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第九話 別れ

 テオドールが剣を引き抜くと、転移者オイゲンの体はどさりと地面に崩れ落ち、そしてそのまま動くことはなかった。地面に血溜まりが広がっていく。ステータスは見えない。死んでいる。


「死体はこのままなのか? 日本に帰れるんじゃなかったのか?」


 てっきり遺体が光にでも包まれて消えるのではないかと思っていた俺は、呆然とオイゲンの遺体を見下ろす。しかし遺体はそこにあるままだ。どういう形にせよ消える気配はない。ただ血だまりの中に倒れ伏す肉体があるだけだ。


「ぞっとしねぇ話だな。騙されてるんじゃないのか」


 俺の疑問にテオドールが答える。

 そんなテオドールの体には何本もの矢が刺さったままだ。


「大丈夫なのか?」

「痛ぇよ。泣き出しそうなくらいにはな。これから矢を抜かなきゃならないと思うと叫びたくなる」


 とにもかくにも戦いは終わった。5人はまだ土砂の下で生きているのだろうが、わざわざ掘り返してやる義理はない。魔術士の男も土系統は習得していなかったようで、穴が開く気配はない。


「しかし助かったぜ。今回ばかりは殺られるかと思った」

「穴掘りがここまでうまく行くとは思わなかったよ」

「そりゃ練度の問題だな。お前ほど早く深く広く穴を掘れる魔術士なんざ早々いねぇよ」


 思い返せば重要な局面を穴掘りで切り抜けたことは一度や二度ではない。それに加え、土魔術の精度を上げる訓練を続けていたことが功を奏したようだ。

 もちろん吸魔による魔力の補充ができることも大きかった。でなければ斧使いを相手にしている途中で魔力が尽きているところだった。


「さすがはマルク様です」

「いや、今回はソフィーに助けられたよ。いや、ソフィーだけじゃないな。一人でも欠けていたら勝てなかった」


 ユーリアが敵の魔術士を抑え、シャーリエとアレリア先生で前衛を2人抑え、テオドールがオイゲンと弓使いを引きつけ、俺が斧使いと対峙した。結果的に負傷者は出たが誰一人失うことなく勝利できた。


「ソフィー、傷は? 痕は残ってないかい?」


 まだ幼い女の子に傷跡が残るというのは忍びない。だがシャーリエの答えは快活なものだった。


「カタリナさまに癒してもらったので大丈夫です。それにもし痕が残ったとしても名誉の負傷ですから、なんてことありません」


 傷は治ったにせよ痛みは残る。今だって傷のあった場所は痛みを感じているだろうに、シャーリエは笑顔を見せる。俺はその頭を撫でて労をねぎらった。


「私は力不足を痛感したよ。君に付いていく以上、もっと強くならねばならないな」

「いいえ、アルマさまの援護がなければやられていたところでした」

「そうか。そう言ってもらえると助かるよ」

「それより、火を、消しましょう」


 ユーリアに言われて周辺の森が燃えていることを思い出す。

 ユーリアの魔力はもうほとんど残っていなかったので、俺が水魔術で森を鎮火していく。

 それからオイゲンの遺体をどうするかという話になった。


「日本流に火葬して、それから埋めてやるか」


 この世界では土葬が一般的だが、日本に戻りたがっていたオイゲンだ。彼が本当に日本に戻れたかどうかは分からないが、こちらに残っているこの肉体くらいは日本流に弔ってやってもいいかもしれない。

 俺は火魔術でオイゲンの遺体を焼き、それから土魔術で適度な穴を作ると遺灰はその中に落ちていった。その穴を土魔術で埋めてやる。

 その間にテオドールは自分に刺さった矢を引き抜いて、傷を癒していた。


「これで一段落かな」

「そうだな。居住棟に戻ってたっぷりと休みてぇ」

「同感だ。私も魔力が底を尽きかけている」

「わたしは水浴びがしたいです」

「いいよ。部屋の湯船に水を張るくらい大したことないさ」

「あの、私も、お願いします」


 いつもは自分でやっているのだろうが、魔力の尽きているユーリアが申し訳無さそうに言う。


「お安いご用だよ。アルマもだよな。とりあえず帰ろう」


 そんなわけで俺たちは居住棟のそれぞれの部屋に戻り、たっぷりと休息を取ったのだった。

 その後、俺やテオドール、シャーリエの体の痛みが引くのに二日ほどを要した。その間は念の為に移動はせずに居住棟でゆっくりと過ごした。


「まぁ、しばらくはゆっくりしていられるが、ドルジアにしばらく滞在って話はもう無しだな」

「だろうな」

「どうしてですか?」

「オイゲンが仲間と連絡を取ったに違いないからだよ。加えて彼と連絡がつかなくなったのであれば、天球教会の他の転移者はここに脅威となる敵がいることに気づく」

「これまでのような単独で動いている番号付きが殺られたのとはわけが違うからな。連中、本腰を上げてくるかもしれん」

「ということは再び逃亡生活か」

「また名前を変えなければなりませんね」


 一同に少し重苦しい空気が流れる。せっかく天球教会の影響の少ない新天地に辿り着いたと思ったのに、すぐにこれだ。気が重くなるのも仕方ない。


「それでどこに向かう? 天球教会の手の及びにくいところとなると新大陸か」

「その辺の知識は俺は乏しいからな。アルマが新大陸がいいと思うんならそうするか」

「あー、それでオレからひとつ言っておきたいんだが」

「どうしたテオドール?」

「お前たちとはドルジアで別れようと思う」

「えっ!?」

「テオ!?」

「そんなに驚くなよ。元々ドルジアまでのつもりだったんだ。オレにしては長く付き合ってきた方だと思うぜ」

「だけど天球教会の手が迫ってくるんだぞ。仲間は一人でも多いほうがいいに決まってるだろ」

「それだってそうとは限らないぜ。今回のことでオレたちの構成は敵に知られたはずだ。そこから数が減ったり増えたりしていれば、目眩ましになるはずだ。戦力が必要だと思えば奴隷を増やせばいい。そうだろう?」

「それで、テオドール。お前はどうするんだ?」

「ひとまずは魔族の領域を目指す。オレだって吸魔スキルが欲しいからな。それでしばらくは魔族と暮らすつもりだ。いいレベル上げになると思うぜ」

「だけど、それじゃアルマはどうするんだ。いいのか?」


 テオドールとアレリア先生が親密な関係を築いていることに気付けないほど、俺は鈍感ではない。


「おいおい、なにか勘違いしているようだが、オレは他人の奴隷に手を出すようなことはしちゃいねーぜ?」

「けど、アルマ、自由に発言していいぞ。俺への隷属は忘れていい」

「いや、いいんだ。マルク君。テオがああ言っている以上、私を連れて行く気は無いということだ。それに魔界に行くというのなら私は足手まといにしかならない」

「それは本音では付いて行きたいってことだろ。ならそう言えばいいじゃないか!」


 しかしアレリア先生は首を横に振った。


「なあ、マルク、あまりオレたちを困らせないでくれ。オレにはオレのやらなきゃいけないことがあって、そのためには魔界に向かわなきゃならないんだ」

「それはアルマより大事なことなのか?」

「ああ、大事なことだ」


 アレリア先生が身をぎゅっと硬くする。

 それで俺は気付いた。今さら気付いた。アレリア先生はテオドールのこの言葉を聞きたくなかったのだ。彼には自分よりも大事なものがあって、そのためなら別れも厭わないという事実を、彼自身の口からは。


「すまなかった」

「……まぁ、オレの言えた義理じゃねーんだが、アルマのことをちゃんと守ってやってくれ」

「頼まれた。必ず守るよ」

「それを聞いて安心したぜ」


 そして俺たちは遺跡群を後にした。

 テオドールに先導されて森の中をドルジアに向かって移動する。

 来た時と同じ4日をかけて俺たちはドルジアに戻ってきた。

 ドルジアには特に変わった様子は無く、相変わらず無事平穏なようだった。

 まずは宿を確保し、新大陸に向かう船が無いか港に聞きに行く。残念なことに現在係留されている船の中に新大陸に向かうものはひとつもないようだ。その代わりにテオドールはエルンシアという国に向かうという船に魔術航海士としての席を確保したようだった。


「どうやらオレが先に出ることになるようだな」

「その船の出発はいつなんだ?」

「明後日になるようだ。オレが魔術航海士になったからな。積み荷の載せ替えで出港が一日遅れることになった」

「そうか。その、なんだ、少しでもアルマとの時間を作ってやってくれないか」

「言われなくともちゃんと別れをするさ」


 そう言って何故かテオドールは俺の頭をくしゃりと撫でた。


「なんだよ」

「……いや、なんでもない。お前は危なっかしいところがあるからな。ちゃんとアルマの言うことを聞くんだぞ」

「親父かよ!」

「1人で突っ走るなってことだ。仲間を守れ。愛する人を失うな。オレみたいになるなよ」

「それはどういう?」

「じゃあ、オレは船長との打ち合わせがあるから行くわ。またあとでな」


 どういうことかは聞きそびれてしまったが、どうせ宿は同じなのだ。話せる機会はまたあるだろう。

 そんな風に思っていたが、その日は結局テオドールは宿に戻ってくることはなかった。その代わりに翌日になると冒険者ギルドからの使いが運搬人を連れてやってきて、テオドールの名義で預けていた金銭をお返しすると言ってきた。

 俺はその金はテオドールへの餞別にするつもりだったので、慌ててテオドール本人はどうしたのか聞いたが、すでに船で出発してしまった後だという。

 そんな出発はまだ明日じゃないのか?

 俺は慌ててアレリア先生の部屋の扉を叩いた。


「アルマ、テオドールが!」

「知っている。行ってしまったのだろう?」

「知って、いたのか……」

「ああ、私にはちゃんと別れを告げていってくれた。ただ湿っぽいのは嫌いだと言うのでな。他の皆には内緒にしてくれと言われていたんだ」


 黙っていて悪かった。とアレリア先生は言った。

 聞けばユーリアやシャーリエにもそれとなく声をかけていたらしい。それが彼の別れの言葉だったようだ。


「お見送りくらいさせてほしかったです」

「寂しく、なります、ね」


 2人もテオドールが黙って行ってしまったことに少なからずショックを受けているようだった。


「しょぼくれてる場合じゃないぞ。私たちも早く新大陸に向かわなければ。天球教会の追手がどれくらいでドルジアにたどり着くか分からないんだ」


 何故か一番辛いはずのアレリア先生が一番元気だったのが印象的だった。

 こうして俺たちは再び4人旅に戻ったのだった。

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異世界転移ものの新作を始めました。
ゲーム化した現代日本と、別のゲーム世界とを行き来できるようになった主人公が女の子とイチャイチャしたり、お仕事したり、冒険したり、イチャイチャする話です。
1話1000~2000文字の気軽に読める異世界ファンタジー作品となっております。
どうぞよろしくお願いいたします。

異世界現代あっちこっち
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