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第一話 魔界へ

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あらすじ

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 記憶喪失で異世界へと召喚されたワンは、天球教会とのトラブルによって逃亡生活を余儀なくされる。名前を変えながら辿り着いたブラムストンブルクという国で魔族の少女ルーを保護したワンは、彼女を故郷へと返すことに決めたのだった。

 山から吹き降ろす風は冷たく、俺が小さく身震いすると、俺の体に回されたユーリアの腕に少し力がこもり、彼女の体がぎゅっと背中に押し当てられた。見上げると山頂付近にはまだ雪が残っているのが見える。この冷たい風はあの冷気をはらんでいるせいだろう。

 ブラムストンブルクを出立して、一路街道を南に進んだ俺たちは、途中で西に方向転換しアルカム山脈の麓にある村に今まさに到着しようとしているところだった。

 村の周りには農地が広がっており、農地を耕している農夫の一人が俺たちに気がついて近寄ってくる。


「やあ、こんにちは、冒険者さんたちかい。こんな何もない村によく来たね」

「こんにちは。冒険者は珍しいですか?」

「そうだね。時折、山を越えたいって物好きな冒険者がやってくるけど、君たちもその口かい?」

「ええ、そうです。しばらく前に同じような冒険者が来ませんでしたか?」

「いや、知らないなあ。来てれば話題になってそうなものだけれどもね。何かそういう冒険者を探しているのかい?」

「いえ、聞いてみただけです」


 どうやらルーを連れ去った冒険者はこの村を通過しなかったらしい。

 ブラムストンブルクからハシュゼットへ向かうためにはいくつかのルートがあるが、もっとも短距離となるのがこのアルカム山脈越えルートである。山脈を迂回するルートに比べれば圧倒的に短時間でハシュゼットの領域に入ることができる。

 ルーがブラムストンブルクに連れ去られた時に冒険者が使ったルートも、このアルカム山脈越えだったため、同じルートを辿ることがルーの故郷に近づく有力な方法だと思ったのだが、どうやらここはハズレだったらしい。


「この村から山を越えるルートはあるってことですよね」

「道があるわけじゃないがなあ。村の者でも山の奥まで入るのは狩人くらいのもんだよ。迷いたくなかったら、誰か道案内に雇ったらどうだい?」

「そうします。誰かいい人はいますか?」

「そうだなあ。山に一番詳しいのはブルーノの爺さまだろうが、もう山には入ってないんじゃないかな。息子のハンスなら案内できるかも知れない。だけど村の人間を雇うなら村長に一声かけて行ってくれよ。トラブルの元だからな」

「ありがとうございます。とりあえず村長さんに話を聞いてみます」

「それなら村長の家まで案内するよ」

「お仕事はいいんですか?」

「なぁに、畑は逃げたりしないよ」

「じゃあお言葉に甘えてお願いします」

「なに、いいってことよ」


 農夫はクワを畑に突き刺すと、道に上がってくる。俺は馬から降りて、彼が道に上がるのに手を貸した。


「あんがとな。俺はモーリッツだ。あんたらはブラムストンブルクから?」

「ええ、そうです」

「都会の話を聞かせてくれよ。中々そういう機会が無くてね」


 道ながらモーリッツに請われるままにブラムストンブルクの話をする。田舎に住んでいる彼にしてみれば、ブラムストンブルクの他愛ない話でも興味深く聞こえるらしい。とは言っても俺たちもブラムストンブルクにそれほど詳しいわけではない。一冬を過ごしはしたが、あちこち雪かきばかりしていたという印象だ。

 しばらく歩いているうちに住居が並び立つ辺りに差し掛かって、ある家の前でモーリッツは足を止めた。


「村長に話をしてくるからちょっと待ってな」


 モーリッツはそう言って、ノックをしてからその家に入っていく。仲間たちもそれぞれに馬を降りて、背伸びしたりして体をほぐしている。


「ルー、この村に見覚えはないかい?」

「いいえ、でもよく覚えていないので」

「まあ、違うんだろうな。気を落とすことはないよ。ブラムストンブルクから十日で行ける範囲って分かってるんだから」


 すでにブラムストンブルクを出立して6日が過ぎている。この村は街道に沿って進んだ場合、アルカム山脈への最短ルートだ。


「ルーが連れて来られた時、山越えには何日掛かった?」

「確か3日くらいだったと思います」


 合わせて9日、ルーが連れ去られた時のルートとそれほど違いがあるとは思えない。冒険者たちは村を無視して進んだか、街道を使わなかったか、どちらにせよルーの故郷はここから山を越えてそれほど遠くない場所にあるはずだ。

 そんなことを考えているとモーリッツが一人の男性を連れて家から現れた。村長と言うからてっきり老人を想像していたが、随分と若い。まだ働き盛りに見える男性だ。


「モーリッツから話を聞きました。この村の村長のマンセルです。なんでも山を越えたいとか」

「はい。それで道案内をできる方を雇いたいのですが」

「そういうことでしたら、やはりハンスが最適でしょう。彼なら慣れていますから。ただこの時間だと狩りに出かけているでしょうね。出発するにしても夕方からというわけにも行かないでしょう。今夜はどうされますか?」

「空き家があればお借りしたいですが、無かったらどこか天幕を広げていい場所を教えて下さい」

「どうぞ、村の広場を使ってください。ただ少々五月蝿くなるとは思いますが」

「ありがとうございます」


 モーリッツにも礼を言って別れ、村長に案内された村の広場で俺たちが天幕の設営を始めると、村長の言っていた意味がすぐに分かった。


「ねーねー、おじちゃんたちどこからきたのー?」


 広場で遊んでいた数人の子どもたちが興味深げに俺たちに話しかけてきたからだ。まさか邪険に扱うわけにも行かず、生贄にアレリア先生を捧げることにする。


「子どもの相手が得意というわけじゃないんだが」

「一番手が空いているんだから文句はなしで」

「仕方ないな。それ、どんな話を聞きたいんだ」


 アレリア先生が子どもたちの興味を引き付けている間に俺たちはとっとと天幕の設営をしてしまうことにする。この作業にももう慣れたもので、あっという間に2つの天幕が用意される。

 そうこうして太陽が地平線から顔を覗かして夕方になると、今度は村人たちが次々と手土産を持って天幕を訪ねてくるようになる。皆、話題に飢えているのだ。気が付くと村の広場には数十人が集まっていて、ちょっとした祭りのようになっていた。食料や酒が持ちだされ、仲間たちはそれぞれに村人に群がられて話をせがまれている。不思議なことにそれはルーも例外ではなかった。


「ここの村人は魔族を恐れないんですか?」


 ちょうど話をしていた村長にそのことを聞いてみる。


「魔族の狩人がこちらに降りてくることも稀にですがありますしね。それに比べれば彼女はエルフでしょう? 見た目も我々とさほど変わりませんし、受け入れやすいのでしょう」

「そういうものなんですか」


 ブラムストンブルクではルーをひとり歩きさせることすら危険だったが、ここではそうでもないようだ。


「この村には魔族との戦争に駆り出された経験のある者もいませんしね。魔族のほうも攻めてきたりはしませんし、山を隔てて魔界が広がっているとは言っても平和なものですよ」


 どうやらこういう村もある、ということらしい。

 それから太陽が天球に沈む頃になって一人の男がモーリッツに連れられてやってきた。


「やっと引っ張り出してきたよ」

「ハンスだ」


 どうやら彼が狩人のハンスらしい。というかステータスを見れば分かることではある。狩人レベルは5で、それだけで優秀な狩人であると分かる。


「オスカーです。ハンスさんが山に詳しいと聞きまして、山を越える道案内をお願いしたいのですが」

「人数は?」

「6人です。それと馬が3頭。馬を連れて山を越えられますか?」

「問題ない。報酬は銀貨10枚で先払いだ」

「分かりました」


 そう言って革袋から銀貨を10枚出してハンスに渡す。彼はそれを受け取ってポケットに放り込む。


「出発は明日の朝だ。迎えに来る」

「はい。よろしくお願いします」


 俺の言葉が聞こえていたのかどうか、ハンスはさっさと背を向けて広場を立ち去ってしまう。


「いやはや無愛想な奴で悪いね」

「いえ、急なお願いをしているのはこちらですから」

「まあ、あいつはいつでもああだけどね。だけど悪いやつじゃないから安心してくれ」


 モーリッツは苦笑して俺の肩を叩く。

 そして騒がしい夜が更けていった。




「おい、起きろ」


 久しぶりに誰かに起こされるという経験をした。目を開けるとまだ暗く、朝とは言ってもかなりの早朝であることが分かる。そんな薄暗がりの中で天幕を覗きこむハンスの姿が見えた。


「さっさと片付けて出発するぞ」

「分かりました」


 俺はテオドールを揺り起こし、続いて女性陣の天幕に入って4人を起こす。それから協力して天幕を片付けると、一式を馬に乗せて出発の準備を整えた。見送りのない寂しい出発だが、昨夜は多くの村人が遅くまで呑んで騒いでいたので仕方ない。


「馬を潰したくなかったら乗るな。あくまで荷運びにしておけ」


 治癒魔術があるので馬を潰してしまうようなことはないだろうが、ハンスの言うとおりに俺たちは馬を引いて徒歩で出発する。どちらにせよハンスの歩くスピードに合わせなければならないのだ。

 アルカム山脈は山脈とは言っても、例えばアルプス山脈のような高い山々が連なっているわけではない。これまでの丘陵地帯より少し険しく、少し高い山が直線上に並んでいて、人の足を分け隔てている。

 山脈の頂上まで木々が生い茂っているところを見ると、それほど高い山々というわけではないのだろう。それでも麓から見上げればうんざりするほどの高さに見える。

 それも森に入ってしまえば山の高さはもう見えない。ただただハンスの先導に従って、道無き道を進んでいくだけだ。俺たちは黙々と山を登っていく。小休止を挟むこともなく、太陽が昇る前には一つ目の尾根を越えた。


「今日はここまでだ」

「このペースで向こう側までどれくらいかかりますか?」

「思ったより早かった。明後日には抜けられる」


 それもこれも治癒魔術のおかげだ。アレリア先生の歩くペースの遅さはどうしようもないが、体力の減りは治癒魔術でどうにでもなる。いっそアレリア先生は馬に乗せてペースを上げてもいいかもしれない。

 俺は土魔術で辺りの森を整地して天幕を張るのに十分な平地を作り出す。ハンスが目を丸くしていたが、魔術士のレベルまでは見破られないだろう。

 そんな調子で俺たちはアルカム山脈を抜けた。

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異世界転移ものの新作を始めました。
ゲーム化した現代日本と、別のゲーム世界とを行き来できるようになった主人公が女の子とイチャイチャしたり、お仕事したり、冒険したり、イチャイチャする話です。
1話1000~2000文字の気軽に読める異世界ファンタジー作品となっております。
どうぞよろしくお願いいたします。

異世界現代あっちこっち
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