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第一話 冬の訪れ

 森の中に整備された街道を行く。

 一息ごとに吐く息は白くたなびき、虚空へと消えていく。

 手綱を握る手は兎の毛皮のグローブに覆われていたが、それでも指先がかじかんで痛みが走る。日本の防寒具があればこんなに寒い思いをしなくても済むのだろうか。そんなことは考えてもしかたがないと分かっていても考えずにはいられない。

 冬期に入ったばかりにも関わらず、朝には霜が張るようになっていた。この世界の冬は俺が想像していたものよりずっと厳しいのかもしれない。

 ユーリアが言うにはハルド公国を出て、その後森に入った時点ですでにオーテルロー公国の領土内には入っているらしい。だとすれば、できれば雪の降りだす前に首都であるブライゼンに到着することを祈るだけだ。


 その後も街道を進むと夕刻には少し早い時間にイルスンという名前の宿場町に着いた。野宿が厳しくなってきたこともあって今日はこの町で宿を取ることにする。

 緑風亭という宿の主人は俺たちの姿を認めるなり、兎人の言葉でわーっと話しかけてきた。ぶっちゃけ何が何やら分からない。それに対してユーリアが兎人の言葉で返す。いつもの彼女からは想像もできない饒舌さだ。ブリッグの冒険者キャンプでも思ったが、兎人の言葉で話すときのユーリアは饒舌なのかもしれない。


「私を覚えていた、そうです。それで……」

「奴隷になんかなっちまって言わんこっちゃないって話をしてたんですわ。悪ぅない人に買ってもらえたようで、この子は運が良かったですな」


 共通語スキル2を持つ宿の主人は、やや訛り混じりな感じのする口調で話しかけてくる。共通語が使えるなら最初からそうして欲しかった。


「この子は器量がいいでしょう? きっとそういう連中に目ぇつけられるだろな、と思ぅとったわけですわ。ですんで、父親探しに行く言うても止めたんですけどねぇ。まあやっぱりか、という感じですわな」

「でしょうね」


 そう考えるとよくもまあ無事にフィリップたちと合流するまで無事でいられたものだ。兎人の一人旅など、いくら冒険者だと主張したところでアルゼキア領土を抜けるのは困難だったはずだ。

 ちなみにオーテルロー公国に入るに当たってユーリアとは口裏を合わせてある。アルゼキアで人攫いにあって奴隷商人に売り飛ばされ、それを冒険者である俺が買い取ったということにした。なのでこの宿の主人もそういう話をユーリアから聞いたはずだ。


「彼女らに普通の客人用の部屋をひとつ、俺の部屋をひとつでお願いします」

「お客さんは分かってるね。ブライゼンでもそうしたほうがいいよ」

「オーテルロー公国だからってわけじゃないですよ。宿を取れる時はいつでもこうです」


 わざわざ付け加えることでもないが一応自尊心のために言っておく。兎人の国だからユーリアたちに客室を与えるわけではない。俺は必要な時以外は彼女らを奴隷扱いするつもりはない。

 本当はオーテルロー公国に入るに当たってユーリアを奴隷から解放するということも考えたのだ。ユーリア自身も母親の墓参りという目的があるし、すぐさまフィリップのところに向かうとも考えにくい。だがユーリア自身が俺の奴隷のままでいることを望んだのでこういうことになっている。というのもまあ、スキルを自由に伸ばせるというメリットのためだそうだ。

 まあ、そりゃそうだ。でなければ誰が好き好んで奴隷でなんているものか。と、思ったけどシャーリエは解放すれば望んでアレリア先生の奴隷に戻りそうではある。当のアレリア先生が奴隷であるので、その奴隷になるのは無理なんだそうだが。

 そりゃアレリア先生に全権を委ねたところで、その全権はそのまま俺のところに来るのである。


「暖炉の薪はあらかじめ置いてある分は宿賃に含まれてるけど、追加の場合は料金を取るからな」


 そういうわけだったのでとりあえず俺の部屋に集まり、暖炉に魔術で火を入れる。

そしてオーテルロー公国について改めてアレリア先生とユーリアから話を聞くことにした。


 ガレツトムル山脈以降に通ってきたレルン公国、ハルド公国、そしてオーテルロー公国はいずれもブラムストンブルク王家に連なる連邦国家の一部で、自治権を有するものの、あくまでブラムストンブルク王国の一部である。各国はその治める貴族と同じ人種の人が集まりやすく、兎人であるオーテルロー公爵の治めるオーテルロー公国は兎人の国であるとも言える。

 また兎人は自分たち独自の文化を重要視する傾向がある。例えば言語にしても共通語よりも兎人独自の言語を優先して使う。そのためオーテルロー公国ではユーリアの通訳が必要になる場面も出てくるだろう。

 また魔界と広く接しており、冒険者が仕事に困らない国でもある。

 武術大会が行われているのも武芸者を集め、傭兵として雇うのが目的なんだそうだ。というのもオーテルロー公国は決まって秋期の中頃から魔族が攻めてきて、冬期に入り雪が降りだすと撤退するのだそうだ。だから夏の間に武術大会を開いて武芸者を雇っておく。こうして秋から始まる戦いに備えるわけだ。

 そこまで聞いて俺はふと気がついた。


「それじゃ今がまさにその真っ最中じゃないか」


 そう言った途端だった。部屋の扉が荒々しく叩かれた。

 宿の中ということもあって気を抜いていた。探知スキルで探ると扉の向こうには4人分の気配がする。

 1人は宿の主人だが、残りの3人は武装しているようだ。

 あまり尋常な気配ではない。


「みんな、構えて」


 念の為に小声でそう伝える。

 俺とユーリア、アレリア先生は杖を手にしたが、シャーリエの武具は隣の部屋だ。いざという時は魔術で壁を打ち抜かなければならないかもしれない。

 扉の向こうからは荒々しい口調で何やら呼びかけられているが、どうやら兎人の言語で意味が分からない。

 そのことが一層俺たちを警戒させる。


「オーテルローの、兵士、のようです」


 ユーリアが緊張の面持ちでそう言った。


「なんて言ってる?」

「治癒術士がいることは分かっている。我々は、ええと、オーテルロー公国の軍務である。至急、扉を開ける、を、要請する。反抗、を、するな」

「あんまり言うことを聞きたくない感じだな」

「そういうわけにもいかないだろう」

「確かに、外も囲まれてるっぽいな」


 探知スキルによれば宿の外もぐるりと兵士が取り囲んでいるようだ。数は10人から20人の間くらいだろう。強行的に突破できる数とも思えない。


「仕方ない。シャーリエ、扉の鍵を開けてくれ」

「はい。承知しました」


 シャーリエが鍵を開けると、ドタドタと靴音も荒く武装した3人の兵士が部屋に入ってきた。彼らは俺たちを一瞥すると、懐から一枚の書状を取り出してたどたどしく読み上げた。


「我々は、オーテルロー公国軍の、強制徴募隊、である。ブラムストンブルク王家と、オーテルロー公爵の許可、において、国内の、有益な、人材を、臨時徴用する権利がある。これに、異議を述べる、場合は、オーテルロー公国の、司法裁判所へ申し立てること。しかし、判決が下るまで、軍務からは、逃れられないものとする」

「つまりどういうことなんだ?」


 唖然とした俺のつぶやきに返事をしたのはアレリア先生だった。


「私たちは徴兵されたんですよ。ご主人様」

「徴兵って、そんなことまでしているのか」

「ちょっと聞いてみます」


 ユーリアが兎人の言葉で兵士らに話しかけると、彼らの態度が目に見えて軟化した。どうやら彼らも慣れない共通語を使わなければならないことで緊張していたようだ。ユーリアとの間に活発なやりとりがあり、その後、ユーリアから事情を聞くことができた。


「安心、です。戦いには勝っているそう、です。ただ負傷者が多いので、治癒術士が足りていないので、こうして、強制徴募を、しているようです」

「そうか、不幸中の幸いだな」


 とは言っても不幸には違いない。

 俺たちは宿を引き払うことを要求され、宿の主人からは返金を受けた。


「悪ぅ思わんでな。これも義務ってやつでな」

「いいですよ。軍隊の命令なら仕方ないです」


 それから兵士たちに囲まれて、兵士たちの詰め所へと連れて行かれた。そこで4人で一部屋に押し込められた上に、外から鍵をかけられる。


「まるっきり囚人の扱いだな」

「逃げ出す人が多いのでしょう」


 外から聞き耳を立てられていることを考慮してかアレリア先生はよそ行きの口調のままだ。

 正直なところ俺も逃げ出したかったが、これだけの数の兵士を相手に犠牲を出さずに逃げ切る自信はない。まあ、自分ひとりなら潜入スキルやらなんやらで抜け出すことも可能だろうが、ユーリアやアレリア先生、シャーリエを残して逃げ出すわけにもいかない。


「戦争か。実感はわかないけど、こういう扱いを受けるものなんだな」


 もちろん現代日本人の俺に戦争の経験などがあるわけがない。戦争なんて言うものは遠い過去の出来事か、あるいは遠い別の国の事情だ。

 その部屋は上下二段の寝台が二組あるだけの質素な部屋だ。窓はあるが鉄格子が嵌っている。囚人みたいだと言ったが、これは囚人そのものだ。


「魔族との戦争ってどういうものなんだ?」

「ご主人様が普通の戦争をご存知だと仮定して付け加えるならば、お互いに捕虜を取らないことでしょう。敵に捕まれば拷問を受ける前に楽に殺してくれと祈るしかありません」

「なんで捕虜を取らないんだ?」

「わざわざ捕虜を取っても、食べさせるものがないからです」


 そうだった。人類と魔族では食べられるものが根本的に違うのだ。人類側は魔族の、魔族側は人類の食料など用意していないから捕虜を取っても食わせておくことができない。だからわざわざ捕虜を取るようなことはしない。

 魔族との戦争とはつまり、皆殺しの殲滅戦だ。

 ぞっとして寒さではない震えが来る。

 それを抑えようと膝に手を置いた時、扉の鍵が音を立てて外れ、一人の士官と思しき服装の兎人の男性が部屋に入ってきた。

 名前はユエル、レベルは74で年齢は35歳だ。戦士スキル5で、彼一人なら簡単に制圧できそうだったが、それをして得られるものも無いだろう。


「さっき強制徴募されてきたのは君たちだな。ふむ、魔術士とその奴隷が3人か。ではアイン君、まず志願の意思があるかな?」


 意外なほど丁寧な共通語で彼はまずそう問うてきた。


「志願の意思があるとどうなるんですか?」

「なんだ、その説明もしなかったのか。仕方のない連中だな。まあいい。志願兵の場合、給金が先に支払われる。行動にも多少の自由が利く。部隊の希望も言える。ただし契約期間は戦争の終結までということになる。強制徴募の場合は給金は契約期間の終了後に支払われる。行動の制限はいま君たちが感じている不自由が続く。部隊は適性に応じてこちらで配属する。とは言っても君らは治癒術士として連れて来られたわけだが。そして契約期間は2期、つまり110日間と定められている」

「110日が過ぎても戦争が続いていた場合、足抜けしたその場に強制徴募隊が待ち受けていないという保証はあるんですか?」


 気になったところを聞くと、彼は目を丸くした。


「なるほど。それは考えたことが無かったな。なにせ魔族は雪が降りだすと撤退してしまうからね。2期を越えて戦争が続いている状況というのを想定していないんだ。そんなことにはならないと言いたいが、保証はできかねるな」


 ユエル氏は本気で考えこんでしまったようだ。何やら兎人の言葉でぶつぶつとしゃべりだす。

 いい加減ユーリアの通訳に頼るのも負担だったので、こっそりスマホを取り出し、兎人語スキルを習得する。とりあえず1だけでは片言しか聞こえてこなかったので、2まで修得する。なんとか聞き取れる範囲になってきた。


『――に慣れすぎている。同じことの繰り返しで。今回も同じとは限らないのではないか。このまま負傷者が増え続けたら前線は維持できるか? (分からない言葉) だが治癒術士の不足だけは明らかだ。おっと、いかん』


 ユエル氏がこちらを見据える前に兎人語スキルを3に上げてそっとポケットにしまう。


「悪い。少し考えこんでしまった。まあ雪が降れば魔族も補給が困難になるから撤退するはずだ。心配はいらない。だが一応は志願してもらえるとありがたい。そうしてくれると鍵はかからず、君たちはトイレに行くにも誰かの監視を受けなければならないということはなくなるという寸法だ」


 俺は3人を振り返る。

 トイレに限ったことではなく、女性には別の問題もつきまとう。日々の半分くらいは誰かしらは女性特有の出血を伴う体調不良がやってきているということだ。監視を受け続けるというのは彼女らにとって大きな負担になるだろう。


「俺たちが戦争に参加するのは避けられないんですね?」

「拒否は認められない。力づくでとなれば、君たちはこの詰め所の兵士くらいならなぎ倒していけるだろうな。だがブラムストンブルクにはいられなくなるものと思った方がいい。それともこの町の住人ごと皆殺しにしてしまうかね?」

「そんな、とんでもない」


 俺たちのスキルはユーリアを除いて最大が6になるように偽装している。スキルの高さが往々にしてトラブルを運んでくることを学んだからだ。ユーリアについては名前を変えていないこともあって、魔術士8の水8にしてある。

 だから彼の言うことは単なる喩えで、実際に俺たちがこの詰め所の兵士を全滅させられるとは思っていないに違いない。逆手の脅し文句のようなものだ。つまりそれくらいしなければ、お前たちの手配書が出まわることになるぞ、ということだろう。

 手配書自体は名前を変えることでごまかせるだろうが、これからブライゼンに向かうに当たってユーリアの手配書が出まわるような事態は避けたい。


「志願兵であれば多少は行動の自由が利くんですね?」

「約束しよう」

「後方で怪我人の治療に当たるような部隊への配属を望みますが、可能ですか?」

「初めからそのつもりだ」

「他の二人が俺たちから引き離されるようなことも望みません」

「無論だ。奴隷を主人から引き離すようなことはできない」


 こちらの要求は全て通った。何か他に確認しておくことがあるだろうか?

 俺はアレリア先生をちらりと見やる。


「ひとつよろしいでしょうか?」


 俺はユエル氏を見やったが、彼はじっと待っていた。

 ああ、そうか、よろしいかどうかは俺の判断なのか。


「いいよ。というか、お願い」

「では、なにをもって戦争の終結と判断するのかお聞かせいただいていません」

「なにって、そりゃ魔族が撤退すれば――」

「オーテルロー公国がそれでも戦争が終わったとしなければ、志願兵はいつまでも兵役に捕らわれることになるかと思います」


 言われてみれば確かに志願兵の兵役終了条件は戦争の終結だ。その戦争の終結をオーテルロー公国がいつになっても宣言しなければ、兵役はずっと続くということになる。


「と、彼女は言ってますが、どうなんでしょう?」

「いやはや、新鮮な意見が聞けて嬉しいよ。我々にとっては毎年のことなのでね。つい当たり前のことだと思って説明を忘れてしまうようだ。公国軍司令部が魔族の撤退を確認できたら戦争の終結を宣言することになっている。それ以上志願兵を引き止めておく理由も財源も無いよ。それについて心配はいらない。なんなら例外にはなるが契約期間の定めを設けてもいいよ」

「どういった形になりますか?」

「戦争の終結か、あるいは冬期の終わりまで、でどうだろう」

「そこまで譲歩してくださる理由はなんでしょうか?」

「優秀な治癒術士に気持よく仕事をしてもらいたいのがひとつ。もうひとつは君たちを監視するのに余計な兵を割きたくない」


 もう一度アレリア先生に視線を向けると彼女は頷いた。


「では志願します」

「よろしい。では契約だ」


 俺は両手を差し出す。そこにユエル氏の手が重ねられた。


「宣言する。ミラン・デルサ・オーテルローの代理人としてユエルはアインを魔族との戦争においてこれが終結するか、冬期の終わりまでの間、志願兵として迎え入れる。報酬として金貨一枚を先払いし、またその働きに応じて報奨金が出るものとする」

「承諾します」


 こうして契約は成り、俺は志願兵として魔族との戦争に駆り出されることになったのだった。

 正直、報酬がやっすいなと思ったのはここだけの話だ。

たくさんのブックマークや評価、感想などありがとうございました。

テンションマックスで一区切り書いてしまったので連続投稿させていただきます。

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異世界転移ものの新作を始めました。
ゲーム化した現代日本と、別のゲーム世界とを行き来できるようになった主人公が女の子とイチャイチャしたり、お仕事したり、冒険したり、イチャイチャする話です。
1話1000~2000文字の気軽に読める異世界ファンタジー作品となっております。
どうぞよろしくお願いいたします。

異世界現代あっちこっち
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