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第十話 レルン公国にて

 山脈を抜けレルン公国に辿り着いた俺たちは長雨によって足を止められていた。

 別に雨の中を強行軍してもいいのだが、やはり体力の消耗が激しいし、寒さが厳しくなってきたこともあって、雨の終わりを待っている。ここからなら例え雨が雪に変わっても、それから急げば積もる前になんとかオーテルロー公国に辿り着けるというユーリアの意見もあった。

 そんなわけで各自ゆっくりとした時間を過ごしている、というわけでもない。シャーリエの希望もあって、雨の中でも朝夕の鍛錬は続けている。実際何かと戦う事になった時に天候は選べないのだから、雨の中で戦う練習も必要だろう。

 今朝も薄暗い時間から起きだした俺たちは、街の外に出て適当な空き地で泥まみれになりながら模擬戦闘を繰り広げていた。

 水たまりに足を取られ、盛大にすっ転んだ俺に、シャーリエは容赦なく木剣を突きつける。


 パチパチパチ、と拍手が送られた。


 感知スキルで人の接近には気付いていたが、一人だったし、ゆっくりした動きなので特に警戒はしていなかった。実際、その人物は俺とシャーリエから程々の距離で足を止め、俺たちの模擬戦闘を見学していたようだ。


「見事なものだ。もう少し見学していってもいいかね?」


 傘を差して俺たちを眺めているのはグラントという名前の、契約数から察するにこの街の冒険者ギルド長であるようだ。狐耳だから狐人(こじん)ということになるのだろうか? それとも犬人に分類されるのか? これはアレリア先生に聞いてみよう。

 同じ冒険者ギルド長でもオブライエン氏とは違い、戦士スキルが7と高い。容姿もバリバリの武官と言った雰囲気だ。腰には長剣を差している。


「構いませんよ。むしろ助言を頂きたいくらいです」


 この街の冒険者ギルドには登録に行っていない。ブリッグの時のように面倒なことに巻き込まれるのはごめんだったからだ。だが高レベルの魔術士が街に滞在していることは知られているし、ひょっとしたらギルド側から何らかの接触はあるかもしれないと思っていた。まさかギルド長が出てくるとは思っていなかったが。


「残念ながらオレは戦士でな。体術の得意な魔術士殿に教えられるようなことはない。だがそちらの奴隷戦士の本気には興味がある」


 まあ、そっちですよねー。

 シャーリエの戦士スキルは6で、グラント氏とはひとつしか違わない。シャーリエのレベルは29で、グラント氏のレベルは92だ。興味を引かれるのも無理は無い。それにシャーリエが俺との鍛錬で手加減をしていることも知っていた。身体強化を使いこなすようになったシャーリエはもはや俺ではどうしようもないほど強くなっている。


「よければ一手交えてはもらえないだろうか?」

「アイン様?」

「リンダがやってみたいならいいよ」

「では、お願いします」


 グラント氏が傘を無造作に捨て、長剣を抜いた。


「心配せずとも刃は潰してある。怪我はさせん」


 それは傲慢とも言える物言いだったが、それだけの実力があると自覚しているということなのだろう。実際、剣を構えたグラント氏の威圧感は物凄く、俺なら接近することも躊躇うほどだ。


「行きます」


 しかしシャーリエは躊躇わずにグラント氏に向けて突進した。姿勢を低くして、ほとんど足を上げないすり足のような疾走。初めから身体強化で一気に距離を詰める。だがその突進はグラント氏の間合いに入った瞬間に横移動に変わる。金属のぶつかり合う音が一瞬遅れて聞こえる。

 えっ、どこで打ち合いが発生したのか分からなかった。

 シャーリエは足を止めずにグラント氏の横に横に回り込もうとするが、グラント氏もゆっくりとした足取りで立ち位置を変えながら、シャーリエの回りこみを防ぎ続ける。その間には剣と盾の激しい攻防がある。

 シャーリエの武器は短剣だから、攻撃を当てるにはグラント氏の間合いのさらに内側に入り込まなければならない。だがその動きは今のところ全てグラント氏の剣による攻撃で阻まれていた。いや、それだけではない。シャーリエは盾でグラント氏の剣を受け、流し、その内側に飛び込むのだが、そこにはすでにグラント氏がいないのだ。グラント氏はシャーリエの動きを先読みして移動している。

 このままでは埒が明かないと思ったのか、シャーリエが一旦距離を置いた。ちらりと俺に視線を向けるが、その意味は分かりかねた。

 シャーリエは大きく息を吸うと、再度グラント氏の間合いに飛び込んでいく。打ち込まれる剣撃を受けるのではなく、回避して、返す剣撃を盾で打ち払い、一歩下がり、右へ一歩、再び間合いへ。

 動きの質が変わった。これまではがむしゃらにグラント氏の懐に飛び込もうとしていたのに、今はその攻撃をいなし、受け流すことに集中しているように見える。間合いのギリギリを行ったり来たりしながら、一方的に打ち込まれる攻撃を受け続ける。


「ふむ」


 グラント氏が突然シャーリエとは違う方向に踏み込んだ。その瞬間、シャーリエは素早くその前に回り込み、彼女には当たるはずのなかった剣撃を受け止める。


「そうか、面白い」


 そこからは完全に一方的な展開になった。グラント氏が踏み込めばシャーリエは下がり、ひたすらその攻撃を受け続ける。なぜあれほどの敏捷性を持つシャーリエが足を止めて攻撃を受け続けているのか分からない。距離を取って回り込み、隙をついて飛び込むのが彼女の戦法のはずだからだ。しかしシャーリエは足を止めて攻撃を受け続けることを選んだ。やがて防戦一方のそれにも限界が訪れる。シャーリエの盾が大きく弾かれ、その喉元にグラント氏の剣が突きつけられた。


「参りました」

「どうかな? 君の描いた戦闘では、すでに私に勝利していただろう」

「いいえ、勝てないと分かったからこそです」

「実に面白い。アイン君、彼女を私に売ってくれないかね? 金貨で10枚出そう」

「えっ」


 突然の提案に俺は固まる。しかしその思考停止を一瞬で振り払う。


「いやいや、売りませんよ」

「15枚ならどうだ」

「いくら積まれても売りませんってば」

「むぅ、まあそうだろうな。これほどの前衛を手放す気にはなれまい」

「というか、リンダは負けたんですよね?」

「そうだ。だがこれが実戦なら彼女がオレを引き付けている間に君が魔術でオレを倒せただろ?」

「グラント様!」


 何故かシャーリエは真っ赤になってわたわたと慌てていた。


「何がいけない? 彼女は君と一緒に戦っていたんだ。だからオレが君を攻撃しようとしたらその前に立ちはだかった。オレを君の元に行かせまいとしてな。実際にオレは攻めあぐねていたから、勝負は君たちの勝ちだ」

「あーっ」


 シャーリエは顔を覆ってその場にしゃがみこんでしまう。

 何がそんなに恥ずかしいのか分からないが、とにかく途中からシャーリエの動きが変わった理由は分かった。グラント氏と戦っていたシャーリエは何かの理由で途中から俺を含めた集団戦を想定した戦い方に変更したのだ。だから闇雲に攻撃するのを避け、防御に専念した。そう言えばその前に一度こちらに目線をくれた気がする。まさか俺に魔術を使えということだったのだろうか? いや、本当に俺が介入することは望んでいなかっただろう。ただ守るべき対象を確認する行為だったに違いない。


「しかしどうして冒険者登録してくれないんだ。君たちになら頼める仕事がいくらでもあるぞ」

「雨が上がったらすぐにでも旅立つ予定ですので」

「旅の途中か。それならば仕方ないか。しかし、ううむ」


 それから俺たちはグラント氏に強引に勧められて、一緒に朝食をとることになってしまった。シャーリエは宿に残してきたアレリア先生が心配そうだったが、先生は先生で惰眠を貪れて嬉しいだろう。ユーリアとアレリア先生の二人はこの街に逗留してからというもの、すっかり自堕落な生活に染まりきっている。

 冒険者ギルドでは応接室に通された。水気を魔術で払い、ドライヤー術で体を温める。シャーリエはどこか落ち着かない様子でそわそわしている。


「どうしたの?」

「いえ、なんでもないのです。本当になんでも」


 言っている内に頬が赤く染まりだす。


「違うんです。ただ自分勝手な戦い方をしてしまって恥ずかしいのです」

「さっきの? 俺を守りながら戦ってくれたやつ?」

「うう、いじわるです」

「いや、リンダがそういう練習をしようと考えて実行しただけのことだろ? むしろすごいと思うけどな。そういう発想が出てくるってことは、いつも俺たちを守って戦おうとしてくれてる証拠だろ?」

「言わないでくださいぃ」


 相変わらずどこが恥ずかしいのか分からなかったが、シャーリエにとってそれを知られることは恥ずかしいことであったらしい。あんまりからかっても悪いので、それ以上言うのは止めておく。


「実際のとこ、グラント氏は強かったな」

「はい。やはり実戦の経験が全然違うのだと思います」

「そうでもないぞ」


 そう言って着替えの終わったグラント氏が応接室に入ってきた。


「この辺りは魔界と接してもいないからな。オレは軍隊上がりだが、訓練の賜物だ。実戦と言えるのは武術大会くらいのものだな」

「オーテルロー公国で行われるという大会ですか?」

「そうだ。ひょっとして出場するために来たのか?」

「いいえ、そんなつもりはありませんよ」

「リンダ君ならいいところまで勝ち残れると思うぞ」

「あまり目立つのは好きではないので」


 あんまり目立つことをして天球教会の興味を引いたら厄介だ。この辺りは神人の勢力はあまり強くない地方だが、それでも警戒するのに越したことはない。

 そんなことを話していると朝食のパンとスープが運ばれてくる。

 それを食べながらグラント氏とシャーリエはしばらく先の模擬戦闘についての考察を話し合っていた。いい加減覚悟を決めたのか、シャーリエは頬を赤らめつつも、彼女が考えていた戦いの流れを説明する。

 やはり最初の数度の突撃で自分がグラント氏に敵わないということは察知したそうだ。それで考え方を切り替えて、この相手から仲間を守れるかどうかを試してみたくなった。一方でグラント氏はその考えに気がついて、俺を攻撃できるか試してみた、ということのようだ。

 勝手に人を戦闘に巻き込まないで欲しいものだが、それでお互いに得られるものがあったようなので、不問にしておく。


「それにしてもそのレベルでそのスキルとは凄まじい才能だ」


 この世界では何かのスキルを特化して習得できることを才能と言う。だからわずかレベル29にして戦士6盾6、魔術士5身体強化5を習得しているシャーリエはまさしく才能の塊に見えるに違いない。


「それを見込んで頼みがある。雨が上がるまでで構わん。ウチのある冒険者に稽古をつけてやってくれないか?」

「リンダが稽古をつけるんですか? つけてもらうんではなく?」

「そうだ。そいつにも才能がある。だがスキルがあることで自分がもう強いと思い込んでしまっている。それを叩きなおしてもらいたい」

「そういうのはギルド長である貴方の仕事では?」

「そうだ。だからオレの仕事として君たちに依頼しているんだ。もちろん報酬は出す」


 俺とシャーリエは顔を見合わせた。


「リンダはどうしたい?」

「ええと、その方を叩きのめせばいいんですか?」


 ひぇっ、なんか怖いこと言ってる。

 叩きなおすのと、叩きのめすのは、ずいぶんと違いがあるんじゃないだろうか。


「そういうことだ」


 そういうことなんだ。

 俺には分からない武の世界というやつだろうか。叩かれて強くなる、みたいな。まあ、俺も普段からシャーリエに叩きのめされながら体術を磨いているので、人のことはあんまり言えないな。


「アイン様さえよろしければお引き受けしようと思います」

「リンダがそう言うなら引き受けます」

「助かる。それにしても君らは面白い主従だな」

「そうですか?」


 とは言ったものの、確かに一般的な主従とはちょっと違うだろう。シャーリエは未だにアレリア先生を本当の主人だと思っているし、俺もそれを許容している。俺たちの関係は、天球教会から逃げるための仮初めの関係に過ぎない。だから俺はシャーリエの意思をできるだけ尊重したいと思っているし、シャーリエも最終的には俺の判断を仰ぐにせよ、自分の意見をしっかり言う。

 だがグラント氏の言いたいことはそれだけではなかったようだ。


「普通は主人と奴隷の訓練など、奴隷が一方的に叩きのめされるものだ。例え奴隷のほうが強くとも、主人がそれを許容したりなどせん」

「それじゃ俺の訓練になりませんよ。リンダにしても俺の攻撃をただ受けるだけじゃ訓練にならないでしょう。俺はもっと強くなりたいし、リンダにも強くなってほしい。まあ、今のところ俺じゃリンダの訓練相手を務めるには力不足ですからね。訓練で負けたくらいのことで腹を立てたりしてられませんよ」

「なるほど。君のような主人なら守りがいもあるのだろうな」

「そういうものなの?」


 シャーリエに聞いてみると、ぷいっと顔を逸らされた。

 まったく女の子はよく分からない。

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異世界転移ものの新作を始めました。
ゲーム化した現代日本と、別のゲーム世界とを行き来できるようになった主人公が女の子とイチャイチャしたり、お仕事したり、冒険したり、イチャイチャする話です。
1話1000~2000文字の気軽に読める異世界ファンタジー作品となっております。
どうぞよろしくお願いいたします。

異世界現代あっちこっち
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