第八話 戦後処理
差し当たって最初にしないといけないことは海賊どもをこの船の船乗りとして編入することだ。生き残った船乗りたちだけでこの船を運用していくにはいくらなんでも人手が足りず、どうしても彼らの手が必要だ。
しかし海賊なんて連中をそう簡単に信用することもできない。数の上ではあちらのほうが多いのだ。無理にでもこのマリアナ号を乗っ取ろうとする可能性がある。
「さて、お前らに質問だ。このまま船から突き落とされるのと、俺の奴隷になるのとどちらがいい?」
彼らは一も二もなく俺の奴隷になることを選んだ。彼らもまた俺の魔術を目の当たりにしており、逆らっても無駄だと思ったのだろう。
俺は一人一人と奴隷契約を結んでいき、とりあえずこれで船乗りの不足という事態は解消された。
その間にもケントの指揮で甲板に遺体が続々と並べられていく。海賊の遺体はそのまま海に放り捨てた。それ以外の遺体は丁寧に帆布で造られた遺体袋に収納していく。もちろん彼らの遺体をそのまま運んでいくことは衛生上できない。結局は海に流すことになるのだが、できるだけ丁重な手順を踏んでやるつもりだ。
その間に海賊船はついに燃え尽きたのか、炎すら見えなくなり、船の上を照らす灯りは俺の光魔術とカンテラの弱々しい光だけだ。
俺は船乗りたちを元々の船乗りと、海賊が同じくらいの割合になるように注意深く分けふたつの班に分け、当直でない班は休ませることにする。
それから船長室に移動し、ケントから話を聞くことにした。
「で、なんで海賊船に襲われるようなことになったんだ?」
「自分は当直では無かったので詳しいことは分かりません。騒がしいのに気付いて目が覚めると、もう海賊たちは乗り込んできていました。自分は船乗りたちに武器を持たせ、必死に抵抗したのですが、力及ばず……」
腕を切り落とされかねない負傷を負った、というわけだ。
俺は自分が殺されかかるまで目覚めなかったのだからケントを責めることはできない。それよりもっと詳しい話が聞きたい。
「当時当直だった船乗りと、それから海賊を一人ずつ連れてきてくれないか」
「アイアイサー」
しばらくして2人の船乗りが船長室に連れてこられる。ケントはそこで退出しようとしたが、引き止めた。
「俺に何かあったら次の船長は君だ。一緒に聞いていてもらいたい」
「アイアイサー」
まずは当時当直だったという船乗りのフレッドから話を聞くことにした。
「海賊船に襲われた時の状況を聞きたい」
「へぇ、夜になって辺りには霧が立ち込めてました。トップにいるとコーターデッキが見えないような有り様で、当然檣楼からは何も見えなかったと思います。誰かが船が見えたと報告しましたが、すぐに見えなくなっちまって、他には誰も船影を見つけることもできませんでした」
「その時に戦闘態勢には入らなかったのか?」
「はぁ、三等航海士殿には報告が行ったのですが、気のせいだろう、と。皆、疲れきっていて眠っている者を起こすこともないだろうということで。だけどすぐに海賊船が霧の中からぬぅと現れて横付けされたかと思うと、連中が一斉に乗り込んできて、後はもう散々で、船室に逃げこむのがやっとでした」
「なるほど。マーティン、彼の言うことに間違いはないか?」
「は、はい」
「それじゃそっちの言い分を聞かせてくれ」
「アイアイサー、あのひどい嵐を島影に停泊してやり過ごしたオレらは、抜錨してまもなく霧の中に入って、だらだらと進んでたんです。そんな折に鐘の音が聞こえたんで、近づいて様子を見ることにしました。それが商船だと確信したので、これ幸いと襲撃することにしたんです」
「フレッド、時刻鐘は鳴らしていたのか?」
「もちろんでさあ」
つまりとてつもなく間の悪いタイミングで時刻鐘が鳴らされたということだ。この舳先も見えないような霧の中では、時刻鐘の音さえ聞こえなければすぐ傍を通り過ぎたとしてもお互い気づかない可能性が高かった。
しかしそのタイミングで時刻鐘は鳴らされ、海賊船はマリアナ号に気づき、襲われることになった。
「分かった。2人とも持ち場に戻ってよし。ケント、どう思った?」
「とてつもなく運が悪かったとしか」
そう言ってケントは首を横に振る。
「こんな大洋上に海賊船が出てくることはほとんどありません。それも霧の中でこんなに接近して出会うなんて、まるで悪魔の仕業ですよ」
「だがそれが現実だ。それからマーティンが言うには近くに島があるんだな。それで現在位置が分かればいいんだが」
「島、島ですか。そうだ。測深しないと!」
ケントが飛び上がる。言われて俺も気がついた。島が近くにあるということは海底がそれなりに浅いということだ。暗礁や浅瀬がある可能性だってある。
俺たちは甲板に飛び出して、測深儀を海に投げ込んだ。
「92尺です」
ケントの声にほっとしたものが混じる。ロープが没していった長さを見れば、船の航行にはまったく支障のない深さなのだとは分かる。
「錨は下ろせるか?」
「問題ありません」
「なら朝までは一時停泊しよう。見張りは厳重に。海賊どもはともかく俺たちには休息が必要だ」
「配給酒を増やしてやりますか?」
「当直はダメだ。そうだな、当直を交代するときに呑んでいいことにする。いつもの倍でいい」
「アイアイサー」
「それから俺と君だけでは船を回していけないな。船乗りから何人か見習い航海士に引き上げる。元々のマリアナ号の船乗りから希望者を募ってくれ」
「何人ほど必要でしょうか?」
「君はどう思う?」
「最低でも2人、できれば3人です」
「では3人だ。希望者が足りなければ適性のある者に強制的にやらせる。希望者が多すぎれば面談する」
それからケントの指揮で錨が降ろされ、マリアナ号は霧の中に停泊した。
俺は船長室に戻り、椅子に深く腰掛けた。
どっと疲れが押し寄せてきたので、治癒魔術で手早く回復させる。それでも頭のモヤは晴れない。睡眠不足と戦闘の興奮がまだ残っていて、頭がぼんやりとしているのだ。少し眠りたいところだったが、それは見習い航海士を選んでからだ。そうでなければケントに負担がかかりすぎる。
ひとまず船長室を漁って海図を見つけ出しテーブルの上に広げる。航海記録も同時に見つけたので見てみるが、数字が細かく書かれているだけで内容までは読み取れない。
仕方なく俺はこれまでそのままにしておいたレベルを1つ上げ、航海士スキルとその枝である航海術スキルを習得した。どちらも2まで上げたらなんとか航海記録は読み取れるようになった。スキルは1に偽装しておく。
嵐に遭うまでにマリアナ号は航海のおよそ7割を終えていたようだ。順調に進んでいれば後十何日かでドルジアに到着していただろう。しかし嵐の間に船がどう進んだかはまったく分からなくなってしまった。天測で現在位置を割り出す必要がある。
俺は六分儀を手に甲板に出た。ありがたいことにこの世界では天測に太陽を使う必要はない。一日中空を覆う天球の縁を見れば緯度を計算することは可能だ。だから昼であろうと夜であろうと天測を行うことはできる。できるのだが、それは曇っていたり、霧が出ていなければの話だ。
俺はすごすごと船長室に戻り、船長の私物を検分することにした。死者には申し訳ない気がしたが、何か必要なものが入っていないとも限らない。
衣類に装飾の施された武器、豪華な食器のセットなどが出てくる。それから金だ。金貨や銀貨がどっさりとチェストの中に詰まっていた。これはどうなるのかケントに確かめなくてはいけない。
そんなことを考えているところに船長室の扉がノックされ、俺は慌ててチェストを閉じた。
「いいぞ、入れ」
「見習い航海士希望の者を連れてきました」
ケントはちょうど3名の希望者を連れてきた。それぞれに名前をベンノ、グレン、アマンシオと言った。もちろん俺もよく知った顔だ。
ベンノは熟練の船乗りで、確かに船のことを任せておくには最適な人材の一人に思える。
グレンは聞けば以前別の船でも一時的に見習い航海士になったことがあるという。航海士スキルが手に入らなかったために、航海士になることはできなかったが、天測もできるそうだ。心強い。
アマンシオは若く、ケントとそれほど変わらない年齢の少年だ。その適性は未知数だが、その瞳はまっすぐで航海士になれるかもしれないチャンスを逃すまいという強い意思を感じさせる。
「よろしい。では君たちはこれからマリアナ号の見習い航海士だ。仕事についてはケントに聞け。俺は分からん」
新しい見習い航海士たちはどっと笑い、それからすぐに表情を引き締めた。
「アイアイサー。それから航海士スキル習得おめでとうございます。船長」
ベンノは俺のステータスを確認したらしく、航海士スキルの習得を祝ってきた。釣られたように他の3人も祝辞を述べてくる。
「サー、これで名実ともに船長ですね」
「重要なことだったか?」
「船長がこの船で最先任の航海士ということは非常に重要な意味を持ちます」
「そうか、それは運が良かった。ではそれぞれ持ち場に付くように。つまり当直を決めて、そうでないものはちゃんと眠れ」
「「アイアイサー」」
「ケントは少し残ってくれ」
「アイアイサー」
3人が退出した後に、ケントに金が詰まったチェストの話をする。つまりこの金を俺はどう扱ったらいいのか、ということだ。
「それはもちろん船長の所有物ということになります」
「俺の? 相続とか、そういう問題はないのか?」
「相続というのはよく分かりませんが、この船はマルセロ船長の持ち物でした。しかしマルセロ船長は亡くなり、マルク船長が新たな船長となった以上は、その持ち物はすべてマルク船長のものになります」
すべてと言われて重要なことに気づく。
「この船もか!?」
「はい、そうです。ですが船乗りたちへの給金の支払いなども船長の義務となります。ですので船乗りたちはすぐにでも船長と契約を結びたがるでしょう」
「船乗りとして雇われる代わりに目的地で銀貨3枚というあれか」
「その契約です。反故にすれば船長への心証は非常に悪いものになるでしょう」
「それは別に構わないが、俺はドルジアで船を降りるつもりだぞ」
「でしたらドルジアで船を売られるのがいいかと思います。その権利が船長にはあります」
「それでケントたちは困ったことにならないのか?」
「ドルジアも買った船を遊ばせておくようなことはないでしょう。経験のある船乗りは重宝されるはずです。できればそれまでに航海士スキルが習得できればいいのですが」
俺はちらっとケントに航海士スキルを確実に手に入れる方法があると話を持ちかけることを思い浮かべたが、やはり止めておくことにした。ケントまで奴隷にするのは明らかにおかしいし、その上、それで航海士スキルを手に入れたとなるとさらに怪しい。何より本人のためにもならないだろう。
「奴隷にした海賊どももどうしたらいいだろう。このまま奴隷にしておくつもりはないんだが、ドルジアで引き渡すべきかな」
「それも奴隷として売ってしまうのがいいかと思います。海賊として引き渡せば縛り首ですが、奴隷として売られたなら少なくとも命はあります。よほど温情のある措置だと言えるでしょう」
「俺の懐ばかりが肥えていくな」
「船乗りを目指すものは皆その一攫千金を狙っているんです。ですがそれも無事ドルジアに到着すればの話です」
「君の言うとおりだ。浮ついた話はここまでにしておこう」
「では新しい見習い航海士の指導をしてきます」
「分かった。俺は少し眠る。どんな些細なことでも何か起きたら起こしてくれ。いいな」
「アイアイサー!」
そうしてようやく慌ただしい夜は終わりを告げたのだった。




