第五話 竜種との出会い
夜がやってくるとブリッグ西部開拓本部のキャンプ地はにわかに賑わいを見せ始めた。駆除作業中はついぞ見かけることがなかった他の冒険者たちもそれぞれに帰還して、その日の稼ぎを冒険者ギルドの出張所に納め、夕食を口にした後は、キャンプ地の中央に用意された篝火に誰ともなしに集まり始め、無料の酒と肴で飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎが始まったのだ。
自分たちの天幕の中でアレリア先生のありがたい魔術講義を聞いていた俺たちも誘われるようにその輪に加わることになった。
どうやら大鼠の巣を3つも完全に駆除した俺たちの話は彼らにも伝わっていたようで、称賛とやっかみの混じった歓迎を受ける。特に女性を三人も奴隷にしている俺に対しては羨みが一番多かったように思う。
「贅沢極まりない野郎だ!」
「そうだー!」
「一人よこせー!」
お酒の入った冒険者たちの非難をまあまあとなだめすかしながら、俺も葡萄酒の相伴に預かる。この世界では飲酒に特に年齢制限はないようだ。というより年齢が重視されていないんだった。レベル48の俺はとっくに一人前扱いということだろう。
「うえっ、よくこんなもの飲めますね」
初めて飲んだ葡萄酒は酸っぱくてとても飲めたものじゃない。しかしそんな俺を冒険者たちは囃し立て、飲ーめ! 飲ーめ! とコールが始まる。ここで引き下がるわけにはいかないので、俺は息を止めてカップの葡萄酒を一気に呷った。
口笛と喝采が上がる。
現代日本ならアルコールハラスメントもいいところだが、それで冒険者たちは俺を仲間と認めたようだ。
兎人の冒険者の一人がバイオリンに似た楽器を持ちだして来て軽快なリズムを奏でる。それに合わせて皆は陽気に手を叩いたり、歌ったりし始める。
なおアレリア先生は葡萄酒を呷りながら、余所の冒険者の魔術士さんと討論を始めており、シャーリエがその側で喧嘩にならないかとあわあわしている。
「ユーリアも羽を伸ばしておいで」
俺の側に待機していたユーリアに告げると、彼女は頷いてバイオリンを弾く兎人の冒険者の元に行き、曲が途切れたタイミングで声をかけた。すると彼はこれまでとは打って変わって、切なげなメロディーの曲を弾き始める。引き込まれるようなその音色に冒険者たちも聴き惚れるように静まり返る。
その音色に重なるようにユーリアの声色が加わった。普段の彼女からは想像もできないようなはっきりした声で、俺の知らない言語の曲を歌い始める。おそらくは兎人の曲なのであろう。歌詞は分からないでも、その切なげな曲調は冒険者たちをしんみりさせるには十分だった。
途中から他の兎人も歌い始め、彼らは故郷の曲を十分に堪能したようだ。
曲が終わり、拍手と口笛のあとは、また曲は軽快なサウンドに戻り、冒険者たちは喧騒を取り戻す。ユーリアのもとには何人かの兎人がやってきて、なにやら話をしているようだった。
そんな様子を眺めながら、俺はただ酔いと心地良い音楽に身を任せるのだった。
それから3日が過ぎた。
大鼠の駆除は順調に進んでいる。さらにワース氏の依頼もあって、大鼠の駆除が終わった周辺の草をアレリア先生の炎で全部焼いてしまうことになった。これだけの効率で大鼠を駆除できている冒険者は俺たちだけで、実質全滅させていっているので、その辺はもう開拓可能だからだ。
これが結構大変な作業なので、焼いた土地の広さに応じて別報酬をもらうことにしてある。アレリア先生の魔力だけでは追い付かなくなってきたので、俺も火スキルを4まで習得してアレリア先生の手伝いをするようになった。
他の皆もそれぞれにレベルが上がった。
ユーリアはレベル40になり、本人の意向で治癒を5にあげ、残ったスキルポイントは保留した。
アレリア先生はレベル50になり、これも本人の意向で魔術士を7に。この人は本気で魔術士11を確かめるつもりだ。
シャーリエは2つレベルが上がった。レベルは26になり、戦士と盾を6に、受け流しを4まで上げる。
本当にこの世界の人はできるだけ何かに特化するというのが当たり前であるようだ。魔術士の枝として火水風雷と習得している俺は邪道もいいところだろう。
そしてこれまでに稼いだのが銀貨にして30枚と少しと言ったところだ。3日の稼ぎとしては破格らしいが、大鼠の尻尾切り取り作業や、狼の毛皮の剥ぎ取り作業のことを考えると、それほどの稼ぎとは思えない。少なくとも三人が橋を渡るために金貨4枚を支払うことをあれほど反対した理由は分かった。俺は金貨一枚の価値を測り間違えていたようだ。
まあこれからは開拓した土地の広さに対する報酬も入るので、実入りはずっと良くなるだろう。
「それにしても自然破壊も甚だしいな」
辺り一面を焼け野原にしていくとそんな感想も浮かぶというものだ。
「魔界を焼くことに反対かね?」
「今は一方的に蹂躙してるからね。ちょっと悪いかな、という気はするかな」
逆に魔族によって人界が焼き払われて魔界として開拓されることもあるのだとは聞いている。だから俺の感想はあくまで現代日本人としての一般的な感想にすぎない。この世界では通用しない考え方だ。
「たしか君は平和な世界から来たのだったな。ならばそういう感想が出てくるのも仕方ないか。だが気を引き締めておきたまえ。今は我々が一方的に魔界を焼いているが、いつ魔界が反撃に転じてくるかは分からんのだ」
「魔族が、ではなく、魔界が?」
「そうだ。基本的に人界の生物より、魔界の生物のほうが凶暴で凶悪だ。あんなに大きな鼠は人界には存在していないだろう?」
「いや、知らないけど、そうなんだ」
人界にだって探せばそれなりの大きさの鼠だっていそうなものではある。例えばヌートリアなんかが鼠の仲間でかなり大きいのではなかっただろうか? どれくらいの大きさなのかまでは知らないが、大鼠だって俺たちより大きいということはないし、基本的には襲ってこないので、凶暴凶悪というのにもちょっと首をかしげたくなるところがある。
「まあ、仕事だから、やることはやるよ」
などと嘯いていられたのはその日の午後までのことだった。
探知スキルに引っかかったのは狼より大きい生き物の群れだった。数がかつてないほど多い。数えきれない。まっすぐこちらに向かってくるわけではないが、目視できるくらいの距離を横切ることになるだろう。やがて地鳴りが始まり、その生き物の群れが目指できるようになった。
俺たちは大鼠の巣を探す作業を中断して、草むらに身を潜める。
「水牛の群れか。何かから逃げているな」
やがて追っている側も視界に入る。
「あれは!」
俺はびっくりして立ち上がりそうになり、左右から抱え込まれる。
水牛を追っていたのは二本足で走る生き物の群れだった。その体の大きさは水牛よりも一回りほど大きい。俺たちからすれば見上げるくらいの大きさになるだろう。鋭い牙と爪を持ち、赤茶色の羽毛に覆われているそれは、
「恐竜じゃねーか!」
種類までは分からないし、かつて地球にいた恐竜と同じものなのかどうかは分からない。分かるわけもないが、少なくとも恐竜と呼ばれていた生き物に酷似した何かであるのは間違いなかった。
「小型の竜種だ。イーサラプトルという種類で、群れで行動する厄介な相手だな」
「竜種って、確かに竜ですねぇ!」
明らかにファンタジー世界で思い浮かべる竜とは違う生き物だったが、恐竜であるならば、確かに竜の名前を冠するに値する生き物ではあろう。
いや、だが、でも、なんか違うだろうと思ってしまうのは分かっていただけるのではないだろうか。
竜と言っても色々あるだろうが、せっかくのファンタジー世界なのだから、どうせならいわゆるドラゴンというやつが出てきてくれてもいいはずだ。
その時、丘向こうから小型の竜種の群れの横に突っ込んでくる巨大な影が現れた。その巨大な生き物は大きな顎で竜種の一匹を咥え込むと、そのまま地面に叩き付けた。
「なんてこった。地竜のお出ましだ」
いや、呼んでないからね。本当に俺が呼んだわけじゃないからね!
誰に言うとでもなく、心の中で言い訳をする。
イーサラプトルの一匹を仕留めた地竜は、そのままイーサラプトルの群れを追いかける。水牛を追いかけていたはずの、イーサラプトルの群れは一転、追われる立場へと変わり、その向きを変える。
「ヤバい。こっちに来るぞ」
狙って来ているわけではないだろうが、イーサラプトルが方向転換したのは俺たちのいる方向だった。近づいてくるにつれ、その大きさが分かるが、イーサラプトルは小さいものでも、俺よりもずっと背丈がある。ということは、それを簡単に咥え上げることができる地竜の大きさも測れるというものだ。
俺は咄嗟に土のスキルを3まで習得し、俺たちとイーサラプトルの間に土の壁を作り出す。スキル合計値12の土の壁は3メートルを越える高さと10メートル近い厚みを持って生み出された。
イーサラプトルの群れは土の壁によって2つに分断され、俺たちの脇を駆け抜けていく。地震のような揺れの中を俺たちは抱きあうように寄り添って、ただただそれらが通りすぎるのを待った。やがて一段と大きな揺れが来て、地竜がすぐ横を駆け抜けていく。
一軒家ほどの大きさのあるそれは、まさしく俺が望んでいたようなドラゴンだった。すれ違いざまにその瞳が俺を見据えたのは気のせいだったと思いたい。幸いにして地竜は俺たちに構うこと無く、イーサラプトルの群れを追いかけて消えていった。
俺たち四人は長く大きく息をついて、その場にへたり込んでしまう。
正直なところ、あれと戦うというのは想像もつかない。魔術による攻撃はそれなりに通用しそうな気がするが、そのためには豊富な前衛が必要になるだろう。少なくともシャーリエひとりでは荷が勝ちすぎる。俺の回避にしても、あれだけの巨体の突進を避けるのは難しいに違いない。
「命拾いしたな」
誰に言うとでもなくアレリア先生が呟いた。あるいは自分に言い聞かせていたのかもしれない。
「魔界にはあんなのがうようよいるのか」
大鼠の駆除が簡単に行き過ぎて油断していた。アレリア先生の魔物が凶暴凶悪だというのをもっとちゃんと聞いて、しっかり探知スキルを働かせておくべきだったのだ。そうすれば接触前にこの場を離れることだって出来たかもしれない。
「まさか、小型竜ならともかく、地竜などは滅多にお目にかかれんよ。思うに、この辺りを縄張りにしたヌシのような存在なのだろうな。開拓を進めるうちに、こちらがその縄張りに入り込んでしまっていたのだろう」
「ということはこれ以上開拓を進めるのであれば、あれをなんとかしないといけないということになるのか」
「まさかあのワースとて地竜が生息しているとは知らなかったに違いない。でなければこんな無謀なことをしようと思うものかね。この話をしてみろ。キャンプ地の冒険者はこぞって逃げ出すぞ」
「俺たちも見習うべきだな」
この地の開拓作業を手伝っていれば、いつまたあの地竜と相まみえることになるか分からない。ワース氏には悪いが、このあたりが退き時ということになるだろう。これまでに開拓したのだって結構な範囲だ。その中から地竜を刺激しない範囲で農地を広げることはできるだろう。できるのかな? まあ、その辺りは俺たちが考えることじゃない。
「とにかく今日はもう戻ってワース氏に報告しよう」
そう言って立ち上がり、三人に手を貸して立ち上がらせる。
その時、ズシンと地響きが俺たちを揺らした。
冗談だろう?
恐る恐る振り返ると、緩やかな稜線の向こうに地竜の頭が見えた。その目は確かにこちらを見据えている。
「なんで、探知スキルには」
「あの地竜、潜伏スキルを持っているぞ」
アレリア先生の叫びに釣られるように地竜のステータスを確認する。
レベルは122で、確かにスキル欄に潜伏8が見える。俺の探知スキルと相殺されるスキル値だ。おそらくはあの潜伏スキルを使い、獲物に忍び寄る習性があるのだろう。
つーか、レベルは99とか100が上限じゃねーのかよ!
「逃げ――」
「無理だ。来るぞ!」
地竜はもう潜伏の必要はないと大きな咆哮を上げ、俺たちに向かって突進してきた。




