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第十二話 テオドールという名の男

 男の名はテオドール、年齢は38、戦士スキル4の大剣スキル3に短剣スキル3、体術5の回避4と目立って高いスキルは見当たらない。この世界では標準より少し上の戦士と言った値だ。

 それよりも注目を引くのはその顔立ちだ。

 欧米風の人々が多いこの世界で、アジア風の、というより日本人的な顔立ちの人物は初めて見た。

 彼は今、警戒も露わに短剣を構え、俺とシャーリエを交互に見据えている。


「待ってくれ。俺はただ話を聞きたいだけだ!」


 聞きたいことはいくつもあった。

 日本人なのか?

 なぜ逃げたのか?

 番号付きとはなにか?

 俺は両手をあげ戦意の無いことを示す。


「誤魔化すな! オレが何も学ばなかったと思っているのか!」


 男は聞く耳を持たずに、姿勢を低くして俺に向かって突進してくる。

 やはり速い!

 俺は咄嗟に杖を抜き、男を吹き飛ばそうと風魔術を放つ。


「――!?」


 男の体を吹き飛ばすかと思われた風の塊は、男の前で爆発したにも関わらず、男の勢いをわずかに削いだに終わる。そのまま男は俺に接近すると、短剣を振るった。

 男の斬撃はそのスキル値とは見合わないほど速い! 避けきれない!


「ぐあっ!」


 鋭い痛みが脇腹に走る。と、同時に俺に蹴り飛ばされた男が雪の中をごろごろと転がったかと思うと素早く立ち上がって、再びこちらに向かってくる。

 出し惜しみはしていられない。雷魔術を男に向かって放つ。杖の先から放たれた雷光は男を打ち、しかしそれでも男は止まらなかった。男が短剣を腰に構え、そのまま俺に向かって――、

 その横からシャーリエの体がぶち当たる。二人は雪の中を転がり、もみ合いになり、一瞬でシャーリエが組み敷かれた。短剣が振り上げられる。その横っ腹を俺が蹴りあげる。男は雪の中を転がったかと思うと、起き上がり、やはりこちらに短剣を向ける。


「リンダ、血が」

「これはアイン様の血です。早く、治癒を」


 シャーリエは短剣を抜いて男に向かっていく。その背中を見ながら、俺は左手で自分の脇腹に触れる。ずきりと痛みが走り、深く切り裂かれているのだと分かる。

 自分に治癒魔術を使いながらめまぐるしく考える。

 男のスキルは俺たちに比べたらそれほど高くない。それにも関わらず、何故攻撃を受けた? 何故シャーリエは一瞬で組み敷かれた? 何故魔術が思うように通じない?

 天啓のように閃きがあった。いや、天啓にしては遅すぎる。


「リンダ、下がれ!」


 ステータス偽装だ。

 男はステータス偽装で、自分の本来のスキルを隠しているに違いない。

 今まさに男に飛びかからんとしていたシャーリエが急制動をかけて止まり、その眼前をカウンター気味に突き出された短剣がかすめる。シャーリエはそのままバックステップで後退する。

 それを追いかけるように男は前に出た。

 シャーリエの足が地に着くより早く、男の短剣がシャーリエの盾を捉え、その小柄な体を大きく突き飛ばす。シャーリエは着地に失敗して、雪の中を横転する。

 もう手加減はしていられない。

 全力で放った雷を受けた男は、それでもシャーリエへの追撃を諦めたに留まった。その代わりに左手で腰の鞘から()を引き抜いて――、次の瞬間俺の足元の大地がごっそりと消えた。

 咄嗟に風魔術で自分の体を吹き飛ばし、穴に落ちるのを回避する。

 雪の上を転がりつつ、シャーリエが男に突進するのを確認する。おかげで追撃は来なかった。

 シャーリエの猛攻を男は短剣一本で受け流す。しかし魔術を使う余裕まではないようだ。

 理由は分からないが男に魔術はあまり通用しないらしい。そうなると俺も前に出るしか無い。身体強化を全力で使い、男の背後から強襲する。しかし男は背後に目でもついているかのように俺の攻撃を躱す。

 間違っても回避スキル4の動きではない。それどころか返す刀で俺の胸の辺りが薄く切られる。それと同時にシャーリエに向かって蹴りを放っていて、それを受け止めたシャーリエはたたらを踏んだ。

 全員が態勢を崩した間隙が生じ――、俺は前に踏み込んだ。ローブの布を男の手に巻きつかせる。男は腕を引こうとしたが、俺が布を締め上げるほうが早い。体術ではない、誘拐スキルの補助を受けた動きだ。そのまま男を締め上げようと、その体に組み付く。

 ローブを巻きつけた男の右手を捻じ曲げ、その首に腕を回す。絞め落とすつもりで力を込めたが、驚いたことに男は俺の体ごと前方に宙返りして背中から、つまり俺の体を下敷きにして落ちた。


「がはっ」


 肺が押しつぶされ、呼気が漏れると同時に腕の力が緩んだ隙をついて、男は俺の拘束から抜け出す。そして倒れ伏した俺に向けて短剣を振り下ろす!

 鈍い衝突音と共に俺の上をシャーリエの影が駆け抜ける。

 数合の打ち合いで、シャーリエの盾は弾かれ、無防備になったその体に向けて短剣が振るわれる。

 駄目だ。あれは避けきれない。そう思った時には俺はシャーリエの体を突き飛ばし、次の瞬間、激しい衝撃を感じて腹部に深々と突き立った短剣を見下ろしていた。


「あ――」


 腹を刺されるのは二度目だ。だからと言って慣れるものじゃない。

 そんなことをぼんやりと考えていた。


「アイン様!」


 シャーリエが叫びながら男に跳びかかり、男はそれを空中で受け止めて逆にねじ伏せる。


「ちょっと待った。悪かった」


 そしてあろうことか男はそんなことを言い出す。


「落ち着いて剣を抜いて治癒魔術を使え。致命傷じゃない」

「このっ! このぉ!」


 男は完全にシャーリエを組み伏せていて、だがそれ以上の戦意は失ったようだった。

 俺はその場に膝をついて、自分の腹から短剣を抜く。思っていたより力がいる。剣が抜けると同時にどぷっと腹から血が溢れて、衣服を濡らす。俺は震える手で杖を握りしめて自分に治癒魔術を使う。

 大丈夫だ。これくらいの傷なら嫌になるほど治してきた。致命傷じゃないし、今の治癒スキルならすぐに治る。問題は痛みがすぐには消えないことだけだ。


「よし、よし、疑って悪かった。ついでにこの子にもう暴れないように言ってくれないか」

「その前に何故襲ってきたのか理由を聞いても?」


 俺はシャーリエを抑えこむのに手一杯の男に、血まみれの短剣を向けて聞く。


「俺を追ってきた敵だと思った。だがこの子を庇ったのを見て違うと確信した。本当に悪かった」


 本当か嘘かの判断なんてとても下せない。だが男が襲いかかってくるのを止めたのは確かだ。シャーリエを組み敷いていて、この男はそのまま絞め殺そうとすることだってできるはずだ。

 いや、それ以前に俺の腹を刺した時に男は傷口を広げるようなことをしなかった。刺して、シャーリエの突撃を受けてそれを組み敷いた、その前に腕を捻るなり、切り払うなりしていれば、俺の腹の傷はこんなものでは済まなかっただろう。致命傷になっていた可能性だってある。

 俺は荒い息を整えながら、考えをまとめようとする。


「アイン様、信用してはなりません! 今のうちに、ぐっ!」

「悪いが、あまり考えている時間はないぞ。官憲が来たら面倒なのはお互い様じゃないか」

「それもそうか。リンダ、抵抗を止めるんだ。どうせ二人がかりで敵わなかったんだ。とりあえずアリューシャたちと合流したほうがいい」

「ご命令でしたら……」


 不満そうながらもシャーリエは抵抗を止め、男はシャーリエを抑えつけるのを止めた。シャーリエは男の元から飛び退いて短剣を構える。


「リンダ、もういい」

「そうだ。今はこの場を離れようか。お仲間はこっちに向かってるのか?」

「いや、見失っただろうな。探しているだろうが」


 アレリア先生もいるのだ。バラバラになって探しているということはあるまい。だが土地勘のあるユーリアが先導しているだろう。ひょっとしたらここまで辿り着く可能性はあるかもしれない。

 そんなことを話している間に男は手早く魔術で空けた穴を魔術で埋め直す。大きさは大したこと無いが、その早さは眼を見張るものがある。

 その間に俺は水魔術で服の血を流し、乾燥させた。切り傷は残っているが、これはどうしようもない。


「よし、付いてきな。どこが拠点なんだ?」

「新安らぎ亭って宿だ」

「いい宿だ。そっちに行こう」


 とりあえず男についていくことにする。来た道とは違うルートで、また人通りの多い街路に戻ってくる。アレリア先生たちを探しても仕方ないということで宿に戻ることに決めた。


「なあ、日本人だよな?」


 話は宿の部屋で、ということになっていたがどうしてもこれだけは確認したくてつい聞いてしまう。


「そうだ。だがあまり口外しないほうがいい」

「なんでだ?」

「誰が聞いているか分からないからな。番号付きに知られたら厄介だ」

「その番号付きってのはなんなんだ?」

「天球教会の神の力を与えられた使徒のことだ。連中には固有の番号が与えられているから、俺は番号付きって呼んでいる。詳しいことは宿についてからだ」


 その後は雪の降る中を三人で黙って歩く。

 アレリア先生もユーリアも宿には戻っていなかった。二人には悪いが、先に部屋に引き上げることにする。

 暖炉に火を入れて、薪を椅子代わりに暖炉の前に陣取る。


「さて、何から話したものかな」


 男は腕を組んでうーんと唸った。


「まずは自己紹介をしておくか。俺の本当の名前はセオドアだ。だがここしばらくはテオドールで通してきたからテオドールでいい。意外そうな顔をするなよ。状況を自分に当てはめて考えてみれば分かるだろう?」


 俺は咄嗟に返答ができない。その可能性は考えても見なかった。

 つまり彼は日本人ではあるが――


「召喚された時にオレは記憶を失っていた」

次回は12月13日(土)投稿です。

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異世界転移ものの新作を始めました。
ゲーム化した現代日本と、別のゲーム世界とを行き来できるようになった主人公が女の子とイチャイチャしたり、お仕事したり、冒険したり、イチャイチャする話です。
1話1000~2000文字の気軽に読める異世界ファンタジー作品となっております。
どうぞよろしくお願いいたします。

異世界現代あっちこっち
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