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第四話 魔術士ユーリア

 気がつけば空は深い藍色に染まっていた。天球は空との境目あたりがわずかに明るいだけで、他の部分は目を凝らさなければよく見えない。まだ暗いと言うほどではなかったが、言っている間に夜がやってくるのは間違いない。

 長剣さんが石を積んだだけの簡易的な(かまど)に薪を並べていって、大剣さんが短い杖を持ってきて、そこに向けたかと思うと、小さな炎が生まれた。マジで魔法使いだよ。この人。しかもものすごいドヤ顔で見てくるので、思いつく限りの賛辞を並べておいた。生まれて初めて本物の魔法を見て、自分でも思ってる以上にテンションが上がっていたのもある。

 とにかく野営地に小さな明かりが灯った。


「こっち……」


 目深にフードを被り、ローブを着込んだ魔術士さんにぐいぐいと袖を引っ張られる。

 彼女は俺を竈からは少し離れたところにある岩の上まで引っ張っていくと、隣り合って腰掛けた。

 なんでフードを被ってるのに女の子って分かるのかって? そりゃ豊かな二つの膨らみがローブを押し上げてるからだよ!


「あの、ユーリアです……」


 蚊の鳴くような声だった。

 彼女の表情はフードに覆われて読み取れない。


「えっと、ワンです。なんにも知らないのでよろしくお願いします」

「はい、私が魔術士、です」


 彼女は身長ほどもある杖をぐいぐいとこちらに向けてくる。

 なんだこれ。新手のいじめ?


「……魔術が使えます」


 彼女が杖を掲げると、見る見るうちに水の塊が生まれる。それはどんどん大きくなり、あっという間に人間一人なら覆い尽くせるくらいの量になった。それが俺と彼女の前の空間に浮遊しているのだ。


「す、すげー」


 思わず声が漏れる。

 大剣さんには悪いが、やはり本職の魔術士は格が違った。

 正直、大剣さんの魔法はライターでもあれば代用できちゃいそうだなというのが感想だった。もちろんこの世界にライターがあるとは思えないから、便利な魔法なのだろうが、知識にある現代日本で手軽に再現出来る程度のものでは、驚きはしても感激はできない。それに比べて、魔術士さんはほんの何十秒かでバスタブいっぱい分くらいの水をどこからともなく出現させた。これは現代日本でも再現不可能な事象だ。こんなことができるのであれば、水問題なんてあっという間に解決してしまう。

 俺が本気で感激しているのが分かったのか、魔術士さんはその豊かな胸を張った。顔は見えないが、大剣さんのようにドヤ顔をしているに違いない。

 ふと俺はそれを確かめたくなって、彼女の顔を覗きこんだ。


「ぴゃ!」


 奇声が上がったかと思うと、魔術士さんは杖を持っていないほうの手でぐっとフードを下ろすようにして顔を隠してしまった。その瞬間に宙に浮いていた大量の水は制御を失ったのか、地面に落ちて大きな水たまりを作った。

 しかし一瞬のこととは言え、彼女の顔はちらりと見えた。まだ幼さを残した、紛れも無い美少女がそこにいた。


「うー」


 まだフードを掴んだままの魔術士さんが唸り声を上げる。

 そんなに顔を見られるのが嫌だったのだろうか? 少なくとも隠さなければいけないような顔ではない。むしろすれ違ったら振り返って確認したくなるくらいの美少女だ。フードで隠すにはもったいない。

 しかし魔術士さんの機嫌を損ねてしまったことは間違いないようだ。


「ごめんなさい。悪気はなかったんです。えっと、どうしたら許してもらえますか?」

「……褒めて」


 おう、予想外の球が飛んできたな。

 しかし文句のつけようのない美少女を褒めるというのも、案外難しいものだ。何より気恥ずかしい。


「その、一瞬しか見えなかったけど、その、すごく可愛かった。ホント、芸能人とか顔負け。いや、芸能人とか分からないか。ええと、絵になるというか、飾っておきたいくらい。変な意味じゃなくて」


 自分の語彙の無さが情けなくなるが、とにかく可愛い連呼するしかできない。

 俺が必死に語学力を動員させているのを、魔術士さんはしばらく黙って聞いていたが、やがてボソリと言った。


「……違う、魔術」


 なんでもっと早く言ってくれないんやー!!

 顔から火が出るとはこういうことを言うのだろう。

 考えてみれば、魔術士さんは俺が大剣さんの魔法を褒めているのを見て、ぐいぐいと袖を引っ張ってきたのだ。魔術士でもない人の魔法を俺が褒めていたのを見て、自分のほうがもっとすごいという思いがあったのだろう。あれだけの量の水を魔法で出したのだって、大剣さんに対抗する意図があったに違いない。魔法を見せるだけならばもっと少ない水の量でもよかったのだ。

 俺はあわあわしながら、今度は彼女の魔法を褒め称えた。

 特に俺のいた世界では火を起こすより、水を作るほうがよほど難しいことなんかをあげて、大剣さんの魔法と比較することも忘れない。心から大剣さんの魔法より、魔術士さんの魔法のほうがすごいことを言いまくった。


「……魔法、じゃない」


 不意に魔術士さんが言った。


「え?」

「魔法じゃない、です。魔術、です」


 言われてみれば彼女は魔法使いではなく、魔術士だった。

 しかしその違いが俺にはよく分からない。

 俺の戸惑いに気づいたのか、魔術士さんは魔法と魔術の違いについて説明してくれる。


「魔術は私たちが使えるもの、です。魔法は私たちには使えないもの、です」

「えっと、人間が使えるのが魔術で、さっきの遺跡とか、つまり、えっと先代文明で使われてたのが魔法ですか?」

「……魔法は、自動的に起きたりも、します。大地が揺れたり、雷が落ちたり、します」

「あー、なるほど」


 自然現象の一部も魔法だという認識であるようだ。

 魔術で色んなことができる分、人間には扱えないレベルの災害などは魔法という扱いになってしまうのだろう。それについて自然現象の原理を説明したところで意味はないだろう。

 人間が使うのは魔術。それを超えるものは魔法。

 とにかくこれはきっちり覚えておいたほうがいいようだ。


「その、ワンさんは別の世界から来た、ですよね?」

「はい。こことはまったく違う世界です。魔術も魔法もない世界です」

「……その世界にも差別や偏見は、あります、か?」


 また変化球が飛んできたな。

 今度は読み違えないようにしなければ。

 しかし急に話題の方向性が変わったせいで、なぜ魔術士さんがそんなことを聞いてきたか分からない。

 正直に答えるにしても、少し考える時間が必要だった。


「無い、とは言えないです。見た目や、生まれや、国の違い、それから貧富の差、色んな差別や偏見があります。でもそういう差別や偏見は良くないことだと言われています。すべてを無くすのは難しいでしょうけど、無くそうと努力している途中、という感じでしょうか」

「……ワンさんも、差別したり、しますか?」


 どうだろうか?

 記憶が無いからかつての自分が差別的な人間だったかどうかは分からない。だけど差別が良くないことだという認識はある。差別と呼ばれるもののほとんどは、彼らが望んでそうなったわけではないだろう。だが例えば電車の中で誰かが奇声をあげていたら頭のおかしい人だろうかと白い目を向けてしまうだろうとは思う。自分がまったく差別をしない人間だとは思えない。


「しないようにしたいとは思っていますね」


 嘘でもしないと断言できないのが俺の心の弱い部分かもしれない。


「……私の顔、みたいですか?」

「それは見たいです」


 即答だった。脊髄反射というべきかもしれない。

 ふっと魔術士さんのまとっていた気配のようなものが緩むのを感じた。実際に体の力を抜いたのかもしれない。

 魔術士さんはゆっくりと頭を覆っていたフードを外した。

 一瞬しか見えなかった顔が今度こそ明らかになる。それと同時に桃色の髪がぴょんと跳ねた。


 ん?

 跳ねた?


 彼女の整った顔があらわになったが、それ以上に俺はその頭頂部に視線が釘付けになる。

 そこには耳があった。

 もちろん人間の耳が頭頂部についているわけがない。

 そこにあったのは真上にピンと伸びた、桃色の毛に覆われたウサギの耳のようなものだった。

 俺がガン見していることに気づいたのだろう。

 魔術士さんは慌ててフードを被りなおす。


「待って! もう一度見せて!」


 詰め寄るような俺の勢いに、魔術士さんは身を竦めたが、そろそろとフードを取ってくれる。

 そこにあったのは間違いなくウサ耳だった。

 カチューシャとかの作り物じゃない。本物のウサ耳だ。


「すげー」


 小学生並みの感想が口から漏れる。

 こんな美少女にウサ耳とか反則にもほどがある。


「そうだ。耳、人間の耳があるところはどうなってんの!?」


 思わず敬語も忘れて聞いてしまう。

 魔術士さんの側頭部は桃色の髪の毛に覆われてどうなっているのか分からない。


「……普通、です」


 いや、その普通が分からないんですよ!

 魔術士さんもそのことに気づいたのか、恥ずかしそうにしながらも側頭部の髪をかき上げてくれる。人間の耳があるべき場所には何もなく、普通に髪の毛が生えているようだった。

 あ、普通って言ったわ。


「……差別、しませんか?」

「え、なんで?」


 むしろ保護するべきだろ。

 ウサ耳美少女とか重要文化財扱いで構わない。そのために税金払うこともいとわないレベルだ。


「アルゼキア王国は、神人(しんじん)の国なので、それ以外の人は、亜属と、差別、されます」


 よし、その国は滅ぼそう。


「というか、シンジンってなに?」

「神に作られた人の(しゅ)です。ワンさんも神人、では、ないですか?」

「いや、どうだろう?」


 確かにキリスト教なんかでは人類は神によって作られたことになっている。しかし進化論では、人類は猿が進化した生き物だ。無宗教の俺としては断然進化論を支持する。


「神人ってよりは、猿人(さるじん)だと思うけど」

「さ、さる……」


 魔術士さんは目を丸くしてびっくりしているようだった。

 びっくりした顔も可愛いな。


「だ、駄目です。そんなことを言ったら、捕まってしまいます」

「え、マジで?」

「アルゼキア王国では、神人が、偉い、ので、おとしめるようなことを言うと、処刑されます」

「うわ、こえー。気をつけます。ありがとうございます。ユーリアさん」

「……ユーリア、です」

「はい。ユーリアさん」

「さんは、いらない、です」

「え、でも……」

「ユーリア、です」

「え、えと、ユーリア」

「はい。ワンさん」


 初めて魔術士さんの顔に笑みが浮かぶ。なんだこれ。なんでスマホの充電切れてるんだ。一生保存ものだぞ。せめて脳内に焼き付けておこう。

 それから心の中で魔術士さんと呼ぶのも止めよう。


「って、俺のこともワンでいいよ。敬語も止めよう。俺も止めるから」

「え、でも……」

「ワン、です」


 ユーリアの口調を真似て言うと、彼女は微笑を浮かべる。


「ワン」

「ユーリア」


 二人で顔を見合わせて笑い合う。

 俺は今始めて心から生きていて良かった。そしてこの世界に来て良かったと思った。

 ついに来たのだ。この世の春が。

 ただ女の子と些細なことで笑い合うということの、なんと甘美で、愛おしいものか。

 俺は彼女と出会うためにこの世界に召喚されたに違いない!


「イチャイチャするのもいいが、魔術はどうした? 飯ができたぞ。ふたりとも」


 二人して飛び上がった。

 いつの間にか地面にできた水たまりを挟んだ辺りにアレリアさんが立っていて、半眼で俺とユーリアを見つめていた。


「うわっ、アレリアさん、いつから」

「猿人の辺りからだな。あれはいいな。猿人か。もっとも正しくは猿人(えんじん)だろうけれど。でもまあ少なくとも神人なんて偉ぶった言い方よりよほどいい。しかしユーリア嬢にフードを取らせるとは、ワンくんはなかなかのたらしだな。他の面々が砂糖を吐きそうだと言うので、私が呼びにきたが、なんだ、行き遅れの私に対する当て付けか?」

「いや、アレリアさんだって若いじゃないですか」

「皮肉……、じゃないようだな。君の世界ではそんなに結婚が遅いのか?」

「アレリアさんくらいならまだ結婚してない人のほうが多いと思いますよ」

「そうか、君を送り返せるなら私もついていくことにしよう」


 真顔でそんなことを言うアレリアさんに続いて、俺たちは竈に向かう。

 夕食は干し肉と乾燥野菜のスープと、携帯糧食だった。これでも野菜が入っているだけ贅沢なほうらしい。乾燥させた野菜は保存性が高いが、魔術で乾燥させるため値段が高い。しかしユーリアが乾燥させる魔術を使えるので、乾燥野菜を多目に用意できるのだそうだ。

 味はかなり塩辛かった。

 いつもは味付けを担当しているユーリアが俺に魔術を教えていたためこういうことになったようだ。今から水を足せばいいじゃないかとも思ったが、そうするとまた味が変わるらしい。料理のことはよく分からないので、塩辛さは水を飲んで誤魔化すことにする。

 飲水はユーリアが作り出せるのでいくらでも贅沢ができるのだ。

 携帯糧食とはアレリア先生の弁だったが、他のメンバーは堅パンと呼んでいた。たぶん、こっちが一般的な名称なのだろう。これはスープに浸して柔らかくしてから食べるものであるようだ。ただ堅パンがスープを吸い込みすぎて、肝心のスープのほうがほぼ消えてなくなってしまったけれど。

 異世界に飛ばされて、記憶を失って、食事を胃が受け付けるかさえ分からなかったことを考えると、ひとまず腹が膨れたというのは贅沢なことなのだろう。それでももうちょっと美味しいものが食べたいと思ってしまうのは、飽食にまみれた日本人の業だろうか。

 食後に改めてユーリアから魔術の手ほどきを受けることになった。

 今度は真面目に、だ。


「まず、魔術士になるための、洗礼を、します……。する」

「洗礼?」

「はい。うん。普通は、赤ちゃん、お腹の中の赤ちゃんに、ステータスが見えたら、する」


 ユーリアのたどたどしい説明をまとめるとこういうことのようだった。

 女性のお腹の中の胎児がある程度育つとステータスが見えるようになる。その時点で魔力を胎児に流してやると、かなり高い確率でレベル2に上がるときに魔術士スキルを覚える。もちろんレベル2や3に上がってからでも構わないが、レベル1の時に比べるとぐっと確率が下がる。出生後にも魔術士スキルを獲得する可能性はあるが、かなり難しいようだ。

 だからこの世界では妊婦のお腹に新しいステータスが見えるようになると、魔術士に依頼して魔力を流してもらう。これを洗礼という。しかしそれには魔力操作というスキルが必要だ。そして魔力操作のスキルが高いほど赤子が魔術士スキルを得る可能性は高いと言われ、そういう魔術士に魔力を流すのを依頼するのは高額の依頼料が必要になるのだという。


「私は、魔力操作スキルが7あるので、適任、です。あ、です、は無し」

「ごめん、無理に敬語を止めなくてもいいよ。楽に喋って」

「はい。そのほうが、いい、です」


 ユーリアに促されて片手を差し出す。

 契約の時は両手が必要だったが、洗礼は体のどこかに触れればいいのだそうだ。もちろん胎児に施す場合は母親の体を通してということになる。

 俺の手にユーリアの細い手が重ねられる。アレリア先生の手とはまた違った柔らかさだ。細くて、弾力がある感じがする。


「あの、揉まない、で」

「ごめん!」


 いや、握手みたいなノリでぎゅっとしちゃったら、柔らかくてついつい止められなくなっただけなんです。本当に。

 でも美少女の口から揉まないでってなんかいいな。もう一回聞きたい。後、恥じらう顔ももっと見たい。


「いい、です。はじめます……」


 頬を染めたユーリアが宣言し、途端に揺さぶられるような衝撃が体の中を走り抜けた。

 てっきり魔力を操作するとか言う話だったから、アレリア先生との契約の時に感じた力の流れのようなものを想像していたが、これは全く違う。あの時はアレリア先生との間に何か繋がりのようなものを感じたが、今のこれは一方的に力で蹂躙されている。なにか違うものが体の中に入り込んだ感覚。そう、注射器で薬液を注入されたような冷たさが全身に広がっていく。

 思わず呻くような声が漏れる。

 寒い。

 全身が凍りついてしまいそうだ。


「や、やめ……」


 舌が痺れてうまく喋れない。

 しかしなんとかユーリアには伝わったようだ。

 全身に広がっていた寒気がすぅと引いていく。それに伴って全身の感覚も戻ってきた。体の隅々に温もりがあることに感謝する。つーか、魔力ってなんだよ。めっちゃ、こえーんだけど!


「いい抵抗、でした。素質、あります」

「今のが洗礼?」


 抵抗ってなんだよ。


「普通は何も感じない、です。私の魔力をちょっと送り込んだ、だけです」


 普通は他人の魔力を受け入れてもなんとも感じないらしい。だがそれは何も起きていないわけではなく、単に魔力に対して鈍感なだけなのだそうだ。他人の魔力というのは異物であって、それを送り込まれたら肉体はそれを排除しようとするか、取り込もうとするらしい。しかしその一連の流れは魔力を感知できない限り気づくようなものではないそうだ。


「抵抗されたので、押し入れました、です」


 最初の衝撃が抵抗で、その後の寒気は俺の体がユーリアの魔力を自分のものとして取り込もうとした反応らしい。


「魔力抵抗レベル2、くらいはあります」

「でも俺にスキルはないんだよね?」

「スキルが無くても、魔術が使えないという、わけではない、です」


 話をまとめると、スキルがあるから魔術が使えるというわけではなく、誰でも魔術は使えるが、スキルによってそれを補助しているということだそうだ。その他のスキルについても同様で、例え魔力抵抗スキルを持っていなくても魔力に対して抵抗はできるし、その程度も個人差がある。俺はまだスキルを持っていないが、素の状態で魔力抵抗レベル2に相当するくらいの抵抗力を持っているということだ。

 言われてみれば、戦士スキルが無ければ剣を振れないということはないだろう。調理スキルがあるかどうかは分からないが、それが無くてもそりゃ料理はできるだろう。俺は共通語スキルを持っていないが、この世界の共通語は日本語なので余裕で喋れるし、筆記もできる。


「そう言えばユーリアは共通語スキルは持ってないの?」

「持って、ません」

「取らないの?」

「スキルは、選べません、から」


 スキルはレベルが上がるときに手に入るが、どんなスキルが手に入るのかは分からないのだという。だが自分がすでに経験していることでなければスキルを習得できないことは分かっている。


「共通語、喋っていれば、そのうち、覚えます、から」


 スキルを習得できればよし、習得できなくとも自力で共通語を覚えることはできる、というわけだ。


「とりあえず今ので、魔術士スキルの習得条件は満たしたということだね」

「はい。でも、ワンは才能があると、思います。魔力感知はできているようですし、簡単な魔術の練習をしてもいいかもしれません。覚えたい系統は、ありますか?」

「系統か」


 系統というのは火、土、風、水、光、闇などの魔法の属性のことだそうだ。清々しいまでにゲームっぽい。そして複数の系統を扱うこともできるが、そうするとスキルの伸びが悪くなる。この世界では何かの系統に特化するのが当たり前のようだった。


「ユーリアは、どうして水系統を?」

「適性が、あったので、それと便利だから、です」

「便利?」

「旅の途中、飲み水に困りません。治癒魔術には水系統のものも多いです。それから綺麗に殺せます」

「ああ、なるほど。確かに便利……えっ?」


 なんか最後に聞き捨てならない言葉が混じっていたような?

 いや、まさかこんな美少女が、献立について説明するように淡々と、まさか。


「水を使って、窒息させます。毛皮を傷つけないので、高く売れます。ただお肉は血の味がつくので……」


 言ってるー!

 しかもかなりエグい。水系統に対する先入観が吹き飛んでしまった。

 ゲームだと属性ごとに同じ程度の威力の攻撃魔法が用意されていて、敵の弱点に合わせて使い分けるというのが一般的だろう。イメージとしては水の塊をぶつける感じだ。そんなんで本当にダメージがあるのか? とも思うが、水圧の強さを侮ってはいけない。例えばバケツ一杯の水が塊として飛んできて直撃したら、人に殴られたくらいの衝撃はあるだろう。一方で簡単に致命傷になりそうな火の攻撃魔法も同じくらいの威力だが、まあ、そのへんはゲームなんで仕方がないと言えるだろう。

 しかしそれらの魔法が現実となったとき、まさかどちらかというと弱いイメージのある水系統がこれほど凶悪なものに化けるとは。


「水系統ってかなり強いんだ」

「冒険者にとっては。……つまり、小規模です。より大規模な、つまり戦争なんかでは火や土系統が好まれます」


 水系統は窒息によって綺麗に敵を殺すことができるが、一体ずつだ。しかし火系統の魔術なら炎によってより広範囲に影響を及ぼせる。また土系統は陣地構築に役立つ。なるほど、系統ごとに求められる役割が違うのだ。そうなると安易に系統を決めてしまうことはできない。


「急いで決めなくて、いいです。魔術士スキルを覚えないと、系統スキルは覚えません」

「結局、レベルが上がらないとどうしようもないわけか」

「はい。不思議です。洗礼で、レベルが上がると思っていました」


 アレリア先生も契約でレベルが上がると思っていたようだ。

 とにかくレベルが上がりやすいらしいこの世界で、未だ俺のレベルは上がっていないらしい。


「経験値とかって見えないのかな?」

「経験値、ですか?」

「つまりあとどれくらいでレベルが上がるのか分からないのかなって」

「いえ、そういう目安はない、です、ね」


 経験値制ではないのか、単にステータスとやらに表示されないだけか。どちらにせよ、俺のレベルが上がらないという状況の改善にはならないようだ。


「睡眠を取ったらレベルが上がるとかないかな?」


 馬もいるし、馬小屋扱い的なアレで。


「聞いたこと、ない、です」


 ダメか。いや、俺の場合には当てはまるかもしれない。まあ、でもそれは明日の朝になれば分かることだ。今、焦って寝させてくれとか言っても仕方ない。今は今のうちにできることをしよう。


「それじゃ魔力操作ってどうやるのかな? 系統とは関係ないスキルっぽいけど」

「そうですね。魔力操作は、系統とは違う枝のスキル、です。使い道が洗礼だけ、なので、あまりオススメできません、けど」

「そうなんだ。なんかすごい便利そうなスキルだと思ったけど」

「魔力操作スキルが5あれば、洗礼士を名乗れます。アルゼキア王国では、国から保護されます」

「うーん、でもアルゼキア王国かあ」


 ユーリアを差別している国だからあんまりお世話になりたくないんだよなあ。


「先生はアルゼキア王国の、偉い方です、から、ワンはアルゼキア王国に行きますから」

「そういえばそうだった」


 考えてみればアレリア先生にお世話になる以上、アルゼキア王国に到着すればユーリアとはお別れなのだ。

 なんてこった。

 なんで俺はアレリア先生と契約してしまったんだ。

 先にユーリアがフードを取ってくれていれば、少なくとも判断を保留しただろうに!

 俺は頭を抱えて自分の判断を後悔することになるのだった。

それでいいのか主人公。


次回は10月5日0時更新です。

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異世界転移ものの新作を始めました。
ゲーム化した現代日本と、別のゲーム世界とを行き来できるようになった主人公が女の子とイチャイチャしたり、お仕事したり、冒険したり、イチャイチャする話です。
1話1000~2000文字の気軽に読める異世界ファンタジー作品となっております。
どうぞよろしくお願いいたします。

異世界現代あっちこっち
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