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第九話 命令とその結果

“命令”の効果は劇的に現れた。

 広場に集まっていた戦士たちのおよそ半分がその場で頭を押さえ、地に膝を突いた。他の戦士たちもそこまでではないが表情には苦痛が読み取れる。そしてそれ以上に彼らは困惑しているようだった。

 俺の“黙れ”という命令は未だに効果が継続中らしく彼らは一言も発せない。ただ俺のことを恐れと怒りの混じった複雑な瞳で見つめている。

 広場の空気は一変した。

 戦勝に浮かれていた空気は、熱せられた鉄板に落とされた水滴のように激しく蒸発し、真冬の降り積もる雪の中にいるような静寂が広場を覆っていた。

 女や子どもは戦士たちの後ろへと、俺から身を隠した。

 恐れられるのも恨まれるのも構わない。

 村人たちを罠にかけた時からその覚悟はできていた。

 俺がすべきことは、いや、言葉を言い繕うまい。俺がしたいことは村を救うことではない。村人が一方的に虐殺されないようにすることだ。だからたかだか30人ぽっちを戦士に変えたところで放置していくわけにはいかない。

 それにはっきり言おう。俺の本命はこの村ではない。

 こんなところで足止めを食っている場合ではないのだ。


「これは……、いえ、そういうことですか」


 後ろから現れた村長が広場の状況を前にそんな風に呟いた。彼は俺がゴーダと契約を結ぶところを見聞きしている。俺が彼らへの命令権を有しているのも察したのだろう。怯える村人たちに荷物をまとめるように話しかけ、村人たちは恐る恐ると言った様子でそれぞれに散っていった。

 広場に残されたのは俺と30人の戦士たちと村長だ。半数は未だに地面に膝を突いており、激しい苦痛と戦っているのがその脂汗から分かる。

 このまま命令の強制力で従わせ続けるのは避けたい。

 俺は地に膝をついている一人であるゴーダに目線を向けた。


「ゴーダ、喋っていいぞ」

「……んでこんな酷いことをするンだ! あんたを信じたのに!」

「信じた甲斐はあったろう。でなければ今頃もう皆殺しになっている。どうだ? 俺の助力無しにお前たちはあの軍勢を追い返せたか?」

「……無理だった」


 絞りとるような声だった。本当は答えたくなかったのかもしれない。それを命令の強制力が喋らせた。

 これまでは考えたこともなかったが、全権を移譲されている者の支配力はここまで強いものだったのか。アレリア先生たちもこうして俺に支配されて行動や言動に影響を受けていたのかもしれない。彼女らにしてみれば奴隷がそうなるのは当たり前のことで、それが表層に表れなかっただけのことだったのかもしれない。


「全権を奪ったことについては悪いと思っている。だが緊急避難だった。いずれ権利はすべて返す。それは約束する。だから今は俺に従ってくれないか」

「おっ母はどうなるンだ?」

「お前が背負っていけばいい。身体強化の使える今なら母親一人を背負って旅をするくらいなんともないだろう」


 先の戦闘を見ていても分かったが、吸魔のスキルは魔術士の持つスキルとしては破格に強力だ。一度魔力切れに陥ったように見えた者でも、わずかな時間で魔力の回復の兆しが見られた。

 俺はゴーダのレベルを2上げ、3だったゴーダの吸魔スキルを6まで上昇させる。これは俺の予測だが、吸魔6あれば身体強化の常時発動ならまかなえるのではないだろうか?


「お前の母親を見捨てるような真似はしないと約束する」

「うぅ……」


 ゴーダの目が泳ぐ。俺の言っていることを信じていいのか迷っているのだろう。それに加え、村を捨てるという判断を未だ下せずにいるに違いない。


「いいか、村は再建できる。そりゃ苦労はするだろうけど、それでも生きていればやり直すことだってできるんだ。だけどそれも全部、生きていなきゃできないことだ。まずは生き延びることを考えてくれ」

「……分かった。おらはあんたの言うことに従う」


 そう言った途端に彼を襲っていた苦痛は綺麗さっぱりと消えてしまったのだろう。最初は自分の身に何が起こっているか分からない風だったが、立ち上がり俺の目を真っ直ぐに見据えた。


「感謝はしてるだ。だけどおらはあんたが嫌いだ」

「そうか……」


 それ以外に言葉はでなかった。嫌われる覚悟はしていたとはいえ、真っ直ぐに嫌いだと言われるとショックは受ける。例えその相手がオークだったとしても、だ。

 それから俺は残った29人の戦士たちと一人一人話をしていった。

 土地を捨てて行きたくない、故郷を失いたくない、皆、同じような気持ちでいるようだった。特に俺の想像が甘かったことが墓のことだった。

 当たり前のことだがこの村にはこの村の墓があり、先祖代々から受け継がれている。それを捨てていくことは、ただ畑を捨てていくことよりずっと彼らにとっては重い問題であるようだった。

 俺は村を捨てるということを遥かに軽く考えていた。


「お墓を見ていって欲しい」


 そうせがまれて、俺はこの村の外れにあるという墓地に連れて行かれた。

 近づくに連れて視界に広がってきたのは色とりどりの花々だった。最初は花畑かと思ったくらいだ。だがこれがこの村の墓地なのだという。どうやらこの地方では死者は土葬に付せられて、墓標と一緒に花を植えるのだそうだ。死者は花になって生者と再び喜びを分かち合う。そんな風習であるらしい。

 確かにこの花畑が軍隊に踏み潰され、焼き払われるのはあまりに心が痛い。第三者の俺ですらそう思うのだ。この村に根ざして生きている村人たちにとっては遥かに辛いことに違いない。


「だが、それでも村は捨ててもらう」


 それ以外に選択肢はないのだ。踏みとどまることに意味は無いのだ。命にかえてもこの場所を守りたいという彼らの気持ちは分かった。だが命にかえてもこの場所は守れない。

 結局全ての戦士たちを説得することは俺にはできなかった。7人は梃子でも村を離れようとしない。すでに他の村人たちの準備は終わっている。


「命令だ。俺についてこい」


 結局は契約の強制力を利用するしか無かった。

 どんよりと重い雰囲気で俺たちは村を出発した。向かうのは東の山の森のなかだ。先に避難した村人たちが、狩猟用の山小屋を中心に潜んでいるという。かつてハシュゼットに入るために山を越えた時にはそんな山小屋には気づかなかった。場所が違うのだろう。

 エルフの猟師に案内されて、俺たちは山小屋へとたどり着いた。

 ここでは懐かしい再会があった。


「おろ、亜族の兄ちゃんじゃねーか」

「グルッコさん、お久しぶり、というほどでもないですね。避難されてたんですね」

「まあ、誰かしら避難する連中の面倒も見なきゃなんねーしな。いやにものものしいじゃないか」

「一戦交えてきましたからね」


 グルッコとの再会は喜ばしかったが、同時に彼の失言は周りにいた村人たちにもしっかりと聞こえていた。


「亜族……」

「亜族がどうして……」

「エルフだとばかり」

「やっぱり騙されて……」


 俺は振り返り、俺に付いてきた村人たちに向き直る。


「確かに俺は亜族だ。だが亜族との戦いに力を貸してやっただろう。俺は敵じゃない。皆がチャムオンに辿り着けるように努力するつもりだ」


 村人たちはしばらくざわざわと囁き合っていたが、結局は俺を受け入れることにしたようだ。最早それ以外に彼らに道は残されていないのだから仕方ない。

 しかし亜族だとバレたのはかえって助かる部分もある。

 食料がもうほとんど残されていない今、俺はこの森で魔物ではない動物を狩って食料にしなければならないからだ。亜族とバレたならバレたで大っぴらに行動させてもらおう。

 村人のまとめは村長に丸投げして、すぐにこの地をも離れる準備をしてもらうことにする。一方で俺は食料の確保だ。狩りならブラムストンブルクで充分に経験を積んである。

 森のなかに入り、吸魔スキルのついていない鹿を1頭仕留め、その場で解体を始める。動物の解体ももう慣れたものだ。鶏の1羽に時間をかけていた頃が嘘のように感じる。

 切り分けた肉から水魔術で水気を抜いて干し肉に変えていく。ほんの一時間ほどで鹿は麻袋に詰められた干し肉となった。これだけあればしばらくは凌げるはずだ。栄養の偏りなどを気にしている状況ではない。

 俺は村人たちから少し離れた木の下で仮眠を取った。村人たちからこれだけ恨まれている今、熟睡はできないと思ったほうがいい。特に危険な者たちは契約で縛り付けているとは言え、通常の奴隷契約ではない。彼らとの契約に俺を守るというものはないのだ。いざというときのために、彼らに“命令”するだけの余裕は残しておきたい。

 一夜が明け、俺たちは移動を開始した。

 黙々と北へと歩を進める。街道を進むのは危険だということで、森に沿って草原を進む。どちらにせよルーの村は森沿いにある。道を進まなくともこのままたどり着けるのは間違いない。

 体力のない女子どもを回復させるために治癒魔術を何度も使う。ついには魔力切れの前兆を感じて、俺は治癒魔術を覚えさせた戦士の一人フィンに杖を預けた。アンデモンド公国軍を発見した斥候をしていたエルフの青年だ。ついでに彼のレベルと吸魔スキルも上昇させておく。

 つくづく吸魔スキルが羨ましい。いっそ習得できないかと空中から魔力を吸い上げるイメージをしてみたが全くの無駄だった。そんなことで吸魔スキルが習得できるなら、人族の中に吸魔スキル持ちが現れて大騒ぎになるところだ。

 治癒魔術の過剰なほどの使用によって村人の疲れはさほど溜まっていなかったが、昼食時には休憩を取らないわけにはいかない。俺たちは歩みを止めて、火をおこした。

 俺は村人たちの輪から外れて独りで干し肉を齧ることにする。塩を使っていないせいで味気はないが、もはや食べ飽きた携帯糧食に比べればよほどいい。硬い肉を何度も噛んでいると、村人の輪から何人かがこちらにやってきた。


「亜族の呪い師様、お願いがございます。どうか私たちにも戦う力を与えてもらえませんでしょうか?」


 防衛戦には参加していなかった男が6名と、女が5名。そんなことを言って俺に向かって頭を下げてくる。


「戦う力を与えることはできる。だがそれはあんたたちの全権と引き替えだ。俺の命令に逆らえなくなるぞ。それでもいいのか?」


 実際にはステータス操作の権限だけ移譲してもらえば、スキル上げはできるはずだ。だが現状として、俺は彼らに全権を求めるつもりでいた。でなければ彼らが俺に害意を持った時、俺が逃げきれるかどうかも分からなくなる。彼らに対する命令権は維持しなければならない。


「話は聞いています。覚悟して参りました」


 そういうことなら是非もない。目下、俺たちはアンデモンド公国軍から逃げている最中だとはいえ、いつどこで追いつかれるか分かったものではないし、ルーの村で再び騒動があることは充分に予想される。

 こういう言い方はあまりしたくないが、手駒が多いにこしたことはない。

 俺は彼らの提案を受け入れ、一人一人と契約を結び、そのスキルを希望を聞きながら上げていく。前回とは違い時間に余裕があるのでじっくりとスキルを選択することができた。

 満足して自分の荷物の下に戻り、干し肉をもう一欠片、口に放り込んだ。咀嚼しながら村人の一部がじっとこちらを見つめていることに気づく。まだ契約を結んでいない者たちだ。できれば彼らも契約を結んでくれればいいのだが。

 充分に咀嚼してから干し肉を飲み込むと、おーい、と俺を呼ぶ声がした。


「なんだ?」

「おめーの干し肉に小麦粉ば振りかけておいてやったべ。ざまあみろ!」


 はっとして干し肉を入れた麻袋の中を見ると白い粉が撒き散らされた跡がある。

 しまった。やられた。

 俺が村人のスキル上げに注意を払っている間に、麻袋にちょっかいを出したのだろう。俺自身に害意を向けていたわけではないので探知スキルで気づくことができなかった。

 俺はまんまと魔界の小麦粉を食べさせられたのだ。

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異世界転移ものの新作を始めました。
ゲーム化した現代日本と、別のゲーム世界とを行き来できるようになった主人公が女の子とイチャイチャしたり、お仕事したり、冒険したり、イチャイチャする話です。
1話1000~2000文字の気軽に読める異世界ファンタジー作品となっております。
どうぞよろしくお願いいたします。

異世界現代あっちこっち
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