卑屈少年と清廉少年、どちらも問題あり-4
トイレに行くというのはもちろん大義名分で、桐花をとっ捕まえるためだ。
宜野から逃げ回られたら仕事にならない。
ダメ元でチャットを飛ばすと、すんなり『資料室』に居ると教えてくれた。
学校の資料室といえば、年齢制限付きのアレなゲームやアレな漫画のロケ地としてよくある場所だ。
残念ながら、この学校では結構賑やかな場所だ。
生徒が使えるコピー機が設置されているので、人の出入りが多い。
今も人の出入りが多少ある中、俺の用事がある相手は資料室の一角で大量のバインダーを床にぶちまけていた。
「何やってんだよ? 早く片付けて自治会室に戻るぞ」
バインダーを閉じて持ち上げようとすると、腕を掴まれた。
「しまわないで」
「資料漁りなら明日でも明後日でも手伝うから。客が来てる時にやることじゃないだろ!」
「あと五分」
ぬぅ。
五分くらいなら腹痛で押しきれるかな。
「何を探してんだよ?」
散らばっているのは最近の部活動報告書のバインダーだった。
「去年の前半の資料、ない」
「へ? もうそこまでやったの?」
頷かれた。
ここ三年分くらいを電子化しようと考えたのは俺だけど、もうそこまで進んだのか。
「ごめん、最近手伝えなくて」
桐花は首を左右に振ると、別の棚の関係なさそうなバインダーを開いた。
「ん? 部活とか学園祭の資料は全部あるぞ?」
「自治会のがない」
言われてみればそうだ。
生徒自治委員会の資料が一番ボリュームが大きいはずなのに、どうも少ないとは思っていたんだ。
もし無かったとしても、先輩達の記憶でなんとかなるとは思うけど。
「まだ探してないのはどの山?」
桐花が指さしたバインダーは背に書いてあるのはかなり古い年代ばかりだ。
もう古い資料にまぎれているかもしれないくらいの可能性しかないのか。
「もう明日にしようよ。生徒会長と宜野ならもうすぐ帰るから」
露骨に表情を曇らせるなよ。
「……なんでそんなに宜野を避けるんだよ?」
そんなに睨まなくても。
「分かったよ。お前と同じ中学の奴に聞くから」
「だ、駄目!」
よし、後もうひと押しだ。
桐花も甘いなぁ。
俺に突然話しかけるコミュ力なんてある訳ないのに。
「なら宜野に聞くし」
桐花が観念したような顔になった。
何ムキになってるんだ、俺は。
「……くろくしてたの」
「はい?」
「黒くしてたの!」
声でか!
黒くしてたと言ったか?
「髪の毛を?」
まじかいな。
「先生に、言われて。眉毛も」
たまにいるよな。
異分子を極端に嫌う人間って。
桐花の両親も素直に従わざるを得なかったんだろうか。
「そ、そっか」
「……受験、落ちたのは、自分が悪いから」
中学で私立に入れれば、こんなことにはならなかったと言いたいんだろうか。
あの私立はミッション系だから、外国人にも寛容だろう。
桐花のお母さんもそこで働いているし。
しかし、なんでも自分のせいにしたい桐花らしい考え方だな。
しかし、黒髪の桐花かぁ。
「そ、想像しないで!」
「べ、別にいいだろ想像くらい!」
「笑われたくないもん!」
「笑わねぇよ! 黒くても可愛いかもしれないだろ! 叩くなって!」
やべぇ、俺かなり気持ち悪いこと言ったな。
可愛いかもしれないでござるぅ! デュフフ! って。
「なんで髪色戻したの?」
「お母さんが、高校からは必要ないって」
なるほどなぁ。
依子先生も教頭先生も人に強要するようなタイプじゃない。
でも、髪を黒くしていたのがなんだっていうんだ。
「なんで黒くしてたからって理由が宜野に会いたくないに繋がるんだよ? 仲良くなかったのか?」
突然超サイヤ人になったという訳でもないんだ。
宜野みたいなキャラがいじめなんてしないだろう。
「話しかけられたけど、仲良くは……ない」
これだ。
コミュ障独特の問題行動の一つ。
敢えて表現すれば、『機会ロス』だ。
相手が仲良くしようとしてくれているのに、自分に踏み込んでくる相手を警戒してチャンスを逃してしまう。
でも、そこを指摘する気にはなれない。
自分にもそんな瞬間はいくらでもあったのに、陽太郎と嗣乃の影に隠れ続けていた。
「宜野は気にかけてくれてたんじゃないの?」
露骨に目を逸らしやがって。
桐花がもし黒髪で眉まで黒くしていたとしたら、目の色以外はそれほど目立つこともなかったかもしれない。
少し強引な解釈であることは拭えないけど、やはり宜野の気になる子というのは桐花だったのかねぇ。
でも、このままの状態は困る。
「なぁ、あいつとちょっと向き合ってみろよ。学園祭だけじゃなくて、来年もあいつが生徒会所属なら何度も顔合わせるんだぞ?」
「やだ」
ストレートど真ん中の拒否だな。
まぁ、本気ではないんだろうけど。
「山丹先輩から言われるだろ? 校内組と校外組が組み直されてもお前だけ校外組ってことは、お前が中心になれってことだぞ?」
少しくらいプレッシャーをかけたって良いだろう。
俺だって一年生とはいえ委員長なんていう地位を押し付けられたんだ。
おお、睨んでる睨んでる。
顔の前に指をかざしたら噛みつかれそうだ。
「しゃべれなくなったら俺も白馬もいるから。二人いれば嗣乃の代わりくらいにはなるだろ?」
目を伏せて何かを考えているらしい。
言いたいことが渋滞している時の顔だ。
「……頑張る」
やっと桐花の『建前』を引き出せた。
本音ばかりを聞いていられない。
しかし、無意識に頬を膨らませるのは卑怯だな。
宜野はこうして極端な子供っぽさを見せる桐花を知っているんだろうか。
保育園の頃からずっといろんな面を見ているはずだ。
それについては少し羨ましい。
「とにかく片付けよう」
桐花の顔はなぜか下を向いていた。
そして、金髪の頭頂部は俺に近づけてきた。
「頑張る」
また桐花が同じ言葉を繰り返す。
桐花は顔を見てからまた下を向いてしまった。
何を要求しているか、なんとなく分かってしまった。
迷いはするけれど、俺も女子の頭に手を載せられる幸運を我慢できるほど聖人君子じゃない。
周りに誰もいないことを確認してから、金髪に手を乗せてゆっくりと動かした。
なんだか、眠気が襲ってきた。
どうして俺はこの状況に安心しているんだろう。
桐花を支配下に置けているとでも勘違いしているんだろうか。
「……ごめんなさい」
「な、何が? あ……いや、俺の方こそ、頼りきっててごめん」
謝るべきは桐花に面倒事を任せきりにしている俺だ。
「そろそろ戻ろう」
散らかっているバインダーを本棚に戻していく。
珍しく、桐花はそれを手伝ってくれなかった。
「……ほら、行くぞ?」
バインダーを適当に突っ込み終わっても、桐花の膝は床についたままだった。
「先に行くからすぐ来いよ」
「ま、待って!」
そんな思いつめたような声を出されたら放っておけないだろうが。
もう二十分近く席を外しちまってるのに。
「……分かったよ」
俺と向き合うことで少しでも気が晴らすことができるなら、いくらでも俺を使ってくれよ。
「動けないほどきついか?」
頷かれた。
まずい。よほど触れて欲しくないな部分に触れ過ぎてしまったんだろう。
「大丈夫か? 気分が悪いなら……」
「足、しびれて」
あ、あぁ、そういうことですか……。




