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第二話 シャーリエと盾スキル

 雨は夜の内に止んだようだ。

 翌朝はすっかり晴天が空の半分だけ広がっていた。残りの半分は天球の青色だ。

 俺たちは家を借りた老人に礼を言って農村を後にした。


 ちなみに濡れた服を乾かしたのはユーリアだ。水魔術で水分を奪うことであっという間に衣類を乾燥させるというのは、俺には思いつかなかった魔術の使い方だった。これをもっと強烈にして、野菜や肉に使うと、あっという間に保存食が出来上がるらしい。

 食料品の類も補充し、俺たちはシュゼナ川沿いの街道を西に向かっている。

 目的地は変わらずにオーテルロー公国だ。

 俺はユーリアの母親の痕跡を追うつもりでいる。ユーリアの本当の父親を見つけられるかもしれないし、そうでなくとも他に目的地のない旅だった。アルゼキアから離れられればそれでいいのだ。そのことをユーリアにも伝えたら、彼女も母親の墓参りをしたいとのことで、オーテルロー公国に向かうことには賛成してくれた。


「ワン様、盾スキルを上げたいのですが」


 シャーリエがそんなことを言い出したのは、アルゼキア領を抜けた辺りでのことだった。

 俺が朝と夕の日課にすることにした体術の鍛錬の途中に顔を出したかと思うと、いきなりそんなことを言い出したのだ。


「突然だね。でも、どうして?」

「ワン様は魔術士でいらっしゃいます。お館様や、ユーリア様も魔術士です。ですがいざという時に前衛を努められる者がいません」

「それなら俺がやるよ。そのためにこうやって体術を体に馴染ませているんだし」


 俺の体術スキルは9で、このままでも達人級の動きができるはずだ。だが問題は俺の肉体のほうが技術に追い付いていないことだ。すぐに疲れてしまうし、体が固い。だからこうして体術スキルを使用して動き回ることで体力をつけたり、体を柔らかくしようと努力しているわけだ。

 しかしシャーリエは首を横に振った。


「それでは良くないのです。ワン様は私たちのご主人様ですから、もしその身に危険が及ぶと思えば、私たちは否応なしにワン様を庇わなければなりません」

「あっ、そうか」


 契約の強制力によって、シャーリエたちは俺の命を守るように魂に誓いを立てている。だから如何に俺が体術回避に優れていようが、彼女らが俺のことが危ないと思えば飛び出して来てしまう。そうしなければならないように強制されてしまっている。

 確かに俺はそのことについては見逃していた。危険なことは率先して自分が引き受ければいいと思っていたが、俺の危険は彼女らの危険に直結するのだ。


「ですので、有事の際に前衛を努められる者が必要です。現状、戦いが起きた時に役に立たないのは私だけですから、なおのこと私は自分の身を守るためにも守りのスキルが必要なのです」

「なるほど」


 シャーリエ自身の身の安全を考えた結果というのであれば、俺が言うことは何もない。だがスマホを操作してみた結果、シャーリエは盾スキルを習得できないことが明らかになった。


「私が盾を使ったことがないからでしょうね」

「経験したことのあるスキルしか習得できない、か。面倒な制約だなあ」

「いいえ、経験さえあればよろしいのでしょう?」


 そう言ってシャーリエは荷物の中から鍋の蓋を引っ張り出してきて、それを構えた。なんともへっぴり腰で微笑ましい光景だが、やっている本人は至って真剣だ。


「さあ、ワン様、一発当ててくださいませ」

「そんなんでうまく行くのかなあ?」


 疑問に思いながらも、俺は拳を構え、シャーリエの構えた鍋の蓋に一撃を加える。ぱぁんと軽い音を立てて、鍋の蓋が弾き飛ばされる。軽く打ったつもりだったが、それでも小柄なシャーリエにしてみればきつい一撃だったようだ。

 さて、とスマホを確認するとシャーリエの戦士スキルの枝に盾スキルが生まれていた。

 俺の奴隷になってからシャーリエのレベルは2つ上がっていたので、スキルポイントは20ある。


「ところでなんで戦士スキルを持ってるのか聞いてもいい?」

「台所で包丁を使うからです。包丁は短剣扱いなのですよ」


 なるほど。それでシャーリエに戦士2短剣2のスキルがあるわけだ。

 しかしそう考えると、主婦の大半は戦士スキルを持ってるんではないだろうか? やだ、この世界、怖い。

 だがそのお陰でスキルポイントを節約しつつ盾スキルを上げることができる。

 シャーリエができるかぎり盾スキルを上げることを望んだので、戦士スキルを4に上げ、盾スキルも4まで上げる。さらに相談の上、残った3ポイントを使って受け流しを2まで上げた。


「さあ、ワン様、もう一度」


 さっきと同じ感じでシャーリエの構えた鍋の蓋に軽くパンチを繰り出すと、さっきは簡単に鍋の蓋を取り落としていたシャーリエは、今度はきっちりと俺の拳を受け流してみせた。


「おお」


 思わず声が漏れる。自分の体術スキルで体感しているとはいえ、スキルによって一気に技量が伸びるのを目の当たりにするのはやはり驚きだ。それはシャーリエも同じだったようで、自分の手の中の鍋の蓋をまじまじと見つめていた。


「スキルとは不思議なものですね。自然とどう動けばいいのか分かります」

「不思議って、スキルは君たちにとっては普通にある力だろう?」

「普通は鍛錬を積んだ結果、偶然の要素によってようやく得られるのがスキルというものなのです」


 なるほど。俺の場合のように、ろくに経験も積まずに先にスキルだけ習得して、その補助を利用して鍛錬をしているというのは、この世界の人からすればまったく逆の出来事なのだ。

 普通の人はスキルを習得する頃には、それくらいのことはとっくにできるようになっている。ただスキルの補助によってより容易にそれができるようになるだけだ、とのことだった。


「とは言え、鍛錬が不要なわけではありません。体力が無いのもワン様と私に共通した欠点です。よろしければこれからは鍛錬にご一緒させてください」

「よろしくもなにも、こちらこそありがたいよ。よろしく頼んだよ」

「はい、ワン様」


 こうして朝夕の鍛錬にシャーリエが加わることになった。これまで闇雲に体術スキルを振り回していた俺だったが、シャーリエが攻撃を受ける役を引き受けてくれることで、より実戦に近い訓練ができるようになった。そのせいだろうか、グリッジという街に辿り着いた時には俺もシャーリエもレベルがさらにひとつ上がっていた。

 俺はスキルポイントを保留し、シャーリエは防具と盾をそれぞれレベル5まで上昇させた。これは第一線の冒険者並みのスキルレベルの高さであるそうだ。だがそのスキルレベルの高さを鵜呑みにはできないだろう。俺の体術スキルと同じで急成長させたシャーリエのスキルは、それに対して体のほうがついていかないだろうからだ。


 さてこのグリッジという街はシュゼナ川にかかる橋の街であるそうだ。オーテルロー公国に向かうためにはここで橋を渡って、川の南側に渡らなければならない。川幅が50メートルを超えるシュゼナ川を橋を使わずに渡るのは命知らずという他ないからだ。

 さすがに交通の要所であるだけあって、街を行く人々の人種は雑多だ。ここから一番近い川を渡れるポイントが神人の治めるアルゼキア王国であることも、この街に神人以外を集める大きな要因になっているだろう。

 街に入るときはノーチェックだったが、橋を渡る時に税金と荷物の検査があるらしい。


「だけど、とりあえず宿だな」


 ここまで立ち寄った村で家を借りたり、あるいはそれができない日は野宿で過ごしてきた。幸い、雨が降ったのは最初の日だけだったが、日に日に寒くなる夜は俺たちの疲労を濃くしていた。いくら体力は魔術で回復できるとは言っても、天幕も無しに野宿が続けば心が疲れていくものだ。

 一杯の麦酒亭という名の宿で二部屋を借りる。女性陣は一部屋に押し込めることになるが、誰かを、例えばユーリアだけを俺の部屋に、というわけにもいかないだろう。まあ、アレリア先生と同室ならなんだか今更な感じもして気楽に過ごせそうな気もするのだが、そんなことを提案したら長々と愚痴られること請け合いだ。

 宿の主人は犬人だったが、奴隷を連れた神人に見える俺に対して特に偏見があるわけでもないようだ。むしろ奴隷に普通の部屋を借り与えることに驚いているようだった。どうやら奴隷には奴隷用の部屋が別途あるらしい。

 種族を問わず、スキルのために奴隷を使うことが当たり前のこの世界の常識のひとつ、ということになるのだろう。


「ご主人様、この街には様々な商店があるようです。私やリンダの装備を整えるべきかと」


 アレリア先生が人前用の畏まった口調でそう提言してくる。


「旅の支度も揃えないとな。買うものは多そうだ。お金は大丈夫なのか?」

「問題ありません。ここで馬を売って、乗合馬車に乗るのも手です」


 元々はアレリア先生のお金だが、彼女が俺の奴隷になったことでその財産は俺の物ということになっていた。だがこの世界の物価などに詳しいわけではないので、その辺はもうアレリア先生とシャーリエ、ユーリアたちに一任することにしてあった。


「オーテルロー公国への便があるのか?」

「私が使ったことがあります」


 とはユーリアの弁だ。値段を聞いてみたところ、どうやら四人となると天幕などを買うのとそう変わらない値段になってしまうらしい。だったらそれを決めるのはもう後回しということにして、まずはそれぞれの装備やらを整えることにする。

 まずは魔術用具店に立ち寄り、アレリア先生の杖と、俺の同調型の杖を買った。今まで使っていた反発型は予備に逆戻りだ。一方アレリア先生は反発型の杖を好んで使うそうだ。私にはこの方が使いやすいんだと言っていたが、俺の感性からするとどう考えても同調型のほうが使いやすい。その辺は個人差ということになるのだろう。

 それから武具店でシャーリエのための小型盾と短剣を買う。それに加えて皮鎧だ。メイド服を脱ぎ捨てて、シャーリエはすっかり小さな戦士に様変わりした。


「なんだか強くなったような気がします」

「まあ、実際に以前と比べると強くなってるからなあ」


 戦士5盾5受け流し2レベルになったシャーリエは、俺の本気の攻撃でもなんとかいなせるようになっていた。鍋の蓋で、だ。これには俺のほうがショックを受けた。体術レベル9とは言っても、その枝スキルをまったく取っていないため、実際には達人と呼べるレベルには達していないのだろう。普通なら体術が9になる頃には枝スキルのレベルもそれなりに上がっているはずだからだ。

 そのシャーリエがきちんとした盾と防具を手に入れたのだから、もう体術では彼女には敵わないだろう。もちろん彼女の攻撃も俺の回避を突破できないだろうから、体力勝負になってしまうだろうが。

 そんなことは問題ではない。いざという時にシャーリエが自分の身を守ってさえくれていれば、後は俺たち魔術士が力づくで解決すればいいだけなのだから。

 それから衣類を扱っている店でそれぞれの丈にあったフード付きのローブを買い求める。いざという時はフードで顔を隠すためだ。この世界では顔を隠してもステータスで誰か分かるため、頭を隠すのは人種を隠すためなのが一般的だが、俺たちの場合は完全に身分を隠すことができる。

 その他にも着替えなど数点を購入して、俺たちは宿に戻った。

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異世界転移ものの新作を始めました。
ゲーム化した現代日本と、別のゲーム世界とを行き来できるようになった主人公が女の子とイチャイチャしたり、お仕事したり、冒険したり、イチャイチャする話です。
1話1000~2000文字の気軽に読める異世界ファンタジー作品となっております。
どうぞよろしくお願いいたします。

異世界現代あっちこっち
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