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第八話 魔族の少女ルー

 俺たちが冬の間の仮住まいに借りた家には、寝室は3つしか無い。俺とテオドールはそれぞれ個室を、女性陣三人は1つの部屋にベッドを2つ並べて眠ってもらっていた。まあ、最近はユーリアが俺の部屋で眠るようになったので、それほど不快な環境ではないはずだ。

 しかしながらルーが加わるに当たって、流石に魔族であるルーと一緒に三人で眠ってくれとアレリア先生とシャーリエにお願いするわけにもいかず、ルーは居間の隅っこで毛布だけを与えられている。

 彼女を買った翌朝、夜更かしが過ぎた割りにはいつも通りにしゃっきりと目覚めた俺は、一先ずルーを起こすことにした。


「ルー、起きて。朝だよ」


 ちなみに命令形で言えば奴隷が必ずぱっと目を覚ますかというとそうでもない。奴隷に対する命令は、奴隷がそれを認識できない限り強制力が発揮されないので、夢現でぼんやりしているときなどは、あまり効果が無かったりする。


「ルー、起きて」


 どうやら眠りが深いようなので、可哀想だが肩を揺さぶって無理やり覚醒を促す。身動ぎして、やがて薄目を開けたルーは、俺の姿を認めると、慌てて毛布を手繰り寄せて後ろに後ずさろうとして、壁に後頭部をぶつけた。


「あぅ」

「ごめん。だけど起きて自分の食事の支度をして。先に済ませないと、ずっと後回しになるからね」


 ルーには料理スキル4があるので、食事は本人に任せておいて大丈夫だ。涙目で起きてきたルーに、魔族用の食材を示して、これで自分の食事を作るように命令する。そうしなければルーは中々動き出しそうになかった。

 色々話を聞きたくはあったが、それは俺も彼女も腹を満たしてからのほうがいいはずだ。空腹では人間はろくにものを考えられない。

 それから自分は出かけてくるから、その間に朝食を済ませて、食器やら調理具をきちんと洗っておくように命令しておく。面倒な話だが、ルーが魔族の食材で調理をした後に、きちんと洗い流さずに次に人間用の食事を作ると、俺たちが拒絶反応を示す可能性がある。なのでそこはちゃんとしておいてもらわないと大変だ。

 それからいつもの南の丘向こうに出向いて朝の鍛錬を行う。後からシャーリエ、遅れてテオドールがやってくるのもいつも通りだ。

 魔術の精度の訓練は一進一退と言ったところだった。というのも手甲に仕込んだ発動具で練習をしてみたのだが、杖を使うのと違って狙いが大きく外れてしまったからだ。テオドールの話では、魔術の精度は指先から伝わるものであるらしく、腕の位置に仕込んだ発動具でうまく狙いをつけるのは難しいということだった。

 まあ、こちらは本格的に魔術を使うための発動具ではない。あくまで補助や予備のためだと割り切ることにする。防御に使えばいつ使い物にならなくなるとも分からない発動具だ。それに頼るのは間違っている。

 杖を使った魔術については日に日に目に見えて精度が上がっている。大股で十歩離れた位置に付けた印であれば、30センチ四方の穴を狙って掘れるようになっていた。武器の間合いの外で人の足を取るには十分な大きさだ。

 シャーリエとの連携の練習もして、今日の鍛錬は終わりにした。

 家に戻ると所在なく椅子に座っていたルーが慌てて立ち上がる。


「お、おかえりなさいませ。ご主人様」

「ただいま。朝食はちゃんと食べた?」

「はい。いただきました。次は何をすればよろしいでしょうか?」

「それじゃ続けてで悪いけど、俺たちの朝食をソフィーと協力して作ってくれないか? いいかい? ソフィー」

「承知しました。オスカー様」

「はい、ご主人様」


 二人が調理場に消えると、テオドールと一緒に武具の手入れをする。


「ソフィーはなんとかやっていけそうだな」

「ああ、少しは気が楽になったよ」

「まったく余計な荷物を背負い込む(しょいこむ)ヤツだな、お前は」

「悪かったな。性分なんだ」

「性分、ね。面白いもんだ。俺たちは記憶が無いのに個性はてんでばらばらだ。どうしてこういう違いが生まれるんだろうな」

「そりゃ別の人間だからな。当然じゃないか?」

「記憶だけが個性を決定づけるわけじゃない、か。あるいは無くなったと思っている記憶もどこか繋がっているのかもな」

「そうかも知れない。少なくとも俺は元々こういう人間だったと思うよ」


 テオドールとそんな益体もない話をしている間に朝食ができあがって、俺はユーリアを、シャーリエがアレリア先生を起こして朝食になる。アレリア先生はルーが朝食の支度を手伝ったことについて一瞬眉をしかめたが、実際に食事を口にすると文句は出てこなかった。食事の間はルーが顔を出さずに調理具の片付けをしていたのも良かったのかもしれない。

 そして朝食が終わると、ようやく落ち着いてルーから話を聞ける体勢が整った。

 全員でテーブルについてルーからその身上を聞くことにする。


「あたしはハシュゼットという国の名もない村で生まれ育ちました」


 ハシュゼットという国についてどこにあるのか尋ねたが、ルー自身はブラムストンブルクの地理が分からず、他の面々も心当りがないという。しかし雪が本格的に積もりだす前に、十日ほどでブラムストンブルクまで到着したということだから、この近辺であることは間違いないだろう。あるいは冒険者ギルドで聞けば分かるかもしれない。

 ルーの家族は両親と姉が一人、弟が二人の六人で、農業をしながら慎ましく生きてきたそうだ。しかしルーが山菜を採りに山に入った際に人間の冒険者と遭遇してしまい、彼女の運命は暗転することになる。

 思うに冒険者たちは村の近辺に潜み、村の娘が一人で出歩くのを待ち構えていたのではないだろうか?

 そして不運なことにルーがその網に引っかかった。

 冒険者達はルーを武器で脅し、処女かどうかを尋ね、ルーが肯定すると、嫌がる彼女を押さえつけ、無理やり確認までしたのだという。

 ルーが涙ながらにこの(くだり)を語ると、流石にアレリア先生を含め、女性陣は一斉に顔をしかめた。冒険者達の一行には女性がいなかったというのだからなおさらだ。幸い商品ということもあり、乱暴はされずに、ただ命が惜しかったら奴隷の契約を結ぶように強制されてブラムストンブルクまで連れて来られたのだという。

 そこで奴隷商、つまりノルベルト氏に引き渡され、客の元に売り飛ばされるのを待つだけとなった。

 しかし彼女にとってはさらに不幸なことに、ノルベルト氏の奴隷商店がフランツ率いる強盗団によって襲われることになる。連中はノルベルト氏を脅して奴隷たちの権利を奪うと、奴隷を引き連れて貧困街のアジトに戻って行った。ルーが魔族であると知られたのはアジトに連れて来られた後で、彼らには売り物にできないルーを殺してしまうことに早々に決め、その前にお楽しみとして代わる代わる慰みものにした。

 その最中に俺たちが強盗団のアジトに踏み込み、辛くも命だけは救われたということになる。


「ですので、命を救っていただいたご主人様には本当に感謝しております」

「ということは、ほんの十何日か前まではただの農家の娘だったのか」


 それがほんの僅かな間に人間によって酷く傷つけられ、痛みつけられた。その境遇に俺は目眩すら感じる。

 こんな理不尽が、ただ彼女が魔族であるからという理由だけで、この世界ではまかり通ってしまうのだ。


「アルマ、彼女をこんな目に合わせた連中が罪に問われることはないのか?」

「あり得ません。魔族をどう扱ったところでそれを取り締まる法など聞いたことがありませんから。このブラムストンブルクでも同じことでしょう」

「オレもそうだと思うぜ。もちろん誰かの奴隷である魔族に乱暴をふるえば罪に問われるだろう。だがそれは他人の所有物を傷つけたという理由でしか無い。その上、罪は軽いものになるだろうな」

「ルーをひとり歩きはさせられないということだな」


 彼女が魔族であることはステータスを見れば一目瞭然なのだから、一人で外に出せば必然的に様々な悪意にさらされることになるだろう。

 俺はスマホを出し、彼女のステータスから吸魔のスキルを隠蔽できることは確認したが、すぐに元に戻す。彼女が魔族であることをすでに知っている人々がいる以上、彼女のステータスを隠蔽して人間に見せかけることは、ステータス偽装のスキルを知られる危険性を帯びている。

 いっそ、今からでもどこか別の街に移動すれば、表向き人間として生活させてやることはできるかもしれない。問題は旅をするには厳しいほどに雪が積もってしまっていることだ。

 それよりも彼女のステータスには明らかな異常がひとつあって、俺の意識はそっちに持って行かれていた。


「色々ご迷惑をかけて申し訳ありません。私にできることであればなんでもいたしますので、どうか見捨てないでください」


 ルーの言葉に俺は一旦考えを中断する。些細な問題とは言いがたいが、これをどう処理していいのかが分からない。


「心配しないでもルーを捨てる気は無いよ。それよりも魔族について色々聞いていいかな?」

「私で分かることであれば」

「あ、じゃあ、はいはい!」


 アレリア先生が元気よく手を挙げる。


「まあ、そうなると思ってたよ。どうぞ、アルマ」

「ルー、吸魔というスキルは何をするスキルなんだい? 吸魔で魔族は何ができるんだ?」

「きゅうま、ですか?」


 ルーはきょとんと首を傾げる。


「申し訳ありません。私には何のことだか?」

「まさか!? 君だって吸魔のスキルを持っているじゃないか」

「その、スキル、とは何のことでしょう?」

「まさかスキルを知らないのか!? 馬鹿な、鑑定スキルだって持っているじゃないか!」


 ルーのスキルを確認すると、間違いなく吸魔のスキルに、鑑定3も持っている。自分自身や他人を鑑定してステータスを確認できるはずだ。


「その、分かりません」


 ルーは椅子の上で縮こまって、しゅんとしている。その様子から嘘を言っているようには見えない。


「なんだ、お前たち、知らなかったのか? 魔族はステータスが見られないんだよ」

「なんだって!? テオドール、知っていたのか?」

「まあ、魔族と関わりを持つのも今回が初めてじゃないしな。魔族は鑑定スキルがあってもステータスを見られないし、ステータスの存在自体を知っている者が稀だ。こうやって人間と関わりを持つようにならない限りは、な」

「じゃあ、吸魔については?」

「そのまんまだよ。魔族は大気中に存在している魔力を吸い上げて自分の魔力に変換することができる。人間の魔術士より、魔族の魔術士のほうが優れているのはこの点だな。聞いてくれりゃいつでも答えたのに」

「知っているとは思わなかったんだ!」


 アレリア先生が頭を抱える。

 一方で俺は別のことを考えていた。


「ということは、魔族側からは人間か魔族かの見分けがつかないのか」

「まあ、それが冒険者が簡単に魔族と接触できる理由のひとつでもあるな。彼女のような森人族(エルフ)の振りをしていれば、なんか食べさせられない限りバレることはねーわな」

「ルーはエルフなのか」


 エルフというとてっきり耳が尖っていて、人類の味方のような印象だったが、また1つ思い込みを変えなければならないようだ。


「はい。私はなにかいけないことをしたでしょうか?」

「いいや、ただ常識の違いに戸惑っているだけだよ」


 だが常識の違いとは笑える話だ。俺はすっかりステータスが見えるのが当たり前になっていて、ルーのようにステータスが見えないのは不便だと考えている。こちらの世界に来たばかりの頃はステータスが見えなかったというのに。


「まるでルーのほうが普通の人間で、俺たちのほうがゲームのキャラクターみたいだよな」


 軽い気持ちでテオドールに同意を求めると、彼は恐ろしいほどの真剣な目で俺のことを見つめ返してきた。


「オスカー、その考え方はやめた方がいい。俺たちは人間だ。そうだろう?」

「あ、ああ」


 思わぬテオドールの剣幕に俺はただ頷くことしかできない。そのせいでルーのステータスの異常について相談する機会を失ってしまった。それにどう切り出せばいいかも分からない。

 俺はひとまずそのことはそっと胸の中に隠しておくことにした。

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異世界転移ものの新作を始めました。
ゲーム化した現代日本と、別のゲーム世界とを行き来できるようになった主人公が女の子とイチャイチャしたり、お仕事したり、冒険したり、イチャイチャする話です。
1話1000~2000文字の気軽に読める異世界ファンタジー作品となっております。
どうぞよろしくお願いいたします。

異世界現代あっちこっち
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