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第四話 個室

 アレリア先生がキーボードの文字を写し終わった後で、場所を再び代わってもらう。ホログラムによる画面とキーボードとは言え、パソコンを前にしているということが未だに信じられない。まるでまた別の世界に飛ばされてしまったかのようだ。

 じっとしていても仕方がないので、ロックを解けないか適当にキーを打ってみたが、テキストボックスにはマスクされた文字が出現するだけで、自分がどんな文字を打ったのかも分からないし、もちろん何かの間違いでパスワードが一致するというようなこともなかった。

 もちろんロックが解けたところでこのパソコンから何か情報が引き出せるとも思えない。なにせ文字がまったく分からないのだ。

 俺は横で興味深そうに覗きこんでいるテオドールに声を掛けた。


「テオドール、この文字に見覚えは?」

「いや、無い。地球の言語じゃないと思うぞ」

「俺もそう思う。少なくとも先代文明人は現代地球人じゃない」

「君たちの先祖が先代文明人ということはないかね?」


 この世界から地球へと渡ってきた先代文明人が地球人の祖先であるという可能性。しかしそのアレリア先生の説を俺は即座に否定した。


「だとすれば彼らの遺跡が地球にもあるはずだ。残念だけど地球にはそんな古代文明を示唆するような遺跡はないよ」

「アトランティス、ムー大陸の伝説のように海中に没して発見されていないという可能性ならあるんじゃないか?」


 テオドールが俺には考えもつかなかったことを口にする。


「意外だな、オカルトが好きなのか?」

「そういうわけじゃねえよ。一説さ」

「うーん、どうなんだろう」


 この世界でも先代文明の遺跡は点在するのみだ。アレリア先生の言うとおり彼らの数がそれほど多くなくて、地球では狭い範囲にのみ居住していた。そしてその大地は現在では海底に没していて彼らの遺跡は発見されないままでいるとする。


「まあ、可能性は否定できないか。だけどやっぱり無理がないか?」

「そうだな。オレもこの説に固執する気はねーよ。ただそうなるとアルマの説が現実味を帯びてくるな」

「そうだろう。私はもうひとつ根拠を見つけたぞ」


 嬉々としてアレリア先生が言う。


「根拠とは?」

「言語だよ。マルク君。先代文明人の文字を書き写していて思いついた。言語だ。なぜ君たちは我々の共通語を理解し、話し、書くことができるのだろう?」

「それはこの世界の共通語が日本語と一緒だからで、あ……」

「気がついたかい。順序が逆なのだ。逆なのだよ。君たちが共通語を理解できるのではなく、君たちの日本語が我々の使う共通語になったのだ。そしてこのことからもうひとつ神話の真実を暴くことができる。スキルは魔族と戦うために神々より人族に与えられた恩恵のひとつであるとされているが、それとは別にスキルとはかつての日本人と人族の意思疎通のために創られたものでもあったということだ。でなければ、君たちの言語がスキルの共通語になるはずがない」

「つまり順番としては、日本人が召喚されたのが先で、スキルが使えるようになったのがその後ということか」

「あるいは既存のスキルの共通語に日本語をねじこんだのかもしれないが。少なくとも先代文明人はスキルを操作できたということだ」

「だったら自分たちも日本語を使ってくれればいいものを」


 謎の言語で構成されたキーボードを見ると、そう言わずにはいられない。パスワードが解けるかどうかは別として、日本語あるいは共通語を彼ら自身も使っていてくれれば、謎解きは一気に楽になっただろうに。


「そう言ってやるな。自分たちの言語を捨てるというのは難しいものだ。その証拠に今でも共通語以外の言語がこの世界には多く残されているだろう。スキルの強制があっても、人々は自分たちの文化を手放せなかったということだ。先代文明人とてそれは同じことだろう」

「とにかく先代文明人の言語が解析できない限りはパソコンがあっても仕方ないな。これ、シャットダウンはどうやるんだろう?」

「電源ボタン長押しでいいんじゃないか?」


 テオドールの冗談のような言葉をわざと真に受けて、魔法陣に触れてしばらく魔力を流してやるが、パソコンの電源が落ちるようなことはなかった。どうやら強制終了させるにも別の手段があるらしい。


「別にこのままでも害はないだろ。放っておこう。とにかく魔法陣の起動方法は分かったんだ。ひとつ進展だろ」


 そこで俺たちはその部屋を後にして廊下まで戻ってきた。

 廊下に並ぶ部屋の扉の横には小さな魔法陣が埋め込まれている。


「今度はオレがやってみよう」


 そう言ってテオドールが開いていない扉の魔法陣に触れると、扉はシュンと音を立てて壁の中に吸い込まれた。一同は驚きに息を飲む。


「自動ドアかよ。ファンタジーというよりSFめいてきたな」


 テオドールがそんな感想を漏らす。


「先代文明が高度な文明を築いていたのは間違いないから、そうとも言えるんじゃないか」

「それもそうか。っと、こっちの部屋は時間が止まっていたようだな」


 その部屋は完全な状態で保存されていた。

 部屋に入ったところはリビングになっており、布張りのソファに、ガラス張りの低いテーブル、壁面に埋め込まれたと思しき画面らしきもの、すべてがそのままにそこにある。


「照明まで点くか。動力はどうなってんのかね」

「さっきのパソコンもそうだったけど、空気中の魔力を吸い上げてるんじゃないかな。魔法陣が無事ならずっと動作するんだろう」

「はー、エコなこって」

「あの、これはガラス、ですか?」


 シャーリエがガラス張りのテーブルを恐る恐る覗き込んでいる。


「たぶんね。違う素材かもしれない」

「こんなに透明なガラスは見たことが無いです」

「別に触ってもいいんだよ」


 そう言うとシャーリエはゆっくりと手を伸ばしてガラスの表面に触れたかと思うと、ぴゃっとその手を引っ込めた。


「指紋がついてしまいました」


 しゅんと耳を垂れて、ガラスに指紋をつけたことを詫びる。


「気にすること無いさ。この部屋の主は遥か昔にいなくなってるんだから」

「本当に誰か、住んで、いたのでしょうか?」

「カタリナ?」


 俺の言葉に疑問を挟んだのはユーリアだった。彼女は部屋の様子をじっと眺めている。


「綺麗過ぎる、と、思いませんか?」


 それに同意したのはテオドールだ。


「言われてみればその通りだ。人の住んでた気配を感じないな。なんつーか、きっちり清掃された後のホテルみたいだ」


 言われてみれば確かに部屋の中は綺麗過ぎる。誰かが住んでいたなら、少なくともその痕跡は残っているはずだ。


「食器や衣類は? 人が住んでたならその人の物があるはずだろ」


 俺の言葉にそれぞれは部屋の中を探索する。


「食器はないな。戸棚も空だ」

「衣類もまるでありません。クローゼットの中もです」

「引っ越して出て行ったという感じでもないな。家具が揃ってるもんな」

「家具付き1LDKの入居前って感じだな」

「いや、その例えは皆には分からないだろ」


 俺の言ったとおり3人はきょとんと疑問符を頭に浮かべている。


「誰かが住むように用意されていたが利用者はいないままだった、という感じだってことだよ」

「それなら分かります」

「なるほど」

「とにかくテレビだな。こいつが動けば何か分かるかもしれない」


 俺は壁に埋め込まれたテレビらしきものに向き合う。すぐ横にある魔法陣が起動用のものだろう。俺はそっとその魔法陣に魔力を流し込んだ。真っ黒だった画面がぱっと明るくなり、明るい草原の様子を映しだした。

 部屋にいたユーリアたちがぎょっとして画面に目を向ける。


「これは、窓、ですか?」


 しかし映像は草原の動物たちを追いかけるように映している。明らかに固定のカメラではない。

 環境映像だ。窓の代わりにこういう映像を流す習慣があったのだろう。


「これは記録された映像だよ。と、言っても分からないか。そうだな。誰かが見たものを保存する魔法があって、それを映し出しているんだという認識で間違いないと思う」


 にしてもチャンネルはどう変えるのだろうか。リモコンに該当するような機器は見当たらない。画面に触れてみても特に変化は無かった。テレビ自体にもそれと思しきボタンのようなものはついていない。


「音声認識かも知れないな。だとしたら先代文明言語が分からない限り、お手上げだぜ」

「ハイテクが過ぎるのも困ったもんだな」

「どちらにしても生きている放送局なんてないだろ。映像ソフトでもあればいいんだが、それらしいものは見当たらないな」

「そういうのもデータ化されていて音声認識で見るのかも」

「なまじ地球の機器に似ているから困ったもんだぜ」


 テオドールは目を細めてテレビの映し出す風景を見つめている。彼の感じていることは俺も分かる気がした。これは感傷だ。日本を懐かしいと思う気持ちが俺にもあることに今さらながらに驚いた。


「野営地よりこっちで寝泊まりしたほうが楽なのは間違いないな」

「ベッドもふかふかでしたもんね」


 シャーリエは先代文明のベッドの寝心地に興味があるようだ。それもそうだろう。雑魚寝で済ます天幕の暮らしはもとより、この世界では一般的な藁のベッドに比べても、先代文明のベッドは寝心地が良さそうだ。


「水は出ないようだが、それは魔術でどうにでもなるもんな。問題は馬をどうするかのほうだ。誰かが世話はしなくちゃならん」

「別にこちらで寝泊まりして、馬の世話はしにいけば済む話だろう」

「それじゃあ他の部屋も同じように開くか試してみよう」


 俺たちは部屋を出てさらに隣の部屋の前に立つ。


「ご主人様、ひとつ試してみたいことがあるんだが」

「なに?」

「私に先代文明の魔法陣を動作させる権限を与えられないか試してみてくれないか?」

「なるほど。やってみよう」


 俺はアレリア先生と契約を結び、彼女に先代文明の魔法陣を動作させる権限を与えてみる。契約自体は無事に結ばれた。そしてアレリア先生が部屋の扉の魔法陣に手を伸ばして触れる。

 しかし扉はうんともすんとも言わず、結局扉は俺が魔法陣に魔力を流し込むと簡単に開いた。


「先代文明人による制限ということなのかな?」

「残念だがそういうことのようだな。契約は解消しておこう」


 さてアレリア先生に部屋を開ける権限を与えられなかったことで、それぞれに個室を持つというアイデアには問題が生じた。実質的に部屋に出入りできるのは俺とテオドールだけだからだ。

 しかしふかふかのベッドの誘惑に抗えなかったシャーリエの希望により、色々と実験してみた結果、たとえシャーリエたちでも内部からは扉を開けられることが判明した。というより、扉の前に立つと自動的に扉が開くことが分かった。


「少なくとも中に閉じ込められる心配は無いというわけだな」

「部屋に入るときに俺かテオドールがいればいいわけだから、まあ、許容できる範囲だろ」


 こうして俺たちは先代文明の遺跡の中にそれぞれの個室を持つことになったのだった。

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異世界転移ものの新作を始めました。
ゲーム化した現代日本と、別のゲーム世界とを行き来できるようになった主人公が女の子とイチャイチャしたり、お仕事したり、冒険したり、イチャイチャする話です。
1話1000~2000文字の気軽に読める異世界ファンタジー作品となっております。
どうぞよろしくお願いいたします。

異世界現代あっちこっち
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