第五話 夜襲
魔族の夜襲が始まってからどれくらいの時間が過ぎただろう。
無数の火矢を撃ち落とし、どれほどの数の炎弾を敵陣に打ち込んだだろうか。
「アイン様! 遅くなりました!」
振り返らずとも分かる。シャーリエの声だ。気配でアレリア先生とユーリアがいるのも分かる。周囲をうかがうと、敵はどうやらこの辺りにハシゴをかけることは諦めたようだ。その代わりに何箇所かで敵の侵入を許してもいるようだった。
「アリューシャ! 俺たちはどう動くのが最適だ!?」
俺たちの中で唯一貴族としての教育を受けてきたアレリア先生ならば戦争についても多少の知識はあるはずだ。俺の当てにならない勘に頼って無駄なことをするより、彼女の知識に頼りたい。
「門です。門を内側から開けられるのは不味いです。敵がなだれ込んできますよ」
「分かった。正門に行くぞ」
それから兎人語で弓兵たちに自分たちは正門に行くことを告げる。彼らは風の守りが失われることに不安そうな顔をしたが、すぐに持ち直した。そこは正規兵の強さというべきかもしれない。
振り返るとシャーリエは完全武装していた。さらに俺の手甲も持ってきてくれた。アレリア先生もしっかり自分の杖を持っている。ユーリアは、まあさっきと特に変わらないな。息が切れているのは走ってきたからだろう。
俺はユーリアとアレリア先生に治癒魔術をかける。ユーリアは普段から運動をする機会が無いから、運動の疲れを治癒魔術で回復させるという考えが無かったのだろう。旅の間、馬の回復してたのはなんだったんだって話ではあるが。
俺たちはシャーリエを先頭に走りだす。殿は探知スキルのある俺の役割だ。
走るとは言っても、ユーリアの足が遅く、スピードはゆったりしたランニング程度だ。
「アイン様、敵です」
前方で兎人の兵士が、子どもくらいの大きさの魔族とやりあっている。数は魔族のほうが多く、兎人たちが押されているように見える。
「あれは?」
「小鬼族です。繁殖力が強く、戦士系スキルが伸びやすい傾向があります。それから――」
「そんなに詳しく聞いてない。魔族なんだな。加勢するぞ。シャーリエ!」
「はいっ!」
一気に加速したシャーリエがゴブリンたちの背後から強襲する。一匹をシールドバッシュで吹き飛ばし、もう一匹に深々と短剣を突き刺す。そのまま横に振りぬいて、ゴブリンの背中にばっくりと傷口を開けた。そのゴブリンは血しぶきをまき散らしながら床に崩れ落ちた。
一方でアレリア先生が生み出した炎弾が吹き飛ばされたゴブリンを直撃し、丸焼けにする。
突然の加勢に驚き戸惑ったゴブリンたちは、次々と討ち取られ、あっという間に全滅した。
ユーリアが傷を負った兵士に治癒魔術をかける。
俺はと言えば魔力の残量が心もとなかったので出番が無かったことにほっとしながら、スマホを確認していた。
俺とユーリアはここでの治療行為に携わってからそれぞれレベルがひとつ上がったが、スキルポイントは治癒スキルの上昇に割り振った。
それから俺のレベルはさらにひとつ上昇した。さっきまでの戦闘の成果だろう。スキルポイントは15。ここは惜しんでいる時ではない。前から考えていたように、身体強化を5まで修得する。
シャーリエのレベルがひとつ上がり、14あるスキルポイントは戦士スキルと盾スキルに割り振る。この前勝手に短剣スキルにポイントを割り振ってしまったので、次はこうすると約束させられていたのだ。
『助かったよ。治癒術士と聞いていたのに、強いんだな』
『冒険者なもんでね。自衛のためさ。俺たちは門の守りを確認しにいくが、あんたらは?』
『ゴブリンどもがそこら中に火を放っているんだ。とにかく奴らを始末して火を消さないといけない』
『次は加勢は無いぞ』
『分かっている。心配いらない。門を頼む』
聞いたことを手短に二人にも伝え、俺たちは門に向かう。
「しかし魔族はなぜ攻めてきたんだ。砦を落とすには、その砦の何倍かの兵力が必要なのは常識だぞ。聞いていた話では魔族軍は二千を割っていて、こちらは二千五百だという話だったが」
「それ、今、大事なことか!?」
走りながら考えだしたアレリア先生に思わずツッコミを入れる。
「魔族の意図が見えない。夜襲を仕掛けたところで最終的にはこちらが勝つ」
「そうなのかな? 魔族には魔族なりの勝ち目があったからこそ攻めてきてるんじゃないか?」
「その勝ち目を知りたい。我々は何かを見落としているのかもしれん」
「特別な兵器があるとか」
例えば攻城兵器、カタパルトあるいは大砲のようなそれが魔族の間で開発された。またはもっとファンタジーらしく攻城ゴーレムみたいな魔物がいるとか。
「カタパルトは森のなかを運んでくるには荷が重い。文字通りにな。大砲はなにか分からん。攻城ゴーレムという発想は面白いが、そんなものがあればとっくに使っているはずだ」
戦争は始まったばかりではない。季節的には終わり際に達している。新兵器があるのだとすればそれをここまで温存している意味が無いし、しかし今になって夜襲を仕掛けてきた意味が分からない。
「勝てそうに無いから自棄っぱちになったという可能性は?」
「あるにはあるが、それなら真っ向から打ち破れば済む話だ。考えるべきはもっと最悪の可能性だ」
そんなことを話している間に砦の正門のところまでやってきていた。流石にこの辺りは守りも堅く、魔族も侵入してきていないようだ。ざっと見た感じ二、三百人ほどの兵士ががっちりと正門を守っている。もっと多いかもしれない。
「正門は心配なさそうだな」
「ならば負傷者の救護に戻るべきだろう」
「俺たちの戦闘能力は他の兵士に見劣りしないと思うが」
正直に言えば暴れ足りない。まだやられた分のお返しが終わっていない。
「我々が活躍したところで非正規兵だ。たかが知れている。公国軍も統率を取り戻しつつあるようだ。それとも負傷者を見捨てるのか?」
「――確かに、先生の言うとおりだよ」
先生の方針に従うべきだと思ったのは自分自身だったはずなのに、目の前で戦闘を見たせいか、どこか気持ちが高ぶっていたようだ。
俺たちは踵を返して、救護室に向かう。
その途中でゴブリンたちと会敵した。血の滴る曲刀を手にしたそいつらも俺たちの存在に気づき、奇声を上げて威嚇してくる。
「リンダ!」
今度はシャーリエと共に敵に駆け寄り、杖を左手に持ち替える。
身体強化を発動し、右手をアッパー気味にゴブリンの顔に叩きこむ。ぐしゃりと硬いものが割れる感触が手に伝わり、そのゴブリンの体は壁に叩きつけられて動かなくなった。左手の杖で別のゴブリンに雷を落とす。一発でステータスは吹き飛び、ゴブリンはその場に崩れ落ちた。
うん、身体強化のほうが魔力の効率はずっといい。むしろ常時発動でも構わないんじゃないかって感じだ。
躍りかかってきたゴブリンの振り回す曲刀を体捌きだけで躱し、踏み込みと同時に身体強化+パンチ。またしてもゴブリンの小さな体躯は壁に叩きつけられる。
一方シャーリエも三匹を相手に華麗に立ちまわっていた。
身体強化のかかった彼女にしてみれば、盾ももはや武器の一部だ。敵にしてみれば、攻撃を受け流された盾がそのまま自分に殴りかかってくるなど反則以外の何物でもないだろう。さらに戦士レベルの上昇もあってか、更に鋭さを増した短剣の攻撃は的確にゴブリンたちの急所を貫いていく。
アレリア先生は逃げようとするゴブリンを炎の壁で追い詰め、焼き殺す。
ユーリアには戦闘には参加しなくていいと言い含めてある。彼女の魔力は出来る限り治癒に使うべきだ。
「ゴブリンばかりだな」
ひとまず近くにいたゴブリンを全滅させた後、アレリア先生が呟いた。
「魔族ってのはゴブリンだけじゃないのか?」
「少なくとも豚人族は参戦しているはずだ」
オークか、ゲーム的な知識になるが、ゴブリンよりは手強そうな相手だ。だが同時に彼らがハシゴを登ってくると言う光景も想像しにくいものがある。
「ゴブリンが門を開けるのを待ってるのかな?」
「その可能性が高いな。だが門の守りは万全だ。外から破られでもしない限り大丈夫だろう」
どでかい丸太なんかを使って、城壁の門扉を外から打ち破ろうとする光景は映画か何かであった気がする。映画の場合は話の都合上、門扉は打ち破られるものだが、果たして現実ではどうだろうか?
負傷者たちを集めた部屋は扉のところにベッドが横倒しに置かれて簡単なバリケードが敷かれていた。何匹ものゴブリンの死体が転がっているところを見るに、何度か襲われたのだろう。
治癒術士だと告げて中に入れてもらうと、部屋の中は負傷者で埋め尽くされていた。治癒術士もいるようだが、明らかに手が追いついていない。
「リンダとアリューシャは部屋の防衛の手伝いを。『ユーリア、死にそうな人は頼む。俺は前線に復帰できそうな人を治す』」
『分かりました!』
ユーリアと手分けして負傷者を治療する。
衛生兵に手伝ってもらいながら、裂傷を癒し、骨折を治し、体力を回復させ、とにかく一人でも多くの兵士を前線に送り出すことに集中する。
確かにアレリア先生の言うとおりだ。俺一人が暴れまわるより、俺が百人の傷を癒したほうがよほど敵に打撃を与えられるに違いない。
次々やってくる負傷者を癒しながら、ついでに戦況についても話を聞く。
どうやらゴブリンたちは砦の各所に火をつけて回るのが狙いらしく、あちこちで火災が発生しているそうだ。石造りの砦といえど、内部にある家具や用具は木製のものが多い。その他にも布など燃えやすいものならいくらでもある。
水魔術士はその対処に追われているが、ゴブリンたちの妨害にあって、中々鎮火が進まないようだ。
火種については、砦の外から遠慮無く打ち込まれる火矢によって尽きることがない。
兵数では勝っているのだから、門を開けて外の敵勢を打ち払うべきだという意見も出ているようだ。
果たしてどうするのがいいのかなんて戦争について素人の俺に分かるわけもない。
できることはただここで一人でも多くの負傷者を戦えるように回復させることだけだ。
『よし、もう大丈夫だ。そっちで待機しててくれ』
怪我が治ったからと言って、すぐさま外に放り出すわけにはいかない。
単身でゴブリンの集団と出くわせば、運が良くてまた負傷者の仲間入りだ。
だから最低でも六人の戦える集団ができるまでは外に出さないでいることにした。彼らがどの部隊と合流して、どう配置されるかまでは知ったことではない。そう言ったことを指示する士官はここにはいないのだ。
そのため、ちゃんとした情報も命令も無く、俺たちはただ目の前の問題に対処していくことしかできない。
どれくらいそれを続けていただろう。
そろそろ俺もユーリアも魔力が尽きそうだという時だった。
「頼む! この方の治療をお願いする!」
珍しく共通語を喋りながら救護室に入ってきたのは人種の雑多な集団だった。十人くらいだろうか。ひとりの若い犬人が顔を真っ青にして運ばれてくる。見ると背中を深く刺されているようだ。運良く急所は外れたのだろうが、出血が多い。
だがユーリアに任せなければいけないほどの重症でも無ければ、俺の治癒ですぐさま前線に復帰できるような軽傷にも見えない。とりあえずは後回しだ。
「後回しだと!? この方をどなただと心得る。ブラムストンブルク王国の第三王子ヨーゼフ殿下だぞ!」
おおう、王子様と来たか。
なんで宗主国の王子様がこんなところにいるのかは分からないが、確かに後回しにはできない感じだ。と、なれば重傷者を診ているユーリアより俺が治療するほうがいいだろう。
「申し訳ありません。田舎者の冒険者なのでご無礼はお許し下さい」
失礼と言って、ヨーゼフ王子の傷を改めて確認する。背中の真ん中から下辺りを刃物で刺されたような傷だ。傷は深く、重要な臓器を傷つけている可能性もあるが、意外なことに体力は60台あって減りもそれほど早くない。
こういう場合、どれほど危険な傷を負っているかは、体力の残量というよりはその減る早さで判断する。この減り具合は致命傷とは言えない。
「大丈夫です。すぐ治りますよ」
俺は意識を集中して治癒魔術をヨーゼフ王子にかける。じわじわと傷が塞がって行く。
「それにしても王子様が背中から刺されるなんて何があったんですか?」
治療中の雑談のつもりで聞いてみる。すると王子の護衛らしい集団の一人が重々しく口を開いた。
「魔族にやられたのではない。この襲撃の中で合流した兎人の兵士に襲われたのだ」
そう言って彼らは警戒するように周囲の兎人の負傷者たちをギロリと睨みつける。
どうやらこれはただの夜襲ではないというアレリア先生の予想は正しいようだ。




