最終話 剣鬼レオノーラ
名前レオノーラ。レベル54。戦士スキル無し。
それが目の前に立つ少女のステータスだ。ステータス偽装ではない。俺の鑑定スキルはすでに10に達している。ステータス偽装で隠しているなら痕跡が見えるはずだ。
他のスキルの枝として長剣スキルを習得しているわけでもない。正真正銘の長剣スキル無しだ。
それがどうしてあれほど鋭い剣撃を放つことができるのか、俺には見当もつかない。
「よく言われるってことは正真正銘スキル無しか。どういうトリックなんだ?」
「こちらこそ聞きたいのだけれど、あなた吸魔無しの魔族、それとも人族の裏切り者、どっちなの?」
「裏切り者というのは心外だな。ただの農民が虐殺されるのを防ぎたかっただけだ。パンでも持ってりゃ食ってやるぜ」
「農民、ね。スキル7や8もある強者揃えて農民の振りさせてこちらの油断を誘おうとしたわけね」
「そりゃ――」
勘違いだと言おうとしたが、うまく言い繕う言葉が出てこない。俺のステータス操作のことを隠して真実彼らが農民であることを信じさせるのは無理そうだ。
「まあいい。こっちの質問には答えてくれないのか?」
「スキルが無ければ剣が振れないわけじゃない。それが答えね」
それはつまり運悪くスキルは得られなかったが、修練を重ねた末にスキル10にも匹敵しようかという剣術を手に入れたというわけか。それが事実だとすればなんという才能。そしてなんという努力の積み重ねだろう。
安易にステータスを上昇させてきた自分とは、まさしく対極に位置する存在だと言える。
俺は会話の間に治癒魔術で左腕の傷を回復させる。傷自体は治癒したが、切られた痛みはそのままだ。まともに動かせる気がしない。汗が頬を伝う。
「人族ということなら投降しなさい。悪いようにはしない」
「悪いようには、とは? どう考えても縛り首だろ」
「私の戦利品ということで奴隷にしてあげる。命は保証できる。それくらいの権利はあるの」
「はっ、そりゃ魅力的な提案だ」
俺は戦場の様子を確認する。一度は優勢に思えた戦況はこちらに不利に傾きつつあった。まだなんとか持ちこたえているが、このレオノーラという女に中央を突破されたこと。俺の治癒魔術で戦力の底支えができなくなったことが大きく響いている。生き残っている戦士たちはおよそ半数というところだろうか。今すぐこの女をどうにかして、俺が全力で参戦してなんとか優勢を取り戻せるかどうかというところだ。
不意にルーの言葉が脳裏をかすめる。
俺はそこまで責任を持たなくてもいいというあれだ。
この場で俺がこの女に恭順を誓えば俺の命は保証してくれるという。しかしそうすれば戦士たちは全滅だ。避難民もどうなるか分からない。
せめてこの場にシャーリエがいてくれればと思わないではいられない。
彼女がいればここまで一方的な戦いにはならなかったはずだ。
しかし一方でやはり彼女らを連れてこなくてよかったとも思う。シャーリエがこの剣鬼に切られるところは見たくない。
「避難している人々はどうなる?」
「さあ? 私は指揮官ではないもの。私が興味があるのは貴方だけ」
「そりゃ嬉しい告白だ」
覚悟が決まる。避難民の安全を約束されていたら、心が折れていたかもしれない。この場にいる戦士たちの命と引き換えに自分の命だけは救おうとしたかもしれない。だが彼女は避難民をどうするかは分からないと言った。それだけで充分だ。
レオノーラと俺の距離はおよそ10メートルほど離れている。剣士と魔術士であれば、圧倒的に魔術士が有利な距離だ。だがこの剣鬼にそれが通用するとも思えない。
雷撃ですら回避した彼女のことだ。大抵の魔術は避けられるだろう。足元を崩すのも回避されるイメージしか生まれない。
だがその彼女の回避と言えど完璧ではない。俺の蹴りが当たったのがいい証拠だ。彼女と言えど完璧ではない。必ずチャンスがあるはずだ。
「総員撤退しろっ!」
声を張り上げて叫ぶのと同時に、暴風の塊をレオノーラに向けて放つ。否、塊というよりは壁。回避など不可能な面での攻撃。それを察知したのか、レオノーラは剣を地面に突き立てて防御の姿勢を取る。
連続して雷魔術をレオノーラに放つ。防御姿勢を取っている彼女に回避はできまい。
と、思ったが、俺が雷魔術を放つ瞬間、彼女は剣から手を離した。暴風の直撃を受けて吹っ飛ばされる。が、致命傷になるはずの雷魔術をまたしても彼女は回避してみせる。
彼我の距離は30メートルほどに広がる。それに加えて彼女は徒手空拳。
頼むから退いてくれ。
しかし俺の願いとは裏腹に彼女はこちらに向けて駆け出す。
俺は彼女に再び暴風の塊を打ち出しつつ前へ。彼女は姿勢を低くして暴風を耐える。だが俺のほうが早く距離を詰める。彼女の下へではなく、彼女の剣の下へ。
ありったけの魔力を込めた炎の魔術で剣を焼く。刀身は赤く焼け、柄は焼け落ちる。これでもう彼女は剣を使えない。そう思ったところを顔を横殴りにされる。俺は地面に転がり、飛び起きた。そこにレオノーラが迫る。
この女、剣を失ってもまだ戦う気なのか!
俺は風魔術で彼女を吹き飛ばそうとして、左手から杖がなくなっていることに気づく。どうやら殴られた時に取り落としたらしい。
ニィとレオノーラが口元に笑みを浮かべた。
殴り合いでも自分に分があると思っている顔だ。
いいだろう。その顔を苦痛に歪ませてやる。
腹に目掛けて放たれたレオノーラの拳をあえて受ける。鈍い痛みが走るが、身体強化のお陰で膝を突くほどではない。それよりも痛みの残る左腕でレオノーラの腕を取る。服の袖を掴み、がっちり組み合った形にする。そこから右の拳をレオノーラに軽く当てた。
同時に右手の手甲に仕込んだ発動具で雷魔術を発動させる。密着している状態だから俺も感電するが、覚悟を決めていた俺と、不意を突かれた彼女では、意識的なダメージが違う。何が起きたのか分からない様子の彼女の腕を離し、今度は一方的に雷魔術を当てる。
最後まで何が起きているのか分からないといった様子で、レオノーラは地面に崩れ落ちた。死んではいないが意識を失っているようだ。
「お前も沢山殺したんだ。恨むなよ」
俺はありったけの魔力を込めた炎魔術で意識の無いレオノーラを焼く。業火はあっという間にレオノーラを焼きつくし、彼女のステータスを消滅させた。
魔力の使いすぎで頭痛が走るが、吸魔で魔力を回復させてやるとそれも収まる。俺は落とした杖を回収し、戦士たちの敗走を支援するために走りだした。
結果的に追撃は行われなかった。
騎兵部隊も大きな損害を受けていたことや、とっておきの戦力であっただろうレオノーラが敗れたことが大きく関わっていたに違いない。
だがこちらも大きな損害を受けていた。
生き残った戦士は35名、負傷者は俺が回復させたが、死者は帰ってこない。死者の中にはルーの父親やゴーダ、フィンの名前もあった。
太陽が天球に隠れる頃になって俺たちはなんとか避難民たちと合流を果たした。
「オスカーさん!」
ルーが飛びついてきて、俺はそれを受け止める。
「お父ちゃんがいないんです! お父ちゃんは!?」
「すまなかった。お父さんを守れなかった」
「そんな、お父ちゃん……」
まだ父の死を実感できない様子のルーの頭を撫でてやりながら、俺はようやく自分が生き残ったのだという実感を持った。今回は本当に危ないところだった。もしレオノーラが余計なおしゃべりに応じなどせず俺を切ろうとしていたら、まず助からなかっただろう。
今更ながらに震えが来る。
そもそも最初の一撃をしのげたことが奇跡だ。
「ルーのお父さんに救われたよ」
嘘ではない。あの時、間に立ってくれた戦士たちがレオノーラの速度を落としてくれていなかったら、俺は最初の一撃で命を落としていたに違いない。
「ぞうでずか、あぁ……」
実感が湧いてきたのかルーは俺の胸に顔を埋めて肩を震わせた。
あちこちで俺とルーのような再会と、そして失われた命への嘆きの声が聞かれた。今はただ生き延びたことに感謝しよう。
翌日からは避難民たちは文句一つなくハシュゼットを目指して歩き出した。それと同時に戦力の補充も行われた。あれだけの犠牲を出した後だ。志願者はそれほど集まらないだろうと思ったが、意外なことに二百名を超える希望者が現れた。どうやら次があれば仇を討ちたいという思いが強いようだった。中には老人や子どもまで混じっていて、彼らを説得して除外しなければならなかった。
それでも百五十名ほどが新たに戦力として加わり、先の戦いを生き延びた35名と合わせて二百名近い軍団が出来上がる。そのスキル上げに二日ほど使い、それから軍団をいくつかの小隊に分けた。
ここまで人数が大きくなると俺の声で命令を届かせるのが難しいからだ。先の戦いを生き延びた者を小隊長などに据え、一先ず軍団としての形は整えた。
だができればもう戦いなど起こらないに越したことはない。
その願いが届いたのかどうか分からないが、その後はアンデモンド公国軍の追撃を受けるようなこともなく、俺たちはチャムオンへと辿り着いた。
初めて訪れる魔界の都市は人族のそれとなにも変わらないように見えた。城塞に囲まれているところはアルゼキアを彷彿とさせる。
最終的に千名を超えた避難民の到着に門番はあたふたとしていたが、やがて次々と天幕やら食料やらが運びだされてきた。とりあえず全員を収容はできないので、外で生活をして欲しいということだった。
各村の村長たちが呼び出され門の中に案内されていく。事情聴取が行われるのだろう。
一方で俺は戦士たちの契約の解除に忙しかった。中には最後まで俺に付いてくるとか言い出す者もいたが、それは丁重に断った。まあ、契約の解除は一方的にできるのでほとんど何も問題はない。上がってしまったスキルでこれからどうするのかは彼ら次第だ。兵士として仕官すればアンデモンド公国にとって大きな脅威となることは間違いないが、俺としては知ったこっちゃない。
久々に天幕で屋根のある夜をゆっくりと過ごした翌日、兵士が俺のことを呼びにやってきた。
「オスカーというのはお前か?」
「人違いだ」
面倒事の予感しかしないのでそう答える。
「皆、お前がオスカーだと言っている」
正直、こうなる予感はしていた。村長たちに口止めはしていたのだが、避難民全員に口止めして回る時間もなかったし、いずれどこかから俺のことは漏れ伝わると分かっていた。
今、アンデモンド公国の脅威に曝されているハシュゼットの軍にしてみれば、兵士を簡単に強化できる俺の力は喉から手が出るほど欲しいに違いない。しかし俺にはそれに応じてやるつもりはなかった。俺の目的はあくまで無力な農民たちを避難させることであって、ハシュゼットに味方することではない。
「ついてきてもらおうか」
「断る」
言うが早いか俺は兵士を雷魔術で気絶させた。
こんなこともあろうかと、避難民からは馬を1頭と保存食をおよそ30日分ほど分けてもらっている。思っていたより早くなったがチャムオンを去る時が来たようだ。
俺は最後にルーのところに顔を出した。
「オスカーさん、行かれるんですね」
「ああ、仲間が待っているからね。お父さんのことは本当に済まなかった」
「いいえ、いいんです。お父ちゃんもオスカーさんを守れたことを誇りに思ってると思います」
「お父さんから受けた恩を返さなくてはいけないんだったな。でも今の俺には何もないか……」
「それなら私のスキルを上げてもらえませんか? その、料理スキルを」
「料理スキル?」
「はい。できますよね? それでチャムオンでお店を開くんです。卑怯でしょ?」
そう言ってルーはイヒヒと意地悪そうな笑みを浮かべる。釣られて俺も笑った。
「そういうスキルの上げ方もあるな。分かった。もう一度契約を結ぼう」
そうして俺とルーは再び契約を結び、俺はルーの料理スキルを10まで上げてやった。その他にも短剣スキルも10まで上げる。これで生半可な包丁捌きではなくなるはずだ。
「これであたしも一流料理人ですよ」
「そうだな。うまくやれよ」
「任せて下さい。あたしのことはもう何も心配いりませんから、オスカーさんもどうかご無事で」
「ありがとう。それじゃ行くよ」
「はい、さようならです」
「さよなら、ルー」
こうして俺はルーと別れ、チャムオンを後にした。
多くの犠牲は出したが、それ以上に多くの人を救ったという実感はあった。そのことは誇ってもいいはずだ。
今はただ一刻も早くユーリアの顔を見て、その体を抱きしめたい。
そんな思いで俺は南へと駆ける。
まずはアンデモンド公国へ。
五章終了時のステータス
・ワン(オスカー)
レベル61
魔術士9 水8 治癒7 病魔治癒3
風3
雷3
火4
土3
魔術抵抗1
身体強化5
盗賊10 ステータス偽装10
潜入9
掏摸7
誘拐8
暗視3
狩人8 探知8
体術9 回避6
鑑定10
吸魔1
騎乗2
兎人語3
演奏3
スキルポイント残り8