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第七話 地竜再び

 地竜たちは炎の壁をものともせずに越えてきた。

 思い返せば、以前地竜と戦った時、アレリア先生の火魔術はほとんど効果がなかった。地竜は炎に耐性が高いのかもしれない。いや、雷魔術も同じくらいだったから、単純に丈夫なだけだろう。

 地竜が咆哮し、ビリビリと大気が震える。

 不味い、味方が崩れる! かと、思ったら、同じくらいオークたちもびっくりしていたようだ。乱戦に一瞬の空白が生まれる。

 そこに地竜が踏み出した。

 そして地竜はその進路上のオークごとなぎ倒して突進する。

 いやいやいや、完全に制御失ってるじゃねーか!

 多分、調教師のようなオークがいたのだろうが、炎の壁を越えられなかったのではないだろうか。真偽はわからないが、事実として制御を失った地竜が砦内で敵味方見境なく暴れまわるという訳の分からない事態になっている。


「リンダ!」

「はいっ! アイン様!」


 シャーリエにとって地竜は因縁の相手だ。以前の地竜との戦いで何もできなかったという思いが彼女をここまで強くさせた。だからこれは彼女にとっては避けることのできない道だ。果てしなく危険な道のりではあるが、力を合わせれば越えられるだろう。きっと。


「ヨーゼフ殿下! 竜の一匹は私が引き受けます。もう一匹をお討ち取りください!」

「ほ、本当にあれを倒せるのか」


 必死に声が震えるのを抑えようとしているが、隠しきれていない。ヨーゼフ王子はステータスによると16歳だ。レベルは33で一人前には違いないが、やはりまだ子どもだ。

 そう思って自分も変わらないことを思い出して笑いそうになる。やっぱり自分の年齢にどこか実感が無いのだ。


「私は以前に一匹討ち取ったことがあります。殿下の騎士たちならば容易いかと」


 実際のところどうだろうか。今回の地竜はレベルが68と73だ。以前出くわした個体と比べたら格段にレベルが低く、体も小さい。さらに砦の門を破るために相当酷使されたのだろう。体力も50台というところだ。

 それに対し、王子の護衛にはレベル70台の戦士スキル8なんかがいる。平均するとレベル60台の戦士スキル7というところだろう。それを半分地竜に向けたとして五名、それに加え、他の兵士たちからの支援も受けられるだろう。充分に勝機はあるように思える。

 問題はオークたちの邪魔がどの程度入るかだが、正直な話、砦内に残っているオークたちはもはや恐慌状態だ。次々と地竜に押しつぶされ、逆に地竜に向けて刃を振るっている者もいる始末だ。


『ユーリア』

『前と同じ量の水なら一回しか無理です』

『一回なら行けるんだな』

『そう長くは維持できません。水が必要になったら指示をください』

『分かった』


 さあ、二度目の地竜退治を始めようか。


「リンダ、レベル73のほうをやるぞ」

「お任せください!」


 前回と同じ戦術は最後の切り札に取っておいて、素の状態でどこまで戦えるのか試してみたい。

 兵士とオークの間をすり抜けて、暴れまわる地竜に向かう。

 ちょうど俺たちに見せている脇腹にそのまま身体強化した拳を叩きつける。固定されたサンドバックを叩いたような感触。さすがに肉弾戦でダメージを与えるのは難しそうだ。

 一方、シャーリエはその小さな体を活かして地竜の腹の辺りまで潜り込んで、短剣を突き上げた。硬い甲殻に覆われた地竜だが、腹までは覆われていなかったのか、シャーリエの短剣は根本まで突き刺さり、振り払われて傷口を開ける。どぱっと吹き出した血がシャーリエの体を濡らした。

 やはり大きな獲物相手では刃物が無ければダメージを与えにくいか。

 シャーリエは続けざまに短剣を突き立て、傷口を十字にするように振りぬいた。血と共に臓物がこぼれ落ちてくる。

 地竜が咆哮を上げて身じろぎした。シャーリエの小さな体が弾き飛ばされてくるのを受け止める。受け止めてから、シャーリエが短剣を持っていることを思い出してゾッとしたが、無事だったので結果オーライだ。


「ありがとうございます。アイン様」

「怪我がないようで何よりだ。この調子で腹を裂いて行けばそのまま倒せそうだな」


 そう思ったのは俺たちだけではないようだ。これまで右往左往していた兵士たちが、武器を手に地竜の腹を狙い始める。

 これはたまらんと思ったのか、地竜は身じろぎして逃げ出そうとするが、そうはさせない。


『ユーリア!』

『10滴ください』


 7,8秒というところだろう。

 俺は土魔術を発動させて、地竜の踏みだそうとした地面を深く掘る。以前と比べ、土魔術にもずいぶんと慣れた。主に風呂作りで。小屋よりも一回り大きい程度の、地竜の上半身を縦に落とす穴なら、それこそ10滴もあれば掘り終わる。さらに穴を整形して、上半身が綺麗に埋まるように調整する。

 そこにユーリアの生み出した水がどっと注がれた。


『水の量、半分で良かったですよね』


 いや、半分も要らなかったんじゃないだろうか。土魔術で整形したせいで、穴を水で浸すのに必要な水の量は極端に少なくなっていた。ユーリアの放った水はほとんど溢れてしまった。

 そして俺はさらに土魔術で地竜の下半身も盛り土で埋めてしまう。激しくもがいているが、足自体は空を切るように調整しているから無駄な足掻きだ。


 一方、ヨーゼフ王子の護衛騎士たちは兵士たちの協力を得ながら正攻法で地竜を仕留めるところだった。足の関節部分を先に攻撃し、身動きが取れなくしてから、腹や、甲殻の隙間から攻撃をしかけたのだ。

 槍や長剣といった長い獲物があるからできる芸当だ。拳と短剣のウチのパーティではああはいかない。


「アリューシャ、もう充分だ!」


 流石に炎の壁を出し続けるのも限界だろう。

 炎の壁が消えると、残っていたオークたちは慌てて門へと殺到していった。一方で門の外で炎の壁が消えるのを待ち構えていたオークたちは、味方が逃げてくるのと、切り札であったであろう地竜が討伐されているのを見て、これ以上の攻撃は無意味だと悟ったようだ。

 何やらラッパのような音が鳴らされて、オークたちは退いていく。

 闇の中へ消えていくオークたちの背を、誰も追いかけようとはしなかった。皆、疲弊しきっていたし、それをまとめられるような指揮系統も残っていなかった。


「皆の者! よくやった。我々の勝利だ!」


 ヨーゼフ王子が声高々に叫ぶ。

 いや、あんた何もしてなかっただろ。と思わないではいられないが、王子様のような高貴な人物が前線に立っていたという事実だけで、兵士たちには充分なのかもしれない。それだけで充分に名誉なことであるし、後で家族なんかに、王子と肩を並べて戦ったんだぞ、なんて言えたりするんだろう。案外こちらのほうがご褒美かも知れない。

 その証拠に兵士たちは立ち上がり、それぞれの武器を天に突き上げて歓声を上げ始めた。

 その声がやがてヨーゼフ王子の名を叫ぶものに変わっていく。

 どうやら戦功を立てるという王子の目的はこれ以上ない形で達成されたことになりそうだ。

 俺はそれとなく王子に近づいて、まだ暗殺を企てる者がいないか注意を払っていたが、どうやらそういう気配は感じられない。地竜を退治し終わった護衛騎士たちも戻ってきて、王子の周りを取り囲んだ。これならもう心配は要らないだろう。

 俺はそっとその場を離れようとしたのだが、


「アイン殿!」


 ヨーゼフ王子に見つかってしまう。

 潜入スキルでも使って潜伏しておくべきだっただろうか。


「貴殿のおかげだ。改めて礼を言わせてもらおう」

「ありがたく。私は私のできることをしたまでです」

「いいや、素晴らしい戦いぶりだった。私は――」


 何やら感極まった様子でヨーゼフ王子は言葉を詰まらせる。

 こうして見ると俺と背丈の変わらないただの少年のようにも見える。


「いや、そうだ。褒美を取らせよう。何か望みはないか? 私に叶えられることになるが」

「では私が倒した地竜を買い取ってはいただけないでしょうか?」


 志願兵としての報酬は別にもらっているので、これは本来はできない相談だ。例えほぼ独力で地竜を倒したところで、勲章なんかで終わりにされる可能性が高い。それにあの地竜は俺の所有物というわけでもない。公国軍として倒したのだから、公国軍の所有物だろう。

 しかし俺の言いたいことはそういうことではない。

 王子の手勢が地竜を二頭倒したことにするから、代わりに金をくれという要求なのである。


「そんなことでよいのか? 竜殺しの栄誉は?」

「一介の冒険者には過ぎたる栄誉です。それよりも殿下の戦功としてご活用ください」

「貴殿は謙虚だな」


 とんでもない。

 名誉やそういうものに興味がないだけだ。この世界で成り上がりたいなんて欲求は持っていないし、変に注目を集めたくもない。後者は今更だという感じもするが。

 王子は護衛騎士と少し話し合い、金貨で50枚をあとで従者に届けさせることを約束してくれる。


「多くないですか?」


 以前に地竜を倒した時は金貨で30枚だった。他の皆はそれでは少ないと息巻いていたが、流石に50枚ということはないだろう。


「貴殿はこの戦いで私の指示のもとで戦った。そういうことにしてもらいたい」

「もちろんです」


 口止め料を含んでいるわけか。

 だが救護室で王子が様子を確かめに行くと立ち上がらなければ、その時に俺を同行者として指名しなければ、この結果は無かったはずだ。それについては間違いなく王子の指示の元で戦ったといえる。


「貴殿のような優秀な魔術士と知りあえて、私は幸運だ」

「もったいないお言葉です」

「魔術士アイン、その名は忘れない。いずれブラムストンブルクを訪れる機会があれば歓迎しよう」

「ありがとうございます」


 それからヨーゼフ王子は名残惜しそうにしながらも、護衛騎士に促されてその場を去っていく。

 うーん、なんというか王族なのにあんまり偉ぶっていなくて、気持ちのいい人物だった。ああいうタイプは権力闘争とかは苦手なんじゃないだろうか。それが暗殺者を差し向けられた原因なのだろうか。


「アイン様、お疲れ様です」

「リンダもよく頑張ったね」


 血まみれのシャーリエが歩み寄ってきたので、水を生み出して洗い流してやる。それから丹念にドライヤー術で乾かす。今夜は冷えることもあって、シャーリエも気持ちよさそうに温風を受けている。


『ユーリアもお疲れ様』

『本当に疲れました。ぐっすり寝たいです』

『もう少しの辛抱だから』


 それからアレリア先生がやってきて、


「どうだ。レベル、上がるんじゃないか?」


 と小声で問うてきた。

 いや、第一声がそれですか。他になにか無いんですか。と、思いつつスマホをチェックする。すると確かにアレリア先生のレベルは上げられる状態になっていた。


「魔術士スキルだよな」

「当然」


 アレリア先生のレベルをひとつ上げて、魔術士スキルを9にする。もちろんステータス偽装で見た目は6のままだ。


「今の魔術士スキルは9だよな」

「そうだよ」

「フフフ……」


 なんか変な笑みを浮かべていらっしゃる。


「スキルポイントが5あるから火を5に上げてもいいんじゃないか?」

「そうしたら次の次のレベルアップで魔術士11を確認できないじゃないか」


 さいですか。

 アレリア先生のブレなさは天下一品だな。

 俺やシャーリエ、ユーリアのレベルも上げられるようになっていたが、それは部屋に戻ってからにすることにする。

 その時、ひらりと空から何かが舞い降りてきた。


「雪だ」


 と、誰かが呟いた。

 それは戦争の季節の終わりを示す天からの贈り物だった。

というわけで、戦争編でした。

勢いだけで書いてしまったので不備などたくさんあると思いますのでバシバシ突っ込んで頂けたらと思います。

次回は戦後処理の話から、ブライゼンまで行けるかな?

書き溜めが全くないのでどうなるかは分かりませんが、来週土曜日には更新できるよう頑張ります!

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異世界転移ものの新作を始めました。
ゲーム化した現代日本と、別のゲーム世界とを行き来できるようになった主人公が女の子とイチャイチャしたり、お仕事したり、冒険したり、イチャイチャする話です。
1話1000~2000文字の気軽に読める異世界ファンタジー作品となっております。
どうぞよろしくお願いいたします。

異世界現代あっちこっち
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