第三話 高価すぎた橋
「一人につき金貨一枚だって!? むちゃくちゃすぎる!」
グリッジの橋の上で怒声を上げたのはアレリア先生だった。
装備を整えた翌日、荷物をまとめて一杯の麦酒亭を後にした俺たちは、グリッジと対岸のスレトンという街を結ぶ大橋を渡ろうと、検問所を訪れたわけだったが、そこで提示された越橋税の金額にアレリア先生が思わず怒声を上げたというわけだ。
ちなみに一人が質素に暮らすのであれば一年間に金貨数枚で事足りるとのことだったので、この金額がいかに大きいか分かるというものだ。
昨日購入した装備一式を合計すると、金貨数枚分にはなっているのだが、そこは命を守るための装備品だ。お金を惜しむつもりはない。
「何かの間違いではないのですか?」
「以前は、銀貨、一枚、でした」
銀貨は百枚で金貨一枚だから、なんと百倍に上がっていることになる。
アレリア先生はまだ衛兵に色々怒鳴りつけていたが、向こうも慣れたもので、そんなアレリア先生をなだめすかし、最後には脅しつけるようにして追い返してしまった。どうやら彼らはこんなやりとりにもう慣れてしまっているようだ。
「こんな馬鹿な話があるか。越橋税はグリッジの街にとって重要な資金源のはずだぞ。こんな暴利を受け入れる者がいるものか。何かが起きているんだ」
アレリア先生の説明によるとグリッジの街は入市税がかからない代わりに、橋を渡ることに対して税をかけている。一方で対岸のスレトンも同じで、受け入れる時は税がかからないが、橋を渡ろうとすると税がかかるシステムになっているという。そして橋の様子を見てみると、スレトンからやってくる人々は時折見受けられるのに、グリッジから橋を渡ろうとする人はついぞ見られなかった。
「スレトンのほうでは税に変わりはないようだな。グリッジの街で何かが起きているんだ」
「どうする? お金が足りないことはないんだろう?」
「足りないことはないが、いくらなんでも高すぎる。昨日の宿が一部屋で銀貨2枚だったことを忘れたのか? あれでも普通より高いと思ったが、こういうカラクリだったのか」
どうやらグリッジの街で多くの人が足止めされていて、そのために宿の価格が上がっているということのようだ。
「俺たちの足止めのため、とかないかな?」
「それはないな。だったら検問が厳しくなる程度の話だろう。事実、私が現れても衛兵はああまたかと言った様子だった。ここしばらく続いているのだろうな」
「だけど、どうする? ここ以外にシュゼナ川を渡れそうなところとかないのか?」
「無い。一番近いのはアルゼキアだし、ここから西部には魔界が広がっている。それを突っ切ってしまえばエルドキア領に入るが、はっきり言って非常に危険だ。内部については知られていないが、魔族が生息していることは確かだ。エルドキアは何度も戦争になっているからな。ここの大橋を渡る以外に無い。あるいはオーテルローに向かうのをすっぱり諦めるか、どちらかだ」
「オーテルロー公国には行く。俺は金貨4枚なら必要経費だと思えるけど」
「反対だ」
「さすがに高いですよ」
「私も、もったいないと、思います」
俺はご主人様なのだから、ここは俺の一存で決めることもできる。だが今俺たちが使っているお金は元はといえばアレリア先生の財産だ。それを俺の一存で無駄に使うというのは躊躇われた。
「分かった。じゃあ違うアプローチを考えてみよう。とりあえず一杯の麦酒亭に戻って主人に話を聞いてみようじゃないか」
そう言って俺たちは踵を返すことにした。
「ああ、やっぱり戻って来られましたか」
一杯の麦酒亭の主人の第一声はこれだった。
「あんなことになっているならどうして教えてくれなかったんです?」
「もしかしたら今日は元に戻っているかもしれないでしょう? 私だってどうして越橋税があんなことになっているのか分からないんですから」
それにしたって不親切だと思ったが、言い分に理解できるところが無いわけでもない。
「理由は発表されていないんですか?」
「噂ならいくらでもありますがね。めぼしいものはひとつもありゃしませんよ」
「いつからなんです?」
「秋上に入るちょっと前からですかね」
ということは俺達が原因という説は消えたと考えていい。
「で、どうされます? 昨日のお部屋ならまだ清掃も終わっていませんのでね。二部屋で銀貨3枚でいいですよ」
それでも相場よりは高いらしかったが、仕方なく俺たちは部屋を取り、一旦俺の部屋に集まることになった。
「で、これからどうするかだけど、何が原因で越橋税が上がっているのかはわからないし、いつ元に戻るのかも分からない。もし遠回りしてもいいとなるとどういうルートになるんだ?」
「アルゼキアを避けて行くとなると、これまで通ってきた道をぐるっと戻って東に大回りすることになるな。それでもかかる費用は越橋するのに比べたらずっと安く済む。ただしオーテルロー公国に辿り着く前に冬期に入るだろう。そうなるとどこかの街で足止め、ということも考えられる」
「この世界の冬はそんなに厳しいのか?」
「この世界は、というより、この地方だな。南に行けばもっと酷いらしいが、少なくとも旅をするのは無理だ。君は雪というものを知っているかい?」
「ああ、積もるんだな?」
「人の身長よりは高く、な。そんな中を旅したいと思うかね?」
「御免被りたいところだな」
別に急ぐ旅というわけじゃないが、どうせ冬の間身動きが取れなくなるなら、その前にオーテルロー公国には辿り着いておきたい。そうなるとやっぱり金貨4枚を支払ってでも橋を渡るべきだと思うのだが、その提案はやはり三人の反対を受けてしまう。
「グリッジの領主だっていつまでもこんなことは続けられない。近いうちに越橋税は元に戻るはずだ。隊商なんかは街の外にキャンプを張っていたが、それだっていつまでも続けられないだろう」
「ああ、そう言えば街に入る前に天幕がたくさんあったな」
「そうだ。彼らがいつまでも唯々諾々と従っているとは思えない。待ちぼうけを食らっている間に利益がどんどん減っていくし、このまま冬を迎えるわけにもいかないだろう。最悪は暴動ということも起こりうる」
「あんまり巻き込まれたくはないな」
「むしろ一緒になって橋を越えてしまうという手もある」
あんまり想像したくない未来だ。
「あの」
声を上げたのは意外なことにユーリアだった。
「冒険者ギルドなら、もっと詳しく、分かるかもしれません」
「そうだな。じっとしていても仕方ない。行ってみよう」
そういうわけで俺たちはグリッジの冒険者ギルドを訪ねてみることにした。ここの冒険者ギルドも作りはアルゼキアのものと大差ない。アレリア先生によると、グリッジの街は以前はアルゼキア王国の領土だったのでその名残であるようだ。だが越橋税で財政が回るためにアルゼキアから独立したのだという。
そして冒険者ギルドでも結局めぼしい話は聞けなかった。
やはり越橋税があんなことになっているのは領主の一存で決められてしまったことであるらしい。で、その目的は誰も分からない。
それどころか逆に依頼の話を持ちかけられてしまった。
念のため、俺やユーリアの魔術士スキルは先生と同じ6に偽装していたのだが、それでも高レベルな魔術士であることに変わりはない。
「実は西部の魔界の開拓を進めているのですが、魔物の数が多く難航しているのです。そこで冒険者の方々に魔物の討伐をお願いしているわけでして」
いわゆる討伐任務というやつだ。魔物を倒して、それを証明できる部位を持ち帰ればそれだけで報酬が出るし、その他の部位は任意に売ってもいい。と言っても魔物の肉は食べられないので、売れる部位と言えば毛皮くらいのものであるそうだが。
「魔物の強さはどの程度なんだ?」
「魔術士様が三人もいらっしゃるのですから楽勝ですよ」
「前衛が彼女なんだが、大丈夫かな?」
受付嬢はシャーリエを一瞥すると頷いた。
「そのレベルで戦士が5とはずいぶんと才能がおありのようですね。無理をなさらなければ大丈夫でしょう」
「皆はどう思う?」
「ただ待ちぼうけをしているというわけにもいかないでしょう。滞在費くらいは稼がなければいけませんね」
「私もどの程度戦えるのか試してみたいです」
「問題、ありません」
おおう、案外みんな乗り気なのな。
俺は結構腰が引けている。魔物と戦うのが怖いというよりも、命を奪うことへの忌避感が強い。これがゲームの世界なら何の遠慮もいらないところなのだが、これまでの話を聞いている限りでは、魔物というのは俺たちとは違う物を食べるというだけで、普通の生き物と変わりは無いようだ。
それとももっと違う考え方をするべきだろうか?
例えば鶏を絞めろと言われたら抵抗感がある。だが蚊を叩いて落とすことには何の抵抗感も無い。これは自分に害を為すかどうかの違いだろう。熊に襲われた時に銃を持っていたら、遠慮なくぶっ放すに違いない。
魔物というのはこの世界では害獣で、それを駆除するだけの話だ。
うん、自分がやるということを別にすれば抵抗感は薄れた。
後は実際にやってできるかどうかだが、もし俺がいざというときにヘタれたとしても、ユーリアがうまくやってくれるだろう。彼女は魔物を殺すことにまったく抵抗感が無いようだ。
それに実戦経験を積んでおきたいというのも事実だ。俺の魔術や回避が通用することはフィリップたちとの戦いで明らかだが、シャーリエが実戦に耐えうるかどうか未知数な部分が大きい。
ここでお金を稼ぐついでに、とにかく安全マージンを取りつつ、実戦経験を積むというのはありだろう。
「それじゃあ冒険者登録をします」
こうして俺はついに冒険者としての第一歩を踏み出したのだった。




