第七話 奴隷商人ノルベルト
シャーリエに呼ばれた盗賊ギルドの動きは素早いものだった。彼らは共同住宅に続々と入ってくると、意識を失った強盗団のメンバーを次々と縛り上げていく。そんな彼らの目に魔族の少女ルーの姿が入った。
彼らの目が驚きに見開かれる。
どうやら魔族の奴隷というのはそれほど珍しいものであるようだ。
「オスカーさん、その奴隷もこっちで預かるっす」
「ちょっと待ってくれないか。彼女が着てるのはうちのアルマのローブなんだ」
「そんなもん脱がせりゃいいっすよ」
「そうもいかない。彼女はどこに連れて行かれるんだ?」
「ひとまず奴隷たちは一箇所に集めてます。今の主人が目を覚ますと厄介っすからね。隔離しておいて、ゲルハルトってヤツが目を覚ましたら奴隷商人のところに引っ張っていって、奴隷の所有権を譲渡させることになると思うっすよ」
「じゃあ、それまで奴隷たちと同行しよう」
「マジすか。ダメってことはないと思うっすよ。こっちっす」
その盗賊ギルド員に案内されて、ルーを連れた俺たちは奴隷たちが集められている一室に向かった。それは強盗団がたむろしていた隣の部屋で、10人ほどの奴隷が腕を縛られて立ち並んでいた。
「ちーっす、フーゴっす。残ってた奴隷はオスカーさんが保護してくれてたっすよ」
「よし、ノルベルト氏の話と一致するな。これで全員か。オスカーさん、ご協力に感謝します。まさか皆さんで全員やっちまうとは思ってませんでしたよ」
「いえ、偶然の賜物です。それより奴隷たちとしばらく同行したいのですが」
「どうしてまた」
その盗賊ギルド員は途中で言葉を切って、ルーに目線をやると、何やら納得したように頷いた。
「冒険者の人はやっぱり変わり者が多いですね。奴隷たちの監視を無料で引き受けてくださるってことでいいですよね」
「ええ、そういうことにしてくれますか」
「こっちもこの人数に一斉に暴れられるとたまったもんじゃありませんからね。腕は縛らせてもらいますよ」
男が縄を持ってきてルーに近寄ると、彼女は大人しく腕を差し出した。その腕に器用に縄が巻かれていく。
しまった。着替えのことを言うのを忘れていた。だが例え衣服があったところでこの衆人環視の元で着替えさせるのも可哀想だ。しばらくアレリア先生のローブを着せておくしかないだろう。
俺は自分のローブを脱いで、アレリア先生に渡した。
「ご主人様?」
「いいから着ておいて、命令」
「承知しました」
アレリア先生が俺のローブをまとう。身長はほとんど変わらないので特に問題はないはずだ。
「それで奴隷たちはこれからどうなるんですか?」
「元の所有者で奴隷商人のノルベルト氏を今呼びに行かせてます。すぐにすっ飛んでくると思いますよ。こちらとしても奴隷は単なる盗品と違って面倒なので早く引き渡したいところですね」
彼の言うとおり一時間ほどでノルベルト氏はやってきた。連中に襲われた時に怪我をしたという話だったが、治癒魔術のあるこの世界では、生きてさえいれば多少の怪我が後を引くということはない。実際、彼は恰幅のいい腹を揺らしながら喜色満面で現れた。
「いやぁ、流石は盗賊ギルドですな。こんなに早く解決してくださるとは」
しかしその表情はルーの様子を見かけた途端に凍りついた。素肌の上からローブだけを着せられたその姿を見れば彼女がどんな目にあったかは一目瞭然だっただろう。
「ひょっとしてこの娘は……」
「ええ、ご想像のとおりだと思いますよ」
「ああっ、なんてこった」
ノルベルト氏は頭を抱える。
「せっかく手に入れた魔族の処女奴隷が……。ああ、先方になんて説明すればいいんだ」
「どういう事情か聞いてもいいですか?」
「貴方は、盗賊ギルドじゃないですな。冒険者さん? それはちょうど良かった。実はさるお方から魔族の処女奴隷が欲しいと注文を受けていましてね。なんとか手に入れたのがこの娘だったんですよ。もう先方には手に入れたと連絡までしていましてね。そこで後生ですから、なんとかもう一人、魔族の生娘を手に入れられませんかね? 金貨2枚、いや3枚出しましょう。冬上が終わるまでになんとかなりませんかね?」
「それは魔族の村を襲って娘を攫ってくるってことか?」
思わず口調に嫌悪感が滲み出たが、ノルベルト氏は意にも介さないようだった。
「やり方はお任せしますがね。大体は魔族の村近くでひとり歩きしている娘を攫うんじゃないですかね。それで処女かどうか確認していただいて、この際、器量のほどは問いませんから」
「悪いが他を当たってくれ」
聞いているだけで気分が悪くなる話だ。ということはルーという魔族の娘も同じような目にあって連れて来られた挙句に、強盗団によって強姦されたということになるのか。
「それで、そのルーという魔族の娘はどうなる?」
「ああ、どうしたもんでしょう。魔族の奴隷なんて食わすだけで金がかかるって言うのに。他の買い手がすぐに見つかればいいんですが、強姦された奴隷なんて誰が欲しがるか……」
「いくらだ?」
「ご主人様!?」
アレリア先生が悲鳴のような声を上げるが、ノルベルト氏は俺の発言を聞き逃さなかった。
「本来は金貨20枚でお譲りする奴隷なんですがね。事情も事情ですし、10枚というところで」
「さっき金貨3枚で連れてくる依頼をしようとしてたじゃないか」
「この娘は器量もいいですし、しかしこうして連れ戻していただけたわけですから、おおまけにまけて5枚で如何です」
それくらいならいいかと思ったが、アレリア先生が隣でため息を吐いた。
「ご主人様、強姦され、どんな病気をうつされたかも分からないような奴隷ですよ。それに冒険者として使えるスキルも無いです。金貨5枚の価値なんてとてもじゃないですがありません。ご主人様がお優しいのは分かっていますが、せめて無料でなら引き取ってもいいかと思いますが」
「いやいや、無料はちょっと困りますよ。分かりました。彼女を手に入れるために出した必要経費の金貨3枚で、その後こちらでかかった経費は赤字で構いませんよ。なのでどうかこれでひとつ」
「アルマ」
「ご主人様のお好きにされればいいかと」
「分かった。買おう」
「ありがとうございます」
とは言っても今のところルーはまだノルベルト氏の奴隷ではない。その後、ノルベルト氏は盗賊ギルド員に促されて部屋を出て行った。おそらくゲルハルトという男から奴隷の所有権を取り戻すためだろう。
後に残されたのは数人の盗賊ギルド員と俺たち、そして一列に並べられた奴隷たちだった。
『オスカー様』
『どうした?』
『何故、彼女を買ったのですか?』
ユーリアの目は非難がましく俺のことを見ている。
『同情が半分、もう半分は、前にカタリナに言ったよね。俺はできるだけ差別をしないようにしたいと思っているって』
『それとこれとは話が違うと思います。彼女は人類ですらありません』
『それが差別なのかもしれないよ』
俺だって魔族を憎む気持ちはある。オーテルロー公国での戦争で魔族に殺された人々の恨みを忘れたわけではない。俺自身、憎しみに駆られ多くの魔族をこの手にかけた。何十という数を殺しただろう。それが今になって恐ろしいことなのだと気づく。
俺はてっきり魔族は人類とは決して相容れない敵なのだと思っていた。人類に対する加害者なのだと思っていた。しかし先ほど見た光景はそのまったく逆で、人類が魔族に対して加害者となっている姿だった。
ノルベルト氏も平然と魔族を攫ってくる話を口にした。まるで魔族は人類からしてみれば弑逆していい存在であるかのように。
しかしルーは俺たちの言葉を理解し、怯えていた。名前を問うと、それに答えた。会話の通じる相手だった。
俺はまったくの思い違いをしていたのではないだろうかと初めて気付かされた。
人類も魔族もまったく同じように、この星の上で生きる生命なのだ。ただ食べられる食料がまったく違うということでしかないのだ。それは種類の違う生き物なら珍しいことでもなんでもない。
『とにかく俺は彼女と話をしてみたいと思ったんだ』
『彼女自身に興味を持ったわけではないんですね?』
彼女自身という言葉を強く念を押すようにユーリアは言う。それでユーリアが何を心配しているのか分かった。俺は思わず苦笑して彼女を抱き寄せる。
『俺が好きなのはカタリナだけだよ』
『――良かった。なら私は構いません』
それからアレリア先生には後で説明するとだけ言っておく。俺のこの考えがこの世界では非常に危険な思想であることは容易に想像がつく。この場にいる盗賊ギルド員に兎人語スキルを持つものがいないことは確認してあるから、先の会話は大丈夫だが、聞かれていたら非常に困ったことになったかもしれない。
ひとまずはユーリアが邪推したように、俺が彼女のことを気に入ったから買うように思わせておくのがいい。
やがてノルベルト氏が戻ってきた。奴隷たちのステータスを確認すると、その全権所有者はゲルハルトから、ノルベルト氏に変わっていた。無事に奴隷の所有権の移転は終わったようだ。
続いてノルベルト氏からルーの契約の移転をする。まず金貨3枚でルーの全権を俺に移転させる契約を結び、彼に金貨3枚を支払えば完了だ。これでルー・フー・ルーの全権所有者は俺になった。彼女が正式に俺の奴隷になったということだ。
俺はルーの手を縛る縄を解いてやり、その身柄をアレリア先生とユーリアに預けた。
「ひとまず二人は彼女を家に連れて帰って休ませてやってくれ。ノルベルトさん、彼女の食料はどうされていたんですか?」
「それなら格安でご用意させていただきますよ」
それは出元を紹介する気はないということだ。まああれだけ値切ったのだから仕方がない。ルーの食料についてはひとまずはノルベルト氏を頼ることにしよう。
「よう、あの奴隷買ったんだな」
アレリア先生たちと入れ替わるようにテオドールをシャーリエが顔を出した。
「まあ、成り行きでね」
「成り行きねえ。オレはあんまり肩入れするなと言ったはずだが、まあ、無駄に終わっちまったもんは仕方ねーか」
そこでふと疑問に思う。
「テオドール、お前は奴隷を持たないのか?」
彼なら当然奴隷にもスキル選択の自由を与えてやれることを知っているはずだ。それによって戦力を増強させることができる。天球教会の番号付きから逃げているという彼であるならば、戦力の増強は必須であるはずなのに、なぜ彼は奴隷を連れていないのだろう?
「あー、ダメダメ。オレ、面倒なのは嫌いなの」
「おやおや、面倒なことをやらせるために奴隷がいるのではないですか?」
「奴隷商人なら分かるだろ。奴隷の面倒を見るのも一苦労なんだよ」
「なるほど、これは一本取られましたな。しかし冒険者の方ですと、やはり身の回りのことをやらせるために奴隷を持っておられたほうがよろしいのでは?」
「そういうのオレ間に合ってるから」
「そうですか。残念ですが、またご希望がございましたら是非とも当店まで」
ノルベルト氏が奴隷たちを連れて帰るというので、この場はテオドールに任せ、シャーリエを連れて同行することにする。ルーのための食料を受け取らなくては、彼女は明日の朝に食べるものもない。
夜の帳の中をノルベルト氏の営業トークを聞きながら、彼の店に向かう。もっと奴隷を買うことを勧められるが、今のところ十分に足りていると言ってスルーする。ルーを格安で手放さなければならなかった損失を埋めようとしているのだろうが、こちらもそうそう奴隷を増やしてはいられない。
俺たちには明かせない秘密が多すぎる。奴隷を増やすということは秘密の共有者を増やすということに他ならない。もしかするとテオドールが奴隷を持たないのもそういう理由があるのかもしれない。
ノルベルト氏の店は商業区に衣類の店に並んで建っていた。奴隷商と言えば陰で商売をしているようなイメージがあったが、この世界では奴隷は当然のように無くてはならない存在なのだ。表通りで堂々と営業しているのもおかしな話ではない。
「先に奴隷たちを置いてきますので少々お待ちください」
そう言ってノルベルト氏が奴隷たちを連れて行った。俺とシャーリエは玄関に残される。
「オスカー様、奴隷を買われたのですね」
そう言えばシャーリエは何も事情を聞いていないのだった。
魔族の奴隷を買ったことをどう説明したものだろうか。アレリア先生ははっきりと嫌悪感を示したし、ユーリアも表向き納得してくれたものの、内心どう思っているか分からない。
「ああ、魔族の奴隷だ。ソフィーは反対かい?」
「いいえ、なにかお考えがあってのことでしょうから」
「できれば仲良くやってほしいけど、無理はしないでいいから」
俺自身まだルーの為人を知ったわけではない。それなのに仲良くやって欲しいというのは無理なお願いだと分かっている。だがシャーリエは至って真面目な面持ちで頷いた。
「はい。努力致します」
「ありがとう」
生真面目なところのあるシャーリエに無理な返答をさせたことが少し心苦しくて、それを誤魔化すために彼女の頭をくしゃりと撫でる。シャーリエは心地よさそうに俺の手を受け入れてくれた。
そんなことをしている間にノルベルト氏が奴隷の一人を連れて戻ってきた。
「いやいや、お待たせしました。それで魔族向けの食料ということでしたね。何日分ほどご用意させていただきましょう?」
「とりあえず二人で持って帰れる分でいいんだけど。足りなくなったらまた買いに来るからさ」
「すぐにご用意いたしましょう」
ノルベルト氏が命じるとその奴隷がすぐに奥の部屋に向かう。
「それでお代金なのですが――」
「ええっ!」
ノルベルト氏が提示した金額にシャーリエが思わず声を上げる。
「そ、それは何日分になるのでしょうか?」
「普通に食べさせれば十日分と言ったところでしょうか」
「私たちの食費の十倍以上ですよ……」
シャーリエが呆然と呟く。
お金の管理はほとんどシャーリエに任せている俺でも、ノルベルト氏が提示した金額がとんでもなく高いということは分かる。少なくともこれまでどおりに雪かきの仕事を受けていたのでは、日々の生活費だけで赤字になるのは間違いない。
「先の仕事を引き受けてくだされば今回の分は無料で提供させていただきますが」
「オスカー様?」
魔族の生娘を攫ってくるという仕事について聞いていないシャーリエが俺の顔を見るが、俺の答えは変わらない。俺たちが引き受けなくても誰かが引き受けて、またルーのような被害者を生み出すのかもしれないが、少なくとも俺がやらなくてはいけないことではない。
本音を言えばこんな非道なことは止めるべきだとノルベルト氏に迫りたいくらいだが、それが意味のないことであることはなんとか理解している。
しかし理解と感情は別のものだ。
俺は心のなかに何とも言えないもやもやを抱えつつ、ノルベルト氏に食料の代金を払い、魔族の食料を受け取って、奴隷商店を後にした。




