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セカンダリ・ロール  作者: アイオイ アクト
第二十二話 一年委員長に降り注ぐ二発の拳
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一年委員長に降り注ぐ二発の拳-2

「おい、委員長」


 クラスで二番目くらいにチャラい男子に声をかけられる理由なんて無い。

 ましてや委員長と呼ばれるはずもないはずだった。

 後ろを振り返ってみたが、あいにくその席は空だった。


「てめぇに決まってんだろ」

「は、はい?」


 数日前に任命されたばっかりだってのに、なんで知っているんだ。

 陽太郎の方を睨むと、露骨に目を逸らされた。


「俺の部バスケ部に邪魔されてんだけど」


 そうですか。

 君が何部かまず知らないんだけど。


「えっと、スポーツ部の担当は白馬有充なんだけど……」


 語尾が中途半端になるのもコミュ障の特徴だ。

 挙動不審過ぎて自分が気持ち悪い。


 白馬は有名な美少年だ。これで話は終わりだろう。


「ハァー!?」


 何が「ハァー?」だ。

 だが、この程度でイライラしていても仕方ない。


 色々な先輩と接して慣れてしまったのか、同級生に凄まれてもあまり怖くなくなってしまった。

 女バスの部長さんよりかなりマシだ。


「おい、何無視してんだよ?」


 こういう子っているよな。

 ちょっと返事をもらえないくらいで寂しくて怒っちゃう子。

 小さい頃の俺と一緒。


「ごめん、何部で、どういう問題が出てるの?」

「はぁ? 俺が何部か分ってねえとか生徒会としてどうなんだよ! あぁ!?」


 残念ながら生徒会では無く生徒自治委員会だ。

 周りにわざわざ聞こえるように言っているんだろうが、クラスメイトは君の勢いにドン引きしているよ。

 残念ながら君はいわゆるジョックスの中には入ってないんだ。

 俺の地位よりはかなり上だけど。

 お互い来世に期待しようね。


「ごめん、分からない」

「なんで知らねえんだよ!? なんとかしろっつってんだよ!」


 だって知らないんだもん。

 うーん、俺も少し変わったのかな。

 目の前の凄んでくる怖い人に気を取られ過ぎずに、周囲にも目が行くようになった。

 まぁ、普通の人に少し近づけたかもしれない。


「おい!! 聞いてんのか!」

「聞いてるよ。じゃぁ、その、部長さんと話すから、何部で、どういう状況が発生してるのか教えてくれる?」


 でも、やはり怖いものは怖い。

 機嫌とってやり過ごしたい。


「はぁ!? なんで部長に話すんだよ! 上級生使って脅すとか生徒会のやることかよ!」


 怖いなぁ。

 意味不明なのがまずます怖い。


「えと、ごめん、本当に申し訳ないけど何部? 練習場所は体育館? あ、もしかして中庭?」

「なんでそこまで分かってて何部か分かんねーんだよ? アァ!?」


 ひぃ怖い!

 だが、そのチャラ男を避けつつ隣の席に就いた金髪が教えてくれた。


「創作ダンス部」


 自治会のデータバンクこと桐花さん、すごい。

 これはつまり、中庭に女バス用のバスケットコートを作ったのが原因で間違いなさそうだ。

 

「なんで俺らの場所で女バスが練習してんだよ。早く退()かせ」


 うちのクラスには女子バスケ部員いないかな?

 こいつに食ってかかって欲しいんだけど……いないか。

 桐花が心配そうな顔をしているが、ここまで言われたらもう話は分かった。


「あの、ちょっと基本的なことを確認したいんだけど……ダンス部に必要な練習環境は?」

「は? 何で今そんな話……色々必要だぞ」


 こういう時、桐花は本当に助かる。

 本人は意識していないんだろうが、ダンスという未知の分野に興味はあるらしい。

 クラスで一、二を争うチャラ男の顔を穴が開くほど見つめていた。

 チャラ男君はそれに大層気を良くしたようだ。


「全身写る鏡かガラスと、両手が当たらない広さってのが重要で。それは譲れねぇ。後は音源」


 なるほど。

 それは練習場所が限られてしまう。

 一年校舎の昇降口前にあるガラス戸に自分達の姿を映しているようだ。


「……あまり広くない?」


 桐花が自分から話しかけただと。


「な、なんだ分かってんな!」


 桐花に話しかけられ、チャラ男氏が若干ひるんだ。

 恐らく、得体の知れない金髪と初めて会話したんだろう。

 

「だ、妥協してんのにバスケ部に邪魔されるとかセンスねーからなんとかしろよ」


 すぐに気を取り直したのか、桐花にすごむ。


 なんだか、首筋に高温のレーザーを当てられているような気がした。

 振り返ると、嗣乃が悪鬼のような目でこちらを見ていた。

 しかし、湿気で広がった髪をクラスメイトにブラッシングされていて動けなかった。

 命拾いしたな、チャラ男君。


「……中央棟の、サンルームの前は?」


 ぼそりと桐花が呟いた。


「な、なんて?」


 やはり桐花に話しかけられるのは慣れないらしい。

 チャラ男君の毒気が抜けていく。


「あの、中央校舎の裏側に物干し場があるんだけど、そこの前ならちゃんと横幅もあるし、アクリルだから姿も映るし、誰も使ってないんだけど」


 雪が多いこの地域で物干し場といえば、雪除けと凍結防止に全面アクリルガラスのサンルームが定番だ。

 だが、そこが使われているところはほとんど見たことがない。

 第一、日当たり最悪の北側にこんな物を作ること自体がおかしかった。


 各部の洗濯物は全て体育館地下のランドリー室に干されている。

 常に稼働しているガス式乾燥機の余熱ですぐ乾くからだ。


「はぁー!? なんで俺達がどかないといけねーんだよ!?」


 何その無駄なプライド。

 チャラ男の攻撃的な態度に、桐花の目が怯えていた。


 こんな奴の要望を蹴るのは簡単だけど、それはやってはいけない。

 チャラ男君は喧嘩を売りに来たのではなくて、相談を持ちかけているのだ。

 相手が悪い奴でも良い奴でもないって立場で接してみろというのは、俺も数日前に学んだばかりだ。

 それを実践してみる良い機会かもしれない。


「いや、この際女子バスケ部のことは忘れて、ダンス部の練習環境を改善する方に集中したいんだけど」


 どうだこの提案。

 素晴らしい柔軟思考。


「は? 意味分かんねーんだよ! バスケ部退かせってんだよ! こいつ頭悪過ぎて笑えねぇんだけど!」


 はい失敗。

 しかもどんどん相手をヒートアップさせてるねこれ。


 でもせっかくここまで我慢したのだから、『だからさー』だの『は?』だの『いや、』だのという相手を怒らせるキーワードを挟まないようにしよう。


「あんな狭いところで練習してないで、北側の物干し場前独占しちゃえばいいと思う。あ、部長さんに自治会から話通すから」


 もう面倒臭いからこっちで引き取ってしまいたい。


「ざけんなてめぇ! 俺の名前出したら殺すぞ!」


 ひぇ、怖っ。

 話が通じないってのが一番怖い。

 と思ったが、チャラ男の目から怯えが透けて見えていた。

 部長さんは怖い人なのかもな。だったらどうして俺にすごむんだ。


「あとで白馬に言って要望書出したってことにするから」


 この手の人間は、自分が目下と決めつけた相手が思うとおりに動かないだけで怒りを押さえられなくなる。


「だから何が言いてぇんだよ! 俺の名前出すなって言ってんだろ!」


 そして相手に自分の都合が悪いことを言われると、『何が言いたいんだ!』と言う。


 チャラ男君の足が俺の机にかかった。

 凄みを利かせた顔を近づけてくる。

 ついに実力行使が来るのかな。それとも足が長いアピール?

 それについては効果は抜群だよ。俺の足の長さじゃできないし。


 困った人だな。

 バスケ部が自分たちの邪魔で腹が立つけど、女子バスケ部に直接言うのは怖いから自治会に泣きついている。

 そんな情けない状況を自らバラしつつ恐喝するとは。


「何平気なフリしてんだよ? ハイって従えよ」


 お客様は神様と思っちゃうタイプの人かな。

 平気じゃないよ。

 ここまでのことをされて腹が立たないとでも思ったか。腹が

 立つし、めちゃくちゃ怖いよ。


「……て」


 桐花が何かを呟いた。


「あ? 聞こえねーよ!」

「足、どけて」


 チャラ男君の足はすぐに床の上へと戻った。

 緑がかった桐花の目はひどく冷たかった。

 一切の取り付く島を与えない、あまりにも分かりやすい拒絶だった。

 俺にこの視線が向きませんようにと切に願ってしまう。


「へーい席着けぇ」


 お、やっと先生が来てくれた。


「て、てめえなんとかしとけよバーカ」


 はいはい、君は少し人への物の頼み方を覚えようね。


「ふぅ、助かったよ」


 声で回答する代わりに、ノートの端に『こわかった』と書いてよこしてきた。

『おれも』とそこに書く。


 二学期早々、俺が桐花に守られてどうするんだ。

『守る』って表現が少しだけ分かった気がした。

 守られたことで学ぶことになるとは、思いも寄らなかった。

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