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セカンダリ・ロール  作者: アイオイ アクト
第二十四話 卑屈少年と清廉少年、どちらも問題あり
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卑屈少年と清廉少年、どちらも問題あり-2

 生徒達からの視線が痛かった。

 まぁ、視線を浴びているのは俺じゃなくて庶民サンプルの方なんだけど。


 今頃他の学校の生徒会も到着し、学校交流会が開催されていることだろう。

 そんな中、俺はどうして宜野を連れて校内を回っているんだろうか。


「大きいですねぇ、この学校」

「あぁ、うん」


 俺は交流会の時間中、宜野に学内を案内しろと山丹先輩に仰せつかってしまった。

 山丹先輩がいきなりこんなことを申しつけるのは珍しいが、出なくて済むに越したことはなかった。


「うーん、うちの学校はプールがないので密かに楽しみにしてたんですけど」


 素直な奴。

 見学席からプールを眺める宜野の嘆きはもっともだ。

 あまり競技志向ではない女子競泳部は上下ラッシュガードで完全武装だった。

 しかも体の線も出にくいビーチ用のような物ばかりだった。


 失意の宜野と共に、野球場へと移動する。


「へぇ……外野の後ろにもスタンドがあるんですね!」


 本格的な球場には感動しているようだ。


 次は体育館へと連れて行く。


「う、うわ、すごく広い!」


 バスケットコート四面は取れる大型体育館だ。

 最初は俺も驚いた。


「おーいあさて君なんか用? え? この子誰!? おねいさんとお友達にならない!?」


 早口でまくし立てながら駆け寄ってきたのは、女バスの部長氏だった。


「え!? あ、その」

「ぶちょー! 自治会さんの前でセクハラ働くなよー!」

「うっさいなー! じゃあ今度チャットIDちょうだいね!」


 ふぅ、意外にすぐ引き下がってくれた。


「すごいですねえ。みんな明るくて」

「明るい?」


 これくらい普通だと思うが。


「もしかして、男子って少ないの?」

「そうですね。全校で二十人ほどしかいなくて」


 一年生に二十名だけか。

 二年三年、さらに同じ敷地内の中等部は女子校のままだ。

 まるで存在しちゃいけない世界に放り込まれたような気分を味わっていることだろう。


「うちの学校って、部活でも大声禁止なんですよ。こんなに活気のある部活動を見るのは久しぶりで」

「え? 共学になったのに?」


 本当にマリア様が見てそうな学校だな。


「はい。男子が入れる部もまだ文化系くらいしかなくて。僕は不真面目な演劇部員だったので実害はないんですが」


 不真面目ねぇ。

 態度からして不真面目とはにわかに信じがたいんだけど。


「なんでその高校に入ったか、聞いてもいい?」

「いや、気の迷いというか」


 気の迷いで私立入れちゃうの?

 金持ってんなぁ。


 二階まで辿り着くと、女子バドミントン部が基礎トレを行っていた。


「お、安佐手委員長閣下! どうしたの? なんかご用命?」

「い、いえ、得に用って訳じゃ」


 バド部の部長さんだ。いちいち絡みに来なくても良いのに。


「へぇーそうなんだ。たまには遊びに来てよ。下の階の練習増やしてくれたのホントに感謝してるんだから!」


 人の優しさが怖い。

 感謝される量と俺の労力が見合ってない気がしてしまう。


「え!? 何その制服かっわいい! ていうかこの人が可愛い!」


 ワラワラとバド部その他の女子に集られて収集がつかなくなってきた。

 宜野もこの展開は予想外のようだ。


 なんとかバド部の人達から逃れ、三階へと上がる。


「あ、あの……なんで皆さんこんなにうやうやしく対応されるんでしょう?」

「先輩達が凄すぎるんだよ」

「な、なるほど」


 宜野にもちゃんと人を見る目はあるらしい。

 俺の上司すげーだろ。フフン。


「わ、わぁ……!」


 三階に上がってホールの明かりを点灯すると、宜野が驚きの声を上げた。


「こんな大きなホールがあるんですか!」


 総席数は三百、総入場人数は五百だ。

 これは並以上の規模だ。

 たまに聞いたこともない演歌歌手がコンサートを開くことすらある。


「はぁ……僕の理想の高校ですよ、ここ。あの、舞台に立ってみてもいいですか?」

「あぁ、どうぞ」


 宜野と一緒に舞台に立つと、観客がいるのではないかという不思議な感覚に包まれた。


 あぁ、忘れていた。

 俺が自治会に入ることを承諾したもう一つの理由、いや、結構大きな理由の一つは凛とした態度で話す旗沼先輩の姿への憧れだった。

 だけど今、その旗沼先輩への憧れが一気に萎んでしまった。


「……安佐手君?」

「あ、ああ、ごめん」


 空っぽの客席に怖気づいてしまった。

 穏やかな顔で舞台から客席を眺める宜野の横顔に、妙な敗北感を覚えてしまう。


「本当のことを言うと、今の学校に入ったのはすごく後悔してます……あ、すいませんこんな話」

「あ、いや、興味あるよ」


 惰性でこの高校に入学した人間としてはちょっと気になる。


「その、恥ずかしい話なんですけど、保育園から気になる人がいて、その人と同じ学校に通いたかったんです」


『気になる』って言い方は友達になりたい同性に使うような言葉じゃない。一つかまかけしてみれば分かるだろう。


「……友達で十分なの?」

「え? それはまぁ、まず最低限友達にならないといけないですから」


 ふむ。やっぱり相手は女子か。


「でも、その子は別の学校に入っちゃって」


 学校が一緒じゃなくてもお友達くらいにはなれると思うけどなぁ。

 コミュ障()じゃあるまいし。


「実はここの高校も受かっていたんですけど、今の学校で特待生の待遇になっちゃって、断れなくて」


 言葉を濁しているつもりなんだろうか。

 少し話を整理するか。


「つまり、好きな女の子に近づきたくて、同じ学校通うために今の高校受けたら、その子がこの学校に入っちゃったと?」

「え!? 濁して話したつもり何ですけど」


 全然濁せてないっての。

 そして、その相手ってのはきっと俺もよく知っている人物かもしれない。

 俺もよく知っている『幼馴染んでない』相手である可能性が高いんじゃなかろうか。


「ああ、恥ずかしいなぁ! 僕もこの学校に入るべきでした」

「いや、今の学校入る判断は正しいだろ。そんな友達になってない相手のために特待生の肩書き捨てるのか?」


 あの元お嬢様学校の特待生制度は結構有名だ。

 成績さえ保っていれば、全国津々浦々の有名大学の推薦を貰えるのだ。


「そ、そうですか?」

「そうだよ。第一、別に学校違っても友達くらいなれるんじゃないの?」


 俺は絶対無理だけど。


「そ、そうですかね? ああ、ごめんなさい、こんな話」


 こいつもちょっとコミュ障気味なのかな?

 それとも俺と波長が合うのかね? 


「いや、いいって。そういうの無縁だったからちょっとだけ羨ましいけど」


 嘘だけど。

 多江の顔を思い浮かべようとしたが、浮かんでこなかった。

 もう多江のことは俺の中で一段落しているのかな?


「なぁ、よー……あっと、瀞井陽太郎とは話したことないの? あいつ人の話聞くのは得意だけど」

「え? と、瀞井君が?」


 え? じゃねぇよ。

 あんな穏やかな奴と話せないのか? 


「瀞井君って先輩に対しても平気で意見するから、なんというか、ちょっと怖いイメージなんですけど……」

「へ? 怖い? へぇ……」


 そっか。

 あいつも今までとは違うんだ。

 俺も変わったとは言われるくらいだ。

 陽太郎はもっともっと先を行っているはずだよな。


「安佐手君と瀞井君は従兄弟同士なんでしたっけ?」

「ん? そうだけど」


 そうだよ、お前も俺を哀れみ深い目で見るが良いよ。


「へえ、道理で似てると思った」


 急に敬語が取れたな。話しやすくて助かる。


「あぁ、目鼻の数なら似てるというか一緒だよ」

「え?」


 俺の鉄板ギャグの連続スベり記録がまた更新された。

 依子先生の旦那はゲラだからノーカウントだ。


「そ、そうじゃなくて……あ、緞帳(どんちょう)って上げられるの?」

「へ? あぁ、できるよ」


 急に興味が出たのか、俺の顔を見直したらやっぱり似てないから話題を逸らせたのか。

 まぁ、後者だよな。

 俺も顔の話はしたくない。身長の話も。


「舞台から降りてて」


 勝手に操作するのは禁止だけど操作方法の手ほどきは受けているし、校内案内という大義名分があるから良いだろう。というか、俺が操作してみたい。


 舞台脇にある操作盤を鍵を挿し、『起動!』と心の中で叫びつつオンにする。


「上げるよ」


『承認!』と心の中で唱えつつ、『緞帳開(ボタン)』を押す。

 緞帳が静かに上がっていく光景が、安全確認カメラの映像を映し出す液晶ディスプレイで確認できた。

 絞り上げ緞帳という上へと布が畳まれるように上がっていく緞帳は、なかなか優雅だった。


 緞帳が上がり切る前に、宜野は舞台上に戻っていた。

 舞台上には何もなかったが、宜野が立つ場所と俺が立つ操作盤の前には明確な境界線が引かれているようだった。


 演者と裏方。舞台の上は、俺が立ってはいけない世界に見えた。


「はぁ……この舞台で演技してみたいな」


 やる気がない部員って言ってなかったか?


「やれるって言ったらやる?」

「え? そ、それはもちろん!」


 えらい食いつきっぷりだなぁ。


「うちの演劇部ってちょっと品のない演目が多いけど、いいの?」

「え? 下ネタは普通ですから大丈夫ですよ」


 え? 大歓迎なの?

 演劇部は全編に渡って下品なネタが散りばめられた演目が多いんだが、それって普通なのか?


 演劇部の公演はほとんどが部員による完全オリジナル脚本で、学園祭で披露する演劇は表版と裏ゲネ版が存在する。

 表版は一般向けなちょっと下品程度の脚本なのだが、裏ゲネ版は一般客が入らない夜公演に下ネタ全開バージョンを上演するらしい。

 そのお陰で、チケットはかなりの人気だ。


「こっち向いて」

「え? な、何?」


 宜野の全身写真を撮る。


「演劇部にチャットで送るんだけど」

「え? ほ、ほんとに!? いや、でも、練習とか……あ、そっか。これから少し時間ができるし……でも……」


 こいつのコミュ力は化け物か?

 全く会ったことがない人と演劇をするという恐怖はないようだ。


「もう送っちゃった」

「え!?」


 不遇な高校生活にちょっとくらい嬉しいことがあっても良いだろうよ。


「いい役貰えそうならお友達候補に見てもらえよ」

「え? いやぁ、そういうのはいいって。今まで何度も誘ってるけど、一度も来てもらえなかったから」


 うわ、一度くらい行ってやれよ。

 宜野と昔から保育園からずっと一緒だった可能性が高い人物に文句を言いたくなってしまう。


「も、もしかしたら来てくれてたこともあるのかもしれないけど……あんまり目立たない子だったから」

「え? あ、そう」


 え? 目立たない? 俺の想像大暴投しちゃった?

 あんな金髪が目立たない訳がないだろう。

 思考に埋没しそうになったところで、携帯がチャットの着信を知らせた。


『早く帰って来い』

『男二人で何してる?』

『興奮すんぞ? 』


 瀬野川はブレないなぁ。


「ごめん、緞帳下ろすからもう一度降りてくれる?」


 そして、別の通知も表示されていた。

 予想通り、演劇部からの色よい返事だった。

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