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第六話 説得

 森の中を馬に乗って走る。通ってきた道はすでにアンデモンド公国軍がいて通ることができない。彼らに見つからないようにただ北を目指して突っ走った。

 やがて森を抜け、だだっ広い平原に出るとそこでようやく俺はこの世界に来てから初めて一人きりになったことに気がついた。いや、これまでも単独行動をしなかったわけじゃない。そういう意味ではなく、本当の意味での一人っきり、仲間のいない状況になったということだ。

 考えてみればこの世界に召喚された瞬間から俺の傍には誰かしらいた。アレリア先生やユーリアはその時からの付き合いだ。

 出会ったばかりの頃を思い出して俺はふっと笑った。

 状況が分からなくて混乱していた俺に手を差し伸べてくれたのはアレリア先生だった。ユーリアに一目惚れして舞い上がった。俺のせいで処刑されそうになったアレリア先生を救い、フィリップたちに手酷く裏切られた。

 それから旅をした。

 この世界に来て半年ほどのことだ。この世界の暦でだから、地球の時間に換算すれば一年くらいになるのかもしれない。

 そして今俺は一人、魔族の人々を救うために野を駆けている。

 さらに笑いが漏れた。

 いや、自分は何をやっているんだと呆れたのだ。

 真っ当ではない。何一つとして真っ当ではない。どこの地にも足のつかない生き方だ。日本にいた頃の記憶はないが、まさかこんな生き方をしていたとは思えない。多分どこにでもいるような学生で、どこにでもあるような人生を送っていたに違いない。

 それが魔族を救うために仲間すら置いて駆けている。

 俺は声を上げて笑った。

 それでもこうせずにはいられなかったのだ。


 日が暮れかかると土魔術で簡単な小屋を造り、その中で一夜を過ごした。乾燥野菜を水で戻して作ったスープは、シャーリエやユーリアが作っていたものと同じはずなのに、どこか味気がない。

 夜の間に魔物に襲われるかも知れないが、寝ずの番をするわけにも行かず、祈るような気持ちで眠った。

 夜が明けると簡易小屋を元に戻して再び魔族の村を目指して走った。

 仲間と別れた翌日には俺は結局立ち寄らなかった魔族の村に辿り着いた。


「おーい!」


 俺は村の外で畑仕事をしていた一人のオークを捕まえて、この村の村長の下に案内してもらう。出てきたのは年老いたオークで、名をカジャと言った。俺はカジャにアンデモンド公国軍が南の森を進軍してきていて、直にこの村も発見されるはずだということを伝え、今すぐ村から避難するように説得した。

 しかし――、


「何かの間違いでしょう。この何十年もこの村は平和にやってきました。お国からの使者ならともかく出自も知れない、それも亜族の貴方の言うことを信じて村を捨てるわけにはいきません」

「そんなことを言っている間に軍隊はやってくる。そうしたらあなた達は皆殺しだ」

「では誰か手の空いている者をやって、本当に軍隊がやってくるのか確かめましょう」


 結局は信用が置ける者ということで村長の息子のソジャが偵察に向かうことになった。俺はソジャを連れて一路来た道を再び南に向けて移動する。再び簡易小屋を造り、オークと共に一夜を過ごすという貴重な体験をした俺は、翌日には森を窺える小高い丘にいた。


「なんてことだ」


 思わず声を漏らしたのはソジャだった。

 数日前は森の中を進軍していたアンデモンド公国軍は森を抜けた平原に簡易的な拠点を築こうとしているところだった。至る所に天幕が張られ、その周りには先の尖った杭が斜めに打ち込まれている。パッと見ただけで数百ではきかない数だと分かる。千、いや二千か? まだ森の中を抜けていない部隊がいるのだとしたら、その総数は想像もつかない。


「あんたの言うとおりだった。すぐに戻って親父に伝えよう。しかし村には老人や子ども、病人だっているんだ。一体、どうしたら……」

「それは村に戻りながら考えよう」


 俺はソジャの肩を叩き、促して馬の背に戻る。二頭の馬で疾走し、再び一夜をかけて俺たちはカジャの村に戻ってきた。結局いい案は思い浮かばなかった。村には一台の馬車があるが、老人や病人をすべて乗せることはとてもできないということだった。

 さらに、


「村の者に一応話はしました。ですが、どうしてもここを離れたくないという者も多くいるのです」


 カジャは沈痛な面持ちでそう言った。


「しかし亜族の軍隊が本当にやってくるというのでしたら、なんとか説得しましょう」

「避難する先にアテはあるのか?」

「チャムオンを目指すしかないでしょう。途中の村にもこのことを伝えて回らなくてはなりません」


 チャムオンというのはハシュゼットの首都であるそうだ。


「山沿いの村には俺が伝えて回ろう。他の村はそっちで頼む」

「よろしくお願い致します」


 この村の後のことはカジャに任せておこう。不安は残るがこれ以上できることがあるとも思えない。それに急がなければ俺の食料が尽きる前にルーの村にたどり着けるか怪しくなる。

 俺は馬に乗ってカジャの村を後にした。


 次の村でも信じてもらうのに苦労した。結局はカジャの村に早馬を出して確認してもらうことにして、俺はそのまま先に進んだ。

 グルッコの村では話が早かった。俺がルーを送り届けたという実績が村長の信用に繋がっていたようだ。村人を避難させるという約束を取り付けて、俺はルーの村に向かう。


 ルーの村に到着したのは夕刻だった。照りつける太陽の下、俺は真っ先にルーの家に向かった。戸を叩くと顔を覗かせたのはルーだった。


「ご主人様!?」


 突然のことに思わず昔の癖が出たらしい。


「一体どうされたんですか? 皆さんは?」

「ちょっと困ったことになってね。お父さんはいるかな?」

「まだ畑仕事で、もう戻ってくると思います。困ったことってなんですか?」

「お父さんが戻ってからにしよう。少し休ませてくれないか?」

「どうぞ、入ってください」


 肉体的な疲れは治癒魔術で癒せるが、連日村を回って説得を繰り返してきた精神的な疲れは魔術では癒せない。俺はルーの家のリビングの椅子を借りて、背もたれに体を預けた。


「お茶を淹れましょうか?」

「茶葉はもう切らしてしまってね。水でいいからもらえるかな」


 ルーが用意してくれた水を一気にあおると、お代わりを注いでくれる。


「戻ってきてから、どう?」

「みんな良くしてくれます。心配のし過ぎで一人で外を出歩くなーって、いつも誰かついてくるんですよ。特に弟たちがねーちゃんは俺たちが守るんだって、こっちが心配になっちゃいます」

「いい家族じゃないか」

「はい。オスカーさんのお陰です」


 そんなことを話している間にルーの父親が帰ってきた。彼は俺が戻ってきていることに驚き、しかしすぐに歓迎の意を表してくれる。とりあえずは彼とだけ話をしたかったので、俺はルーの父親を伴って家の外に出た。

 そしてアンデモンド公国に向かう途中に、かの国の軍隊がハシュゼットに向けて進軍しているところを見たことを彼に伝える。


「まさか、そんな」


 ルーの父親は青ざめ、しかし俺の言葉を否定するようなことは口にしなかった。


「村人を避難させないといけません。村長に話をするのに一緒についてきてくれませんか?」


 もちろん一人で行っても良かったのだが、せっかく知己がいるのだから連れ立ったほうがいいだろう。彼からも村長を説得してくれるとありがたい。


「分かりました。すぐに向かいましょう」


 ルーの父親はちょっとでかけてくると家の中に声をかけて、俺と共に村長の下に向かった。オークの村長は相変わらず見た目は恐ろしかったが、紳士的な態度で俺たちの話を聞いてくれ、避難を呼びかけることを約束してくれる。


「しかし説得は難しいでしょう」

「どうしてですか?」

「亜族の軍隊がやってきたのは南の森からなのでしょう? ここからは距離が離れすぎています。亜族がチャムオンを攻めるのならこの村が狙われるようなことはない。そう考える者が多いでしょう」


 地理的な問題だ。

 確かに南の森からチャムオンは北西方向にあり、北北東に位置するこの村はその進軍ルートになる可能性はかなり低い。少なくとも村人たちはそう考えるだろうということだ。


「それにチャムオンが攻められるのなら、そのチャムオンに向かうこと自体が危険だとも考えられます。いいえ、正直に言えばそれはすべて理由付けに過ぎません。皆、村を捨てたくないだろうということです」

「そうでしょうね。私も春野菜の作付けを終わらせたばかりです。畑を捨てていくのはちょっと」

「それは村人がそう考えるだろうということですよね。村長さんの権限でなんとかできないんですか?」

「私が命令しても多くの者は村に残るでしょう」

「…………」


 ルーの父親は沈黙したが、その表情は村を、畑を捨てたくないと言っている。


「ご忠告には感謝いたしますが、せめて亜族の軍隊がこちらに向かっていると確信が持てない限りは、私も無理なことは言えないのです」

「しかしそれでは手遅れになる可能性もあります。病人や老人、女子どもだけでも先に避難させるわけにはいかないのですか?」


 オークの村長は無言で首を横に振った。


「今は人手のいる季節なんですよ」


 ルーの父親がそう補足する。


「それはどこの村でも同じことですよね」

「ええ、それはもちろん」


 嫌な予感がした。

 カジャの村からこちら、俺が話をしてきたのは村長たちばかりだった。村人とは話をしていない。村長たちは村人を説得すると言ってくれたが、村人たちは皆ルーの父親と同じように考えるのではないだろうか。

 亜族の軍隊がやってくるとは言っても、ただの農村には手を出さないかもしれない。気付かずに行ってくれるかもしれない。そんなことより今日の生活のほうが大事で、避難を呼びかける声には耳を傾けないかもしれない。


「分かりました。亜族の軍隊がこちらに向かっているという確証があれば避難するということですね」


 すでに心はこれまでに避難を呼びかけてきた村々へと向いていた。


「避難の準備をする呼びかけだけはしておいてください。俺は様子を見てきます」


 俺は村長宅を後にしてルーの家に戻る。繋いでおいた馬に跨って、ルーの村を飛び出した。

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異世界転移ものの新作を始めました。
ゲーム化した現代日本と、別のゲーム世界とを行き来できるようになった主人公が女の子とイチャイチャしたり、お仕事したり、冒険したり、イチャイチャする話です。
1話1000~2000文字の気軽に読める異世界ファンタジー作品となっております。
どうぞよろしくお願いいたします。

異世界現代あっちこっち
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