第七話 地竜退治の報酬
「おまたせしましたー。……おじゃましましたー」
俺とアレリア先生が杖を抜き、腰を浮かせたのと、ニナという受付嬢がお茶を持って入ってきたのは同時だった。剣呑な空気を感じ取ったのか、扉を開いた時の笑顔のまま彼女は扉を閉じようとする。
「待って、待って、ニナちゃん、見捨てないでよー」
「いいえ、本当におじゃまみたいなんでー」
「まあまあ、皆さんも落ち着いて、とりあえずお茶でも飲みましょうよ。ねっ」
俺は改めてディクニス・オブライエン氏のステータスを確認する。レベルは79、とにかく結ばれている契約が多くて読みにくい。そこをかっ飛ばしてスキルの欄へ。鑑定は5、鑑定で俺のステータス偽装を見破ったわけではない。その他、交渉や弁舌などの如何にも文官めいたスキルが総じて高めだが、突出したスキルがあるわけでもない。戦士スキルは2、魔術士スキルも2。
だがその時俺はハッと気づいた。
俺自身の鑑定のレベルである。
とりあえずステータスを見るために習得しただけなので、俺の鑑定のレベルは1だ。もし誰かがステータス偽装を使っていたとしても、俺にそれを見破るのはほぼ不可能だ。まさかこの男性は……。
「そんな怖い顔で見つめないでよ。竜殺し君たち。君らが本気を出したら私なんてあっという間に死んでしまうよ」
そう言いながらもどこか余裕を窺わせるのはどうしてだろうか?
ニナさんも結局はなあなあと流されて、テーブルの上にお茶を用意して出て行った。
「それで、アレリア・アートマンというのはどちらのことでしょう?」
あ、アレリア先生は今更誤魔化すつもりなのか。
「いやぁ、不思議だよね。貴女は私の知っているケイト・アートマンという女性の若い頃に本当にそっくりだ。そしてそのお嬢さんが確かアレリアという名前でアルゼキアに住んでいるんだが、最近行方不明になってね。確か火系統の魔術士だと聞き及んでいるんだよね。いや、まあ、世の中同じ顔の人が三人はいるというからね」
そう言ってオブライエン氏はお茶に口をつけて、あちちと舌を火傷していた。
「そんな方がいるなら私もお会いしてみたいものです」
アレリア先生もニコッと笑ってオブライエン氏の腹芸に付き合うつもりらしい。こうなっては仕方ない。俺は探知スキルに気を払って、気がついたら衛兵に囲まれていたということがないようにするだけだ。
「ははっ、私も二人が並んでいるところを見てみたいね。本当に無事でいてくれたらそれだけでいいんだけどね」
「失礼ですが、オブライエンさんはそのアートマン家とはどう言ったご関係で?」
「エリック・アートマン、つまりケイトの旦那とはよく一緒に悪巧みをした仲でね。お互いちょっとやり過ぎたのさ」
そう言ってオブライエン氏は肩をすくめてみせる。
「いや、無事でなにより。ああ、地竜と相まみえた君たち全員のことだよ。報告は聞いているんだが、一応君たち自身の口からどういった経緯だったのかを聞いておきたくてね」
探知スキルは特に怪しい動きは捉えていない。
そこで俺たちは地竜を倒すに至った経緯をオブライエン氏に語って聞かせることになった。
「なるほどねぇ。地面に穴を開けて、水を満たし、上から土をかぶせて窒息か。それにしても、まあ、いや、この話はやめておこう。君たちの事情を深く詮索するつもりはないんだ。実際、アイン君は魔力切れを起こして倒れちゃったわけでしょ。命の危険があるときにスキル以上の実力を発揮する。よくあるよくある」
オブライエン氏はうんうんと頷いた。
「それにしても大きな功績だよ。あれほどの地竜退治となるとあの場にいた冒険者だけでは間に合わないと判断するのが当然だからね。冒険者ギルドではお手上げさ。ブリッグの領主に報告して、市兵を出して討伐することになっただろう。その場合、どれほどの犠牲が出たか想像もつかない。ギルドに強制徴募の命令が来たかもしれない。あれ、やなんだよねえ。その後冒険者がウチを避けるようになっちゃうからさ」
「そういうものなんですか?」
「それはそうだよ。君らだって自由にやりたいから冒険者をやってるんでしょ? 強制徴募されるかもしれないギルドと契約を結びたいかい?」
「なるほど。それは別の街に行きたくもなりますね」
実際に強制徴募が連続して出されることなんてほとんどないのだろうが、一度ついた印象というものは拭いがたいものだ。それに自由にやっていたところを命令されて、その後、その街に留まりたいともあまり思わないに違いない。
「そういうわけで、私としては君たちに感謝感激雨あられってなわけでね。おかげで西部開拓は躓かずに済んだ。まああれ自体はウチの事業ってわけじゃないんだが、ギルドが担っている役割は理解してもらえるんじゃないかな。それでお楽しみの報酬の話なんだが、実を言うと地竜の討伐報酬というのは設定してなかったんだ。いやぁ、困ったね。どうしよう?」
「いや、どうしようと言われましても」
「困ることでもないでしょう」
助け舟を出したのはアレリア先生だった。
「私たちが地竜を倒せなかった場合、強制徴募となったはずです。その場合に設定されたであろう報酬の全額が妥当ではないですか?」
「いやあ、仮に金貨十枚を人数で頭割りとなったとしても、半額は市からの補助が出るんだよ。それが今回は無いわけで、ウチから単独で出せる報酬となると五枚が相当かな、と」
「そうはおっしゃいますけれど、出るはずだった損害を未然に食い止めたわけですからその分は上乗せしていただかないと帳尻があいません。八枚はいただかないと。ですよね、ご主人様」
「あ、うん」
「ということです」
「遠慮がないね。父親に似て、いや、なんでもない。まあ討伐報酬よりも素材買い取りのほうが高額になると思うよ。傷のない地竜の素材だ。その辺の算定もそろそろ――」
「失礼しまーす」
「ほらきた」
扉が開き、再びニナという受付嬢が一枚の紙をオブライエン氏に渡していった。
「地竜の頭、牙や爪、皮、これらの買取価格が金貨23枚だ。討伐報酬は7枚にしてくれよ。合わせて金貨30枚。どうだい、命を賭けた価値のある金額にはなったと思わないかい?」
「少ないです」
今度の抗議はユーリアから上がった。
「傷の無い、地竜です。もっと高く、売れます」
「ちゃんとした場所に持ち込んで、例えばオークションにかければね。だけど君たちにはそんな余裕はないだろう? それとも地竜の素材を持ってどこかに売りに行くのかい? 例えばアルゼキアに?」
うっ、と俺たちは返答に詰まる。
「意地悪を言っているんじゃないんだよ。ウチの手間賃のことも考えてほしいなあ。地竜の解体作業にここまで運んでくる費用だってロハじゃない。これからアルゼキアに持ち込んで売るのだって手間がかかる。そういった諸々を差し引いたら妥当な金額だ。そうだろう?」
「それは、そうです」
どうやら交渉ではオブライエン氏のほうが一枚上手だ。交渉スキルは伊達ではないということだろうか。
「その代わりと言ってはなんだが、スレトンへの越橋許可証を出そう。私としては君たちに西部開拓をもっと手伝って欲しいんだが、そういうわけにもいかないだろう? 君たちは一刻も早くアルゼキアから遠ざかりたいんじゃないかい?」
それはまさに渡りに船な提案と言えた。
実質報酬に金貨四枚上乗せだ。もちろんギルドの支出としてはもっと少なくて済む上に、素材の売買でさらに儲けを出すつもりではあるのだろうが、俺たちが得られる報酬としてはこれ以上は無いのではないだろうか?
アレリア先生に目線を向けると、彼女もうんと頷いた。
「ではそれでよろしくお願いします」
「それじゃあ報酬を用意させよう。その間に悪いんだが、私とエリック・アートマンの話を聞いて行ってくれないか? なに、おじさんの昔話に少し付き合って欲しいだけさ」
結局のところ、オブライエン氏はアレリア先生の父親であるエリック・アートマンのかつての親友であるということのようだった。エリックさんの話も、アレリア先生に聞かせるのが目的だったようだ。
俺たちを挑発するような言動も、アレリア先生が本物か確かめる意図でのものだったのだろう。結果として俺たちは自分たちの精神面での偽装の甘さを思い知らされたわけだ。これはありがたい教訓として受け取っておこう。
それからアレリア先生が人の話を清聴しているという珍しいものも見せてもらった。先生にとっても父親の若いころの話というのは興味深いものであったようだ。すでに故人であれば尚更のことだ。
その後、報酬の金貨30枚と越橋許可証を受け取って俺たちは冒険者ギルドを後にした。
すぐにスレトンに向かうかどうかを話したが、もう日が暮れかかっていたこともあり、俺たちは一杯の麦酒亭で再び宿を借りることにした。なお一部屋の値段は銀貨3枚に上がっていたことを付け加えておく。まあ、そのおかげで部屋に空きがあるのだろう。
「しかし人の縁とは馬鹿にできないものだな」
「完全に見破られていたからなあ」
夕食後に三人が俺の部屋を訪ねてくる。
「ステータスさえ偽装できていれば見破られないと思っていたが、そこを当然のように疑う人もいるのだな。いい勉強になったよ」
「先生の場合は本当にお母さんにそっくりなんじゃないのか?」
「どうだろうな。私の母は私のようにガサツじゃなかったし、女性らしい女性だったよ。だから結婚できていたのだろうな」
「というより、アレリア様が身だしなみに気を使わなさすぎなのです。ちゃんとしてお淑やかにされていれば引く手あまただったでしょうに……」
「自分を殺してか? そんなのはもう私の人生ではないな。おっと、そんな話をしにきたんじゃなかった。ワン君、またレベルが上ったろう?」
「まあ、全員あげられる状態にはなっているね」
「私もか?」
「ああ、それが?」
「今回は私はレベルがあがるほどのことをしていないのに、と思ってな。シャーリエのレベルが上がるのが早いのが気になっていたんだが、ひょっとしたら君の奴隷でいる作用の一種なのかもしれない」
「まあ、とりあえずレベルを上げてみようか」
件のシャーリエからレベルを上げることにする。するとシャーリエのレベルは3つ上がり、29になった。確かにこの上昇はシャーリエが直接した経験にしては上がりすぎているような感じがする。
シャーリエはさらに盾スキルを伸ばすことを希望したが、俺はそれに待ったをかける。
「魔術士スキルをとってみる気はないか?」
シャーリエの習得可能スキルには魔術士スキルも含まれている。
「しかし私が魔術士スキルを取ったところであまり意味はないのでは?」
「いや、魔術士スキルの枝に身体強化スキルがあるんだ」
スキルについての説明はアレリア先生がしてくれた。俺の予想した通り、魔力を使って身体能力の向上を行うスキルで、これによって筋力を超えた武器を扱ったり、より俊敏に動けたりするようになるそうだ。しかし魔術士がそれを必要とすることは滅多に無いし、戦士は魔術士スキルがあまり伸びていないことがほとんどだ。発動具も必要とせず、習得できれば運が良いとされるスキルのひとつであるらしい。
「私の非力さを補うことができるというわけですね」
「俺も取っておくか迷ってるんだけどな」
「どれくらい上げられるものなのでしょう?」
「スキルポイントの残りが31あるから、5の5だな。どれくらい効果があるものなんだろう?」
「そうだな。これは予想だが、魔力の続く限りは並みの冒険者よりは強く、速くなれるだろう。前衛として人並みに役に立ちたいというのなら取らない手はないだろう」
「では、そうします」
アレリア先生の助言でシャーリエのスキルポイントは魔術士と身体強化に割り振ることになった。さらにその枝として筋力や敏捷などのステータス直結の項目があるが、そこまで特化するよりは全体的な上昇が見込める身体強化に全振りしたほうがいいだろう。
アレリア先生は51に。言うまでもないが、魔術士スキルを上昇させて8になる。これでアレリア先生の魔術士スキルはユーリアに追いつき、アルゼキア王国でも最高値に達したことになる。
ユーリアのレベルが2つ上がる。地竜にトドメを差したのは彼女の水魔術だから、これはまあ当然だろう。スキルは魔術士と水系統を9に。今回限界まで水を呼び出してギリギリだったことが堪えているのだろう。さらに余ったポイントで治癒を6に上げた。
俺のレベルも2つ上がった。スキルポイントについては保留しておく。今回もそうだったが、状況に合わせてスキルを習得できるようにしておくことが生存の鍵のような気がするからだ。ただひとつだけ取りたいスキルがあるので、後でこっそり取っておこうと思う。
「やはり何かレベルが上がりやすい状態になっているようだな」
「全員のした経験を均等に割っている、という感じでもないですね」
でなければ俺とユーリアが2つずつ上昇した理由付けにならない。
「でもまあ、いいことなんじゃないですか?」
「それはそうだが、私としてはどういう理由でそうなっているのかが気になって仕方がない」
その後もアレリア先生はあーだこーだ言いながらうんうん考えていたが、結局結論が出ることはなかった。俺としては皆のレベルが上がりやすいことで、皆がより強くなり、その安全が確保できるならそれで十分で、別にその理由について考えなくてもいいんじゃないかと思う。
ただ、
「もうシャーリエと組手して勝てる気がまったくしないなあ」
と、俺はそうこぼすのだった。




