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第十話 ハンザ

「馬鹿じゃねーの?」


 夕食の際、ヨーゼフ王子に関する陰謀の可能性について話をした俺にテオドールが放った一言目がそれだった。


「せっかくアインはクラムノール公国に行ったことにしたのに台無しじゃねーか」

「それはそうかも知れないけどさ。気にかからないか? 俺たちの関わった仕事がヨーゼフ王子を陰謀に巻き込んだんだからさ」

「本当に陰謀かどうかも分からねーし、例えそうだとしても俺たちが肩入れする理由なんてないだろ」

「あんたにとってはそうかも知れない。けど俺にはあるんだ」


 オーテルロー公国での戦いの際、ヨーゼフ王子の命を救い、共に戦った。ほんのわずかな時間の出来事だったが、それでもヨーゼフ王子との間に関わりあいができたのは間違いない。それにヨーゼフ王子はアインに対して何やら不思議なほどに信頼を向けてくれている気がする。それを裏切りたくない。


「お前は本当に厄介事が好きだな」

「別に好きというわけじゃないさ。ただ後悔をしたくないだけなんだ」


 オーテルロー公国での戦いの際、スキルを上げ忘れたことを俺は忘れていない。それで救えたかもしれない命をいくつも取りこぼしたことを。あんな思いをするのはもうこりごりだ。

 今回もフランツがヨーゼフ王子に繋がる指輪を持っていたことに気づけなかった。いや、気づくのは難しかったには違いないが、それは俺の目の前を通り過ぎて行ってしまったのだ。


「しかし実際のところ、私たちにできそうなことは何もないように思えるが」


 アレリア先生が食事の手を止めて言う。


「いや、オスカー君が考えていることは想像がつく。ハンザに潜入して指輪を盗み出すことを考えているのだろう? しかし当の指輪はハンザが厳重に保管していることだろう。いくら君の潜入スキルが高くとも、非常に困難で、リスクばかりが高く思えるが」

「ああ、俺もそう思う。だから他の手段が無いかなと」

「しかしヨーゼフ王子を陥れたいハンザにしてみれば指輪が切り札だ。そう簡単に人前に出したりはしないだろう」

「だろうね。何かハンザが指輪を見せなくてはならない理由を考えないと」


 強盗団の捕縛に協力した見返りとして。

 いや、駄目だ。そもそも俺たちは盗賊ギルドに協力したことを明らかにしないという約束を交わしている。契約にするとそれ自体を知られてしまうため、契約はしていないが、盗賊ギルドとの関係を考えるとそれはしたくないし、それでハンザが指輪を見せてくれるという保証はどこにもない。

 第一、指輪を見せてもらったところで俺は王子から仕掛けについては何も聞かされていないのだ。


「あの……」


 遠慮がちに声を上げたのは意外なことにルーだった。


「ご主人様はそのヨーゼフ殿下から指輪をもらっているんですよね?」

「ああ、確かに持っているけど?」

「それはハンザが今持っている指輪と同じものなんですよね?」

「そうなるね」

「ではご主人様自身が指輪を奪われたことにすれば、ハンザは指輪の確認をしないわけにはいかなくなるのではないでしょうか?」

「あっ!」


 その手があったか。

 俺自身、というよりは、アインが指輪を奪われたことにして、その現物を確認したいとなれば言い訳が立つ。


「あの、どうでしょうか?」

「いい考えだと思う。ありがとう。ルー」

「ふむ、しかしそうなると指輪の所持者であるという証拠が必要になるな。いや、それはヨーゼフ王子に証明する書類を発行してもらえばいいわけか。しかしハンザがオスカー君を指輪の本来の所持者として認めるかな? 実際に違うわけだし、ことが陰謀だというのならハンザはその指輪の出元を知っている可能性が高い」

「いえ、そこは認められなくても大丈夫だと思う。手元に指輪さえ持ってくることができれば、俺の指輪と当の指輪をすり変えてしまえばいいだけの話だ」


 俺はテーブルのスプーンを袖口に隠して、フォークを手に持って弄ぶ。そしてそれをテーブルに置き直す瞬間に、スプーンと入れ替えて見せる。掏摸(すり)スキルの面目躍如である。


「わぁ、まるで手品みたいです」

「まったく分かりませんでした」

「さすが、です」

「なるほど。掏摸(すり)スキルか」

「ふむ、これなら大丈夫そうだな。だがそうなるとオスカー君の指輪がハンザの手元に残るわけだが」

「そこは問題にならないはずだ。誰の指輪か確認できるのはヨーゼフ王子とその側近だけみたいだから事情を話しておけばうまくやってくれるはずだ。とにかくこの方向でやってみよう」


 そんなわけで俺は翌日、再び王城にヨーゼフ王子を訪ねた。

 先日と同じ応接室で王子と対面した俺は指輪のすり変え作戦について説明する。


「そういうわけで、私が指輪の所有者であるということを証明する書面を頂きたいのです」

「それは構わないが、そなたは何故そこまでしてくれるのだ? もちろん上手く行けばそれなりの報酬は約束するが」

「仲間にも同じようなことを言われました。もちろん報酬が頂けるであろうという算段もあります。このような陰謀が嫌いだということもあるでしょう。しかし一番の理由はここで何かしなければ自分が後悔しそうだったからです」


 本当は殿下のためにです。などというのが模範解答なのだろう。しかし不思議と俺は取り繕うこと無く自分の正直な思いを口にしていた。それはこのヨーゼフ王子の持つ雰囲気のおかげかもしれない。正直に心情を吐露しても許してくれるだろうという空気が彼にはある。


「では自分のためだというのだな」

「はい」

「そなたの正直さが私には眩しく見えるよ。分かった。書面はすぐに用意させよう」


 ヨーゼフ王子は側近に書類を作成するように命じる。


「報酬には白金貨を用意しよう。ただし成功報酬だ。ハンザの持っている指輪と引き換えに支払おう。よろしく頼む」

「承知致しました」


 その後、出来上がった書類にヨーゼフ王子自らが署名し、丸めたものに王子の印で蝋封を施したものを受け取って、俺は王城を後にした。

 さあ、ハンザに乗り込む番だ。

 ハンザの本部は商業区の一角を占める巨大な商館で、ひっきりなしに人の出入りがある。俺は用心してローブのフードをすっぽりを被り、人前に顔を晒さないようにしながら、ハンザの本部に足を踏み入れた。

 商館はあまりに大きくどこに行けばいいか分からなかったので、受付と思しき人の列に並び、自分の順番が来るのを待つ。


「どのようなご用件でしょうか?」


 受付嬢は明らかに商人ではない俺が現れたことを訝しげにしながらも、一応は出迎えてくれる。


「実は以前ヨーゼフ殿下に頂いた指輪を強盗に奪われたのだが、こちらに似たような品があると聞いてきた。この通り、殿下に頂いた書状もある」


 あえて周囲にも聞こえるようにはっきりと口にする。強盗に大事な指輪を奪われた間抜けな冒険者としてアインの名前が知られることになるかもしれないが、そんなことよりも指輪を強盗に奪われた人物がここにいるということを印象づけるほうが大事だ。

 書状の蝋封に施された印章を見た受付嬢は目を丸くする。


「少々お待ちください」


 と、慌てた様子で席を立つ。奥の部屋に消えた受付嬢だったが、すぐに中年男性を連れて戻ってきた。


「こちらへどうぞ」


 中年男性に案内されて、ハンザ本部の中を歩く。廊下には王城にも負けないような装飾品の数々が並んでいる。案内されたのはまたしてもというか、当然というか、応接室で、さすがにこちらは王城のものと比べれば一段ランクが落ちたような感じがする。


「すぐに担当の者が参りますのでしばらくお待ち下さい」


 そう言って男性は応接室を後にして、しばらく待つと三人の中年男性が応接室に入ってきた。


「どうも、アイン様。書状は確認させていただきました。この度はご不運でしたね」


 俺の向かいに腰掛けた男性がそう切り出した。後の二人は扉の傍に立ったままだ。


「お気遣いありがとうございます。まあ、命があっただけ良かったですよ。魔術士だと慢心してはいけませんね。杖を奪われればただの人ですから」


 と、腰の杖を叩いてみせる。王城の時とは違ってこちらでは杖を取り上げられるようなことはなかった。


「それで奪われたのは指輪だけだったのですか?」

「杖と、それから金銭、他にも値段がつきそうなものは根こそぎ持って行かれましたよ。しかし殿下から頂いた指輪だけはなんとしても取り戻さなければと八方手を尽くしていたのです」

「それはそうでしょう。しかしこちらにある指輪が貴方のものとは限りませんが」

「ええ、それならそれで仕方ないでしょう。是非とも拝見させていただきたいのですが」

「その前に、何か貴方の指輪だと分かるような印はないのでしょうか?」

「そうですね。私の指輪には他の荷物と擦れてできた小さなキズがあります。私が見ればすぐにそうだと分かります」


 もちろんこれは大嘘だ。彼らには、彼らの所持する指輪が間違っても俺のものじゃないと安心してもらわなくては、指輪の確認自体を断られるかもしれない。


「そうですか。では指輪をご用意いたしますので少々お待ちください」


 男は扉の前に立つ男の一人に指輪を持ってこさせるように言う。

 もちろん傷の有る無しをきっちり確認してから持ってくることだろう。


「ところでどうやって殿下から指輪を? いえ、これは単なる好奇心なのですが」

「実は先のオーテルロー公国の戦争で殿下の傷を癒やす機会があったのです。その後も殿下について戦いに参加させていただいた結果、その見返りとして殿下から指輪を賜ったというわけで」


 そうしてしばらくヨーゼフ王子とどのように戦ったかを語っている内に、男が指輪の入っているであろう箱を持って応接室に戻ってきた。男は向かいに座る男の耳元に何かを話しかけて、それから箱を男に渡す。


「残念ですが、どうやらこの指輪には傷ひとつないそうです」

「そうですか。しかし一応確認させてもらってもよろしいですか?」

「ええ、どうぞ」


 男から箱を受け取って開くと、確かに俺が持っているものと寸分違わない指輪が収まっていた。一挙一動を見つめられている中で、俺は指輪を箱から取り上げると、その表面を丹念に見つめ、指でこすり、そしていかにも残念そうに箱に戻した。

 なんということはない。箱から取り上げる際にすでに指輪はすり替えた。俺は俺の指輪が入った箱を男の方に押し戻す。


「確かに私の指輪ではないようです。はあ、殿下になんと申し開きすればいいことか」

「心中ご察しします。残念ながら他の荷物についてもアジトには残っていなかったようです。すべて売り払われてしまったようですね。金銭については被害額を記録させて頂いて、他の被害者と按分する形になりますがよろしいでしょうか?」

「ええ、お願いします」


 実際には強盗にあってなどいないので、ここで被害を主張するのは詐欺のようなものだが、被害者の振りをしなければならないので適当な金額を申告しておく。指輪をすり替えをやっている今、それくらいの行為をとやかく言っていられない。

 その後、俺はいかにも落ち込んだ風を装いながらハンザ本部を後にしたのだった。

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異世界転移ものの新作を始めました。
ゲーム化した現代日本と、別のゲーム世界とを行き来できるようになった主人公が女の子とイチャイチャしたり、お仕事したり、冒険したり、イチャイチャする話です。
1話1000~2000文字の気軽に読める異世界ファンタジー作品となっております。
どうぞよろしくお願いいたします。

異世界現代あっちこっち
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