第十三話 番号付き
テオドールは自らを記憶喪失の日本人だと言った。そして自分の境遇を当てはめてみろ、とも。それの意味することは2つある。
まずは日本からこの世界に召喚されてきたのは俺だけではないということ。俺とテオドールだけでもない。彼の口ぶりからすると他にも召喚されてきた日本人を知っているようだ。
さらには召喚された日本人は記憶を失うということ。これもテオドールは当然のことのように口にした。つまりはテオドールが出会った他の日本人も記憶を失っていたということだ。
俺が言葉を失っていると、テオドールは頬を掻いた。
「驚くのも無理はないが、詳しい話は後にしてそちらの自己紹介をしてくれ。ああ、本名は“見えて”いるから隠す必要はない」
「それはやっぱり鑑定スキルなのか?」
「そうだ。ステータス偽装と鑑定は10まで上げるのが基本だぞ。さっきの戦闘でレベルが上がるんなら、盗賊だけでもとりあえず上げておくんだな」
参った。ステータス偽装と鑑定がどちらも10に達している相手と出会うことなんてまったく想定していなかったから、スキルポイントに余裕はない。
スマホを確認したがレベルも上がらないようだ。ステータス偽装を10に上げるためにはまだ2つレベルを上げる必要がある。
「レベルは上がらないみたいだ」
「チッ、まあ仕方ねえ。だがレベル上げは急いだほうがいいぞ」
「えっと、確認だけど、ステータス偽装10で偽装したスキルを、鑑定10で見るとどうなるんだ?」
以前にもシャーリエと確認し合ったことがあったが、あれは緊急時でちゃんとした確認をしたわけではない。
「偽装しているスキルの隣に片っ端から偽だと表示がつくが、本当のスキル値は見えない。それだけで相手は迂闊に手を出せなくなるからな」
「相手、というのは番号付きとか言う」
「まあ、そうだが、その話は後だ。まずは自己紹介をしてくれよ。ワン」
本名を言い当てられては仕方がない。
「俺はワン。日本から召喚されてきて、記憶を失っている。こっちはシャーリエ、彼女はこちらで出会った仲間だ」
「シャーリエです」
「ずいぶんと大事にしているな。体を張って助けるとか、そういう関係か?」
「なんだかそういう邪推にも慣れてきたよ」
俺はため息を吐いて、テオドールの言葉を否定する。
日本人だというのならシャーリエくらい小さな子を相手にそういう関係になるなんてありえないと分かるだろうに、この世界にいて価値観も染まってしまったのだろうか?
「大切な仲間だから守った。いや、そんなこと考えていなかったな。考える前に飛び出していた。それじゃ駄目か?」
そう言うとテオドールはニッと歯を見せて笑った。
「駄目じゃないさ。おかげでお前が神人至上主義者でないと分かったからな。でなければお前を殺してしまうところだった。ああ、ちなみに神人というのは、俺たちみたいな地球人類みたいな見た目の連中のことだ」
「それなら知ってる。天球教会とは色々あったからな」
「なんだ。もう接触していたのか。なら番号付きとは出会わなかったのか? あるいは使徒と名乗る連中のことだ」
「いや、そういう奴とは出会ってないな」
「ほう。詳しく話を聞かせてくれ」
テオドールに請われて俺はこの世界に来てからの顛末をざっと話して聞かせた。テオドールは特に天球教会に関わった辺りについて詳しく聞きたがったので、できるかぎりではあるが詳細に語る。
テオドールは俺の話を聞きながらしきりに頷いていた。
「いやぁ、なるほどね。なるほど。そいつは運が悪かったか、運が良かったか。アルゼキアほどの国なら番号付きがいそうなもんだが不在だったのか。あるいは学会とやらが絡んだせいで報告がいかなかったのか。とにかく今のところうまく逃げおおせているわけだ」
しかしその後のフィリップらの裏切りから、その後の話になると、テオドールは腕を組んで険しい顔になった。
「それはあんまり上手くないな。スキルを隠すのは正しいが、それでも高すぎるし、活躍しすぎだ。嘘の素性も良くない。アルゼキアから来た凄腕の魔術士たちとして名を残してきてしまっているじゃないか」
「不味いか?」
反射的に聞き返してしまったが、よくよく考えてみれば、俺たちが堂々と旅を続けていたのは、名前を変えられるという発想自体がこの世界の人間にはないのだ、とアレリア先生から聞いていたからだった。
だが確かに他にもステータス偽装持ちの人間がいるのであれば前提条件は完全に崩れ去ることになる。
「番号付きと関わりあいになりたくないのなら、な。オレはなりたくない」
「なら、そろそろ番号付きについて教えてくれよ」
「うん。まあ、その前に質問だ。お前は天球教会についてどう思った?」
「どう、って言われてもな。殺されかかったし、いい感情は無いよ」
「そういうのを抜きにして、だ。彼らの教義を知っているか?」
「確か神人が神の映し身で、それ以外の種族は罪を犯した罰として獣の姿を与えられたとか、そういう話なら聞いた」
「そうだ。彼らは魔族を討滅し、亜族を支配する。そういう思想のもとに動いている。それについてどう思う?」
「とんでもない話だと思うよ。魔族はともかく、神人以外の人類だって、同じ人類だろ。見た目が違うだけで」
「なら、お前はこちら側だな。番号付きについて話そう。天球教会の神の使徒を名乗るそいつらは、俺たちと同じ日本から召喚されてきた人間と、その奴隷たちのことだ」
「なっ!?」
他にも日本から召喚されてきた人間がいるだろうことは想像がついていたが、まさか彼らが天球教会の神の使徒を名乗っているというところまでは想像ができなかった。
いったい何がどうしてそうなるというのだろうか。
「だから奴隷を複数連れた日本人らしき風体のお前を番号付きだと疑ってしまった。そのことは改めて詫びよう。すまなかった」
「いや、それは無事だったからもういいけど、あんたは彼らと戦っているのか?」
「まさか。逃げまわっているだけさ。連中はオレの勧誘に失敗すると、手のひらを返して命を狙ってくるようになった。それで逃げて逃げて、しばらく前からブラムストンブルク周辺で身を潜めている。この辺りは天球教会の支部もないからな」
「それで戦争にも参加していたのか」
「ごく普通の冒険者の志願兵として金を稼ぐためにな。凄腕の治癒術士が現れたとは聞いていたが、お前らのことなんだろう? オレ自身は世話になる機会もなかったし、気付かなかったよ」
「ちなみに本当のスキルはどれくらいなのか聞いてもいいか?」
「それは企業秘密ということにさせてくれ。あまり教えたくない。生命線だからな。まあレベルは100を超えているとだけ言っておこう」
「100以上だって!? あんたはどれくらいこの世界にいるんだ?」
俺だってこの世界に来てから相当なスピードでレベルが上がってきたはずだ。それでも100には程遠い。一体どれだけの経験を積めばレベル100を超えるのか。
「そうだな、もうどれくらい前になるかな。年齢からすると二十年以上前ってことになるんだろうが、こちらの暦では数えてないからな」
それからテオドールは自分が召喚されてからのことを話し始めた。
彼が召喚されたのは、俺が召喚されたアルゼキア南部の遺跡ではなく、もっと北の方の鼠人族の領土にある遺跡だったらしい。俺の時とは違い、いきなり一人きりで遺跡の中に放り出され、かなり困惑したらしい。だがあれこれ試しているうちにスマホの機能に気づき、これは夢かゲームの中だと思ったらしい。
「待ってくれ。二十年以上も前なのにスマホがあったのか?」
「二十年後なのにまだスマホなのか? と言いたいところだが、実は違う。オレたちはほとんど同じ時代から召喚されたが、こちらに到着した時代はバラバラなんだ」
テオドールの言葉を確認するために、お互いに召喚される直前の日本の状況を色々と話し合ったが、彼の言葉が裏付けられただけだった。発売されたばかりのゲーム機も同じだし、首相の名前も一致する。すったもんだしている消費税の税率も同じだ。彼は俺より未来の日本のことを知らないし、俺も彼の知識より先のことを知らない。
確かに俺たちは同一の時代の日本から召喚されたらしい。
「んで、まあ、ゲームっぽい夢を見ていると思っていたからな。せっかくだから楽しんでやろうと冒険者になった」
それからしばらくは鼠人族の国で冒険者稼業をしていたが、当然依頼の内容によっては他の国にも行くことになる。そうして赴いたとある国で番号付きが接触してきたそうだ。
「何番だったかな? 彼らが名乗る番号は別に序列ってわけじゃないから、それほど意味のあるものじゃないんだ。亜人の、つまり神人のおっさんだった。とは言っても当時のオレから見たおっさんだったからな。今のオレくらいの年齢だったかもしれない」
とにかく昔のことでちゃんと覚えていないんだ、とテオドールは言った。
「その男が言うにはオレは天球教会の神によってこの世界に遣わされた使徒で、魔族を倒し、亜族を統べることが義務だということだった。他にも何人も日本からの使徒がいて、彼らと力を合わせて事を成し遂げるべきだ。一緒に来て欲しいと言われてな。オレは即座に断った。鼠人族とは仲良くやっていたから、彼らを支配すると言われて、はいそうですか、とは頷けなかった」
そこには俺も同意だ。こちらの世界に来てから色んな人種の人々と関わりあいを持ったが、彼らが支配されるべき存在だとはとても思えない。
そりゃこの世界では奴隷制度は切って離せない必要な制度かも知れないが、そこにはなるべくしてなるという理由があるべきで、アルゼキアでそうだったように、神人で無いからという理由だけで奴隷にされるというのは間違っている。
「そうしたらなんて言われたかな。エラー持ちだか、エラー付きだか、とにかく欠陥品みたいな呼ばわり方をされて、急に襲い掛かってきてな。その場はなんとか切り抜けたが、それ以降、番号付きに狙われるようになったから、名前もスキルも隠して逃げているというわけだ」
「それは災難だったな。なにも襲うことはないだろうに。襲って、それでどうするつもりだったんだろう?」
「さあな、無理やり連れて行くつもりだったのか、殺すつもりだったのかは分からん。とにかく天球教会と番号付きはオレにとって明確な脅威だってことだけは間違いない」
「そして俺にとっても、か」
彼らの意見に同意できない以上、俺もテオドールと同じように襲われる可能性が高い。最初の接触は懐柔になるだろうが、断れば即襲われると思ったほうがいい。
「ワン様……」
シャーリエが不安そうに俺の顔を見上げてくる。
「ああ、この国で冬を越えるつもりだったけど、方針を変えたほうがいいみたいだな。だけど一体どこに向かえばいいんだ。……あんたはどうするんだ?」
「一旦ブラムストンブルクに向かうつもりだ。人が多く、人種も雑多で、身を隠すには向いている。そこで冬を超えたら南に向かう。番号付きが来る可能性が高い以上、オレもこの地にいるのは危険だからな」
「悪いな、俺たちのせいで」
「気にするな。むしろこうして接触しなければ、オレのほうが番号付きと鉢合わせしてたかもしれんからな。事前に察知できただけでありがたい」
「そうか、なあ、良かったらなんだが一緒に付いて行ってもいいか?」
「自分を刺した奴とか、物好きだな」
テオドールはそう言って笑う。
「そ、そうですよ。ワン様」
「心配してくれてありがとう、シャーリエ。でも一刻も早くこの国を離れたほうが良さそうなのは事実だ。俺たちは天球教会の番号付きについて何も知らなかったし、それが事実なら追ってこられるだけの情報を残してきてる。今は彼の言うとおりに行動したほうが安全だと思う」
「そう、仰るのでしたら……」
「オレは構わないぞ。いざというときのことを考えると戦力が多いほうが有難い。少なくとも南のどこか安全そうな国までは一緒で構わない」
「そう言ってもらえると助かる」
「それじゃあ、明日にでも出発しよう。西門のところで待ち合わせだ。場所は分かるか?」
「この街に詳しい仲間がいるから大丈夫だ」
「よし、それじゃ決まりだ」
それからいくつか打ち合わせをして、テオドールは部屋を出て行った。後には俺とシャーリエが残される。
「あの人を本当に信用していいのでしょうか?」
「シャーリエの不安も分かるよ」
俺自身、テオドールを信用していいのか判断はできていない。しかし彼が日本人であることは確かだし、俺たちの知らない情報を沢山持っていて、それを惜しみなく開示してくれたのも確かだ。
彼がいなければ、俺たちは何も知らずに、天球教会の使徒、番号付きと出会い、そして襲われていたかもしれない。
そのことを考えると、彼との出会いは僥倖だったとしか言いようがない。
そんなことをシャーリエに説明して、彼女には荷造りをしてもらうために、自分の部屋に戻ってもらった。俺も俺の荷物をまとめてしまう。とは言っても荷物なんてほとんどない。切り裂かれた衣服は捨てていくとして、着替えはある。また新しい服はブラムストンブルクで購入すればいいだろう。
そんなことをしていると、部屋の戸が叩かれた。
気配からするとユーリアだ。
どうやら俺たちを探すのを中断して一旦宿に戻ってきたのだろう。
『開いているよ。ごめんな。急にいなくなって』
部屋の戸が開き、現れたのはやはりユーリアだったが、その表情がやけに暗い。
『どうしたんだ? アレリア先生は?』
『申し訳ありません。ワン様。伝言を預かっています。天球教会の使徒53番ミハエルという方が、是非ともお話がしたいとのことです』
俺は息を呑んだ。すでに天球教会の使徒の手はブライゼンまで迫っていたのだ。
次回は12月20日(土)更新です。




