だから何度同じこと!」

「お聴きください」


 陽太郎の冷静な一喝に、女子サッカー部の部長氏が黙り込んでしまった。

 なんて迫力だ。

 陽太郎と俺との差は絶望的に開いていやがるな。


「この請求書の金額は全て目的外のカラオケ屋で皆様が使っている金額と一致しています。これは法的にも不正です。そこまでは認めていただきましたね?」

「あー? 何度目だよ。これが不正でなかったら何が不正なの? 不正だよ不正!」


 この連中の自信たっぷりな態度はなんなんだ。


「桐花、この資料見せてくれ」


 依子先生の隣りに座る桐花に声をかける。

 俺のアカウントにはどうせアクセス権がない。


 こちらを見た桐花の体が震えていた。緊張しているのか?


「早く」


 小声で促す。

 桐花のスマホには計算結果が表示されていた。


「こんなのアタシのお父さんに言えばすぐ返してくれるから。ねぇ陽太郎くーん?」


 笹井本杏が立ち上がって陽太郎の頬をペチペチと触った。

 陽太郎の背中に怒りが溜まっていくのが分かったが、俺の神経は冷静さを取り戻していく。

 陽太郎と俺の間に質量保存の法則でも働いているんだろうか。


 陽太郎は何を焦らしているんだ。

 先程から、笹井本杏もちらちらと携帯を見ていた。

 まるで、互いに時間を稼ぎ合っているようだ。


「で、いくら返せばいいの? ひゃくおくまんえーん?」


 笹井本杏が、陽太郎の顔を両手で挟んでいた。


「いい顔。ねぇ、美人の嗣乃ちゃん」

「……なんですか?」


 平易な声だ。

 よく抑えてるな嗣乃。頑張れ。


「あんた達ってなんで付き合ってないの?」

「関係ない質問にはお答えしかねます」


 取り巻き達が騒ぎ出した。


「うーん……アタシ達ここ最近アンタ達見てたけどさぁ、アンタってホントにクソだよね」

「関係ない話はやめてください」


 なんだこの女。

 嗣乃の何を見ていたってんだ。


「関係あるようにしてあげよっか? アンタ陽太郎君もてあそび過ぎ。アタシ達ここに呼んでるのもどうせアンタの怨み辛みなんでしょ? どうして陽太郎君ばっかり話すの? なんでアンタは黙って座ってんの?」


 名目上、これは活動調査の尋問だ。

 嗣乃よりも立場が上の副委員長である陽太郎が前に立つのは正しい。

 本当は委員長がやるべきことだけど。


 それにしても、経験豊富そうな人は違うな。

 陽太郎と嗣乃の関係を簡単に見抜くとは。


「そこのクソチビみたいにあの女のコスプレでもして黙って生きてりゃ良かったのに。何男使ってアタシ達呼び出してんの? どうせそこの一年委員長にも色目使ってんじゃねーの? 両天秤にかけてんだろ? 中身ブス過ぎ」


 事実無根はどうでも良い。

 クソチビというのは山丹先輩のことだろう。

 笹井本会長氏と同じ眼鏡と同じヘアスタイルをし続けたのは、この連中に響いていたようだ。


「何とか言えよチビ女!」


 山丹先輩は口を開かなかった。


「このチビマジキモイよねー」


 取り巻きの一人がわざと聞こえる声でしゃべり始めた。


「たかだか三ヶ月くらい世話になった先輩にこだわり過ぎじゃね? キッモ!」


 三ヶ月?


「去年の梅雨時よ」


 依子先生が小声でつぶやいた。


「湿気がひどくて、結露した床で足を滑らせた生徒がいたってことさ」


 こんなに悲しそうな目をする依子先生は初めて見た。


「ただあいつら、それについては認めやがらねぇ。笹井本家で一番地位が高い家の娘を殺しかけたことを認めんのはやべぇって勘付いているんだろうよ」


 女子サッカー部の連中が嗣乃への罵詈雑言を吐き続けていた。

 でも、嗣乃は動じなかった。


 取り巻きに色々言わせている間も、笹井本杏が携帯の画面を点灯させ、すぐにスカートのポケットへ戻していた。

 やはり、何かを待っているようだ。


 いや、その時間は近づいてきていた。

 笹井本杏の顔が、酷薄な笑みを浮かべていた。

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