第六話 襲撃
太陽が天球の裏に隠れ、その輝きが完全に失われた頃になって俺たちは動き出した。
ブラムストンブルクの貧困街は、アルゼキアの貧困街と比べると随分とマシな雰囲気だった。少なくとも壁の内側にあるし、隙間風の吹く掘っ立て小屋ばかりというわけではない。どちらかと言えば古くなって放棄された廃墟を、人々が再利用している。そんな感じだった。
雪かきもろくにされていない道を、俺たちは盗賊ギルドの構成員に先導されながら進んでいく。
この作戦に従事する全員が一度に移動しているわけではない。そんなことをすれば目立ってしょうがないからだ。俺たちを含めおよそ40人の作戦参加者は、それぞれ小グループに分かれ、目立たないように強盗団のアジトを目指している。
それでも時折道を行く人から怪訝な目で見られる。ローブをすっぽり被っているとは言え、その膨らみ具合から武装していることは明らかに分かるだろう。特に案内役などはステータスを見れば盗賊ギルドの一員であることは明らかだ。
強盗団の一員に見られないことを祈るしか無い。
とは言え、その強盗団はいつも通りの流れなら、どこかの露天商なり、商店を襲って、その荷物を引き上げて祝杯を上げている時間だということだから、あまり心配はいらないはずだ。
今日はどこが襲われたのかまでは分かっていない。とにかく連中は精力的に“仕事”をするとのことなので、今日もそうだろうと推測できるということだ。
やがて俺たちは一件の共同住宅を窺える路地裏に到着した。盗賊ギルドの情報が確かなら、その廃墟だった共同住宅を現在利用しているのが例の強盗団ということになる。
共同住宅と聞いたとき、最初は日本のアパートのようなものを想像したが、盗賊ギルドが用意した見取り図によると、そういうアパートを繋いで囲いを作ったような造りになっており、出入口は正面と裏口の二箇所しか無い。各部屋への出入口は全部建物の内側に向けて作られており、出入口以外を使って外に出ようとすると窓を使うしか無い。そんな造りだ。
しばらくして闇の中から連絡役と思しき盗賊ギルド員が現れた。
「連中は戦利品と共に中に。だが厄介なことになった」
「なんだ?」
「今日襲われたのは奴隷商だ。十二人の奴隷が連れ込まれている」
「チッ、確かに厄介だな」
テオドールが俺の顔をちらりと見る。
「おい、殺さずのオスカー。奴隷の相手はお前がしろ」
「どういうことだ。奴隷だって被害者だろ」
「だが命令には逆らえない。俺たちが突入すれば奴隷どもも襲ってくる。そんな面倒くさいのオレは相手にしたくねえし、いざとなれば斬るぜ。その時にお前に後ろから刺されたくねぇ」
なんてこった。俺はようやく事態を理解した。
強盗団の連中は今夜奴隷商を襲い、戦利品として奴隷を連れ帰った。もちろん自分たちの奴隷にしてからだ。そうやって連れて来られた奴隷たちは契約に縛られているから、強盗団の命令には絶対遵守だし、命令が無くともその生命を守るために動かなくてはならない。
つまり相手が十二人増えたばかりか、その十二人は被害者でもあるのだ。
「人質を取られたようなもんじゃないか」
「そんな上等なもんじゃねーよ。奴隷は所詮は財産だ。失っても補填の利く物だ。だがお前の甘っちょろい脳みそはそう考えないだろう。だから頼むぜ。俺に奴隷の相手をさせるなよ」
でなければ、テオドールは奴隷でも容赦なく斬るぞ、と言っている。
俺は唇を噛み締めて、覚悟の程を決める。
「分かった。俺が前衛、あんたはバックアップだ。要は全部俺が相手すればいいんだろ」
「オスカー様、私も協力します」
「ああ、ソフィー、頼んだよ」
シャーリエならうまく立ち回ってくれるだろう。
盗賊ギルドの連絡役にこちらの準備はできたことを伝える。後は他のメンバーが所定の位置につけば、俺たちの突入で作戦は開始される。
しばらく待つと、連絡役が戻ってきて、他のメンバーも配置についたことを知らせてくれた。
「さあ、行くぞ」
テオドールの声に背中を押されるように俺たちは足を踏み出した。
共同住宅の入り口をくぐる。いきなり強盗団に出くわすかと思っていたがそんなことはなかった。この寒い中をわざわざ外で酒盛りも無いだろう。盗賊ギルドの話によると、彼らが主に使っているのは大通り側の二階の部屋だ。
俺たちは足音を忍ばせて二階への階段を上がる。探知スキルが多くの人の気配を伝えてきてくれる。本命の部屋の手前で俺は足を止めた。その部屋からも人の気配がしたからだ。このまま本命の部屋に行けば挟み撃ちになる可能性がある。
部屋の中に感じる人の気配は七人分。後背を突かれたら厄介な数である。
俺は神経を集中させて、部屋の中の様子を探った。
次の瞬間には自分の探知スキルの高さを呪った。彼らが何をしている最中なのか、その詳細についてまで探知できてしまったからだ。
俺は身体強化を全力で発動させて部屋の扉を蹴破る。
突然のことに部屋の中に居た七人は誰一人身動きすら取れない。いや、一人だけ、部屋の中で腕を縛られ猿轡を噛まされた女性に覆いかぶさって腰を振っていた男だけが、腰の動きを止められないでいた。
怒りのあまりに言葉すら出てこない。
部屋の中に居た残りの男たちも全裸で、その女性の様子から代わる代わるに犯されていたのだと分かる。間違っても合意の上の行為ではあるまい。女性は俺とそう変わらない年齢に見える。この世界では大人かも知れないが、俺の基準からするとまだ子どもだ。それを大人の男たちが寄ってたかって慰みものにしている。
俺は部屋の中に飛び込んで、真っ先に女性を犯している最中の男を蹴り飛ばした。骨の折れる感触がして、男の体は吹っ飛び壁に打ち付けられぐったりと動かなくなる。
事ここに至って他の男たちは慌てて手にした酒瓶を捨て、逃げようと部屋の出口に向かって殺到する。
「テオドール!」
「よしきた」
しかしそこにはすでに大剣を構えたテオドールが立ちふさがっている。最初の一人が袈裟懸けに切り捨てられ、男たちは狂乱状態で部屋の中に戻ってくるが、そこに待っているのは拳を固めた俺だ。それでもまだ刃物を持っていない俺の方が組みやすいと思ったのだろう。男たちは俺に向かってくるが、それは大きな間違いだ。
一人目の顎を打ち抜き、その体を蹴飛ばして二人目三人目にぶつけ転倒させる。四人目はどこから拾ったのか短剣を振り回してきたが、戦士スキル3の短剣スキル1の攻撃が俺に当たるわけもない。手刀で短剣を持った手を打って、取り落とさせ、怯んだところに顔面に向けて拳を振りぬく。男の体は吹っ飛び床に落ちて動かなくなる。
その間にテオドールは転倒した二人を蹴り飛ばし、その意識を奪っていた。
「オスカー様!」
「ソフィーは来るな!」
まだ幼い彼女に見せられる惨状ではない。
「見つかりました。どうしますか!?」
本命の隣室にこちらの騒ぎが伝わったのだろう。これだけ暴れれば当然だ。
「アルマとカタリナは一緒にこの部屋を頼む。彼女を診てやってくれ」
俺とテオドールが部屋を出るのと、隣室から武装した男たちがバタバタと出てくるのはほぼ同時だった。
「なんだ、てめえら!」
「俺たちを知ってんのか!」
男たちは口々に喚き散らす。
「盗賊ギルドの手入れだよ。抵抗するならお前らもこうなるぜ」
テオドールが血のついた大剣を掲げてニヤリと笑う。
「たった数人でどうにかなると思ってんのか!」
「ふざけんな! かかれ!」
意外なことに男たちは直接襲いかかってきて、奴隷を持ち出すようなことはしなかった。
「どうする?」
テオドールの短い問い、それは奴隷が出てこないからオレもやろうか? という意味だ。さっきの部屋での男たちの凶行を見た後では、こいつらを生かしておく価値など無いように思える。
実際、さっきテオドールが男たちの一人を斬り伏せた時も、以前のようなショックは受けなかった。
こいつらを逃せばまた同じような被害者が生まれないとも限らないのだ。
「ここを頼む! 一人も逃がすな!」
振り下ろされた長剣を躱し、手甲を叩き込む瞬間に雷魔術を発動させて、一人目を昏倒させる。俺の体を掠めるように振り払われたテオドールの大剣が迫っていた二人目と三人目をまとめて切り払う。男たちが怯んだ瞬間に俺はその脇を駆け抜け、本命の隣室に躍り込む。
室内にはまだ10人近い男たちが装備を整えて待ち受けていた。奴隷の姿は見えない。どこか別の部屋に商品として押し込んでいるのだろうか。僥倖だ。
シャーリエが俺を追って部屋に飛び込んでくる。
「背中はお任せください」
廊下側から斬り込んできた男の剣を受けて、シャーリエが言う。
「このガキがぁ!」
「一人足りともここは通しません!」
そちらはシャーリエに任せておけば安心だ。俺は改めて室内の男たちに注意を向ける。数え直すと七人しかいなかった。一番奥のデスクの向こうにフランツという名の男もいる。この集団のリーダーだと思しき男だ。
連中はまだ数の優位があると思っている。俺がスキルを低く見せているのも原因のひとつだろう。不意は突かれたが負けるわけがない。そんな余裕が見て取れる。そんなものは幻想だとすぐに分からせてやる。
俺は身体強化を発動して男たちに躍りかかった。
床を蹴り、一番手近にいた男に肉薄してその胸元に雷魔術を乗せた拳を叩きつける。そのまま一気にフランツに襲いかかるつもりだったが、間に男の一人が割り込んでくる。突き出された短剣を躱し、その腕を掴んで別の男に向けてぶん投げる。
ソファを踏みつけ、跳躍して男の一人の頭部を蹴りつけ、そのままデスクの上に着地する。フランツという男は泡を食って、窓から外に逃げ出そうとした。その背中を掴んで室内に引き摺り戻す。殺さないように加減した雷魔術で麻痺させて振り返ると、意外なことに残った四人の男たちはそれぞれに武器を捨てて両手を上げた。
「投降する! 殺さないでくれ!」
「どっちにしてもてめぇらは縛り首だぜ? もっと抵抗したらどうだ?」
外の始末を終えたのだろうテオドールが室内に入ってきた。そんなテオドールの呼びかけに、武器を捨てた男の一人が引きつった笑みを浮かべる。
「へ、へへっ、そうかもな」
「なんだ、こいつ」
「さあ? とりあえず抵抗しないんなら一段落だ。後は盗賊ギルドの仕事だろ。テオドール、こいつらを見張っててくれ。ソフィーは外の盗賊ギルド員に連絡を。俺は隣の部屋の様子を見てくる」
「ああ、だがあまりさっきの奴隷に肩入れするなよ」
俺は返事をせずに部屋を後にする。
隣の部屋に戻ると、そこにはアレリア先生のローブを着せられ、猿轡を外された娘が部屋の隅でうずくまっていた。その前にはユーリアがしゃがみこんでその様子を見ているようだが、様子が何かおかしい。アレリア先生もどこかピリピリした気配を漂わせている。
「二人とも、彼女の様子は?」
「怯えているようです」
苦虫を噛み潰したような表情でアレリア先生が言う。
「どうしたんだ? なにか問題でも」
問題だらけだとは思うが、それとは別にアレリア先生やユーリアの態度は、強姦の被害者に向けるものとも思えない、何か嫌悪感のようなものを滲ませているのを感じる。本来ならそれは強姦の加害者である男たちに向けられてしかるべきものだ。
「ご主人様、彼女は魔族です」
アレリア先生に言われてステータスを見ると、確かに彼女には吸魔のスキルがあった。だがその外見はどこからどう見ても神人の姿にしか見えない。
そう言えば俺はこの世界に来た当初、魔族ではないかと疑われたことを思い出した。あれはつまり神人と見た目の変わらない魔族が存在するという意味でもあったのだとようやく気づく。
それで二人の様子がおかしいのだ。
「彼女は被害者じゃないか」
「それは分かっています。いるのですが……」
この世界の人々の魔族に対する嫌悪はそれを上回るということだ。
俺はなんとも言えない気持ちになって、その場に立ち尽くす。
「なぜ魔族が奴隷に?」
「貴族や金持ちの中には魔族の奴隷を一種のステータスだと考えている変人もいるのです。金も手間もかかりますが、だからこそ財力の象徴になり得ますから」
「そうか、食事が」
人類が魔界の食料を口にできないのと同じように、魔族は人類と同じ食料を受け付けない。だから魔族の奴隷を持つということは、魔界の食料を常に手に入れるだけの手間と金がかかる。
「彼女はどうなるんだ?」
「奴隷商人の元に返されるでしょう。しかしこういう目にあった女奴隷を奴隷商人がどう考えるかは分かりません。値が下がりますから」
「価値が下がるならどうしてこいつらはこんなことをしたんだろう?」
「彼らには魔族の奴隷を欲しがるような人物とのコネクションが無かったのでしょう。闇市場で取引できるようなものでもありませんし、殺してしまうつもりだったのではないかと」
アレリア先生がそう言った時、彼女の体がビクリと震えた。
「君は共通語が分かるのか」
「…………」
返事は無かったがステータスを見れば明らかだ。共通語スキル3。彼女は会話を理解して聞いていたことになる。俺は自分の迂闊さを呪いたくなった。
「大丈夫だ。君を殺そうとする奴はもういないよ」
「ご主人様」
「アルマ、彼女は被害者だ。魔族だろうとそれは変わりない」
「しかし魔族なんですよ」
「それでも……、今は頼む」
俺は彼女の前に膝をついてその顔を覗きこんだ。生気を失い、虚ろな瞳は俺の姿を映しているようで、何も見えていないようでもある。まだどこか幼さを残したその顔立ちはやつれてさえいなければ愛らしいものだっただろう。
「君の名前は?」
本当はステータスでとっくに分かっていたが、とにかく呼びかける言葉が欲しくてそう尋ねた。
「……ルー。ルー・フー・ルー」
それが俺の未来を大きく変えることになる魔族の少女との出会いだった。




